☆笑顔の町編 4話~完結
笑顔の町編
第4話 笑顔の裏側
ルミエールの町に来て、四日目。
俺は――寝ていた。
窓から差し込む朝の日差しが、顔に当たっている。
「……暑い」
布団を頭までかぶる。
すると。
「お兄ちゃん!」
布団が剥がされた。
「……寒い」
「暑いよ!」
「そうか」
「そうかじゃない!」
ユイナが腰に手を当てている。
「今日は何するの?」
「寝る」
「昨日も寝たよ」
「昨日は昨日だ」
「もう!」
俺は渋々起き上がった。
腹が減っている。
「飯」
「朝ご飯なら下で食べられるよ」
「行く」
「そこだけは早いんだね……」
俺たちは食堂へ向かった。
朝食を食べていると、アンジェリカが口を開いた。
「ユイナの兄様」
「何だ?」
「昨日のことだが」
「昨日?」
「パン屋の男の子」
「ああ」
チョコレートを渡した少年。
あの時、俺の膝が痛んだ。
そして、母親の話を聞いた時にも。
「俺の膝が痛む時って、何かあるんだと思う」
ユイナが箸を止める。
「何かって?」
「分からん」
「……」
「ただの偶然じゃない気がする」
俺は昨日の光景を思い出した。
笑っている母親。
笑えない少年。
そして――町中の人間が笑顔だった。
「この町では、笑ってないことが悪いことになってるんじゃないか?」
アンジェリカが考え込む。
「確かに、その可能性はあるな」
リナも頷いた。
「昨日の女の子も言ってた」
「何て?」
「笑わないと怒られるって」
「……」
俺はパンをかじる。
「なら、調べてみろ」
「お兄ちゃんは?」
「俺は飯を食う」
「その後は?」
「寝る」
「もう!」
ユイナが怒った。
だが。
ユイナたちが宿を出た後。
俺は窓の外を見ていた。
町の人たちは、今日も笑っている。
楽しそうに笑う者。
商売をしながら笑う者。
子どもに笑いかける者。
みんな笑っている。
なのに。
なぜか――。
俺には、その笑顔が少し怖く見えた。
右膝が、かすかに痛む。
「……」
俺は膝をさする。
痛みはすぐに消えた。
答えは出ない。
ただ。
この町には何かがある。
そんな気がした。
昼過ぎ。
ユイナたちは戻ってきた。
「お兄ちゃん!」
「ん?」
「やっぱり変だよ、この町」
「何が?」
「昔の話をすると、みんな黙るの」
市場の店主。
薬屋の老人。
パン屋の母親。
誰に聞いても最初は同じだった。
『この町は幸せだ』
『みんな仲良しだ』
『笑顔が一番だ』
けれど。
昔の話になると、途端に口が重くなる。
「町長のことを聞いても?」
「みんな褒めるんだけど……」
ユイナが首を傾げる。
「ちょっと怖がってる感じもする」
「怖がってる?」
「うん」
リナが言った。
「笑顔で話すんだけど、町長の名前が出ると目が笑わなくなる人がいた」
俺は黙った。
右膝が――。
ズキッ。
「……」
痛みが来た。
俺は窓の外を見る。
「町長の屋敷」
ユイナが振り返る。
「え?」
「明日、町長に会ってみるか」
第5話 町長が笑う理由
翌日。
俺たちは町長の屋敷を訪ねた。
出迎えたのは、五十代ほどの男だった。
穏やかな顔。
整った服装。
そして、柔らかな笑顔。
「旅の皆さん、よくおいでくださいました」
「突然すみません」
ユイナが頭を下げる。
「少し、この町について聞きたいことがあって」
「もちろんです」
町長は笑っていた。
「何でもお聞きください」
俺は男を見る。
嫌な感じはしない。
むしろ――。
普通に優しそうな男だった。
「どうして、この町の人たちはみんな笑ってる?」
俺が聞く。
町長は少しだけ目を細めた。
「笑顔は、人を安心させますから」
「それだけか?」
「それだけ……ではありません」
町長は窓の外を見る。
「私は、この町が二度と昔に戻らないことを願っています」
「昔?」
町長はしばらく黙った。
やがて。
「私が子どもの頃、この町では大きな不作がありました」
食料が足りなかった。
仕事もなかった。
余裕を失った人々は、互いを疑い始めた。
「誰かが食料を隠している」
