37話
翌朝。
「……」
目を覚ます。
いつもなら、まだ静かな時間だ。
俺は布団の中で、しばらく天井を見ていた。
右膝が――
ズキン。
「……痛い」
いつものことだ。
俺は起き上がり、膝をさする。
すると――
「おはようございます!」
「……」
突然、部屋の外から声が聞こえた。
「……誰だ?」
「ミロです!」
「……」
俺はしばらく黙った。
そういえば。
昨日から、こいつが家にいる。
「……そうだったな」
俺は布団から出る。
扉を開ける。
すると――
「おはようございます!」
そこには、小さな人ではない存在――ミロが立っていた。
昨日までの黒いローブ姿とは違う。
今は、動きやすそうな服を着ている。
その手には――
箒。
「……何してるんだ?」
「掃除です!」
「朝から?」
「はい!」
ミロは元気よく答えた。
「この家に住ませてもらうことになったので……」
少しだけ視線を落とす。
「僕も、何かしないといけないと思って」
「……別に、そこまでしなくてもいいぞ」
「でも……」
ミロは箒を握り直した。
「何もしないでいるのは、落ち着かないんです」
「そうか」
「はい!」
俺はミロの横を通り過ぎる。
「……好きにしろ」
「はい!」
その返事だけは、やたらと元気だった。
俺はリビングへ向かう。
すると――
「お兄ちゃん、おはよう!」
ユイナが朝食を並べていた。
「おはようございます、兄様」
リナも椅子に座っている。
「……ミロ」
「はい!」
「朝から何してるの?」
「掃除です!」
「そっか」
ユイナは笑った。
「じゃあ、終わったら朝ご飯食べようね」
「……いいんですか?」
「もちろん」
「……!」
ミロの目が少しだけ大きくなった。
「はい!」
その返事を聞きながら、俺は椅子に座った。
「いただきます」
ユイナが手を合わせる。
「いただきます」
リナも続く。
「……いただきます」
ミロも小さく手を合わせた。
俺も食事を始める。
静かな朝だった。
だが――
「ミロ」
「はい?」
「このスープ、うまいな」
「……!」
ミロが固まった。
「僕が作りました」
「そうか」
「……」
「……どうした?」
「い、いえ!」
ミロは慌てて首を振った。
「なんでもありません!」
なぜか嬉しそうだった。
ユイナが笑う。
「ミロ、嬉しそうだね」
「……はい」
ミロは少し照れたように答えた。
「ユイナ様の兄様に、美味しいって言ってもらえたので」
「……そうか」
俺はそれ以上何も言わず、スープを飲んだ。
◇ ◇ ◇
朝食が終わると――
「じゃあ、僕は村へ行ってきます!」
「村へ?」
ユイナが首を傾げる。
「はい」
ミロは箒を置き、今度は小さな袋を持っていた。
「何をするの?」
「村長様に聞いたら、壊れた柵があるそうなので」
「直すの?」
「はい!」
ミロは胸を張った。
「僕、力仕事なら得意なので!」
「……」
俺はミロを見る。
「お前、魔法も使えるんだろ?」
「はい」
「なら、修理もできるのか?」
「たぶん!」
「たぶんか」
「やってみます!」
ミロは笑った。
「それじゃあ、行ってきます!」
「気をつけてね」
「はい!」
ミロは家を出ていった。
俺はその背中を見送る。
「……ずいぶん張り切ってるな」
「うん」
ユイナが笑った。
「ミロ、嬉しいんじゃないかな」
「何が?」
「ここにいていいって言われたこと」
「……」
俺は少し考えた。
「そうかもしれないな」
◇ ◇ ◇
エルビス村。
村の外れにある柵の前で――
「……ここですね」
ミロがしゃがみ込んでいた。
柵は、先日の戦いで壊れていた。
木材が折れ、何本かは地面に倒れている。
「これなら、僕でもできます」
ミロは折れた木材を持ち上げる。
軽々と。
それを見ていた村人が――
「……本当に力が強いんだな」
「はい!」
ミロは元気よく答える。
「このくらいなら大丈夫です!」
木材を立てる。
土を掘る。
支柱を固定する。
さらに――
「よいしょ……!」
折れた部分を補強する。
黙々と作業を続けていく。
村人たちは少し離れたところから見ていた。
誰も近づこうとはしない。
無理もない。
ミロは、少し前まで村を襲った側だった。
警戒するのは当然だ。
それでも――
ミロは気にしなかった。
ただ黙々と働いた。
「……できました!」
しばらくして。
柵が元の形に戻った。
「おお……」
村人の一人が声を漏らす。
「思ったより綺麗に直したな」
「本当ですか?」
「ああ」
「よかった……!」
ミロは嬉しそうに笑った。
その笑顔を見て――
村人の表情も、ほんの少しだけ柔らかくなる。
「……助かった」
「え?」
「ありがとうな」
「……!」
ミロが目を丸くする。
「い、いえ!」
慌てて頭を下げる。
「こちらこそ、ありがとうございます!」
「何でお前が礼を言うんだ?」
「えっと……」
ミロは少し考える。
