飛ばない水編⑧
翌日。
工房の中には、昨日とは違う金属が並んでいた。
太い。
そして。
重い。
リナは作業台の上に置かれた金属を見つめていた。
「……これ、昨日のより大きいですね」
「ああ」
鍛冶屋は金属を持ち上げる。
「昨日の筒でも、嬢ちゃんの水は飛んだ」
「はい」
「じゃが」
鍛冶屋は金属を見る。
「嬢ちゃんがもっと強くなれば、あの筒では足りん」
「……」
「なら、最初から強いものを作る」
リナは頷いた。
「お願いします」
「任せろ」
鍛冶屋は金属を火の中へ入れた。
赤く染まっていく。
そして。
取り出す。
「いくぞ」
カン!
金属を叩く。
カン!
もう一度。
カン!
何度も。
何度も。
リナは、その様子をじっと見ていた。
自分は何度も、この工房の外に立っていた。
それなのに。
今は。
その工房の中で。
自分のための武器が作られている。
「……ありがとうございます」
「礼を言うのはまだ早い」
鍛冶屋は手を止めない。
「まだ筒を作っとるだけじゃ」
「はい」
「使えるものになるかは、これからじゃ」
「……はい!」
しばらくして。
昨日より太く。
そして厚い。
金属の筒が完成した。
鍛冶屋は筒を持ち上げる。
「これなら、昨日より強い力にも耐えられるじゃろ」
「はい」
「では、試してみるか」
「はい!」
リナは筒の前に立った。
圧縮した水を作る。
そして。
その後ろにはじける水。
「準備できました」
「よし」
鍛冶屋が少し離れる。
「まずは、昨日と同じくらいの力でやってみろ」
「はい」
リナは右手に魔力を込めはじける水に刺激を与える。
「――パァン!」
ドンッ!
水が筒から飛び出した。
昨日より。
しっかりとした勢いだった。
「おお……」
鍛冶屋が目を細める。
筒は揺れたものの。
壊れることなく耐えている。
「飛びました!」
リナが嬉しそうに言う。
「当然じゃ」
鍛冶屋は胸を張る。
「ワシが作ったんじゃからな」
「ふふっ」
「なんじゃ」
「いえ」
リナは笑った。
「鍛冶屋さん、嬉しそうだなって」
「……うるさい」
鍛冶屋は顔をそむけた。
だが。
口元は少し緩んでいた。
「次じゃ」
「はい!」
リナはもう一度、水を作る。
今度は。
もう少しだけ強く。
「いきます」
「よし」
リナが魔力を込める。
「――パァン!」
ドンッ!
水が筒の中を走る。
そして。
先端から飛び出した。
その直後。
バシャッ!
水が広がった。
「……!」
リナが目を見開く。
だが。
筒は何事もなかったように残っている。
「筒は大丈夫です」
「ああ」
鍛冶屋は筒を確認する。
「強度は問題ない」
二人は飛び散った水を見る。
昨日と同じように。
水は筒の中ですでに割れている。
「やっぱり……」
リナが呟く。
「強くすると、水は広がります」
「ああ」
鍛冶屋は頷く。
「そこは昨日と同じじゃ」
鍛冶屋は飛び散った水の跡を見る。
「問題は、その先じゃな」
「その先……?」
「昨日は、割れて広がることが分かった」
鍛冶屋は筒を持ち上げる。
「じゃが」
筒の先を見る。
「このままでは、どこで広がるか分からん」
リナも水の跡を見る。
確かに。
広がってはいる。
けれど。
狙った場所へ向かって、きれいに広がっているわけではない。
「……狙えるようにしたいです」
「そうじゃ」
鍛冶屋は頷いた。
「水を割らないようにするんじゃない」
「……?」
「割れること自体は、もう使える」
鍛冶屋は飛び散った水を見る。
「なら、割れた後の広がり方を変える」
リナの目が輝いた。
「広がり方を……」
「ああ」
鍛冶屋は筒を見る。
「水が飛び出す場所を変えれば、何か変わるかもしれん」
「筒を変えるんですか?」
「そうじゃ」
鍛冶屋は筒を軽く叩く。
コン。
「今の筒は、まだ短い」
「はい」
「なら」
鍛冶屋は筒の先を見つめる。
「長さを変えてみるか」
「長く……?」
「ああ」
「長くしたら、どうなるんでしょう」
「それを今から確かめるんじゃ」
鍛冶屋は笑った。
「やってみんと分からん」
「……はい!」
二人は、さっそく次の試作に取りかかった。
今までより。
長い筒。
そして。
より強い金属。
鍛冶屋は何度も火に入れる。
叩く。
削る。
形を整える。
リナも傍で手伝う。
やがて。
一本の長い筒が完成した。
リナは両手で持ち上げてみる。
「……重いですね」
「当然じゃ」
「これを持って戦うんですか?」
「武器にするならな」
リナは筒を持ったまま考える。
「……少し、大変です」
「嬢ちゃんには重すぎるかもしれん」
「でも」
リナは筒を離さなかった。
「これで、広がり方を変えられるなら」
「……」
「やってみたいです」
鍛冶屋はリナを見る。
そして。
小さく笑った。
「やっぱり、困った子じゃ」
「……?」
「まあいい」
鍛冶屋は筒を固定する。
「試すぞ」
「はい!」
リナは水を作る。
圧縮した水。
その後ろに。
はじける水。
「準備できました」
「よし」
鍛冶屋が身を引く。
リナは右手で魔力を込める。
「――パァン!」
ドンッ!