「商人が値段を吊り上げている」
「町長が何もしない」
不満は怒りになり。
怒りは憎しみになった。
「そして、ある夜――火事が起きました」
町長の声が低くなる。
「倉庫が燃えたんです」
人々は犯人を探した。
怒鳴り合った。
責任を押しつけ合った。
そんな混乱の中。
「私の妹が、火事に巻き込まれました」
ユイナが息を呑む。
「……亡くなったんですか?」
「はい」
町長は頷いた。
それでも、笑顔を崩さない。
「妹は、よく笑う子でした」
小さな妹。
貧しい暮らしでも。
母親が泣いていても。
父親が怒っていても。
妹だけは笑っていた。
「兄様、大丈夫だよ」
いつもそう言っていた。
「だから私は、あの笑顔を忘れたくなかった」
町長の声が震えた。
「そして思ったんです」
人が笑っていれば。
互いを敵だと思わない。
怒りが生まれなければ。
誰かを傷つけることもない。
「だから、この町を笑顔の町にしました」
俺は黙っていた。
間違っている。
だが。
この男が何を恐れているのかは、分かった。
「妹さんを忘れたくなかったんだな」
「……はい」
「妹さんが最後に見せた笑顔を、この町に残したかった」
「……」
町長は微笑んだ。
「その通りです」
俺は窓の外を見る。
「でも」
「はい?」
「それは妹さんが望んだことなのか?」
町長の笑顔が止まった。
「……」
答えはない。
俺の右膝が痛んだ。
ズキッ。
視線の先。
町の中央にある鐘楼。
「あそこ」
俺は指差す。
「何かあるだろ」
町長の表情が一瞬だけ変わった。
「……何のことでしょう」
「知らん」
俺は立ち上がる。
「でも、俺の膝があそこを見ると痛む」
「……」
「たぶん、この町の秘密がある」
町長は再び笑った。
「旅の方は、不思議なことをおっしゃいますね」
「よく言われる」
俺は部屋を出た。
その背中に。
「ユイナの兄様」
アンジェリカが小さく声をかけた。
「町長は……」
「悪い奴には見えない」
「……はい」
「だから余計に面倒だ」
第6話 守るための笑顔
翌朝。
俺は宿で寝ていた。
ユイナたちは鐘楼へ向かった。
「お兄ちゃん、絶対来てよ!」
「嫌だ」
「もう!」
そして昼過ぎ。
「見つけた!」
ユイナが宿に飛び込んできた。
「何を?」
「鐘楼の地下!」
アンジェリカが続ける。
「古代式の魔道具があった」
リナも頷く。
「町全体に魔力を流してる」
「何の装置?」
「感情干渉装置」
アンジェリカが説明する。
「人の悲しみや怒り、恐怖を弱める働きがある」
「つまり」
俺は起き上がった。
「笑わせてるのか?」
「正確には、強い感情を抑えている」
ユイナが拳を握る。
「そんなの、おかしいよ!」
「私もそう思う」
アンジェリカが頷く。
「ただ、問題は……」
「何だ?」
「この装置は、かなり古いもので」
リナが続ける。
「でも最近まで動いていた形跡がある」
俺は考えた。
古い装置。
町長。
笑顔。
そして――。
妹。
「町長は、この装置を使ってる」
「うん」
ユイナが頷く。
「じゃあ、止めよう」
「待て」
「何?」
「町長に話を聞く」
俺は窓の外を見る。
「たぶん、あの人は本気で町を守ってる」
その日の夕方。
再び町長の屋敷へ。
「鐘楼の装置について聞きたい」
俺が言う。
町長は否定しなかった。
「……見つけましたか」
「認めるんだな」
「はい」
町長は椅子に座る。
「私はあの装置を使っています」
「どうして?」
「この町を守るためです」
ユイナが言う。
「でも、人の感情を勝手に消してるんだよ!」
「消してはいません」
「同じだよ!」
町長は静かに首を振った。
「あなたは若い」
「……」
「怒りや悲しみを抱えたままでも、人は誰かを傷つけずに生きられると思っている」
「違うの?」
「私は知っています」
町長の声が低くなる。
「感情が暴走すれば、人は簡単に誰かを敵にします」
あの火事。
あの夜。
怒鳴り声。
泣き声。
妹。
「私は、あの光景を二度と見たくない」
