〇豊かな町編 完結
「じゃあ――」
俺は王を見据えた。
「全部、終わらせるか」
その言葉に。
王の顔から笑みが消えた。
「……生意気な」
王が手を上げる。
「殺せ」
「はっ!」
後ろにいた兵士たちが、一斉に動いた。
数は多い。
十人どころではない。
二十人。
いや、それ以上。
「お兄ちゃん!」
ユイナが杖を構える。
「大丈夫だ」
「でも!」
「こいつらは、お前たちに任せる」
「え?」
俺は少し離れた壁にもたれた。
「俺は見てる」
「また!?」
「疲れるからな」
「もう……!」
ユイナがため息をついた。
「分かった!」
ユイナが前へ出る。
アンジェリカも杖を構えた。
「ユイナ、私たちで何とかしよう」
「うん!」
リナも拳を握る。
「兄様はそこで見てて!」
「おう」
兵士たちが押し寄せてくる。
「行けぇ!」
「捕らえろ!」
剣が振り下ろされる。
ユイナが壁を作った。
ガンッ!
剣が弾かれる。
その隙にリナが飛び込む。
「えいっ!」
兵士の腹へ体当たり。
「ぐあっ!」
男が吹き飛ぶ。
アンジェリカが炎を放つ。
「そこです!」
炎が床を走り、兵士たちの足元を包む。
「うわっ!」
「熱い!」
次々と兵士が倒れていく。
だが。
王は動かなかった。
ただ。
冷たい目で戦いを見ている。
「……弱い」
「え?」
王が呟いた。
「何もかも弱い」
その声は――
先ほどまでとは違っていた。
低い。
そして。
どこか別の声が重なっている。
「もっと力を……」
「もっと金を……」
「もっと……支配を」
王が頭を押さえた。
「……黙れ」
「もっと欲しいだろう?」
「黙れ!」
「もっとだ」
王の身体が震える。
「民から奪えばいい」
「……」
「税を増やせ」
「……そうだ」
「作物を奪え」
「そうだ……」
「逆らう者は殺せ」
王の口元が歪んだ。
「そうだ……!」
ユイナが戦いながら王を見る。
「何……?」
アンジェリカの顔が強張る。
「ユイナ……」
「分かってる」
「王の身体から――何かを感じる」
王が顔を上げた。
「お前たちも……私を馬鹿にするのか?」
「違う!」
ユイナが答える。
「あなたは間違ってる!」
「間違っている?」
王が笑う。
「私が?」
「そうです!」
「ならば――」
王の身体から。
黒い煙が噴き出した。
「お前たちも消えろ!」
「……!」
兵士たちが一斉に退く。
王の身体が大きく震えた。
バキッ。
衣服が裂ける。
「な……」
ユイナが息を呑む。
王の背中から。
黒い何かが伸びた。
腕のようで。
翼のようでもある。
顔にも黒い紋様が浮かんでいく。
「これは……悪魔のような……」
アンジェリカが後ずさる。
王の目が赤く染まった。
「欲しい……」
声が二重になる。
「もっと欲しい……!」
「お兄ちゃん……!」
リナが俺を見る。
俺は壁にもたれたまま。
「……面倒なことになったな」
王が腕を振る。
ドンッ!
衝撃波が走った。
「きゃあっ!」
ユイナたちが吹き飛ばされる。
「ユイナ!」
アンジェリカが地面を転がる。
リナも壁に叩きつけられた。
「……っ」
三人とも立ち上がろうとする。
だが。
王はさらに力を増していく。
「私のものだ……!」
黒い腕が何本も伸びる。
「この町も!」
「この国も!」
「すべて私のものだ!」
ユイナが魔法を放つ。
「これで――!」
ドォン!
