飛ばない水編⑦
いつもなら、町の外れにある鍛冶屋の前で追い返されている時間。
けれど。
今日は違った。
「入れ」
工房の中から声がした。
「……はい!」
リナは嬉しそうに扉を開けた。
中では、鍛冶屋が作業台に向かっていた。
机の上には、何本もの金属の棒や板が並んでいる。
「鍛冶屋さん」
「来たか」
「はい!」
「昨日の話じゃ」
鍛冶屋は金属を手に取った。
「水を飛ばすための武器を作る」
「はい」
「じゃが、ワシには嬢ちゃんの魔法をそのまま扱える武器の形が分からん」
「……」
「だから、まずは試す」
リナは頷いた。
「分かりました」
「まず、嬢ちゃんが水を飛ばすときの形を見せろ」
「はい」
リナは工房の奥へ移動した。
左手を丸く握り輪を作る。
そこへ圧縮した水を作った。
「これが、飛ばす水です」
「ふむ」
鍛冶屋はじっと見る。
「そして、その後ろにはじける水を置く」
「そうじゃな」
リナは、はじける水を重ねた。
「これを右手で刺激すると――」
「パァン、か」
「はい」
鍛冶屋は顎に手を当てた。
「問題は、その力をどうやって武器にするかじゃ」
鍛冶屋はリナの左手を持ち上げた。
「この中に水を入れることはできる」
「……!」
「だが、水をどうやって飛ばす?」
リナは考える。
「はじける水を後ろに置けば……」
「そうじゃ」
鍛冶屋は頷いた。
「だが、嬢ちゃんの手で直接やるから、手に負担がかかる」
「はい」
「なら、手の代わりになるものが必要じゃ」
鍛冶屋は金属の棒を作業台へ置いた。
「まずは、これを使って試してみる」
「はい!」
鍛冶屋は金属を加工していく。
火を入れ。
叩き。
曲げ。
削る。
カン。
カン。
カン――。
リナは、その様子をじっと見ていた。
昨日まで。
自分は何度も、この工房の扉の前に立っていた。
それなのに。
今は。
その工房の中で。
自分のためのものが作られている。
「……すごい」
「何がじゃ?」
「いえ……」
リナは笑った。
「なんでもありません」
「変な嬢ちゃんじゃ」
鍛冶屋はそう言いながらも、少しだけ口元を緩めた。
しばらくして。
簡単な金属の筒ができた。
「これに水を入れてみろ」
「はい」
リナは筒の中へ圧縮した水を作る。
鍛冶屋が確認する。
「入ったな」
「はい」
「次に、はじける水」
「はい」
リナが後ろへ水を作る。
鍛冶屋は少し離れる。
「では、やってみろ」
リナは頷いた。
右手を添える。
魔力を込める。
「――パァン!」
音が響いた。
だが。
「……」
何も飛ばない。
圧縮された水は、筒の中に残っていた。
「失敗です……」
「いや」
鍛冶屋は筒を手に取る。
「最初から上手くいくとは思っとらん」
「はい」
「もう一度じゃ」
リナは頷く。
何度も試した。
少しずつ。
水の位置を変える。
はじける水の量を変える。
魔力の込め方も変える。
そして。
「――パァン!」
今度は。
ドンッ!
圧縮された水が筒から飛び出した。
「……!」
リナの目が輝く。
「飛びました!」
「……おお」
鍛冶屋も思わず声を漏らした。
飛んだ。
ほんの少し。
だが確かに。
圧縮された水が筒の先から飛び出した。
「やった……!」
リナが嬉しそうに笑う。
「まだ一歩目じゃ」
「はい!」
「じゃが」
鍛冶屋は飛んだ水の跡を見る。
「これなら、もっと強くできるかもしれん」
リナの表情が変わった。
「もっと……?」
「ああ」
リナは、もう一度水を作った。
今度は。
さっきよりも強く。
はじける水を込める。
「……いきます」
「待て」
鍛冶屋が少し身を引く。
「強くするなら、気をつけろ」
「はい」
リナは頷いた。
そして。
魔力を込める。
「――パァン!」
先ほどより大きな音。
ドンッ!
