飛ばない水編⑨
翌朝。
鍛冶屋の作業場には、昨日まで使っていた筒が何本も並んでいた。
短いもの。
少し長いもの。
そして、かなり長くしたもの。
どれも試験の跡が残っている。
「昨日までで、だいたい分かったのう」
鍛冶屋が筒を一本持ち上げる。
「長くすれば、水の広がりは抑えられる」
「はい」
「じゃが、長くすれば重くなる」
「はい」
「それに、筒を長くしただけで、散らばらなくなるわけでもない」
リナは頷いた。
「はい。水は……やっぱり割れます」
「うむ」
鍛冶屋が筒を作業台へ置く。
「問題は、なぜ割れるかじゃ」
リナは昨日の実験を思い出した。
圧縮した水。
そこへ、はじける水をぶつける。
弱ければ、そのまま飛ぶ。
強くすれば――
水が、筒の中ですでに割れる。
「……圧縮した水が、耐えられないからです」
「そうじゃ」
鍛冶屋が頷く。
「はじける水の力が強くなればなるほど、今の圧縮では耐えられん」
リナは、自分の手のひらを見る。
「……今の私では、これ以上は圧縮できません」
「ほう」
「何度やっても、同じところで止まります」
リナは両手を前に出した。
手の中に水を集める。
魔力を込める。
水が小さくなっていく。
さらに力を込める。
水は硬くなる。
けれど――
それ以上にはならない。
「ここまでです」
リナが水を消す。
「これ以上、小さくして硬くしようとすると……うまくまとまりません」
鍛冶屋は黙って聞いていた。
「じゃが」
やがて、口を開く。
「それができるようになれば?」
リナが顔を上げる。
「え?」
「今よりもっと圧縮して、もっと硬くできれば」
鍛冶屋は筒の先を指差した。
「はじける水の力を、もっと上げられるんじゃないか?」
リナは筒を見る。
強い力を使えば、水は散る。
でも、それは失敗ではない。
今の圧縮水が、その力に耐えられないだけ。
「……もっと硬くできれば」
リナが呟く。
「もっと強い、はじける水にも耐えられる」
「そういうことじゃ」
「そうしたら……」
リナの目が少し輝いた。
「散った水も、もっと遠くへ飛ばせるかもしれません」
「うむ」
鍛冶屋が笑う。
「まだ分からんがのう」
「でも、試してみたいです」
「そう言うと思ったわい」
リナはもう一度、水を作った。
今度は昨日までとは違う。
もっと小さく。
もっと硬く。
もっと強く。
魔力を集中させる。
「……っ」
水がわずかに縮む。
だが、それ以上は動かない。
「……まだです」
「無理にやるな」
「はい」
リナは水を消した。
「もっと練習します」
鍛冶屋は何も言わなかった。
ただ、作業台に置かれた筒を見る。
「水の方にも、まだ伸びしろがある」
「はい」
「なら、筒だけを考えていても仕方がないのう」
鍛冶屋は腕を組んだ。
「嬢ちゃん自身が、水をどう扱うかも大事じゃ」
「……はい」
リナは頷いた。
武器を作る。
そのためには、鍛冶屋が作るものだけでは足りない。
自分の水魔法も、もっと強くしなければならない。
そう思った。
だが――
「……ところで、嬢ちゃん」
「はい?」
鍛冶屋が、ふとリナの右手を見る。
「昨日から気になっておったんじゃが」
「?」
「その水を飛ばすとき、毎回そこから魔力を送っておるな」
リナは自分の右手を見る。
「はい」
「はじける水を刺激するためか?」
「そうです」
「つまり」
鍛冶屋は筒を手に取った。
「水を飛ばすためには、毎回その魔力が必要なんじゃな?」
「……はい」
リナは頷く。
「はじける水を割るには、魔力で刺激しないと……」