直撃。
しかし。
煙が晴れると。
王は立っていた。
「……嘘」
アンジェリカが呟く。
「まったく効いていません」
リナが歯を食いしばる。
「まだ……!」
飛び込む。
だが。
黒い腕に弾き飛ばされた。
「きゃあっ!」
「リナ!」
俺はゆっくり立ち上がった。
「……仕方ないな」
「お兄ちゃん!」
リナが顔を上げる。
俺は三人の前へ歩く。
王がこちらを見る。
「貴様……」
「そう怖い顔するな」
俺は肩を回した。
「こいつらに手を出すな」
「私を止めるつもりか!」
「まあな」
王が突っ込んでくる。
黒い腕。
巨大な爪。
魔力。
普通の人間なら、触れることすらできない。
だが。
俺は避けた。
右。
左。
一歩。
また一歩。
「なぜだ!」
王が叫ぶ。
「なぜ当たらん!」
「遅いからだろ」
俺は王の脇を抜ける。
「ぐっ!」
拳を一発。
王の身体が吹き飛ぶ。
壁へ激突する。
「……」
ユイナたちが呆然とする。
アンジェリカが呟いた。
「……また、一撃」
王が立ち上がる。
「私は……王だ!」
黒い腕が膨れ上がる。
「私に逆らうな!」
再び襲いかかってくる。
俺は避ける。
蹴る。
殴る。
投げる。
叩きつける。
王が何度も床へ転がる。
「なぜ……!」
「だから遅いって」
「貴様ぁぁぁ!」
王が立ち上がる。
その瞬間。
アンジェリカが俺を見る。
「ユイナの兄様」
「ん?」
「どうして……」
「何が?」
「魔物には、あれほど簡単に勝てるのに」
アンジェリカが王を見る。
「人間相手になると、わざわざ・・・?」
俺は少し黙った。
そして。
王を見る。
「……人は強いからな」
「え?」
「魔物とは違う」
俺は拳を握る。
「人間は、力だけじゃない」
それ以上は言わなかった。
アンジェリカは何かを感じ取ったように黙った。
そのとき。
王が叫んだ。
「ならば――!」
床に倒れていた魔物へ向かって。
黒い腕が伸びた。
「……?」
俺が振り返る。
「何をする気?」
ユイナが叫ぶ。
王の黒い腕が。
倒れている魔物の身体へ突き刺さった。
「グ……」
魔物がわずかに動く。
「まさか……」
アンジェリカが息を呑む。
「取り込むつもりか!」
「そんなことできるの!?」
「分からない!」
王の身体が膨れ上がる。
「もっとだ……!」
魔物の身体から黒い魔力が流れ込んでいく。
「もっと力を!」
王の身体が変形する。
腕が太くなる。
背中から巨大な角が伸びる。
顔の半分が魔物のように変わる。
「もっと……!」
そして。
完全に。
王の姿ではなくなった。
それでも。
その目だけは――
王のままだった。
「私は……王だ」
低い声。
「私は……王ではない」
「……?」
ユイナが息を呑む。
「何……あれ」
それはもう。
王とは呼べなかった。
人間でもない。
魔物でもない。
王の欲望と魔物の力が混ざり合った――
別の何か。
「すべて……私のものだ!」
地面が揺れる。
「町も!」
「国も!」
「命も!」
巨大な腕が振り下ろされる。
ドォォォン!
床が砕ける。
俺は横へ避けた。
王であり王でない何かが追ってくる。
速い。
さっきより遥かに。
だが。
俺にはまだ遅かった。
拳。
蹴り。
肘。
何度も叩き込む。
そのたびに身体が吹き飛ぶ。
「ぐおおおおっ!」
王であり王でない何かが壁へ叩きつけられる。
だが――
黒い肉が蠢いた。
「……!」
傷が塞がる。
「再生してる……」
ユイナが呟く。
俺はもう一度殴る。
吹き飛ぶ。
再生する。
殴る。
再生する。
叩きつける。
再生する。
「……」
俺はため息をついた。
「やれやれ……」
俺は右膝を摩った。
「何回やれば終わるんだ」
右膝に手を置く。
その瞬間。
――ズキン。
強い痛み。
俺は顔をしかめる。
「……痛ぇな」
だが。
その痛みは。
今までとは違っていた。
右膝全体に――
力が集まっていく。
「……」
赤い光。
ほんの小さな光が。
右膝から漏れ始める。
ユイナが目を見開く。
「お兄ちゃん……?」
アンジェリカも息を呑む。
「ユイナの兄様……」
リナが呟く。
「兄様の膝……赤く光ってる」
俺は答えなかった。
右膝全体に力を込める。
ギシッ。
身体の奥から。
何かが押し出されるような感覚。
俺は地面を見る。
「……一回で終わらせる」
右足に力を込めた。
そして――
大地を蹴った。
ドォォォン!!
地面が砕け散った。
石床が吹き飛ぶ。
俺の身体が、一瞬で加速する。
「な――」
王であり王でない何かが目を見開く。
俺は一直線に進む。
速い。
ただ速い。
王の目が追いつかない。
「何だ……!」
俺は懐へ入った。
そして。
下から――
拳を振り上げた。
「――終わりだ」
ズドォォォォン!!
