38話
翌朝。
「ユイナ様のお兄様!」
「……」
俺は布団の中で目を開けた。
「朝ですよ!」
「……早いな」
「はい!」
扉の向こうから、元気な声が聞こえる。
昨日と同じだ。
「……ミロか」
「はい!」
俺はゆっくり起き上がる。
右膝をさする。
ズキン。
「……痛い」
「大丈夫ですか!?」
「いつものだ」
「そうですか……」
ミロは少し心配そうだった。
「では、朝食ができています!」
「……もう?」
「はい!」
俺は部屋を出る。
リビングには、ユイナとリナがいた。
「お兄ちゃん、おはよう!」
「兄様、おはようございます」
「……ああ」
テーブルの上には、朝食が並んでいる。
スープ。
パン。
簡単な野菜料理。
「今日はミロがほとんど作ったんですよ」
ユイナが嬉しそうに言う。
「そうか」
俺は椅子に座る。
ミロも少し離れたところに立っている。
「……座らないのか?」
「え?」
「飯だろ」
「でも……」
「一緒に食えばいい」
「……!」
ミロの目が大きくなる。
「はい!」
ミロは嬉しそうに席についた。
四人で朝食を食べる。
ミロがここにいることが――
少しずつ、当たり前になってきていた。
◇ ◇ ◇
朝食が終わる。
「では、今日も村へ行ってきます!」
「何をするの?」
リナが尋ねる。
「今日も村長様に聞いてみようと思っています!」
「村長に?」
「はい!」
ミロは胸を張った。
「僕にできることがないか、聞いてきます!」
「頑張ってね」
ユイナが笑う。
「はい、ユイナ様!」
ミロは元気よく返事をした。
「では、行ってきます!」
ミロが家を出ていく。
俺はその背中を見ながら――
「……あいつ、本当に張り切ってるな」
「はい」
リナが頷いた。
「昨日より嬉しそうです」
「そうか」
ユイナが笑う。
「きっと、少しずつ村の人たちと話せるようになったからだよ」
「……そうだな」
◇ ◇ ◇
村長の家。
「村長様!」
「おお、ミロか」
村長は少し驚いた顔をした。
「今日は何の用じゃ?」
「僕に何かできる仕事はありませんか?」
「仕事?」
「はい!」
ミロは頭を下げる。
「もっと村のお手伝いがしたいです!」
「ふむ……」
村長は腕を組んだ。
「そうじゃな」
少し考えてから――
「では、井戸の周りを見てきてもらえるか?」
「井戸ですか?」
「ああ。最近、周囲の土が崩れてきておる」
「分かりました!」
ミロはすぐに走り出した。
「お、おい!」
「はい?」
「急がなくてもよいぞ」
「すみません!」
村長は苦笑した。
「まったく……」
◇ ◇ ◇
村の井戸。
「……確かに」
ミロは周囲を見る。
井戸の石垣が少し崩れている。
このまま放っておけば、さらに崩れるかもしれない。
「直しましょう!」
ミロは石を拾う。
一つ。
二つ。
三つ。
大きな石も軽々と持ち上げる。
「おい、ミロ」
近くにいた村人が声をかけた。
「それは俺たちも手伝うぞ」
「え?」
「一人でやるより早いだろ」
「……!」
ミロが少し驚く。
「はい!」
村人たちと一緒に作業を始める。
石を運ぶ。
土をならす。
崩れた部分を組み直す。
「そこ、もう少し右だ」
「ここですか?」
「そうそう」
「分かりました!」
ミロが石を置く。
「どうですか?」
「うん。いいぞ」
「……!」
ミロの顔が嬉しそうに輝いた。
「ありがとうございます!」
「いや、こっちも助かってる」
村人はそう言って、作業を続けた。
最初は――
少し離れていた。
だが。
気がつけば、ミロの隣で一緒に作業している。
その光景を、村長は遠くから見ていた。
「……少しずつじゃな」
◇ ◇ ◇
昼。
「ミロ!」
村人の声が飛ぶ。
「はい!」
「こっちを手伝ってくれ!」
「分かりました!」
「その荷物を運んでくれ!」
「はい!」
「薪も頼めるか?」
