↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
兄様は膝が痛い痛いと言いながら意外と私のストーカーでした。  作者: ぱんだでぴょん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
41/83

☆笑顔の町編 1話~3話

第1話 笑顔の町


 エルビス村を出て、三日目。


 俺たちは、朝から街道を歩いていた。


「お兄ちゃん!」


 前を歩いていたユイナが、突然振り返った。


「何だ?」


「あそこ!」


 ユイナが指差した先。


 街道の向こうに、白い壁に囲まれた町が見えていた。


 朝日に照らされた屋根が並び、その中央には少し高い塔が建っている。


「町か」


「そうみたいですね」


 アンジェリカが目を細める。


「地図によれば、この先にあるのはルミエールという町のようだ」


「ルミエール?」


「街道沿いでは比較的大きな町だな」


 俺は町を眺めた。


 ここ数日は野宿が続いていた。


 別に野宿が嫌なわけじゃない。


 ただ――。


「飯が食いたい」


「やっぱりそこなの?」


 ユイナが呆れた顔をする。


「三日も歩いたんだぞ」


「途中でパン食べたじゃん」


「パンは飯じゃない」


「パンも飯だよ!」


 俺たちの後ろを歩いていたリナが、小さく笑った。


 名前を決めてから、彼女も少しずつ表情を見せるようになってきた。


「町なら、温かいものが食べられるかもしれないね」


「そうだろ?」


「でも、お金は?」


「……」


 リナの言葉に、俺は黙った。


 アンジェリカが苦笑する。


「ユイナの兄様。旅に出ると決めた時点で、もう少し計画性を持ってくれたら助かるのだが」


「計画ならある」


「どのような?」


「腹が減ったら飯を探す」


「……それは計画とは呼ばない」


 ユイナが吹き出した。


「お兄ちゃんらしいけどね」


 俺は肩をすくめる。


 旅に出た理由なんて、本当はもっと複雑だ。


 俺が何者なのか。


 なぜ記憶を失っているのか。


 なぜ右膝が痛むのか。


 なぜ、俺の中に封印された力があるのか。


 そして――。


 俺には、まだ思い出せていない誰かがいる。


 弟のような存在。


 父親のことも、ほとんど覚えていない。


 昔の自分が第一王子だったという事実さえ、今の俺にとっては他人事のようだった。


 だから旅に出た。


 答えを探すために。


 ただ。


 答えを探すことだけが旅じゃなくてもいい。


 そう思い始めていた。


「お兄ちゃん、早く!」


「分かった分かった」


 俺たちは町へ向かって歩き出した。


 門が近づく。


 すると――。


「こんにちは!」


「旅の方ですか?」


「ようこそ、ルミエールへ!」


 門の前にいた人たちが、次々に笑顔で声をかけてきた。


「……」


 俺は少し眉をひそめた。


 笑顔。


 誰もが笑っている。


 門番も。


 商人も。


 子どもも。


 荷車を引いている老人まで。


「すごいね」


 ユイナが嬉しそうに言った。


「みんな笑ってる」


「本当に……」


 アンジェリカも周囲を見る。


 リナは黙って町を見ていた。


「何だ、この町」


 俺が呟く。


「お兄ちゃん、嫌なの?」


「別に」


 ただ――。


 何となく。


 違和感があった。


 笑顔が多すぎる。


 そんな気がした。


 俺たちは門をくぐった。


 町の中は活気に満ちていた。


 パン屋から焼きたての匂いが漂っている。


 市場には野菜や果物が並び、子どもたちが走り回っている。


「お兄ちゃん、あれ!」


「何だ?」


「あのお店!」


 ユイナが指差した先には、菓子屋があった。


「……」


「買わないの?」


「金がない」


「さっきまで飯って言ってたのに」


「飯と菓子は別だ」


 アンジェリカが笑った。


「では、まず宿を探そう。依頼を受けられる場所も聞いてみたい」


「そうだな」


 アンジェリカがそう言う理由は分かっている。


 弟と妹。


 そして、病弱な妹の治療費。


 勇者の仲間として働いていたのも、結局は家族のためだった。


 俺たちとの旅なら、強い魔物や危険な依頼もこなせる。


 だから――。


 アンジェリカにとって、この旅は遊びではない。


 家族のための旅でもある。


「ユイナの兄様」


「何だ?」


「この町で、何か依頼を受けられればよいのだが」


「任せる」


「……ユイナの兄様は?」


「俺は飯を探す」


「……はい」


 アンジェリカは困ったように笑った。


 その日の午後。


 俺たちは宿を見つけた。


 食事も出る。


 しかも、街道沿いの宿にしては安い。


「今日はここでいいな」


「うん!」


 ユイナが喜ぶ。


 リナも安心したように頷いた。


 俺は椅子に座った。


 そして――。


 出てきた料理を食べる。


「……うまい」


