飛ばない水編④
翌朝。
リナは町の外れにある鍛冶屋の前に立っていた。
昨日、主人公たちと一緒に訪れた場所。
古びた建物だったが、店の奥からは金属を叩く音が響いていた。
カン。
カン。
カン――。
リナは扉の前で立ち止まる。
そして、ゆっくりと扉を叩いた。
コン、コン。
「リナです」
しばらくして、中から声が返ってきた。
「……なんじゃ」
「相談があります」
「帰れ」
即答だった。
「……」
リナは扉を見つめる。
けれど、帰らない。
「相談があります――」
「帰れと言ったじゃろ」
「……はい」
リナは頭を下げ、その場を離れた。
次の日。
リナはまた鍛冶屋の前に立っていた。
コン、コン。
「リナです」
「……なんじゃ」
「相談があります」
「また来たのか」
「はい」
「帰れ」
「……はい」
リナは素直に帰った。
その次の日。
コン、コン。
「リナです」
「……またお前か」
「相談があります」
「今日は忙しい」
「……そうですか」
「帰れ」
「はい」
また追い返された。
それでも、リナは諦めなかった。
次の日も。
その次の日も。
リナは鍛冶屋へ通った。
扉を叩く。
「リナです」
「帰れ」
話す前に追い返される日もあった。
「相談が」
「帰れ」
言い終わる前に返される日もあった。
それでもリナは、毎日通った。
ある日の夕方。
宿へ戻ってきたリナを、ユイナが見つけた。
「リナ、おかえり」
「ただいまです」
「今日も行ってきたの?」
「はい」
「鍛冶屋さんのところ?」
「はい」
ユイナは少し苦笑する。
「また追い返された?」
「はい」
「……何回目?」
「分かりません」
「数えてないの?」
「はい」
リナは少しだけ笑った。
「数えても、意味がないので」
「そうだけど……」
ユイナはリナを見る。
「よく諦めないね」
リナは少し考えた。
「……諦める理由がないので」
「理由?」
「はい」
リナは自分の左手を見る。
先日の魔法で、ジンジンと痛んだ左手。
今はもう痛みはない。
「私、もっとみんなの役に立ちたいです」
ユイナは黙った。
その隣で、アンジェリカもリナを見ている。
「……焦っているの?」
「少しだけ」
「どうして?」
「ユイナお姉ちゃんも、アンジェリカさんも強くなっています」
リナは二人を見る。
「私も、何かできるようになりたいです」
俺は少し離れたところで、壁にもたれていた。
「……別に焦らなくてもいいだろ」
「でも……」
「お前はお前だ」
「……」
「ユイナたちが勝手に強くなってるだけだ」
「お兄ちゃん……」
ユイナが俺を見る。
俺は面倒そうに頭をかいた。
「それに、あの鍛冶屋に何回行ったって、追い返されるだけだろ」
「……はい」
「だったら、もう――」
「明日も行きます」
「……」
俺は黙った。
ユイナが小さく笑う。
「ふふっ」
「何だよ」
「お兄ちゃん、負けたね」
「俺は何もしてないだろ」
「リナ、話し方もなにか変わってきたね」
「何かを決めたんだろう、成長、だな」
アンジェリカがリナを見る。
「……リナ」
「はい」
「無理はしないこと」
「分かりました」
「それだけ」
「はい」
リナは頷いた。
翌朝。
リナはまた鍛冶屋へ向かった。
町の外れ。
古びた扉。
いつものように、奥から金属を叩く音が聞こえる。
カン。
カン。
カン――。
リナは扉を叩いた。
コン、コン。
「リナです」
「……なんじゃ」
「相談があります」
「帰れ」
「……はい」
リナは頭を下げた。
そして、そのまま歩き出す。
けれど――。
数歩進んだところで、足を止めた。
振り返る。
鍛冶屋の扉を見る。
もう一度だけ。
リナは扉の前へ戻った。
コン、コン。
「……なんじゃ」
「明日も来ていいですか?」
扉の向こうから、少しだけ間があった。
「……好きにせい」
「はい」
リナは小さく頭を下げた。
そして今度こそ、鍛冶屋を離れた。
その日の夕方。
宿に戻ったリナを、ユイナが迎えた。
「おかえり」
「ただいまです」
「今日は?」
「帰れって言われました」
「やっぱり?」
「はい」
「でも、明日も行くんでしょ?」
「はい」
リナは笑った。
「明日も行きます」
俺はその様子を見ながら、ため息をついた。
「……頑固なのは、鍛冶屋だけじゃないな」
「お兄ちゃん、それ怒られるよ」
「知らん」
「……ふふっ」
リナは二人のやり取りを見て笑った。
まだ、何も始まっていない。
もちろん、武器の話など一度もしていない。
それでも。
リナは明日も、あの扉の前に立つ。
何度追い返されても。
自分にできることを見つけるために。
みんなの役に立てるようになるために。