「……分かりません!」
「ははっ」
村人が笑った。
ミロもつられて笑った。
その様子を――
少し離れた場所から、村長が見ていた。
「……悪くないかもしれんな」
小さく呟く。
◇ ◇ ◇
昼。
ミロは村の中を走り回っていた。
「次は何をすればいいですか?」
「そうだな……」
「薪割りならできます!」
「いや、それより倉庫の――」
「倉庫ですね!」
「まだ最後まで言ってないぞ」
「すみません!」
村人たちは苦笑する。
それでも――
「じゃあ、これを運んでくれ」
「はい!」
「こっちも頼めるか?」
「もちろんです!」
「ミロ、これ重いんだが……」
「任せてください!」
ミロは次々と仕事を引き受けていく。
荷物を運ぶ。
薪を運ぶ。
壊れた道具を直す。
農具を修理する。
できることなら何でも手伝った。
時には――
「ミロ、これ持てるか?」
大人でも二人がかりで運ぶ荷物。
「はい!」
ミロは両手で持ち上げた。
「……」
村人たちが固まる。
「……軽そうだな」
「はい!」
「いや、普通は重いんだぞ」
「そうなんですか?」
「……」
また笑いが起きた。
少しずつ。
本当に少しずつ。
村人たちの中から――
ミロを怖がるだけではない者が増えていった。
◇ ◇ ◇
夕方。
家に戻ると――
「ただいまー!」
ユイナの声が聞こえる。
「おかえり、ユイナ」
リナも一緒だ。
「兄様、戻りました」
「そうか」
俺はソファで横になっていた。
「お兄ちゃん、今日も寝てたの?」
「ああ」
「もう……」
ユイナが呆れたように笑う。
その時――
「ただいま戻りました!」
ミロが帰ってきた。
「おかえり!」
ユイナが笑う。
「今日はどうだった?」
「いっぱい仕事をしました!」
「そっか」
「柵を直して、倉庫を整理して、薪を運んで、壊れた農具も直しました!」
「すごいね!」
「はい!」
ミロは嬉しそうだった。
「村の人たちも、少しだけ話してくれました」
「よかったね」
「はい!」
ミロは笑った。
だが――
その笑顔の奥には、まだ少しだけ不安があった。
俺はそれに気づいた。
「……ミロ」
「はい?」
「無理するなよ」
「……」
ミロが俺を見る。
「僕は……」
少し迷ってから、口を開いた。
「ここにいてもいいんでしょうか」
「……」
「村の人たちは、まだ僕を怖がっています」
「そうだな」
俺は正直に答えた。
「でも、それは仕方ない」
「……はい」
「お前は前に、この村を襲ったからな」
ミロが俯く。
「……はい」
「だから、すぐに信用されるわけじゃない」
「……」
「時間が必要だ」
ミロが顔を上げる。
「時間……」
「ああ」
「じゃあ――」
ミロは拳を握った。
「頑張ります」
「……何を?」
「もっと、頑張ります」
俺は少し黙った。
「……そうか」
「はい!」
ミロは笑った。
ユイナも笑う。
「大丈夫だよ、ミロ」
「ユイナ様……」
「少しずつでいいんだから」
「……はい」
リナも頷いた。
「ミロなら、大丈夫」
「リナ様まで……」
「うん」
リナは小さく笑った。
「一緒に住んでるから」
「……!」
ミロの目が少し潤んだ。
けれど――
ミロは笑った。
「ありがとうございます」
その日の夜。
夕食を食べ終えると――
「僕、お皿洗います!」
「え?」
ユイナが驚く。
「いいよ、私がやるから」
「いえ!」
ミロは皿を集める。
「僕がやります!」
「でも――」
「僕がやりたいんです!」
ミロは笑った。
「この家に住ませてもらってるから」
「……」
ユイナが少し黙る。
そして――
「じゃあ、一緒にやろうか」
「はい!」
二人で皿を洗い始める。
リナは布巾を持って、その隣で皿を拭く。
俺は――
ソファで横になっていた。
「お兄ちゃんも手伝ってよ」
「……面倒だな」
「もう!」
ミロが小さく笑った。
「ユイナ様の兄様は、そのままでいいですよ」
「そうか」
「はい」
皿を洗う音。
ユイナの笑い声。
リナの静かな声。
そして――
ミロの嬉しそうな声。
以前なら、この家にそんな声が響くことはなかった。
俺は目を閉じる。
右膝が少し痛む。
「……」
でも。
今日は――
悪くない。
俺はそう思った。
◇ ◇ ◇
その夜。
ミロは、眠る前に一人で窓の外を見ていた。
エルビス村の明かり。
小さな家々。
そして――
今日、自分が直した柵。
「ありがとう」
そう言ってくれた村人の顔を思い出す。
「……」
ミロは胸元に手を当てる。
「もっと……頑張ろう」
まだ。
自分は、この村の仲間とは言えない。
まだ、怖がられている。
でも――
いつか。
この村の人たちに、心から信じてもらえるようになりたい。
そのために――
「僕、頑張ります」
小さく呟く。
その言葉を聞いていた者はいなかった。
けれど――
その夜から。
ミロの「村のためにできることを探す毎日」が始まった。