「そればっかりだね」


「重要なことだ」


 ユイナが笑う。


 アンジェリカも笑う。


 リナも笑っている。


 俺も少しだけ口元を緩めた。


 その時。


 宿の窓から町を見た。


 夕暮れの町。


 通りを歩く人々。


 みんな笑っている。


 誰もが。


 まるで――。


 笑わなければならないかのように。


「……」


 俺の右膝が、ほんの少し痛んだ。


「……何だ?」


 手を膝に置く。


 赤い光は出ていない。


 ただの痛みだ。


 そう思った。


 この時は。


第2話 働かない兄様


 翌朝。


「ユイナの兄様。起きてください」


「……眠い」


「朝です」


「知ってる」


「では、起きてください」


「嫌だ」


 俺は布団を頭までかぶった。


 ユイナが横から覗き込む。


「お兄ちゃん」


「何だ」


「町に行こうよ」


「俺は行かない」


「なんで?」


「眠い」


「昨日も寝たじゃん」


「寝ても眠い時はある」


 アンジェリカがため息をついた。


「……本当に自由な奴だ」


「そうだな」


「褒めていない」


「知ってる」


 結局、ユイナたちは町へ出ていった。


「じゃあ、お兄ちゃん。私たち行ってくるね」


「おう」


「ちゃんと起きてね」


「たぶん」


「たぶんじゃない!」


 ドアが閉まった。


 静かになった。


 俺は目を閉じた。


 ――寝た。


 昼。


 腹が減った。


「……飯」


 起きる。


 宿を出る。


 町を歩く。


 すると。


「おや、昨日の兄ちゃんじゃないか」


 宿の主人が声をかけてきた。


「何してる?」


「飯」


「それ以外は?」


「ない」


「……」


 主人が呆れた顔をする。


 俺は食堂へ入った。


 昼食を食べる。


 すると、向かいの席に座っていた男が俺を見る。


「兄ちゃん、旅人だろ?」


「ああ」


「仕事は?」


「してない」


「……」


「何だ?」


「いや……一緒にいた女の子たちは朝から町の手伝いをしてるぞ」


「そうなのか」


「知らなかったのか?」


「寝てたからな」


 男は呆れたように笑った。


 俺は気にせず飯を食った。


 その頃――。


「こんにちは!」


 ユイナは市場で荷物運びを手伝っていた。


「ありがとう、ユイナちゃん!」


「これくらい平気だよ!」


 アンジェリカは薬屋で棚を整理している。


「この薬は、こちらでよろしいでしょうか?」


「ああ、助かるよ!」


 リナは子どもたちと遊んでいた。


「ねえ、お姉ちゃん!」


「どうしたの?」


「この遊び知ってる?」


「知らない」


「教えてあげる!」


「うん」


 そんな三人を、町の人たちはすぐに好きになった。


「あの子たちはいい子だな」


「礼儀もいい」


「女の子三人だけなら、もっとゆっくりしていってほしいね」


 そして――。


「ところで、あの男は?」


「……寝てるんじゃない?」


「またかよ」


 こうして、町の中で俺の評判は早くも決まった。


 ――何もしない男。


 夕方。


 宿へ戻ってきたユイナたちが、俺を見つける。


「お兄ちゃん!」


「おかえり」


「何してたの?」


「寝てた」


「やっぱり!」


 ユイナが頬を膨らませる。


「私たち、今日いっぱい働いたんだよ!」


「そうか」


「町の人たちもすごく喜んでくれた!」


「よかったな」


「お兄ちゃんは何も思わないの?」


「思うぞ」


「何を?」


「腹が減った」


「もう!」


 アンジェリカが笑う。


「ユイナの兄様。食事ならもうすぐ出てくるそうだ」


「それは朗報だ」


「……本当にそれだけか」


「何が?」


「いえ」


 アンジェリカは小さく首を振った。


 その夜。


 食事を終えた俺は、宿の外へ出た。


 町は静かだった。


 昼間とは違う。


 それでも――。


 窓の向こうには笑顔がある。


 家族で笑っている。


 店を閉めながら笑っている。


 子どもたちも笑っている。


「……」


 俺は立ち止まった。


 また、膝が痛んだ。


 今度は少しだけ強く。


「何なんだ……」


 その時。


 路地の奥から、小さな声が聞こえた。


「……笑えない」


「……?」


 俺は振り返った。


 だが、そこには誰もいなかった。


 気のせいだったのかもしれない。


 俺は宿へ戻った。


 まだ、この町のことを何も知らない。


 けれど――。


 何かがおかしい。


 その感覚だけが残った。


第3話 チョコレート


 翌日。


 俺は朝から機嫌がよかった。


 理由は簡単だ。


 昨日、菓子屋を見つけたからだ。


「お兄ちゃん、また買ったの?」


「チョコレートだ」


「見れば分かるよ」


 俺は包装を開ける。


 甘い匂いがした。


 旅に出てから、こういうものを食べる機会は減っていた。


「一つ食べる?」


