飛ばない水編②
ラグナールの宿に泊まって、二日目。
朝食を終えると、俺は椅子に座ったまま動かなかった。
「お兄ちゃん、今日はどうするの?」
「休む」
「昨日も休んでたよね?」
「昨日休んだから、今日も休む」
「それ、理由になってないよ」
ユイナが呆れた顔をする。
俺は気にせず、椅子に背を預けた。
「町を見て回るのも面倒だ」
「せっかく町に来たのに……」
「町なら逃げないだろ」
「そういう問題じゃないよ」
その横で、アンジェリカが杖を手に取った。
「私は少し外に出る」
「何するの?」
「魔法の練習」
アンジェリカがリナを見る。
「リナも来るか」
「はい!」
リナはすぐに立ち上がった。
「じゃあ、私も行ってきます」
「気をつけてな」
「はい!」
二人が宿を出ていく。
ユイナも少し迷ったあと、
「私も行ってくるね」
と言って後を追った。
俺は一人になった。
「……静かになった」
これでゆっくりできる。
俺は目を閉じた。
――その頃。
町の外れ。
リナはアンジェリカと向かい合っていた。
「まず、水を出してみろ」
「はい」
リナが両手を前に出す。
手のひらに水が集まった。
ゆらゆらと揺れる水。
「もう少し形を意識してみろ」
「形……」
リナは水を見つめる。
ただの水。
それを魔力で動かす。
大きくする。
小さくする。
細くする。
「……こう?」
水が細長く伸びた。
「悪くない」
アンジェリカが頷く。
「では、それを固めてみろ」
「固める……」
リナは魔力を集中させた。
水の形が変わる。
透明だった水が、少しずつ硬さを持っていく。
「……できた」
リナの前に、小さな水の塊が浮かんでいた。
見た目は水なのに、触れてみると硬い。
「硬いな」
アンジェリカが指先で軽く触れる。
「はい。前より硬くできるようになりました」
「なら、もっと硬く」
「はい!」
リナはさらに魔力を込めた。
水がぎゅっと縮まる。
より密度が高くなる。
硬く。
硬く。
そして――
「……できた!」
小さな水の塊は、まるで石のような硬さになった。
リナは嬉しそうに笑う。
「これなら……」
少し離れた場所にある木を見る。
「攻撃にも使えるかも」
「試してみろ」
「はい!」
リナは水の塊を木へ向けた。
そして――
「えいっ!」
魔力を込める。
だが。
水の塊は、その場から動かなかった。
「……」
「……」
リナとアンジェリカが水を見る。
「飛ばないな」
「……はい」
リナは少し肩を落とした。
硬くすることはできる。
形も変えられる。
でも――
飛ばせない。
「水を飛ばすには、別の方法が必要だ」
「別の方法……」
「無理に飛ばそうとするな。今のお前の魔法では、水そのものを飛ばすことは難しい」
「……はい」
リナは水を消した。
けれど、諦めたわけではなかった。
むしろ。
頭の中に、別の考えが浮かんでいた。
「アンジェリカさん」
アンジェリカはリナの自分への呼び方が変わったことに気が付いた。
なるほど、この子なりに立場で対応を変えるのかと思いほほ笑んだ。
「なんだ」
「水って……強くすると、どうなるんですか?」
「強くする?」
「はい」
リナは両手を見つめる。
「さっきみたいに硬くするんじゃなくて……」
水を生み出す。
今度は硬くしない。
その代わり――
魔力を一気に込めた。
「……っ!」
水が激しく揺れる。
そして――
パァンッ!
「……!」
水がはじけた。
リナの手元から大量の水が飛び散る。
「今のは……」
アンジェリカが目を細める。
「はじけた……」
リナも驚いていた。
「私が強く魔力を込めたから……?」
「おそらくな」
アンジェリカが水の跡を見る。
「硬くする力とは違う」
「はい」
リナはもう一度、水を出した。
今度は慎重に。
少しだけ魔力を込める。
水が膨らむ。
そして――
パシャッ。
小さくはじけた。
「……!」
リナの目が輝いた。
「強さを変えられる」
「そういうことか」
「はい」
リナは何度も試してみる。
弱く。
少し強く。
さらに強く。
パシャッ。
バシャッ!
そして――
パァンッ!
強くすると、はじける。
弱くすれば、少しだけ水が動く。
「……面白い」
アンジェリカが呟く。
「水を硬くするだけじゃない」
「はい」
リナは嬉しそうに頷いた。
「水には、もっとできることがあるのかもしれません」
「そうだな」
アンジェリカはリナを見る。
「だが、まだ攻撃にはならない」
「……はい」
リナは水を見る。
硬くできる。
はじけさせることもできる。
けれど――
やっぱり飛ばせない。
そこでリナは、ふと気づいた。
「……飛ばせないなら」
「?」
「飛ばさなくてもいいのかも」
アンジェリカが少し目を見開く。
「どういう意味だ?」
「まだ分かりません」
リナは水を見つめる。
「でも……」
硬い水。
はじける水。
この二つを組み合わせたら――。
「何かできそうな気がします」
リナはもう一度、水を生み出した。
今度は、一人で考える。
どうすればいい。
どうすれば、この水をみんなの役に立てられる。
ユイナのように前で戦えなくても。
アンジェリカのように魔法を撃てなくても。
自分にしかできないことがあるかもしれない。
「……もう少し、やってみます」
「付き合う」
アンジェリカが言った。
「はい!」
二人はそのまま、水魔法の練習を続けた。
その頃。
宿では――。
「……」
俺は椅子に座ったまま眠っていた。
右膝に少し痛みを感じながらも。
そんなことは気にせずに。
ただ、静かに。
昼寝をしていた。