「もちろんです!」
ミロは村中を走り回っていた。
荷物を運ぶ。
壊れた道具を直す。
柵を補強する。
薪を割る。
農具を運ぶ。
頼まれれば、何でも引き受けた。
「ミロ」
「はい?」
「これ、直せるか?」
村人が壊れた農具を差し出す。
「やってみます!」
ミロはしゃがみ込む。
折れた部分を確認する。
「ここですね」
手を当てる。
淡い魔力が流れる。
ギュッ。
壊れた部分がしっかりと固定される。
「……おお」
「これで使えます!」
村人が農具を持ち上げる。
「本当だ」
「よかったです!」
「ありがとうな、ミロ」
「……!」
ミロの動きが止まった。
「……はい!」
嬉しそうに頭を下げる。
◇ ◇ ◇
その頃。
村の子供たちが走り回っていた。
「ミロ!」
「はい?」
「これ見て!」
一人の子供が木の棒を持ってくる。
「剣!」
「おお」
ミロがしゃがんで見る。
「かっこいいですね!」
「ミロも戦えるんだろ?」
「え?」
「この前、魔物と戦ってたって聞いた!」
「……」
ミロの表情が少し曇る。
「はい」
「強い?」
「……強くないです」
「見せて!」
「えっ?」
「戦うところ!」
「それは――」
ミロが困った顔をする。
その時。
「こら!」
近くにいた村人が子供たちを止めた。
「ミロは、もう戦わなくていいんだ」
「えー!」
「仕事を手伝ってくれてるんだから、邪魔するな」
「はーい……」
子供たちが走っていく。
「……」
ミロは、その背中を見つめる。
村人が言った。
「悪かったな」
「いえ」
ミロは首を横に振る。
「大丈夫です」
そして――
少しだけ笑った。
◇ ◇ ◇
夕方。
村の広場。
ユイナとアンジェリカが、村人たちの訓練をしていた。
「もう一度!」
アンジェリカが声をかける。
「はい!」
村人たちが動く。
ユイナも一緒に走る。
「逃げる時は、一人で走らない!」
「はい!」
「でも、無理して助けに戻るのも駄目です!」
ユイナが教える。
「まず自分の安全を確保して、それから助ける!」
「はい!」
その少し離れたところで――
ミロが荷物を運んでいた。
「ミロ!」
ユイナが声をかける。
「はい、ユイナ様!」
「それ終わったら、こっち手伝って!」
「分かりました!」
アンジェリカがミロを見る。
「ずいぶん働くようになったな」
「はい!」
「疲れないの?」
「大丈夫です!」
ミロは笑った。
「僕、こういうの好きです!」
「そう」
アンジェリカは少し笑う。
「なら、頑張りすぎないようにな」
「はい、アンジェリカ様!」
その呼び方に――
アンジェリカが少しだけ目を丸くする。
「……様、か」
「はい?」
「いや」
アンジェリカは苦笑する。
「何でもない」
そして、ミロの頭を軽く撫でる。
「頑張りな」
「……!」
「はい!」
ミロは嬉しそうに笑った。
◇ ◇ ◇
夜。
家。
夕食の時間。
「今日もいっぱい手伝ったね」
ユイナが言う。
「はい!」
ミロは嬉しそうに答える。
「井戸を直しました」
「すごい!」
「農具も直しました」
「もっとすごい!」
「薪も運びました」
「働きすぎじゃない?」
「まだまだできます!」
「もう……」
ユイナが笑う。
リナも笑った。
「ミロ、楽しそう」
「はい!」
ミロは頷く。
「今日、村の人に何度もありがとうって言ってもらえました」
「よかったね」
「はい!」
ミロは胸元に手を当てる。
「……嬉しかったです」
俺は黙ってそれを聞いていた。
そして――
「……なら、よかったな」
「……!」
ミロが俺を見る。
「ユイナ様のお兄様……」
「なんだ?」
「ありがとうございます」
「何が?」
「僕を、ここに置いてくれて」
「……」
「僕、前は……」
ミロは少し俯く。
「この村の人たちに怖がられて当然のことをしました」
誰も口を挟まない。
「だから……」
