飛ばない水編⑥
「……少し強くしちゃった」
リナは、そう言って左手を見つめた。
左手から、血が流れている。
鍛冶屋は何も言わず、その手を見ていた。
そして。
「……嬢ちゃん」
「はい」
「なぜ逃げなかった?」
リナが顔を上げる。
「……?」
「ワシが襲われていたときじゃ」
鍛冶屋はリナを見る。
「ワシは、逃げろと言ったじゃろ」
「……はい」
「なのに、逃げなかった」
リナは少しだけ考えた。
そして。
「……助けないと、と思ったから」
それだけだった。
鍛冶屋は、しばらく黙っていた。
やがて。
「ったく……無茶しやがって」
呆れたように息を吐く。
「ごめんなさい……」
「謝るくらいなら、最初から無茶するな」
「……はい」
リナは小さく頷いた。
鍛冶屋はもう一度、リナの左手を見る。
「それで、その手じゃ」
「はい?」
「怪我をした理由じゃ」
リナは左手を少し持ち上げる。
「魔法を強くしたからです」
「魔法?」
「はい。水魔法です」
鍛冶屋は眉を上げた。
「水魔法で、あの魔物を吹き飛ばしたのか?」
「……はい」
「どうやってじゃ?」
リナは少し迷ってから、工房の中を見る。
「見てもらってもいいですか?」
「……ああ」
二人は工房へ入った。
鍛冶屋は作業台の横に立つ。
リナは少し離れた場所に立った。
「まず……水を作ります」
リナの手の前に、水が集まる。
「普通の水とは違うのか?」
「はい」
リナは水を圧縮していく。
ぎゅっ。
ぎゅっ。
やがて、水が硬く固まった。
「……水が硬くなった」
「はい。圧縮すると、硬い水になります」
鍛冶屋は興味深そうに見る。
「それを飛ばすのか?」
「最初は、飛ばせませんでした」
「ほう」
「私はこれを飛ばせなくて……」
リナは続ける。
「でも、別の水を作れるようになりました」
今度は、別の水が集まる。
先ほどとは違い、不安定に震えている。
「これは?」
「はじける水です」
「はじける?」
「はい」
リナが少し魔力を込める。
パァン!
水が弾けた。
鍛冶屋が目を細める。
「なるほど……」
「この水は、はじける強さを変えられます」
「強くもできるのか?」
「はい」
リナは頷く。
「それで、圧縮した水と組み合わせました」
「……」
「はじける水の力で、圧縮した水を飛ばせます」
「なるほどな」
鍛冶屋は腕を組んだ。
「だが、強くすると……」
リナは左手を見る。
「この手が痛くなります」
「それで、さっき血が出たのか」
「はい」
鍛冶屋は黙ってリナの手を見る。
「……無茶しやがって」
「……ごめんなさい」
「だから謝るな」
鍛冶屋は少しだけ笑った。
そして。
「それで、嬢ちゃんは何を作ろうとしてる?」
リナが顔を上げる。
「……作りたいもの?」
「ああ」
「まだ、ちゃんとは決まってません」
「そうか」
「でも……」
リナは、自分の左手を見る。
「水を遠くへ飛ばせるものが欲しいです」
「水を?」
「はい」
「何のためにじゃ?」
リナは少し考える。
そして。
「みんなを守るためです」
鍛冶屋は黙った。
リナは続ける。
「兄様たちは、強いです」
「……」
「ユイナお姉ちゃんも、アンジェリカさんも強くなっています」
「嬢ちゃんは?」
「私は……役には…」
リナは少し寂しそうに笑う。
「だから、私にもできることが欲しいんです」
鍛冶屋は何も言わない。
「水魔法を使って、みんなの役に立ちたい」
リナはまっすぐ鍛冶屋を見る。
「そのために、水を飛ばせるものを作りたいです」
「……それを武器にするつもりか?」
「……はい」
鍛冶屋は、少し驚いたような顔をした。
「武器が必要なのか?」
「はい」
「魔法だけでは駄目なのか?」
リナは首を横に振った。
「今のままだと、強くすると威力もないのに左手が壊れてしまう」
「……」
「だから」
リナは左手を握る。
「手を守りながら、もっと強く水を飛ばせるようにしたいです」
鍛冶屋は作業台へ視線を落とす。
そこには、長年使い込んだ工具が並んでいた。
「武器というのはな」
鍛冶屋が口を開く。
「ただ、敵を倒すためだけのものじゃない」
リナは黙って聞いている。
「使う者の力を助けるためのものでもある」
「……」
「嬢ちゃんの水魔法に合わせて作れば」
鍛冶屋はリナを見る。
「嬢ちゃん自身が無理をせずに、魔法を使えるようになるかもしれん」
リナの目が少し大きくなる。
「本当ですか?」
「まだ分からん」
鍛冶屋は即答した。
「ワシも、嬢ちゃんみたいな魔法を使った武器なんぞ作ったことはないからな」
「……」
「だが」
鍛冶屋は、リナの左手を見る。
今日。
この少女は逃げなかった。
自分を助けるために。
怖かったはずなのに。
震えていたはずなのに。
それでも立ち向かった。
そして、その結果として傷を負った。
「……まったく」
鍛冶屋は小さく息を吐いた。
「放っておけんのう」
「え?」
鍛冶屋は作業台の上に置かれた金属を手に取る。
「嬢ちゃん」
「はい」
「水を飛ばす武器を作るぞ」
リナが目を見開く。
「……え?」
「嬢ちゃんのために武器を作ってやる」
「……!」
リナの顔が、一気に明るくなった。
「本当ですか?」
「ああ」
「ありがとうございます!」
「まだそれができるとは言っとらんぞ」
「はい!」
「何度も作り直すことになるかもしれん」
「はい!」
「失敗するかもしれん」
「はい!」
「……分かっとるのか?」
「はい!」
リナは嬉しそうに笑った。
鍛冶屋はそんなリナを見て、少しだけ口元を緩めた。
「ったく……」
そして、作業台の上へ金属を置く。
カン。
小さな音が工房に響いた。
何度追い返しても。
次の日には、また店の前に立っていた少女。
その少女との関わりが。
今日、初めて始まった。
そして――。
一人の鍛冶屋と、一人の少女による。
新しい武器作りが始まろうとしていた。