筒から水が飛び出した。
だが。
「……え?」
飛んだ水は。
筒の中ですでに割れていた。
バシャッ!
圧縮されていた水が、細かな水の塊となって散らばる。
「……」
リナが呆然とする。
鍛冶屋も、散らばった水を見る。
「なるほど……」
「失敗……ですか?」
「いや」
鍛冶屋は首を振った。
「失敗とは限らん」
「え?」
鍛冶屋は散らばった水の跡を見る。
一つではない。
いくつもの方向へ、水が飛んでいる。
「強くすると、圧縮した水が耐えられん」
「……」
「じゃから、筒の中ですでに割れたんじゃ」
リナは考える。
「割れる……」
「ああ」
散らばった水を見る。
一つではない。
いくつもの方向へ、水が飛んでいる。
「広がっています」
「ああ」
鍛冶屋も頷いた。
「強くすると、圧縮した水が割れる」
「……」
「じゃが、割れたからこそ――」
鍛冶屋は、水が飛んだ方向を見る。
「広がった」
リナも見る。
「……本当だ」
「一つの水を飛ばすんじゃなく」
鍛冶屋は指先で、飛び散った水の軌跡を示した。
「複数に分かれて飛ばす」
リナの目が輝く。
「それなら……」
「一度に、たくさん当てられる」
「……はい!」
「それに分かれるからこそ、命中する範囲も広がる」
リナは散らばった水の跡を見つめた。
失敗したように見えた。
けれど。
もしかすると。
これは新しい可能性なのかもしれない。
鍛冶屋はリナを見る。
「嬢ちゃん。本気を出せば、はじける水の威力は……こんなもんではないんじゃないのか?」
リナは少し黙った。
そして。
小さく頷く。
「……はい」
「やっぱりか」
「まだ、いけます」
リナは筒を見る。
「私は……まだ強くならなければならないので」
その言葉を聞いて。
鍛冶屋は少し目を細めた。
「ほう……」
鍛冶屋は筒を見た。
そして。
筒を軽く指で叩いた。
コン。
「……この筒の強度では、だめじゃな」
「え?」
「嬢ちゃんが本気を出せば、そして今より強くなれば、こいつでは耐えられん」
鍛冶屋は筒を持ち上げる。
「強度はもっといるな」
そして。
ニヤリと笑った。
「困った子じゃ」
「……?」
「わっはっは!」
豪快な笑い声が工房に響いた。
「今のままでは、強い力に耐えられん」
鍛冶屋は筒を作業台へ置いた。
「もっと強い金属がいる」
「……」
「もっと厚くする必要もある」
鍛冶屋の目が変わった。
さっきまでとは違う。
職人の目だった。
「それに、この広がり方をどう扱うかも考えにゃならん」
「できますか?」
リナが尋ねる。
鍛冶屋は鼻を鳴らした。
「できるかどうかじゃない」
「……?」
「できるようにするんじゃ」
「……!」
リナの顔が明るくなる。
「はい!」
二人は顔を見合わせた。
まだ。
形は決まっていない。
名前もない。
使い方も分からない。
それでも。
一つだけ分かったことがある。
強くすれば。
水は、ただ遠くへ飛ぶだけではない。
――筒の中で割れる。
そして。
割れた水は、広がる。
その力に耐えるには。
もっと強い武器が必要になる。
鍛冶屋は新しい金属を手に取った。
「さて……」
ニヤリと笑う。
「面白くなってきたのう」
リナも笑った。
「はい!」
工房に。
カン、と金属を叩く音が響く。
昨日まで、追い返されていた少女。
そして。
誰にも作れなかった武器を作ろうとしている鍛冶屋。
二人の試行錯誤は。
まだ始まったばかりだった。




