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兄様は膝が痛い痛いと言いながら意外と私のストーカーでした。  作者: ぱんだでぴょん


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39話

朝。


 いつものように、俺はベッドの上で目を覚ました。


「お兄ちゃん、起きて!」


「……」


「お兄ちゃん!」


「……起きてる」


「目、閉じてるよ?」


「……心の目は開いてる」


「またそれ言ってる」


 ユイナの呆れた声が聞こえる。


 俺はゆっくりと目を開けた。


 窓から朝の光が差し込んでいる。


 いつもの朝。


 いつもの家。


 けれど――


 今日は、少しだけ違う。


「……そろそろ行くか」


 俺が呟く。


「え?」


 ユイナが首を傾げる。


「どこへ?」


「分からない」


「……え?」


「分からないけど、ここにずっといるわけにもいかないだろ」


 俺はベッドから起き上がった。


 右膝をさする。


 ズキッ。


「……痛い」


「もう……」


 ユイナが心配そうに俺を見る。


「最近、前より痛くなってない?」


「そうか?」


「うん」


「まあ、動けるから問題ない」


「そういう問題じゃないよ」


 ユイナが頬を膨らませる。


 俺は少しだけ笑った。


「それより――」


 俺は窓の外を見る。


 エルビス村。


 俺たちが暮らしてきた場所。


 村の人たち。


 そして――


 自分の過去。


「俺は、自分のことを何も知らない」


「……」


「昔の記憶もない」


 右膝を見る。


「この膝のことも分からない」


 そして――


 頭の中に浮かぶ。


 母。


 父。


 封印。


 黒い石。


 俺を「兄様」と呼ぶ、誰か。


「だから――」


 俺は小さく息を吐いた。


「少し、探してみようと思う」


「探すって……何を?」


「俺自身を」


 ユイナはしばらく黙っていた。


 そして――


「私も行く」


「……」


「お兄ちゃんが行くなら、私も行く」


「危ないぞ」


「分かってる」


「敵もいる」


「うん」


「何が起こるか分からない」


「それでも行く」


 ユイナは俺を見る。


「だって、私はお兄ちゃんの妹だから」


「……」


「お兄ちゃんだけで探しに行くなんて、嫌だよ」


 俺は何も言わなかった。


 ただ――


 少しだけ、胸が温かくなった。


「……分かった」


「本当?」


「ああ」


 ユイナが笑う。


「じゃあ、一緒に行こうね」


「そうだな」


 その時。


「話は聞いたよ」


 扉の方から声がした。


 アンジェリカだった。


 いつの間に来たのか。


 杖を持って立っている。


「アンジェリカ」


「朝から聞こえてきたからね」


 アンジェリカは俺を見る。


「自分探しの旅か」


「ああ」


「目的地は?」


「ない」


「……ない?」


「行き先を決めてない」


 アンジェリカが呆れた顔をする。


「じゃあ、どこへ行くんだ?」


「知らない」


「……」


「歩いていれば、何か見つかるかもしれない」


「相変わらず適当だな」


「面倒だからな」


「そういうところだけは変わらないね」


 アンジェリカは苦笑した。


 そして――


「私も行く」


「……アンジェリカも?」


「当然だろ」


 アンジェリカは杖を肩に乗せる。


「ユイナの兄様の過去には、何かがある」


「そうなのか?」


「封印。


 古代の黒い石。


 魔族。


 それに、あの少女」


 アンジェリカは真剣な顔になる。


「私も気になる」


「妹さんは?」


「……」


 アンジェリカは少しだけ目を伏せる。


「妹たちは、ここから離れた場所にいる」


「そうか」


「治療費も必要だし、旅をしながら仕事を探す」


 そして――


「それに、ユイナもいるからね」


「……友達だから?」


 俺が聞く。


「そう」


 アンジェリカは少し照れたように笑う。


「大切な友達を放っておけないだろ」


 ユイナが嬉しそうに笑う。


「アンジェリカさんも一緒ですね!」


「ああ」


「よかった!」


「……ただし」


 アンジェリカがユイナを見る。


「無茶はするなよ」


「分かってます!」


「本当に?」


「はい!」


「……信用できないな」


「えー!」


 そんな二人のやり取りを見ながら――


「じゃあ、三人か」


 俺が呟く。


 その時だった。


「私も行きます」


 小さな声。


 振り返る。


 そこにいたのは――


 リナだった。


「リナ?」


「はい」


 リナは俺を見る。


「私も、一緒に行きたいです」


「危ないぞ」


「分かっています」


「まだ水の力も、ちゃんと使えないだろ」


「……はい」


 リナは少し俯く。


 それでも――


「でも、私は何も知らないんです」


「……」


「自分の名前しか覚えていない」


 小さな手を握る。


「私が誰なのか。


 どこから来たのか。


 どうして一人であんな場所にいたのか」


 そして――


「知りたいです」


