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兄様は膝が痛い痛いと言いながら意外と私のストーカーでした。  作者: ぱんだでぴょん


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36話

「おまえは、たしか……」


 俺がそう言った瞬間。


 小さな存在が、びくっと身体を震わせた。


「……っ」


 フードの奥から、怯えた目がこちらを見ている。


 その目。


 その小さな身体。


 そして――


 黒いローブ。


「……」


 俺は思い出した。


 以前、エルビス村を襲った奴。


 ゴーレムを呼び出し、俺たちに襲いかかってきた存在。


「……あの時の奴か」


「……!」


 小さな存在の顔が青ざめる。


「お兄ちゃん?」


 後ろからユイナの声がする。


 俺は振り返った。


 ユイナとアンジェリカ、それにリナがこちらへ近づいてくる。


「どうしたの?」


「こいつだ」


 俺は小さな存在を指した。


「……!」


 ユイナの足が止まった。


 アンジェリカも目を見開く。


「……まさか」


 アンジェリカが杖を構える。


「前に村を襲った……」


「うん」


 ユイナも表情を変える。


「あの黒いローブの……」


 リナも二人の反応を見て、不安そうにする。


「この人が……?」


「ああ」


 俺は答える。


「前に戦った奴だ」


 小さな存在が一歩後ずさる。


「……ち、違います」


「何が違う?」


「ぼ、僕は……」


 言葉に詰まる。


 アンジェリカが杖を向ける。


「あなた、あの時ゴーレムを呼び出した奴だよね?」


「……!」


 小さな存在の肩が震えた。


「……ご、ごめんなさい」


 ユイナが驚く。


「謝った……?」


「お兄ちゃん」


「ん?」


「この人……」


 ユイナは小さな存在を見る。


「本当に、あの時の人なの?」


「ああ」


 俺は答えた。


「間違いないと思う」


 アンジェリカも頷く。


「私も覚えてる」


 そして――


「でも」


 アンジェリカが小さな存在を見る。


「どうして、ここにいる?」


「……」


 答えない。


「それに――」


 アンジェリカがリナを見る。


「さっき、リナを助けたのもあなたでしょう?」


「……!」


「違う!」


 小さな存在が慌てて叫ぶ。


「僕じゃありません!」


「……」


 俺は黙って見つめる。


「……」


 小さな存在も黙る。


「……」


 数秒。


「……ごめんなさい」


 小さな声だった。


 ユイナが思わず笑ってしまう。


「ミロ……」


「……ミロ?」


 俺が聞き返す。


 小さな存在が固まった。


「……」


 ユイナも首を傾げる。


「え?」


「今、名前を言ったよな」


「あ……」


 小さな存在が俯く。


「……はい」


「名前は?」


 しばらく沈黙する。


 やがて、小さな声が返ってきた。


「……ミロです」


「ミロ」


 俺はその名前を口にした。


「はい……」


「そうか」


 俺は覚えた。


「ミロか」


 その瞬間。


 ミロが少しだけ顔を上げた。


「……怒らないんですか?」


「何に?」


「……僕が、前に……」


 ミロは言葉を止めた。


「村を襲ったこと?」


「……はい」


「襲ったのは、お前だろ」


「……」


「なら、怒る理由はある」


 ミロの顔が青ざめる。


「……っ」


 身体が小さく震える。


 俺はそんなミロを見て、少し考えた。


「でも」


 俺は続ける。


「今、俺たちを助けたのもお前だ」


「……」


「だから、今は殴らない」


「……え?」


 ミロが顔を上げる。


「それに」


 俺はリナを見る。


「リナを助けた」


 リナもミロを見る。


「ありがとうございました」


「……!」


 ミロが固まった。


「……僕は」


「はい?」


「……ただ」


 ミロは俯く。


「危なかったから……」


「それだけ?」


「……」


「はい」


 小さな声。


「それだけです」


 アンジェリカが腕を組む。


「でも、あなたは私たちを助けた」


「……」


「敵だったはずなのに?」


 ミロは答えない。


 ユイナが優しく聞く。


「どうして助けてくれたの?」


「……」


 ミロは困ったように手を握る。


「……怖かったから」


「怖かった?」


「はい」


「何が?」


 ミロはゆっくり俺を見る。


「……あなたが」


「俺?」


「……はい」


 即答だった。


「僕……あなたが怖いんです」


「そうか」


「……前に」


 ミロの声が震える。


「僕が呼び出したゴーレムを……」


 ミロは俺を見る。


「簡単に倒したから」


「……」


 俺は少し考えた。


「あれか」


「……はい」


「別に、そんなに怖がらなくてもいいだろ」


「無理です!」


 ミロが思わず叫んだ。


 そして――


 すぐに口を押さえる。


「……す、すみません」


 ユイナが吹き出す。


「ふふっ」


「ユイナ……」


「だって……」


 ユイナは笑いながらミロを見る。


「お兄ちゃん、怖くないよ?」


「……」


 ミロは俺を見る。


「……怖いです」


「即答だな」


 アンジェリカが笑う。


「まあ、仕方ないんじゃない?」


「そうか?」


「だって、実際に目の前でゴーレムを一撃で倒されたんでしょ?」


「一撃だったか?」


「細かいことはいいの」


「そうか」


 ミロは小さく俯いた。


「……でも」


「ん?」


「それでも……」


 ミロがリナを見る。


「助けたかったんです」


「……」