水が長い筒の中を走る。
そして。
先端から飛び出した。
「……!」
二人が目を見開く。
水は。
昨日よりも遠くへ飛んだ。
そして。
筒の中ですでに割れていた水が。
バシャッ!
広がった。
水の塊がいくつにも分かれる。
だが。
その広がり方は。
昨日とは少し違っていた。
「……!」
リナが目を凝らす。
「少し、狭くなっています」
「ああ」
鍛冶屋も頷いた。
「筒を長くしたことで、広がり方が抑えられたようじゃ」
リナは飛んだ水の跡を見る。
昨日より。
まとまっている。
「すごい……」
「まだ分からん」
鍛冶屋は言う。
「一度だけでは判断できん」
「はい」
「もう一度じゃ」
「はい!」
再び水を作る。
同じ量。
同じ力。
そして。
「――パァン!」
ドンッ!
今度も。
水は長い筒を抜けて飛ぶ。
筒の中ですでに割れている。
だが。
やはり。
昨日より広がりが小さい。
「……本当です」
リナが嬉しそうに言う。
「長くすると、少し変わります」
「ああ」
鍛冶屋は腕を組む。
「なら、長さを変えれば」
「もっと狭くできるかもしれません」
「逆に」
鍛冶屋は続ける。
「短くすれば、もっと広がるかもしれん」
リナは頷いた。
「試してみましょう」
「そうじゃ」
二人は再び作業に入った。
今度は。
少し短い筒。
そして。
少し長い筒。
長さを変える。
はじける水の強さも変える。
「――パァン!」
ドンッ!
「……広がりました」
「ふむ」
「こっちは狭いです」
「なら、さらに長くしてみるか」
「はい!」
また金属を熱する。
叩く。
削る。
そして。
新しい筒を作る。
工房には。
カン。
カン。
カン――。
金属を叩く音が響き続けた。
やがて。
さらに長い筒が完成した。
リナは持ち上げようとする。
「……重い」
「無理に持つな」
鍛冶屋が言う。
「武器にするなら、持ち方も考えにゃならん」
「持ち方……」
「ああ」
鍛冶屋は筒を眺める。
「長くなれば、扱いにくくなる」
「……」
「じゃが」
リナは筒を見る。
「必要なら、慣れます」
鍛冶屋は少し黙った。
「……本当に困った嬢ちゃんじゃ」
「ふふっ」
リナは笑った。
「やってみたいんです」
「分かった」
鍛冶屋は筒を固定する。
「なら、もう一度じゃ」
「はい!」
リナは水を作る。
圧縮した水。
その後ろにはじける水。
そして。
魔力を込める。
「――パァン!」
ドンッ!
水が長い筒を走る。
先端から飛び出す。
そして。
バシャッ!
水が広がった。
いくつもの水の塊が飛ぶ。
だが。
今度は。
さらにまとまっている。
「……!」
リナが目を輝かせる。
「さっきより狭いです!」
「ああ」
鍛冶屋も頷く。
「長くするほど、ある程度は広がりを抑えられる」
「でも……」
リナは筒を見る。
「長くしすぎると、重くなります」
「そうじゃ」
「それに、持つのも大変です」
「なら」
鍛冶屋は顎に手を当てる。
「ちょうどいい長さを探す必要がある」
リナは頷いた。
「はい」
「それだけじゃない」
鍛冶屋は続ける。
「嬢ちゃんの水の強さによっても、広がり方は変わる」
「……」
「同じ筒でも、弱い水と強い水では違うはずじゃ」
リナは考える。
「じゃあ……」
「力に合わせて、筒も変える」
「はい」
「それを何度も試していくしかない」
リナは嬉しそうに頷いた。
「やりましょう」
「ああ」
二人は。
また試した。
弱い水。
強い水。
少ない水。
多い水。
筒の長さ。
角度。
何度も変える。
何度も失敗する。
何度もやり直す。
そのたびに。
工房には。
「――パァン!」
という音が響いた。
鍛冶屋は筒を確認する。
リナは飛んだ水を見る。
そして。
少しずつ。
分かってきた。
水を強くすれば。
圧縮された水は筒の中ですでに割れる。
割れた水は。
いくつもの方向へ飛ぶ。
そして。
筒を長くすれば。
その広がり方を、ある程度抑えられる。
けれど。
まだ。
完全には制御できない。
「嬢ちゃん」
鍛冶屋が言う。
「今日はここまでじゃ」
「……はい」
リナは頷いた。
左手を見る。
昨日ほどの痛みはない。
けれど。
負担がなくなったわけではない。
「手は大丈夫か?」
「はい」
「無理はするな」
「分かりました」
リナは筒を見る。
まだ。
武器とは呼べない。
ただの筒だ。
けれど。
昨日までとは違う。
少しずつ。
水を飛ばすための形が見えてきている。
「鍛冶屋さん」
「なんじゃ」
「明日も、続けてもいいですか?」
鍛冶屋は笑った。
「もちろんじゃ」
「はい!」
「嬢ちゃんが諦めん限り」
鍛冶屋は新しい金属を手に取る。
「ワシも諦めん」
リナは嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます」
カン。
工房に。
金属を叩く音が響いた。
まだ。
完成には遠い。
けれど。
昨日とは違う。
水を割ることは。
もう問題ではない。
次に必要なのは。
――割れた水を。
どう飛ばすか。
そして。
どう扱うか。
その答えを探すために。
二人の試行錯誤は。
まだ続いていく。




