〇豊かな町編 6話
俺たちは、町の中を歩いていた。
目的は――
飯だ。
……いや。
正確には、飯を食いながら町の様子を見る。
俺にとっては、こっちのほうが重要だ。
「お兄ちゃん、本当にご飯のことしか考えてないの?」
ユイナが呆れたように言う。
「腹が減ってるんだから仕方ないだろ」
「でも、さっきパン屋さん見たばっかりじゃん」
「高かった」
「だから?」
「高いものは嫌だ」
「……」
ユイナが頭を抱える。
「もう……」
アンジェリカが小さく笑った。
「だが、確かにこの町の食料品は高すぎる」
「だろ?」
「ええ」
アンジェリカは周囲を見渡した。
「これほど農地が広いのに、町の中で食料が高騰しているのは不自然だ」
リナも頷く。
「畑にはいっぱいあったのにね」
「そうだな」
俺も周囲を見る。
大通りから少し外れると、町の様子はさらに変わった。
道は土がむき出し。
家の壁にはひびが入り、屋根が壊れている家もある。
店先に並んでいる商品も少ない。
それでも、人々は黙々と働いていた。
誰も笑わない。
誰も楽しそうに話さない。
ただ、生きるために動いている。
「……」
俺は足を止めた。
少し先に、小さな女の子がいた。
道端にしゃがみ込み、何かを拾っている。
「何してるんだ?」
俺が声をかけると、女の子が顔を上げた。
「……」
怯えたような目。
「大丈夫だ」
俺はしゃがみ込む。
女の子の前には、傷んだ野菜がいくつか落ちていた。
「それ、食うのか?」
女の子は答えない。
代わりに、その野菜を両手で抱えた。
「……お母さんに持って帰るの」
「そうか」
「食べられるところ、まだあるから」
女の子は野菜を見ながら言った。
「洗ったら大丈夫」
「……」
俺は何も言えなかった。
ユイナが女の子の隣にしゃがむ。
「お名前は?」
「……ミナ」
「ミナちゃんか」
「うん」
「お母さん、お腹空いてるの?」
「うん」
「お父さんは?」
ミナは少し黙った。
「……畑」
「畑?」
「昨日から帰ってきてない」
ユイナの顔が曇る。
「どうして?」
「わからない……」
「……」
その言葉に、俺たちは黙った。
アンジェリカが静かに尋ねる。
「税?」
ミナは首を振った。
「知らない」
「……」
「お父さん、朝からずっと働いてた」
ミナの声が小さくなる。
「でも、今年は雨が少なくて……畑の出来が悪かったから」
それでも税は減らない。
むしろ――
決められた量を納めなければならない。
それが、この町の仕組みらしい。
「……お兄ちゃん」
ユイナが俺を見る。
その目が言っていることは分かった。
助けたい。
でも、どう助ければいいのか分からない。
俺は立ち上がった。
「ミナ」
「……?」
「その野菜、こっちに置け」
「え?」
俺は自分の荷物から食べ物を取り出した。
保存していた干し肉とパン。
「これ持って帰れ」
「でも……」
「俺はまた買えばいい」
「お兄ちゃん……」
「早くしろ」
俺が差し出すと、ミナは恐る恐る受け取った。
「……ありがとう」
「いい」
俺は立ち上がる。
そのときだった。
「……!」
右膝が――
ズキッと疼いた。
「……っ」
俺は思わず膝に手をやった。
「お兄ちゃん?」
ユイナが心配そうに見る。
「大丈夫だ」
「でも……」
「大丈夫」
俺は周囲を見た。
何だ?
