〇豊かな町編 3話
俺は、しばらく何も言わずに盗賊たちを見ていた。
荷車は全部で三台。
どの荷車にも、収穫したばかりの作物が積まれている。
麦。
芋。
野菜。
果物まである。
農民たちが、一年かけて育てたものだ。
それを盗賊たちは、まるで自分たちの物であるかのように運んでいる。
「早くしろ!」
「まだ残ってるぞ!」
「その袋も持っていけ!」
男たちが次々と作物を運んでいく。
その様子を見ながら、ユイナが一歩前へ出た。
「待ってください!」
盗賊の男が振り返る。
「まだ何か言いたいのか?」
「その作物を返してください」
「……」
男はユイナをじっと見る。
そして、鼻で笑った。
「お嬢ちゃん。余計なことに首を突っ込まないほうがいいぞ」
「でも、この人たちは困ってるんです!」
「だから?」
「だからって……!」
ユイナが言葉を詰まらせる。
その横で、アンジェリカが静かに口を開いた。
「この作物は、この方々が育てたものなのではないのか?」
「だったら何だ?」
「あなた方が持っていく権利はない」
アンジェリカの声は穏やかだった。
だが、その目には怒りが浮かんでいる。
盗賊の男が笑う。
「権利?」
「はい」
「そんなもの、この町じゃ関係ねえよ」
その言葉に、農民たちがざわめいた。
「……」
だが、誰も声を上げない。
男はそれを見て、満足そうに笑った。
「な?」
「……」
「誰も文句を言わねえだろ?」
農民たちは俯いたままだった。
ユイナが振り返る。
「どうして……」
誰かに尋ねるような声だった。
だが、誰も答えない。
すると――
一人の農夫が、ゆっくり顔を上げた。
まだ若い男だった。
先ほど畑で拳を握りしめていた男だ。
「……返してくれ」
小さな声だった。
盗賊の男が振り向く。
「何だ?」
「それは……俺たちの畑で作ったものだ」
男の声は震えていた。
「子供たちに食わせる分くらい……残してくれ」
その瞬間。
周囲の空気が凍った。
農夫の妻が青ざめる。
「あなた……!」
「今年はもう、ほとんど残ってないんだ」
農夫は続けた。
「これまで持っていかれたら……冬を越せない」
盗賊の男は、しばらく黙っていた。
そして――
ゆっくり近づいていく。
「……冬を越せない?」
農夫の顔が強張る。
「だったら――」
男が農夫の胸ぐらを掴んだ。
「死ぬしかねえな」
「……っ!」
妻が悲鳴を飲み込む。
子供が母親の服にしがみついた。
「お父さん……」
農夫は何も言えない。
ただ、男の腕を掴んでいる。
「やめて!」
ユイナが声を上げる。
男がユイナを見る。
「お前も殺されたいのか?」
「……!」
ユイナの顔が強張る。
だが、逃げなかった。
その隣で、アンジェリカが杖を構える。
「その方から手を離せ」
「魔法使いか」
「ええ」
「だったら分かるだろ」
男が不敵に笑う。
「俺たちに手を出したら――」
男は、町の中央にそびえる城を指差した。
「お城の兵士が来るぞ」
「兵士が……?」
リナが呟く。
「俺たちは、この町で好き勝手やってるわけじゃねえ」
盗賊の男は笑った。
「許可をもらってるんだよ」
その一言に――
俺は目を細めた。
「……許可?」
アンジェリカも気づいたらしい。
「今……何と?」
「聞こえなかったか?」
盗賊は笑う。
「俺たちは、この町の王様に認められてるんだよ」
「……」
その瞬間。
町人たちの顔が、さらに青ざめた。
誰も驚いていない。
誰も「そんなはずはない」と言わない。
まるで――
最初から知っていたかのように。
ユイナが周囲を見る。
「みんな……知ってたの?」
誰も答えない。
老人が一人、震える声で言った。
「……言うな」
「え?」
「それ以上、言うんじゃない」
「でも……」
老人はユイナを見た。
その目には、涙が浮かんでいた。
「お嬢ちゃんたちは、旅の人なんだろう?」
「うん……」
「なら……この町から出たほうがいい」
「どうして?」
老人は答えなかった。
ただ、城を見上げた。
「……王様に目をつけられたら終わりだ」
その言葉に、ユイナが黙り込む。
アンジェリカも、すぐには返事をしなかった。
リナが小さな声で尋ねる。
「……そんなに怖い王様なの?」
老人は目を伏せた。
「怖いなんてもんじゃない」
「……」
「気に入らなければ罰する」
「……」
「逆らえば処刑する」
「……」
「家族がいれば、その家族まで……」
老人の声が震える。
そこで言葉が途切れた。
もう、それ以上は言えない。
いや――
言いたくても、言葉にすることすら怖いのだ。
俺は黙って老人を見ていた。
そして、ふと思う。
この町の人間は、盗賊だけを恐れているんじゃない。
その背後にいるもの。
王様。
その名前を口にするだけで、ここまで怯える。
盗賊たちが好き勝手にできるのも――
その恐怖があるからなのかもしれない。
「……」
俺は城を見る。
巨大な城壁。
高い塔。
立派な旗。
遠くから見れば、威厳のある美しい城だ。
けれど。
その城を見つめる町人たちの目には、尊敬なんてなかった。
あるのは――
恐怖だけだった。
そのとき。
盗賊の男が、農夫を突き飛ばした。
「邪魔だ!」
農夫が地面に倒れる。
「お父さん!」
子供が駆け寄ろうとする。
「来るな!」
父親が叫ぶ。
子供の足が止まった。
「……」
その光景を見たユイナの拳が、強く握られる。
「……もう、やめて」
小さな声だった。
だが――
その声には、はっきりと怒りがこもっていた。
「その人たちから、これ以上奪わないで」
盗賊の男が笑う。
「嫌だと言ったら?」
ユイナは答えなかった。
代わりに、一歩前へ出る。
「……そのときは」
魔力が、彼女の周囲に集まり始める。
「私たちが止めます」
空気が震えた。
盗賊たちの顔から、笑みが消える。
「……やる気か?」
アンジェリカも杖を構えた。
「ええ」
リナもユイナの隣に立つ。
「この人たち、もう十分苦しんでる」
三人が並ぶ。
町人たちは、その姿を呆然と見つめていた。
誰も助けに来ない。
誰も声を上げない。
ただ――
初めて、自分たちの代わりに怒ってくれる人を見ている。
そんな目だった。
俺は少し離れた場所から、その様子を眺めていた。
「……」
三人とも、もう引くつもりはないらしい。
俺は小さく息を吐いた。
「やっぱり、こうなるか……」
面倒だ。
本当に面倒だ。
でも――
三人が立っているなら。
俺だけ何もしないわけにもいかない。
そう思ったときだった。
右膝が――
また、ほんの少しだけ疼いた。
俺は眉を寄せる。
視線を動かす。
盗賊。
荷車。
畑。
町人。
そして――
城。
膝の痛みは、どこを指している?
俺にはまだ分からない。
だから、今は動かない。
三人を信じて、見ている。
ただ――
もし本当に危なくなったら。
そのときは。
「……仕方ないな」
俺は小さく呟いた。




