飛ばない水編③
翌日。
アンジェリカとユイナが町へ出ている間、リナは一人で町の外れに来ていた。
昨日、アンジェリカから教えてもらった水魔法。
水を作る。
形を変える。
圧縮して、硬くする。
そして――。
「……はじける水」
リナは手のひらに、小さな水の塊を作った。
魔力を込める。
水が震える。
さらに少しだけ力を加える。
――パァン。
水が弾けた。
「……」
リナは水の消えた手のひらを見る。
昨日分かったこと。
はじける水は、強さを調整できる。
弱くすることもできる。
強くすることもできる。
でも。
「……飛ばない」
何度試しても、水は飛ばなかった。
水を作ることはできる。
硬くすることもできる。
はじけさせることもできる。
なのに、水を前へ飛ばすことだけができない。
「どうして……?」
リナは考える。
はじける水は、力を加えると周りへ広がる。
だから飛ばない。
なら――。
「……広がらなければ?」
ふと思った。
力が広がるから飛ばない。
だったら、その力を閉じ込めればいい。
リナは周囲を見回した。
近くに落ちていた木の板と石を拾う。
それを使って、簡単な囲いを作った。
完全に密閉するわけではない。
一方向だけ、力が逃げられるように隙間を残す。
「……試してみよう」
囲いの中に水を作る。
そして、はじける水に魔力を込めた。
――パァン!
「……!」
水が弾ける。
けれど、さっきまでとは違った。
囲いの中で広がろうとした力が、開いている隙間へ向かって動いた。
「……」
リナは目を凝らす。
もう一度。
今度は少しだけ位置を変える。
囲いの中に水を作る。
――パァン!
やっぱり同じだった。
周りを囲む。
逃げ道を一つだけ作る。
すると――。
「……そっちに集まる」
力が、一方向へ集中する。
リナは思わず立ち上がった。
「そういうことなんだ……」
水そのものを飛ばしているわけじゃない。
はじける力を囲む。
すると、力が逃げられる場所へ集中する。
その力を使えば――。
「水を飛ばせる」
リナは近くにあった小さな木片を、囲いの開いている方向に置いた。
もう一度、水を作る。
――パァン!
木片が、ほんの少しだけ動いた。
「……できた」
胸が高鳴った。
今まで飛ばなかった水が。
ほんの少しだけど、前へ動いた。
でも。
「……これじゃ駄目」
リナはすぐに気づいた。
この囲いを持って戦うなんて無理だ。
大きい。
重い。
そもそも、こんなものを毎回用意していたら戦いにならない。
「もっと小さく……」
リナは考える。
囲む。
力を一方向へ逃がす。
それなら。
小さければいい。
もっと小さく。
もっと身近なもので。
リナは自分の手を見た。
「……手?」
右手。
左手。
リナは左手の親指と人差し指をくっつけてみる。
丸い形になった。
「……これなら」
小さい。
でも、囲まれている。
完全な箱ではない。
だけど、水を入れておくことはできそうだった。
リナは左手を丸くしたまま、水を作る。
まずは――。
圧縮した水。
左手の丸の中へ、ゆっくりと水を集める。
魔力を込める。
ぎゅっ。
水が圧縮され、硬くなる。
小さな水の塊ができた。
「これを前に……」
リナは位置を調整する。
圧縮した水を、左手の丸の先へ置く。
その後ろに――。
はじける水。
「……これで」
前に圧縮した水。
後ろにはじける水。
そして。
リナは右手を添えた。
右手から、ほんの少しだけ魔力を送る。
はじける水を刺激する。
「……いける」
――パァン!
「……!」
圧縮した水が、左手から飛び出した。
目の前の木へ向かって飛んでいく。
――トン。
小さな音がした。
木に当たった圧縮した水は、そのまま落ちた。
木にも傷はない。
「……飛んだ」
リナは目の前の木を見つめる。
飛んだ。
今までできなかったことが。
本当にできた。
「私の水が……」
胸が少し熱くなる。
でも。
「……痛い」
左手がジンジンする。
リナは左手を見る。
指先が少し震えていた。
「……力が返ってきた」
囲いが小さい。
その分、力が近い。
飛ばすことはできた。
でも、その力の一部が手にも伝わっている。
リナは左手を握ったり、開いたりする。
動く。
まだ大丈夫。
だけど。
「何度もやったら……」
このままでは、何度も使えない。
リナはもう一度、木を見る。
さっき飛ばした圧縮した水。
飛距離は短い。
威力も弱い。
でも――。
確かに飛ばすことができた。
「……これなら」
戦えるかもしれない。
リナはもう一度試してみる。
同じように左手を丸くする。
圧縮した水を作る。
その後ろにはじける水。
右手で少しだけ刺激する。
――パァン!
圧縮した水が飛ぶ。
――トン。
木に当たる。
やっぱり同じ。
「……できる」
だけど。
左手はまたジンジンしている。
「強くしたら……」
リナは考えた。
もっと強くはじけさせれば、もっと遠くへ飛ぶかもしれない。
でも。
リナは左手を見る。
「……今は、これが限界」
今のリナでは、強い力を使おうとすると手への負担が大きくなる。
今の弱い力なら、圧縮した水は壊れずに飛ぶ。
でも、このままでは何度も使えない。
「……何か必要だ」
手を守るもの。
そして。
もっと強い力を使えるもの。
リナは町の外れにある、古びた鍛冶屋を思い出した。
昨日、兄様が追い返された場所。
頑固そうな鍛冶屋さん。
「……」
リナは少し迷った。
あの鍛冶屋さんが、自分の話を聞いてくれるとは思えない。
でも。
他に思いつかない。
リナは立ち上がった。
「……行ってみよう」
みんなの役に立ちたい。
そのために、もっと水魔法を使えるようになりたい。
なら。
もう一度、あの鍛冶屋さんに会ってみるしかない。
リナは町へ向かって歩き出した。
左手は、まだ少しジンジンしていた。
それでも。
さっきまでとは違う。
飛ばなかった水を。
リナは、自分の力で飛ばすことができた。
――もっとできる。
そんな気がしていた。