 ユイナに差し出す。


「いいの?」


「ああ」


「じゃあ、もらう!」


 ユイナが嬉しそうに受け取った。


 アンジェリカも少し興味を示している。


「……私も一ついただいても?」


「好きにしろ」


「ありがとうございます、ユイナの兄様」


 リナもじっと見ている。


「リナも食うか?」


「いいの?」


「ああ」


 三人に渡す。


 そして俺も一つ食べた。


「……うまい」


「お兄ちゃん、それ昨日からずっと言ってる」


「重要だからな」


 町の中央広場。


 俺たちはベンチに座っていた。


 そこへ――。


 一人の少年が通りかかった。


 十歳くらいだろうか。


 少年は俺たちの前を通り過ぎた。


 だが。


 何度もこちらを見る。


 視線は、俺の手元。


「……」


 俺はチョコレートを見る。


 少年を見る。


 またチョコレートを見る。


「欲しいのか?」


 少年は慌てて首を振った。


「い、いらない!」


「そうか」


 俺は食べようとした。


 少年の視線がまたチョコレートに戻る。


「……」


 俺はため息をついた。


「ほら」


「え?」


 チョコレートを差し出す。


「やる」


「でも……」


「俺はもう腹いっぱいだ」


「お兄ちゃん、まだ二個しか食べてないよ」


「腹いっぱいなんだ」


「嘘でしょ」


 ユイナが呆れる。


 少年は恐る恐る受け取った。


「ありがとう!」


 その笑顔は、本当に嬉しそうだった。


 だが。


「兄ちゃん!」


 遠くから声がする。


 少年より少し年上の男の子が走ってきた。


「勝手にいなくなるなよ!」


「お兄ちゃん!」


 兄弟らしい。


「それ……どうした?」


「もらった!」


 弟がチョコレートを見せる。


 兄は俺を見る。


「……ありがとうございます」


「いい」


「でも……」


 兄はチョコレートを二つに割った。


 俺は何となく見ていた。


 兄の手元。


 明らかに大きい方と、小さい方。


 兄は大きい方を自分の前に置いた。


 弟は小さい方を取ろうとする。


 その瞬間。


「……やっぱり、こっち」


 兄が大きい方を弟へ渡した。


「え?」


「俺、そんなに食べたくないから」


「でも、お兄ちゃんの方が大きいよ?」


「いいんだよ」


「……ありがとう」


 弟が笑った。


 兄も笑った。


 俺は二人を見ていた。


「……兄貴ってのは、大変だな」


 思わず笑う。


 ユイナが俺を見る。


 アンジェリカも。


 リナも。


 誰も何も言わなかった。


 ただ。


 アンジェリカが、少しだけ柔らかい表情をしていた。


「ユイナの兄様」


「何だ?」


「……いえ」


「何だよ」


「いえ。本当に、何でもない」


 ユイナが俺の横に座る。


「お兄ちゃんって、優しいよね」


「そうか?」


「うん」


「チョコやっただけだぞ」


「でも、あげたでしょ?」


「俺が食いたくなくなっただけだ」


「はいはい」


 ユイナが笑う。


 リナも兄弟を見ながら呟いた。


「……いいお兄ちゃんだね」


「ああ」


 俺は答えた。


「弟を大事にしてる」


 その言葉を口にした瞬間。


 ――ズキッ。


「……っ」


 右膝に痛みが走った。


「お兄ちゃん?」


「……大丈夫だ」


 俺は膝を押さえる。


 頭の奥に、一瞬だけ何かが浮かんだ。


 誰かの背中。


 小さな手。


 俺を呼ぶ声。


 ――兄ちゃん。


「……」


 消えた。


 何だったのか分からない。


 けれど。


 胸の奥に、妙な寂しさだけが残った。


 アンジェリカが俺を心配そうに見ている。


「ユイナの兄様……?」


「大丈夫だ」


「本当に?」


「ああ」


 俺は立ち上がった。


 そして、兄弟を見る。


 二人はもうチョコレートを食べ終えていた。


「じゃあな」


「ありがとう、お兄ちゃん!」


「またね!」


 二人は手を振りながら走っていく。


 俺も手を上げた。


 その背中を見ながら思う。


 俺にも――。


 あんなふうに大切な誰かがいたのだろうか。


 弟のような存在。


 まだ思い出せない。


 それでも。


 なぜか、胸が温かくなった。


「お兄ちゃん」


 ユイナが俺の隣に立つ。


「何だ?」


「……きっと、思い出せるよ」


「何を?」


「お兄ちゃんの大事な人」


「……」


 俺はユイナを見る。


 ユイナは笑っていた。


「私が一緒に探すから」


「……そうか」


 俺はそれ以上、何も言わなかった。


 ただ――。


 町の人たちが笑っている中で。


 あの兄弟の笑顔だけは、妙に心に残った。


 そして俺は、まだ知らなかった。


 この町では――。


 「笑顔」でいることそのものが、誰かを苦しめていることを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。