 リナは俺を見る。


「兄様たちと一緒なら、少しずつ分かる気がします」


「……」


 ユイナがリナの肩へ手を置く。


「一緒に行こう」


「ユイナお姉ちゃん……」


「私たちも、リナのこと知りたいから」


 リナが小さく笑う。


「はい」


 俺は三人を見る。


 ユイナ。


 アンジェリカ。


 リナ。


「……分かった」


 三人の顔が明るくなる。


「一緒に行こう」


「はい!」


「うん」


「はい、兄様」


 こうして――


 俺たち四人は、旅に出ることになった。


 ただし。


 行き先は決まっていない。


 王都へ行くわけでもない。


 特定の場所を目指すわけでもない。


 俺の過去について、どこへ行けば分かるのかすら――


 俺には分からない。


「……本当に、当てのない旅だな」


 俺が呟く。


「いいじゃないですか」


 ユイナが笑う。


「歩いていれば、何か見つかりますよ」


「そうかな」


「はい!」


 リナも頷く。


「私も、いろいろ見てみたいです」


「まあ、そういう旅も悪くないか」


 アンジェリカが言った。


「目的地がないなら、目的地を作ればいい」


「どうやって?」


「そのうち決まるよ」


「……適当だな」


「お前に言われたくない」


 俺は少し笑った。


 だが――


 その時。


「……待って」


 アンジェリカが突然、真剣な顔になった。


「村のことを忘れてる」


「村?」


「私たちがいなくなった後、誰が村を守る?」


 部屋の空気が変わった。


「確かに」


 ユイナも頷く。


「村には、まだ強い魔物が来るかもしれない」


「村の人たちは訓練したけど……」


 アンジェリカが考え込む。


「まだ十分とは言えない」


 リナも不安そうに尋ねる。


「じゃあ、どうするんですか?」


「……」


 俺は窓の外を見る。


 村の広場。


 畑。


 家。


 そして――


 その向こうにいる、小さな黒い影。


「……ミロがいるじゃないか」


「……あ」


 ユイナが声を上げる。


「そうだな」


 アンジェリカも頷く。


「ミロなら――」


 リナが言った。


「そうだな」


 ミロは強い。


 俺たちが戦った時も。


 村で働いている時も。


 その力は、明らかに普通ではなかった。


「でも……」


 ユイナが少し心配そうに言う。


「村の人たちは、まだミロを完全には信用してないよね」


「最初はな」


 俺は答える。


「でも、最近は違う」


 俺は村の広場を見る。


 そこでは、ミロが村人と一緒に荷物を運んでいた。


「前より、ずっと話してる」


「そうだね」


 アンジェリカが頷く。


「それに、あいつは自分から村を助けてる」


「はい」


 ユイナも笑う。


「ミロは、もうこの村を大切に思ってると思います」


「……」


 その時。


 外から大きな声が聞こえた。


「村長様! これ、こちらでよろしいでしょうか!」


 ミロの声だった。


「うむ、そこへ置いてくれ!」


 村長の声が返る。


 俺たちは家を出た。


 広場へ向かう。


 そこでは、ミロが大きな荷車を一人で持ち上げていた。


「……」


 村人たちが唖然としている。


「ミ、ミロ……」


「はい、村長様」


「その荷車……どうするつもりじゃ?」


「運びます」


「いや、持ち上げなくても……」


「こちらの方が早いので」


 ミロは何でもない顔で荷車を持ち上げる。


「……」


 アンジェリカが呟いた。


「やっぱり、こいつの力は異常だな」


「そうだな」


 俺も頷く。


 ミロが俺たちに気づいた。


「ユイナ様のお兄様……」


 ミロがこちらへ近づいてくる。


「どうされましたか?」


「少し話がある」


「はい」


 俺はミロを見る。


「俺たちは、この村を出る」


「……!」


 ミロの顔が固まった。


「ユイナ様も……?」


「ああ」


「アンジェリカ様も……」


「そう」


「リナ様も……」


「はい」


 リナが頷く。


 ミロは少し寂しそうに目を伏せた。


「……そうですか」


「行き先は決まってない」


「はい」


「ただ、俺の過去を探す」


「分かりました」


 ミロは小さく頷いた。


「それなら……僕も――」


「お前は残れ」


「……」


 ミロが顔を上げる。


「この村を守ってほしい」


「僕が……?」


「ああ」


 俺は村を見る。


「村には、まだ強い魔物が来るかもしれない」


「……」


「俺たちがいない間、ここを守る奴が必要だ」


 ミロは黙っていた。


 やがて――


「僕で、いいんでしょうか」


「いい」


 俺は即答した。


「お前が一番強いからな」


「……!」


 ミロが目を見開く。


「それに」


 俺は続ける。


「お前は、もう前とは違う」


「……」


「俺はそう思ってる」


 ミロの小さな手が震えた。


「ユイナ様のお兄様……」


「なんだ?」


「……僕に、この村を守らせてください」


「ああ」


「僕が……必ず守ります」


 ユイナが笑う。


「ミロなら大丈夫だよ」


「ユイナ様……」


「村のみんなも、きっと分かってくれる」