拳が王であり王でない何かの身体を貫く。
いや。
貫いただけではない。
身体そのものが。
下から上へ。
光に飲み込まれていく。
「ぐ……」
黒い身体が崩れる。
再生しようとする。
だが。
再生しない。
黒い魔力が消えていく。
「なぜ……!」
王の声が響く。
「なぜ再生しない……!」
俺は拳を抜いた。
「知らん」
そして。
最後の黒い塊が消えた。
静寂。
床に残ったのは――
元の王の身体だった。
だが。
王はまだ生きていた。
隅に倒れ。
息は荒い。
身体はボロボロ。
それでも。
命に別状はなさそうだった。
「……」
俺は王を見る。
「生きてるな」
ユイナが駆け寄ってくる。
「お兄ちゃん!」
「何だ?」
「大丈夫!?」
「俺は大丈夫だ」
「膝は?」
「……まあ、ちょっと痛い」
アンジェリカが俺の右膝を見る。
「さっきの力……」
「さあな」
「……」
アンジェリカは倒れている王を見る。
そして。
俺を見る。
「あの状態で……」
「ん?」
「まだ手加減するのか?」
「……」
俺は少し考えた。
「たまたま本体をやれなかっただけだ」
「……」
アンジェリカは絶句した。
リナが笑う。
「兄様、また嘘ついてる」
「嘘じゃない」
「絶対嘘」
「……」
ユイナが王を見る。
そして。
小さくため息をついた。
俺は王を見ながら言った。
「あ~、王様生きててよかった」
「え?」
「死んでたら重罪だからな」
ユイナがすぐに突っ込んだ。
「手を出した時点で重罪だよ」
「……そうなのか?」
「そうだよ!」
そのときだった。
奥の扉が開いた。
一人の青年が走ってくる。
王子らしい。
倒れている王を見て――
その場に膝をついた。
「父上……!」
ユイナが警戒する。
だが。
青年は俺たちを見た。
そして。
深く頭を下げた。
「……ありがとうございます」
「何が?」
「父を……止めてくださって」
「……」
青年は父を見る。
「父は……昔は、こんな人ではありませんでした」
静かな声だった。
「私が幼い頃、まだ父は王となる前、農民たちと一緒に畑へ出ていました」
「……」
「収穫が少ない年には、自分の食事を減らしてまで民に食べ物を分けていた」
ユイナが驚く。
「本当に……?」
「はい」
青年は頷く。
「病気になった子供のために薬を買い、家を失った者には家を建てさせた」
「じゃあ……どうして」
青年は俯いた。
「ある時からです」
「ある時?」
「父は、もっと豊かな国にしたいと言い始めました」
「……」
「最初は、民のためでした」
「もっと収穫を増やそう」
「もっと城を大きくしよう」
「もっと国を豊かにしよう」
青年の声が震える。
「ですが……」
「少しずつ、変わっていった」
「税を増やし」
「財産を欲しがり」
「自分のために金を集め」
「誰よりも贅沢な暮らしをするようになった」
アンジェリカが静かに尋ねる。
「何かが、きっかけだったのか?」
青年は父を見る。
「父が変わり始めた頃から……」
「城の地下で、奇妙な黒い石を大切にするようになりました」
「黒い石……?」
「はい」
「それに触れてからです」
青年は唇を噛んだ。
「父の欲が、どんどん大きくなっていきました」
俺は黙って王を見る。
さっきの黒い魔力。
あれは。
王自身の力ではなかったのだろう。
欲望を増幅させる何か。
それに支配されていた。
青年が涙を拭う。
「だから……」
そして。
俺たちへ頭を下げる。
「父を助けてくれて……よかった」
「……」
「父は間違いました」
「ですが」
青年は父を見る。
「それでも、私にとっては父です」
ユイナが優しく頷いた。
「……うん」
俺は何も言わなかった。
ただ。
王を見た。
あれほど欲にまみれていた男が。
今は。
ただ一人の老人のように倒れている。
しばらくすると。
城の外から、大きな声が聞こえてきた。
「王が倒れたぞ!」
「魔物もいない!」
「兵士たちが武器を置いた!」
「町の食料を取り戻せ!」
「畑の水路も戻すんだ!」
町の人々の声だった。
少しずつ。
この町が変わっていく。
