〇豊かな町編 5話
俺は、盗賊の頭の腰にある徽章を見つめていた。
古びた金属。
傷だらけで、ところどころ黒ずんでいる。
何の紋章なのかは分からない。
ただ――
右膝の疼きが、まだ消えない。
「……」
俺は目を細めた。
徽章を見る。
膝が疼く。
だが、それだけだ。
何かを思い出すわけでもない。
頭の中に浮かぶものもない。
「……気のせいか」
そう呟いた。
その間にも、盗賊たちは荷車を引いて町の奥へ消えていく。
「待って!」
ユイナが追おうとした。
だが、アンジェリカが止める。
「ユイナ、今はやめましょう」
「でも……!」
「追えば、町の方々まで巻き込まれる可能性があります」
「……」
ユイナは悔しそうに拳を握った。
リナも盗賊たちが消えていった方向を見る。
「……あの人たち、どこへ行くんだろう」
「さあな」
俺は答えた。
「でも、行き先は何となく分かる」
「え?」
俺は城を見る。
「たぶん、あっちだ」
「……お城?」
「他に、あんな大量の作物を持っていく場所があるか?」
三人が城を見る。
巨大な城壁。
高い塔。
立派な旗。
この町の中心にそびえ立つ、巨大な城。
その姿だけを見れば――
この町が豊かで、平和な場所に見える。
だが。
俺たちが見てきた町は違った。
「……」
ユイナが呟く。
「どうして、お城だけあんなに立派なんだろう」
「さあな」
俺は肩をすくめた。
「中にいる奴が金持ちなんじゃないか?」
「そんな簡単な話じゃないと思います」
アンジェリカが苦笑する。
「だろうな」
俺は歩き出した。
「まず飯を探そう」
「また?」
ユイナが呆れる。
「だって腹減ったし」
「もう……」
三人も仕方なくついてくる。
町の中心へ向かうにつれて、店が増えてきた。
だが――
活気はなかった。
パン屋。
八百屋。
肉屋。
どの店にも商品は並んでいる。
それなのに、客がほとんどいない。
「……」
俺はパン屋の前で足を止めた。
「いくらだ?」
「銅貨五枚です」
「高いな」
思わず言う。
店主が苦笑した。
「昔は、もっと安かったんですけどね」
「昔?」
「ええ」
店主は声を落とした。
「税が増えてから、何もかも高くなりました」
ユイナが聞く。
「税って、そんなに高いんですか?」
「収穫の半分近くを持っていかれます」
「半分……?」
「ええ」
店主は苦笑した。
「それだけじゃありません」
指を折りながら続ける。
「店を開ければ店の税」
「家に住めば家の税」
「畑を持てば畑の税」
「井戸を使っても税」
ユイナの顔がどんどん険しくなる。
「……それじゃあ」
「ええ」
店主は静かに頷いた。
「働いても、働いても……手元にはほとんど残りません」
「……」
誰も何も言えなかった。
俺は店の中を見る。
パンは並んでいる。
だが、どれも小さい。
それなのに値段は高い。
「これじゃ、町の人間は食えないな」
「そうなんです」
店主は苦笑した。
「だから皆、自分で作った作物を少しずつ食べて暮らしていたんですが……」
「盗賊に持っていかれる」
「……はい」
店主は俯いた。
「最近は、それすらできません」
ユイナが拳を握る。
「どうして……誰も止めないんですか?」
店主は答えなかった。
代わりに、店の外をちらりと見る。
そこには、二人の兵士が立っていた。
町を監視するように。
「……」
ユイナも気づいた。
「兵士……」
「逆らえば、ああなります」
店主が小声で言った。
「どうなるんです?」
リナが尋ねる。
店主は答えない。
ただ、首を横に振った。
「聞かないほうがいい」
その声は震えていた。
俺は店を出た。
外に出ると、ユイナが隣に並ぶ。
「お兄ちゃん」
「何だ?」
「この町……おかしいよ」
「そうだな」
「みんな、王様を怖がってる」
「うん」
「盗賊も怖い」
「うん」
「兵士も怖い」
「うん」
「……どうして、こんな町になっちゃったんだろう」
俺は少し考えた。
「王様が好き勝手やってるからじゃないか?」
「……」
ユイナは城を見た。
「王様……」
そのとき。
遠くから馬車の音が聞こえた。
カタカタカタ――
俺たちは振り返る。
城へ向かう道を、一台の大きな荷馬車が進んでいた。
荷台には――
大量の食料。
麦。
野菜。
果物。
そして、さっき盗賊たちが運んでいたものと同じような袋まで積まれている。
「……」
ユイナが息を呑む。
「お兄ちゃん……」
「見えてる」
馬車はそのまま城門へ入っていった。
門番が何の確認もせず、門を開ける。
「……やっぱり」
俺は呟いた。
「盗賊が持っていった作物は、城へ運ばれてるのかもしれないな」
アンジェリカが考え込む。
「だが、盗賊が王様の許可を得ているという話も……」
「それが本当なら」
俺は城を見る。
「かなり面倒な話だ」
リナが不安そうに言う。
「どうする?」
「どうするって言われてもな」
俺は欠伸をした。
「まだ何も分からない」
「じゃあ……」
「調べるしかないだろ」
「え?」
「何でこんな町になってるのか」
俺は城を見上げた。
「それが分からないと、どうしようもない」
ユイナが頷く。
「うん!」
アンジェリカも頷いた。
「わかった」
リナも頷く。
「じゃあ、調べよう」
三人が動き出す。
俺も歩き出した。
だが――
数歩進んだところで、ふと足を止める。
右膝が――
ほんの少しだけ疼いた。
「……」
俺は振り返る。
さっきの荷馬車が消えていった城門。
その奥には、何も見えない。
「……何だ?」
だが、すぐに痛みは消えた。
俺は首を傾げる。
「まあ……いいか」
今はまだ。
何があるのか分からない。
それより――
「飯だ」
「もう!」
ユイナの声が飛んでくる。
「お兄ちゃん、さっきからそればっかり!」
「腹が減ってるんだから仕方ないだろ」
「はいはい」
アンジェリカが小さく笑う。
「では、食事を探そう」
「そうしよう」
俺たちは再び歩き始めた。
その後ろで――
巨大な城だけが、静かに町を見下ろしていた。