ミロは拳を握った。
「少しでも、みんなの役に立ちたいです」
俺はミロを見る。
「そうか」
「はい」
「だったら、やればいい」
「……!」
「お前がやりたいならな」
ミロの目が少し潤む。
「はい!」
元気な返事が返ってきた。
◇ ◇ ◇
それから数日。
ミロは毎日、村の仕事を手伝った。
最初は――
ミロが近づくと、会話が止まった。
少し離れた場所から様子を見る者もいた。
だが。
毎日働く。
困っている者がいれば助ける。
頼まれれば断らない。
そして――
何より。
村の人々に危害を加えない。
その積み重ねによって。
少しずつ。
本当に少しずつ。
村人たちの中から、ミロを怖がらなくなる者が増えていった。
「ミロ、これ頼めるか?」
「はい!」
「ミロ、こっちも頼む」
「分かりました!」
「助かったよ」
「ありがとうございます!」
そんな会話が――
当たり前になり始めていた。
ある日の夕方。
村の老人がミロに声をかけた。
「ミロ」
「はい!」
「これからも頼むぞ」
「……!」
ミロが固まる。
「……はい!」
その返事は――
今までで一番嬉しそうだった。
◇ ◇ ◇
その日の夜。
村長の家。
村長と何人かの有力者たちが集まっていた。
「ミロのことですが……」
一人が口を開く。
「最近、村の者たちもかなり慣れてきましたな」
「うむ」
村長が頷く。
「最初はどうなることかと思ったが……」
「よく働いております」
「それに、力もある」
「壊れた柵や井戸まで直した」
別の男が続ける。
「何より――」
一人が言った。
「この数日、村人を助けることはあっても、傷つけることは一度もない」
「……」
村長は黙って考える。
「しかし」
別の者が口を開いた。
「忘れてはいけません」
「何をじゃ?」
「ミロは、以前この村を襲った存在です」
部屋が静かになる。
「もし、また敵に回ったら……」
「……」
誰も答えられない。
その時。
村長がゆっくり口を開いた。
「だからこそ――」
全員が村長を見る。
「見ておく必要がある」
「……ミロを?」
「ああ」
村長は窓の外を見る。
そこには、村の明かりが見えていた。
「信頼とは、一日で生まれるものではない」
「……」
「じゃが」
村長は小さく笑った。
「この村には、これから先もミロの力が必要になるかもしれん」
誰も反論しなかった。
◇ ◇ ◇
そして――
さらに数日後。
村の外から、また魔物の遠吠えが聞こえた。
「……」
村人たちが一斉に森を見る。
以前なら――
恐怖するだけだった。
だが今は違う。
訓練を続けている。
武器を持つ者も増えた。
逃げる方法も覚えた。
それでも――
村長は森を見つめる。
「……まだ足りん」
小さく呟いた。
村人たちは強くなっている。
しかし。
強力な魔物を相手にするには、まだ戦力が足りない。
「もし、次に大きな群れが来たら……」
誰かが呟く。
「この村だけでは、守りきれないかもしれません」
村長は答えなかった。
その時。
遠くから――
「村長様!」
声が聞こえた。
ミロだった。
「どうしました?」
村長が振り返る。
ミロは森を見る。
「魔物ですか?」
「ああ」
「……」
ミロの表情が変わる。
「なら」
ミロは村の前へ歩き出した。
「僕も、守ります」
「ミロ……」
村長は、その背中を見る。
小さな身体。
だが――
その背中には、以前とは違うものがあった。
村人たちも、ミロを見る。
そして。
誰も逃げなかった。
誰も、ミロを止めなかった。
ただ――
ミロの隣に立つ者が、一人。
また一人と増えていった。
「……一緒に守ろう」
村人の一人が言った。
「はい!」
ミロが笑った。
その瞬間。
村長は、ふと思った。
もしかすると――
この小さな存在は。
いつか、この村を守る存在になるのかもしれない。