青年が立ち上がる。
「これから、町を立て直します」
ユイナが笑う。
「頑張ってください」
アンジェリカも頷いた。
「きっと、できます」
リナが俺を見る。
「兄様」
「何だ?」
「もう帰る?」
「帰る」
「早っ!」
「疲れた」
「でも……」
ユイナが城の外を見る。
「この町、きっとこれから変わるよ」
「そうだな」
俺は歩き出した。
城の外へ。
すると。
町の人々が待っていた。
昨日まで怯えていた人たち。
農夫。
店の主人。
昨日倒れた少年。
その母親。
みんなが俺たちを見ている。
そして。
少年が走ってきた。
「ありがとう!」
俺は立ち止まる。
「何が?」
「ご飯!」
「……」
少年は笑った。
「もう、お腹いっぱい食べられる?」
俺は少し考えた。
「たぶんな」
少年が笑う。
「じゃあ、よかった!」
俺は頭を掻いた。
「……そうか」
町の人々から。
少しずつ声が上がる。
「ありがとう!」
「本当にありがとう!」
「……」
俺は少しだけ戸惑った。
こんなに大勢から礼を言われるのは、慣れていない。
「別に……」
俺がそう言いかけると。
ユイナが笑った。
「素直に受け取ればいいんだよ」
「そうか?」
「うん」
アンジェリカも頷く。
「ユイナの兄様がいなければ、皆はどうなっていたか」
「……そうか、おまたちがやったんだがな」
リナが俺の隣で笑う。
「兄様、照れてる?」
「照れてない」
「顔がちょっと赤いよ」
「疲れてるだけだ」
「ふふっ」
「……」
まあ。
悪い気はしなかった。
それから――
俺たちは、すぐには町を出なかった。
王子が中心となり、新しい町の仕組みを作ることになったからだ。
まず。
城の倉庫にあった食料が、町の人々へ配られた。
今まで奪われていた作物も、農民たちへ返された。
「これは俺の畑の小麦だ!」
「こっちはうちの芋だ!」
「果物も戻ってきたぞ!」
町のあちこちから、喜びの声が上がる。
そして。
止められていた水路も元へ戻された。
南の畑へ、水が流れていく。
乾いていた土が少しずつ潤っていく。
「……よかった」
ユイナが水路を見ながら笑う。
「これで畑も元気になるね」
「ああ」
アンジェリカも頷く。
「これなら、次の収穫には期待できそうだ」
リナは水路に手を入れている。
「冷たい!」
「落ちるなよ」
「大丈夫!」
「そう言う奴が落ちるんだ」
「落ちないって!」
そんな日々が――
何日か続いた。
王は、その後も生きていた。
身体はかなり傷ついていたが、命に別状はない。
そして。
王子が新たな統治を始めた。
重すぎた税は見直され。
農民から無理やり作物を取り上げることもなくなった。
兵士たちも、王子の命令に従うようになった。
かつて王に仕えていた者たちの中には、涙を流しながら町の人々へ謝る者もいた。
「今まで……すまなかった」
「俺たちも、命令に従うしかなかった」
「もう、同じことはしない」
最初は誰も信じなかった。
当然だ。
長い間、苦しめられてきたのだから。
それでも。
少しずつ。
町の人々の表情が変わっていった。
そして。
三日目の夜。
町の広場には、大きな料理が並んでいた。
「……何だ、これ」
俺は目を丸くした。
「宴です!」
ユイナが嬉しそうに言う。
「宴?」
「はい!」
アンジェリカが笑う。
「町の皆が、私たちのために開いてくださる」
「……」
テーブルの上には。
焼いた肉。
パン。
野菜。
果物。
スープ。
そして――
山盛りの芋。
「……」
俺は無言になった。
「お兄ちゃん?」
「……いい町だな」
「そこ!?」
ユイナが笑った。
「食べ物で判断してるでしょ!」
「重要なことだ」
「もう……」
俺は席についた。
「いただきます」
「早っ!」
リナも隣に座る。
「兄様、これおいしいよ」
「どれだ?」
「これ」
リナが料理を差し出す。
一口食べる。
「……うまい」
「でしょ?」
「もう一つ」
「はい」
アンジェリカが苦笑する。
「ユイナの兄様は、本当に食べることがお好きだ」
「腹が減るからな」