さっきより少し強い。
だが、何か特別なものがあるようには見えない。
道。
家。
畑。
人。
ただの町だ。
俺はしばらく考えた。
そして――
一軒の建物に目が止まった。
古い倉庫だった。
扉は閉じられている。
だが、その前には荷車の跡がいくつも残っている。
「……」
俺は倉庫を見る。
膝の痛みが、ほんの少し強くなる。
「お兄ちゃん?」
「……あの倉庫」
「倉庫?」
「何かある気がする」
ユイナが倉庫を見る。
「入ってみる?」
「いや」
俺は首を横に振った。
「今はやめとけ」
「どうして?」
「見られてる」
「え?」
俺は振り返った。
少し離れた場所。
兵士が二人、こちらを見ていた。
俺たちと目が合うと、兵士は何事もなかったように視線を逸らした。
「……」
アンジェリカも気づいた。
「監視されているな」
「たぶんな」
「どうする?」
「今日は何もしない」
俺は倉庫から目を逸らした。
「今、無理に入ったら面倒になる」
「……分かった」
アンジェリカが頷く。
そのとき。
遠くから、誰かの怒鳴り声が聞こえた。
「税が足りないだと!?」
「申し訳ありません!」
「決められた量を納めろ!」
「今年は不作で……」
「そんなものは知らん!」
俺たちは声のする方へ向かった。
そこには、一人の農夫と兵士がいた。
兵士の前には、袋に入った麦が置かれている。
「これだけです……」
農夫が震えながら言う。
「家族が食べる分だけは……」
「規定量に足りない」
「お願いします!」
農夫が頭を下げる。
「子供が三人いるんです!」
兵士は冷たい目で見下ろした。
「なら、もっと働け」
「これ以上は無理です!」
「口答えするのか?」
兵士が剣の柄に手をかける。
農夫の顔が青ざめた。
「……申し訳ありません」
「分かればいい」
兵士は麦袋を持ち上げる。
「残りは明日までに納めろ」
「……はい」
兵士が去っていく。
農夫はその場に座り込んだ。
「……」
ユイナが近づく。
「大丈夫ですか?」
農夫は顔を上げた。
「……旅の人か」
「はい」
「余計なことはしないほうがいい」
「でも……」
「この町では」
農夫が低い声で言う。
「正しいことを言った人間から、先に消えていく」
「……」
その言葉に、ユイナが黙った。
農夫は麦袋を見つめる。
「今年の収穫は、もうほとんど残っていない」
「盗賊に取られたからか?」
アンジェリカが尋ねる。
農夫は頷いた。
「それもある」
「それも?」
「王様に納める分がある」
「税……」
「それから盗賊に持っていかれる」
「……」
「残った分で家族を食わせる」
農夫は苦笑した。
「残ると思うか?」
誰も答えられなかった。
そのとき。
リナが小さく口を開いた。
「じゃあ……みんな、どうやって生きてるの?」
農夫は少しだけ笑った。
「……何とかしてる」
「何とか?」
「隣の家から少し分けてもらったり」
「……」
「自分の分を減らしたり」
「……」
「子供に食わせるために、大人が我慢したり」
ユイナの顔が悲しそうになる。
「そんなの……」
農夫は言った。
「それでも、生きてる」
そして、空を見上げた。
「それしかないからな」
その言葉が、妙に胸に残った。
俺は何も言わなかった。
しばらくして。
農夫が立ち上がる。
「旅の人たち」
「何ですか?」
「この町に長居しないほうがいい」
「……」
「王様は、よそ者を嫌う」
「どうして?」
「自分の言うことを聞かない人間が嫌いなんだ」
農夫は苦笑した。
「だから、目をつけられる前に出ていったほうがいい」
俺は城を見る。
遠くからでも、その姿はよく見えた。
「……なあ」
農夫がこちらを見る。
「何だ?」
「王様って、どんな奴なんだ?」
農夫は黙った。
しばらくして。
「……自分が王様だと思ってる人だ」
「それ、王様なんじゃないのか?」
俺が言うと、農夫は一瞬ぽかんとした。
そして――
小さく笑った。
「……そうかもしれないな」
久しぶりに見る、町人の笑顔だった。
ほんの一瞬だけ。
それだけだった。
けれど。
俺は何となく、それを覚えておこうと思った。
その日の夕方。
俺たちは宿へ戻った。
食事を頼むと、出てきたのは小さなスープとパンだけだった。
「……」
俺はスープを見る。
「少ない」
「お兄ちゃん……」
「これじゃ足りない」
「仕方ないよ」
ユイナが苦笑する。
「町の人たちだって、これで我慢してるんだから」
「……そうだな」
俺はパンをちぎる。
そのとき――
窓の外から、馬車の音が聞こえた。
カタカタカタ――
俺は何となく外を見る。
夜の町を、一台の荷馬車が走っていた。
その荷台には、大量の食料が積まれている。
今日、畑から集められたものだろう。
馬車は町の中心へ向かっていく。
その先にあるのは――
城。
俺の右膝が――
また、疼いた。
「……」
俺はスープを置いた。
「やっぱり、あの城だな」
ユイナが振り返る。
「何が?」
「盗賊が持っていった作物」
俺は窓の外を見る。
「たぶん、全部あそこに集められてる」
アンジェリカが静かに頷いた。
「では、明日……」
「うん」
ユイナも頷く。
「調べよう」
リナが窓の外を見る。
「王様が何をしてるのか」
「そうだな」
俺はもう一度、城を見た。
巨大な城。
その周囲には、豊かな畑が広がっている。
なのに――
その足元で、人々は食べるものにも困っている。
「……」
何かがおかしい。
ただ税が高いだけじゃない。
ただ盗賊が暴れているだけでもない。
もっと別の何かが、この町を歪ませている。
俺はそう思った。
そして――
明日。
俺たちは、その理由に少しだけ近づくことになる。