「……待て」
鍛冶屋が言葉を止めた。
「嬢ちゃん」
「はい」
「それ、本当に魔力じゃなきゃならんのか?」
「え?」
リナは目を瞬かせた。
「でも……水をはじけさせるには、何かきっかけが必要です」
「そうじゃろうな」
「だから魔力で……」
「じゃから聞いとる」
鍛冶屋は筒を見た。
「きっかけが必要なだけなら」
作業台の上にあった小さな鉄片を手に取る。
「別の方法でもいいんじゃないか?」
「別の方法……?」
「例えば」
鍛冶屋は鉄片を指で弾いた。
カンッ、と小さな音が響く。
「こうやって、物で刺激する」
リナは鉄片を見る。
「……物で?」
「うむ」
「魔力を使わずに?」
「そうじゃ」
鍛冶屋の目が変わった。
職人の目だった。
「水そのものを作るのは、嬢ちゃんの仕事じゃ」
筒を持ち上げる。
「水を飛ばす方向を作るのは、ワシの仕事」
そして鉄片を見る。
「なら、はじけるきっかけまで、魔力に頼る必要はない」
「……!」
リナは思わず身を乗り出した。
「作れるんですか?」
「分からん」
「え?」
「じゃが」
鍛冶屋が笑う。
「作ってみりゃ分かる」
それからの作業は早かった。
鍛冶屋は鉄を切り、曲げ、削る。
小さな部品を組み合わせる。
押せば動き、離せば戻る。
何度も試しては作り直す。
「ここじゃない……」
カチッ。
「弱すぎる」
作り直す。
カチッ。
「今度は強すぎる」
また作り直す。
リナはその様子をじっと見ていた。
やがて――
「よし」
鍛冶屋が手を止めた。
「これならいけるかもしれん」
「それは……?」
「撃鉄じゃ」
「撃鉄……」
「まだ試作品じゃがな」
鍛冶屋は筒にその部品を取り付けた。
リナは中に水を作る。
圧縮する。
その後ろに、はじける水を作る。
「右手の魔力は?」
鍛冶屋が聞く。
リナは右手を下ろした。
「使いません」
「よし」
鍛冶屋が撃鉄を引く。
「いくぞ」
カチッ。
撃鉄が動いた。
――カンッ!
次の瞬間。
――パァン!
筒の中で、はじける水が爆ぜる。
「――ドンッ!」
圧縮された水が飛び出した。
そのまま前へ進み――
「バシャッ!」
筒の中ですでに割れていた水が、そこで一気に広がった。
小さな水の塊が、いくつもの方向へ飛んでいった。
リナは目を見開いた。
「……できた」
鍛冶屋も筒を見ている。
「魔力を使わずに……」
「うむ」
「ちゃんと、はじけました」
「ああ」
リナは自分の右手を見る。
いつもなら、ここで魔力を送る。
けれど今回は違った。
魔力を使ったのは、水を作るためだけ。
最後のきっかけは――撃鉄が作った。
「これなら……」
リナが呟く。
「私は、水を作ることに集中できます」
「そうじゃ」
「もっと圧縮して」
筒を見る。
「もっと強い、はじける水を使えるかもしれません」
「その代わり」
鍛冶屋が言う。
「今度は、その水に耐えられるだけの筒が必要になる」
「……はい」
二人は顔を見合わせた。
まだ完成ではない。
散った水を、どう遠くへ飛ばすのか。
どれだけ圧縮すれば、どれだけ強くできるのか。
撃鉄を、どこまで強く、正確に動かせるのか。
考えることは、まだいくらでもある。
それでも。
昨日までとは違った。
水を作るのは、リナ。
水を飛ばす道を作るのは、鍛冶屋。
そして――
水をはじけさせるきっかけは、撃鉄。
「……面白くなってきたのう」
鍛冶屋が笑った。
リナも、小さく笑う。
「はい」
まだ武器とは呼べない。
けれど。
二人が作ろうとしているものは、少しずつ形になり始めていた。