町長の拳が震えている。
「だから、町の人から怒りを取り除く」
「悲しみも?」
「必要なら」
「怖さも?」
「必要なら」
「嬉しさまで?」
「……」
町長は答えなかった。
俺は言った。
「おまえは町を笑顔にしたいんじゃない」
町長を見る。
「もう一度、あの時代に戻るのが怖いんだろ」
町長の目が揺れた。
「……そうです」
初めて。
笑顔が消えた。
「怖いんです」
小さな声だった。
「また誰かが怒鳴り合うのが」
「……」
「また誰かが憎み合うのが」
「……」
「また誰かを失うのが」
俺は黙った。
その気持ちは分かる。
大切な誰かを失えば。
もう二度と同じことを起こしたくないと思う。
でも。
「町長」
俺は言った。
「怖いからって、みんなの心まで閉じ込めるのは違う」
「……」
「妹さんを守れなかった自分を、まだ許せないんだろ」
町長の顔が歪んだ。
「……帰ってください」
「町長」
「これ以上、この話をするつもりはありません」
俺は立ち上がった。
「分かった」
屋敷を出る。
その瞬間。
右膝が痛んだ。
鐘楼。
そして――。
町長の屋敷。
俺は振り返る。
「……まだ終わってないな」
第7話 本当の危機
翌朝。
町は、いつも通り笑っていた。
だが。
その笑顔は、昨日までとは違った。
不自然だった。
笑い声が大きすぎる。
子どもが転んでも笑っている。
店が壊れても笑っている。
誰かが泣いていても。
周囲の人間は笑っている。
「……」
俺の膝が痛んだ。
ズキッ。
「まずい」
その直後。
――ゴォォォン!
鐘楼の鐘が鳴った。
町中に魔力が広がる。
「何だ……?」
窓の外を見る。
町長の屋敷。
そこから鐘楼へ魔力が流れている。
そして。
屋敷の周囲に黒い影が現れた。
魔力兵。
「……ユイナたちは?」
嫌な予感がした。
俺は走り出した。
その頃。
町長の屋敷。
「もうやめてください!」
ユイナが叫んでいた。
町長は一人で立っている。
「できません」
「どうして!」
「この町を守らなければならないからです」
アンジェリカが前へ出る。
「ユイナの兄様は、あなたと話をすることを望んでいます」
「彼は優しい方です」
町長は悲しそうに笑った。
「だからこそ、分かっていない」
「何をです?」
「人は、放っておけば傷つけ合う」
町長が手を上げる。
魔力兵が現れた。
「私はもう、失いたくない」
「だからって!」
ユイナが走る。
拳が魔力兵を吹き飛ばす。
だが。
二体。
三体。
十体。
次々に現れる。
「多すぎる!」
アンジェリカが魔法を放つ。
「――炎槍!」
魔力兵が吹き飛ぶ。
しかし。
すぐに新しい兵が現れる。
「きりがない!」
リナが周囲を見る。
「装置と繋がってる!」
「じゃあ装置を止めれば!」
「ここからじゃ無理!」
鐘が鳴る。
――ゴォォォン!
魔力がさらに強くなる。
ユイナが吹き飛ばされる。
「きゃっ!」
「ユイナ!」
アンジェリカが駆け寄る。
その背後から剣が迫る。
リナが飛び込む。
――ガキィン!
「ぐっ……!」
「リナ!」
「大丈夫!」
だが。
腕が震えている。
アンジェリカは杖を握りしめる。
「まだ……戦える」
魔法を放つ。
炎。
雷。
風。
次々と魔力兵を倒す。
しかし。
魔力が底をつき始める。
「……っ」
アンジェリカが膝をつく。
魔力兵が一斉に迫る。
ユイナが立ち上がる。
「私が……!」
拳を握る。
だが。
足が震えている。
その時。
町長が叫んだ。
「もう少しです!」
「何が……」
「全員が笑顔になれば!」
町長の目から涙が落ちる。
「もう誰も怒らない!」
「誰も憎まない!」
「誰も悲しまない!」
ユイナが叫ぶ。
「そんなの違う!」
「……!」
「悲しい時に悲しめない方が、もっと苦しい!」
町長は首を振る。
「私は……間違っていない!」
魔力兵が迫る。
アンジェリカが目を閉じる。
リナがユイナの前に立つ。
ユイナが歯を食いしばる。
「お兄ちゃん……」
その瞬間。
――ズキィッ!