 アンジェリカも頷いた。


「私も賛成だ」


「アンジェリカ様……」


「お前がこの村を守るなら、私も安心して旅に出られる」


「……はい」


 リナも小さく笑った。


「ミロ、頑張ってください」


「リナ様……」


 ミロは三人を見つめる。


 そして――


 深く頭を下げた。


「ありがとうございます」


 その様子を見ていた村長が、一歩前へ出た。


「ミロ」


「はい、村長様」


「この村を……任せてもよいか?」


 ミロは村を見渡した。


 自分がかつて襲った村。


 今では、自分が守ろうとしている村。


「はい」


 ミロは、はっきりと答えた。


「僕が守ります」


 村長は静かに頷いた。


「ならば――」


 村長は村人たちを見る。


「ミロに、このエルビス村の守護を任せる」


 村人たちがざわめく。


 だが――


「……頼むぞ、ミロ」


 一人の村人が言った。


「俺たちも頑張る」


 別の村人も頷く。


「一緒に村を守ろう」


「……!」


 ミロの目が少し潤んだ。


「はい……!」


 ミロは笑った。


「皆様と一緒に、この村を守ります!」


 俺は、その光景を黙って見ていた。


 かつて敵だった存在が。


 今は――


 この村を守ろうとしている。


「……悪くないな」


 俺が呟く。


「何が?」


 ユイナが聞く。


「いや」


 俺は村を見る。


「任せても大丈夫そうだ」


「うん!」


 ユイナが笑う。


 そして――


 出発の日が来た。


 必要な荷物だけをまとめる。


 食料。


 水。


 魔法道具。


 旅に必要な最低限のもの。


「お兄ちゃん、これ持って」


「多いな」


「旅だからね」


「……面倒だ」


「もう!」


 ユイナが笑う。


 アンジェリカは杖を確認している。


 リナは小さな荷物を背負っている。


「忘れ物はありませんか?」


 リナが確認する。


「大丈夫」


 アンジェリカが答える。


「ユイナは?」


「大丈夫!」


 そして俺は――


 右膝をさする。


「……痛い」


「出発前から?」


 アンジェリカが呆れる。


「いつものことだ」


「まあ、お前らしいけどね」


 村の入口には、村長や村人たちが集まっていた。


「どうか、気をつけてくだされ」


 村長が言う。


「ああ」


 俺は短く答える。


 ユイナが頭を下げる。


「皆さん、ありがとうございました!」


 リナも続く。


「ありがとうございました」


 アンジェリカも頷いた。


「世話になったね」


 そして――


 ミロが俺たちの前に立った。


「ユイナ様のお兄様」


「なんだ?」


「どうか……お気をつけて」


「お前もな」


「はい」


 俺は少しだけ考える。


 そして――


「……頼んだ」


 ミロの目が大きくなる。


「はい!」


 ミロは強く頷いた。


「必ず、この村を守ります!」


 俺たちは歩き出した。


 一歩。


 また一歩。


 エルビス村が少しずつ遠くなっていく。


 ユイナが振り返る。


「お兄ちゃん」


「ん?」


「また、帰ってこようね」


「……ああ」


 アンジェリカも村を見る。


「次に戻ってきた時、村がどうなってるか楽しみだね」


 リナも笑う。


「きっと、もっと強くなっています」


「そうだな」


 俺は前を見る。


 道の先には――


 何もない。


 目的地もない。


 地図に書かれた行き先もない。


 ただ、知らない道が続いている。


 それでいい。


 俺には、まだ分からないことが多すぎる。


 俺は何者なのか。


 母は何を残したのか。


 父はどこにいるのか。


 右膝に封じられた力は何なのか。


 俺を「兄様」と呼ぶ、あの声の主は誰なのか。


 そして――


 ユイナと俺の過去には、何が隠されているのか。


 答えは、どこにあるのか分からない。


 だから――


 歩く。


 見つけるまで。


 俺は右膝をさする。


「……痛い」


「また?」


 ユイナが笑う。


「まあな」


「大丈夫?」


「ああ」


 アンジェリカが呆れたように笑う。


「旅が始まったばかりなのに、もう膝が痛いのか」


「仕方ないだろ」


 リナも笑った。


「兄様らしいですね」


「そうか?」


「はい」


 俺たちは歩き続ける。


 行き先はない。


 目的地もない。


 ただ――


 自分たちの知らない世界へ。


 自分たちの知らない過去へ。


 そして、まだ見ぬ答えへ。


 俺たちは歩き出した。


 この先に何が待っているのか。


 誰に出会うのか。


 どんな場所へ辿り着くのか。


 俺には、何も分からない。


 でも――


 それでいい。


 ユイナがいる。


 アンジェリカがいる。


 リナがいる。


 そして、エルビス村にはミロがいる。


 だから俺は――


 少しだけ前を向いた。


「……行くか」


「はい!」


「うん」


「はい、兄様」


 四人の足音が、静かな道に響く。


 そして――


 俺たちの旅は、ここから始まる。

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