「理由になっているような、なっていないような……」
ユイナも笑いながら料理を取る。
「でも、こういうの久しぶりだね」
「そうだな」
広場を見る。
そこには。
農民も。
店の主人も。
子供たちも。
兵士たちもいる。
少し前まで、誰もが怯えていた。
今は違う。
笑っている。
大きな声で話している。
子供たちは走り回っている。
誰も。
誰かの顔色を窺っていない。
「……」
俺は、その光景を黙って見ていた。
しばらくすると。
一人の老人が俺たちのところへやって来た。
「旅の方々」
「ん?」
老人は深く頭を下げた。
「本当に、ありがとう」
「もう何回も聞いたぞ」
「それでも、言いたいんじゃ」
老人は笑った。
「この町では、ありがとうと言うことすら怖かった」
「……」
「誰かに礼を言うだけで、余計なことをするなと言われることもあった」
老人は広場を見渡す。
「だが今は――」
子供たちを見る。
「皆が笑っておる」
ユイナが優しく笑った。
「これからは、もっと笑える町になりますよ」
「そうじゃな」
老人は頷いた。
そして。
「また来てくだされ」
俺は少し考えた。
「……気が向いたらな」
「お兄ちゃん!」
ユイナが突っ込む。
「もうちょっと素直に言えばいいのに!」
「俺は正直だ」
「そういうところだよ……」
皆が笑った。
それから。
さらに二日。
俺たちはアルヴェールに滞在した。
ユイナは子供たちと遊び。
アンジェリカは町の人たちから相談を受け。
リナは農民たちの手伝いをしていた。
俺は――
寝ていた。
「お兄ちゃん!」
「何だ?」
「みんな働いてるよ!」
「俺も働いてる」
「何を?」
「寝るという大切な仕事を」
「そんな仕事ないよ!」
「ある」
「ない!」
そんなやり取りをしながらも。
俺も時々、町の手伝いをした。
壊れた荷車を直したり。
重い荷物を運んだり。
畑の石をどかしたり。
ただ。
「疲れた」
と言って、すぐ休んだ。
町の人たちも。
最初は驚いていた。
だが。
数日もすれば。
俺がどういう人間なのか、少しずつ分かってきたらしい。
「兄ちゃん、また寝てるぞ」
「いつものことだ」
「でも困った時は来てくれるんだろ?」
「たぶんな」
「じゃあ、いい兄ちゃんだな」
「ユイナ姉ちゃんのバカ兄だけどな」
「聞こえてるぞ」
「ははは!」
町に笑い声が響いた。
そして。
出発の日。
朝。
俺たちは町の入口に立っていた。
「本当に行っちゃうの?」
子供たちが集まってくる。
「また会える?」
ユイナがしゃがみ込む。
「きっとね」
「絶対?」
「絶対とは言えないけど……」
「えー!」
「でも」
ユイナは笑った。
「また旅の途中で会えたら嬉しいな」
「うん!」
アンジェリカも町の人々へ頭を下げる。
「皆さん、お元気で」
「ありがとう!」
「アンジェリカ姉ちゃんもな!」
リナは少し寂しそうに町を見る。
「楽しかったな」
「そうだな」
「兄様」
「何だ?」
「また来ようね」
俺は町を見る。
広大な畑。
流れる水路。
立派な城。
そして。
笑っている人々。
最初にここへ来た時とは。
まるで違う町だった。
「……まあ」
俺は答えた。
「機会があればな」
その瞬間。
後ろから声が飛んできた。
「また来てくれ!」
「いつでも来いよ!」
「待ってるからな!」
「ユイナ姉ちゃん!」
「アンジェリカ姉ちゃん!」
「リナ姉ちゃん!」
そして。
「バカ兄もな!」
「俺は最後かよ」
町中から笑い声が起こった。
俺も小さく笑う。
「……元気でな」
手を上げる。
ユイナも手を振る。
アンジェリカも。
リナも。
俺たちはゆっくり歩き出した。
背中から。
何度も声が聞こえる。
「また来てくれ!」
「いつでも来いよ!」
俺は振り返らなかった。
ただ。
右膝を少しだけ摩った。
まだ。
あの赤い光のことは分からない。
だが。
今は――
考えなくてもいい気がした。
「……腹減った」
「もう!?」
ユイナの声が響く。
アンジェリカが笑う。
リナも笑う。
そして。
俺たち四人は。
次の町へ向かって歩き始めた。