宿にいた俺の右膝が激しく痛んだ。
「……!」
俺は立ち上がる。
今までとは違う。
痛みが。
鐘楼だけではない。
町長の屋敷。
そして。
地下。
装置。
「……そういうことか」
俺は走り出した。
俺の力が何なのかは分からない。
膝が何を意味するのかも分からない。
でも。
今は考えている場合じゃない。
屋敷の中。
魔力兵が剣を振り上げる。
ユイナたちには、もう逃げる場所がない。
――その時。
屋敷の扉が開いた。
「……ったく」
全員が振り返る。
俺が立っていた。
「寝てたのに」
「お兄ちゃん!」
ユイナの顔が一気に明るくなる。
アンジェリカが息を呑む。
「ユイナの兄様……」
俺は三人を見る。
「……遅くなった」
第8話 仕方ないな
魔力兵が俺に向かってくる。
「お兄ちゃん、危ない!」
「そうか?」
一体目。
拳で吹き飛ばす。
二体目。
横から蹴る。
三体目。
掴んで投げる。
――ドォン!
魔力兵が壁に叩きつけられ、消える。
「……」
俺はため息をつく。
「多すぎる」
また来る。
「面倒だな」
一歩。
踏み込む。
拳。
蹴り。
肘。
次々と魔力兵が消えていく。
右膝は痛い。
でも。
今回は何も起きない。
赤い光もない。
力が湧いてくるわけでもない。
ただ。
あの痛みが教えてくれた。
見るべき場所を。
それだけだ。
最後の一体を倒す。
俺は町長を見る。
「……」
町長は震えていた。
「どうして……」
「何が?」
「なぜ、あなたは……」
「知らん」
「……」
「ただ、ユイナたちが危なかったから来ただけだ」
町長の目から涙が落ちる。
「私は……」
「おまえが町を守りたかったことは分かる」
「……」
「妹を失ったことも」
「……はい」
「もう二度と、同じことを起こしたくないんだろ」
「……はい」
「だったら、もうやめろ」
町長が首を振る。
「できません」
「何でだ?」
「怖いんです」
声が震える。
「また、あの時に戻ってしまう」
「……」
「また誰かが怒り、誰かを責め、誰かが傷ついて……」
町長は泣き崩れた。
「私は、もう失いたくない!」
ユイナが一歩近づく。
「町長さん」
「……」
「悲しいことは、なくせないよ」
町長が顔を上げる。
「でも」
ユイナは続けた。
「悲しい時に、一緒に悲しんでくれる人は作れる」
「……」
「怒った時に、話を聞いてくれる人も」
アンジェリカが続ける。
「感情を消してしまえば、争いは減るかもしれない」
「……」
「だが同時に、人が人を理解する機会まで失ってしまう」
リナが装置を見る。
「この装置は、人の心を守ってるんじゃない」
「……」
「閉じ込めてる」
町長は黙った。
俺は言った。
「おまえが怖いのは分かる」
「……」
「でもな」
俺は一歩近づく。
「怖いからって、他人まで同じ檻に入れるな」
町長の目が見開かれる。
「妹さんは、笑っていたんだろ?」
「……はい」
「だったら、その笑顔だけ覚えておけばいい」
「……」
「他の人間の顔まで、妹さんと同じにする必要はない」
長い沈黙。
やがて。
「……私は」
町長が小さく呟く。
「妹の笑顔を守りたかっただけなのかもしれません」
「そうだろうな」
「でも……」
町長は鐘楼の方を見る。
「いつの間にか、笑顔そのものを守ることが目的になっていた」
「……」
「人が笑っているかどうかばかり気にして……」
涙を拭う。
「その人が、本当は何を感じているのかを見なくなっていました」
町長は魔道具へ歩く。
「止めます」
装置へ手を伸ばす。
魔力が弱まる。
――ゴォォォン。
最後の鐘が鳴った。
そして。
静かになった。
しばらくして。
町の人々は、少しずつ本来の感情を取り戻した。
泣く人。
怒る人。
笑う人。
戸惑う人。
それでも。
誰も逃げなかった。
町長は広場に立った。
「皆さん」
深く頭を下げる。
「私は間違っていました」
誰も何も言わない。
「皆さんの悲しみまで、私が消していいはずがなかった」
しばらくして。
パン屋の母親が一歩前に出た。
「……町長」
「はい」
「私も、あなたを責めるだけじゃなくて……ちゃんと話せばよかった」
町長が顔を上げる。
その目から、また涙が落ちた。
でも。
今度は誰も、その涙を消そうとはしなかった。
第9話 バカ兄の評判
事件が終わって数日。
ルミエールは、少しずつ変わっていった。
笑顔は減った。
でも。
本当の笑顔が増えた。
市場では夫婦が喧嘩している。
子どもが泣いている。
店主が怒っている。
そして。
その後には笑い声が聞こえる。
以前より。
ずっと騒がしい町になった。
パン屋の少年が走ってきた。
「お兄ちゃん!」
「おう」
「お母さん、昨日泣いてた!」
「そうか」
「でも今日は笑ってる!」
「よかったな」
少年が笑う。
「お兄ちゃんも笑って!」
「嫌だ」
「なんで!」
「疲れる」
「バカ!」
そこへユイナが来た。
「お兄ちゃん、また言われてるよ」
「誰のせいだ」
「私?」
「おまえだ」
子どもたちが集まってくる。
「ユイナ姉ちゃんのバカ兄!」
「バカ兄!」
「寝てばっかり!」
「飯ばっかり!」
「……」
否定できない。
アンジェリカが隣で笑う。
「随分と親しまれるようになったな、ユイナの兄様」
「嬉しくない」
「だが、最初とは大違い」
「最初?」
「最初は皆さん、ユイナの兄様を『何もしない人』だと思っていた」
「今は?」
アンジェリカは少し笑う。
「必要な時にしか動かない人」
「……」
「そして」
少し間を置く。
「とても優しい人」
「余計なことを言うな」
リナが笑う。
「私は最初から知ってたよ」
「何を?」
「兄様が優しいってこと」
「……そうか」
俺は空を見る。
悪くない。
こういう町も。
町長とも、何度か話をした。
以前ほど笑わなくなった。
でも。
その方が自然だった。
「これから、この町をどうするんですか?」
ユイナが聞いた。
町長は少し考える。
「分かりません」
「え?」
「今まで、笑顔にすることばかり考えていましたから」
そして。
「これからは、町の人間が自分で決められる町にしたいと思います」
俺は頷いた。
「それでいい」
町長が俺を見る。
「あなたには……感謝しています」
「俺は何もしてない」
「いいえ」
「俺は寝てただけだ」
町長が初めて声を上げて笑った。
「それでも、必要な時には来てくれた」
「……まあな」
第10話 また来いよ
出発の日。
町の入り口には、大勢の人が集まっていた。
「また来てね!」
「今度はもっと泊まって!」
「パン食べに来てよ!」
「バカ兄もな!」
「バカ兄は余計だろ」
子どもたちが笑う。
ユイナが手を振る。
「またね!」
アンジェリカも頭を下げる。
「皆さん、お元気で」
「アンジェリカさんも!」
「妹さんのこと、頑張って!」
「ありがとうございます」
アンジェリカは少しだけ頭を下げた。
「はい。必ず」
町長もいた。
「皆さん」
深く頭を下げる。
「ありがとうございました」
俺は手を上げる。
「元気でな」
ユイナが驚く。
「お兄ちゃん、珍しく優しい」
「うるさい」
俺たちは歩き出した。
「また来いよ!」
後ろから声が飛んでくる。
「……」
俺は振り返る。
「二度と来るか」
「また始まった!」
「絶対また来るよ!」
「バカ兄!」
笑い声が響く。
俺も少しだけ笑った。
町を離れてしばらく。
ユイナが隣を歩いてきた。
「ねえ、お兄ちゃん」
「何だ?」
「今回も膝が教えてくれたね」
「違う」
「違う?」
「膝が教えたのは、見る場所だけだ」
俺は自分の右膝を見る。
「鐘楼」
「うん」
「町長の屋敷」
「うん」
「そこに何かあるって分かっただけだ」
「じゃあ、考えたのは?」
「俺」
ユイナが笑う。
「ちゃんと頭使ってるんだ」
「当たり前だ」
後ろからアンジェリカの声がする。
「だが、ユイナの兄様は頭を使った後、すぐに寝てしまったな」
「疲れるからな」
リナも笑う。
「次の町でも?」
「当然だ」
俺は空を見上げた。
次の町。
その先。
まだ旅は始まったばかりだ。
俺の過去。
第一王子だったという自分。
父親。
弟のような存在。
失われた記憶。
封印。
分からないことばかりだ。
でも。
今は。
この四人で歩いていればいい。
困っている人がいれば、ユイナたちが動く。
俺は考える。
膝が何かを感じたら、それを手掛かりにする。
そして。
本当にどうしようもなくなった時だけ――。
「……仕方ないな」
そう言って、俺が出ればいい。
それでいい。
俺たちの旅は。
まだ始まったばかりなのだから。