「前は……僕が傷つけましたから」


 その言葉に、ユイナの表情が少し変わる。


「ミロ……」


「だから……」


 ミロは拳を握った。


「今度は、助けたかった」


 しばらく沈黙が続いた。


 俺はミロを見る。


 以前とは違う。


 あの時は、敵だった。


 今は――


 俺たちを助けた。


「……そうか」


 俺は短く答えた。


 ミロが顔を上げる。


「……はい」


「じゃあ、今回はそれでいい」


「……え?」


「リナを助けた」


 俺は言う。


「それで十分だ」


 ミロの目が少し潤んだ。


「……はい」


 ユイナが笑う。


「よかったね、ミロ」


「……はい」


 アンジェリカは少し考え込んでいた。


「でも、一つ聞きたい」


「……何ですか?」


「どうしてここにいたの?」


「……」


 ミロの表情が固まった。


「それは……」


「誰かに命令された?」


「……違います」


「じゃあ、自分の意思?」


「……はい」


「何のために?」


 ミロは答えられない。


 ただ、俯いたまま黙っている。


「……」


 俺はミロを見る。


「言いたくないなら、無理に言わなくていい」


「……兄様」


 リナが小さく呟く。


「いいんですか?」


「ああ」


 俺は立ち上がる。


「今は、敵じゃない」


「……」


「それだけ分かればいい」


 ミロは驚いたように俺を見る。


「……本当に?」


「ああ」


「……僕を、許してくれるんですか?」


「許すとは言ってない」


「……」


「ただ」


 俺は村の方を見る。


「もう戦う必要はない」


 ミロはしばらく黙っていた。


 そして――


「……分かりました」


 小さく頷いた。


 その時だった。


 遠くから、村人たちの声が聞こえた。


「魔物は全部倒したぞ!」


「怪我人はいないか!」


「大丈夫だ!」


 どうやら戦いは完全に終わったらしい。


 ユイナが安心したように笑う。


「よかった」


 リナも胸を撫で下ろす。


「村は無事ですね」


「ああ」


 アンジェリカが杖を下ろす。


「なら、戻ろう」


 俺たちは村へ向かって歩き始める。


 ミロだけが、その場に残っていた。


「……」


 俺は振り返る。


「来ないのか?」


「……え?」


「村に戻るぞ」


「……僕も?」


「ああ」


 ミロは戸惑ったように俺を見る。


「……僕は、村を襲ったんですよ?」


「知ってる」


「村の人たちが……」


「怒るかもしれないな」


「……」


「でも」


 俺は歩き出す。


「ここに残ってても仕方ないだろ」


「……」


 ミロはしばらく立ち尽くしていた。


 そして――


 小さく走り出した。


「……待ってください!」


 俺たちの後ろへついてくる。


 ユイナが振り返る。


「来たね」


「……はい」


 ミロは小さく頷いた。


 その顔には、まだ恐怖が残っている。


 特に――


 俺を見ると、少し身体が固くなる。


 だが。


 もう逃げなかった。


 俺はそれを見て、何も言わなかった。


 ただ――


「……帰るか」


 そう呟いた。


 * * *


 エルビス村へ戻ると――


 村人たちが俺たちを迎えた。


「おお!」


「無事だったか!」


「魔物は?」


「全部倒しました」


 ユイナが答える。


「よかった……」


 村人たちが安堵する。


 だが――


 ミロの姿を見た瞬間。


 空気が変わった。


「……!」


「おい……」


「まさか……」


 村人たちの間にざわめきが広がる。


「そいつ……」


「前に村を襲った……」


 ミロが小さく震える。


「……」


 俺の後ろへ隠れる。


「……」


 ユイナがミロを見る。


 アンジェリカも村人たちを見る。


「落ち着いて」


 アンジェリカが言う。


「こいつは今回、私たちを助けた」


「助けた?」


「リナを守ったのも、こいつだ」


 村人たちが驚く。


「本当に……?」


「はい」


 リナが頷く。


「ミロさんが助けてくれました」


「……」


 村人たちは戸惑っていた。


 すぐに信用できるわけではない。


 当然だ。


 以前、村を襲った相手なのだから。


 村長が前へ出てくる。


「……ミロ、と言ったな」


「……はい」


「今後、村に危害を加えるつもりはあるか?」


「ありません!」


 ミロが即答する。


「絶対にありません!」


 村長はしばらくミロを見る。


「……そうか」


 そして――


「ならば、しばらく様子を見よう」


「長!」


 村人の一人が声を上げる。


「しかし――」


「分かっておる」


 村長が制する。


「警戒するなとは言わん」


 村長はミロを見る。


「だが、今日この村を救う手助けをしたことも事実じゃ」


「……」


「すぐに許す必要はない」


 そして――


「だが、やり直す機会まで奪う必要もない」


 ミロが目を見開いた。


「……やり直す……」


「ああ」


 村長は頷いた。


「お前が本当に変わったというなら、その行動で示せばよい」


「……はい」


 ミロは深く頭を下げた。


「分かりました」


 その姿を見て――


 ユイナが微笑んだ。


「よかったね」


「……はい」


 ミロも小さく笑った。


 だが――


 俺を見ると、やっぱり少し震える。


「……」


「何だ?」


「い、いえ……」


「そうか」


 俺は右膝をさする。


「……痛いな」


「こんな時まで膝なんですか?」


 アンジェリカが呆れる。


「痛いものは痛い」


「はいはい」


 ユイナが笑う。


 リナも笑った。


 そして――


 ミロも、ほんの少しだけ笑った。


 まだ、俺を怖がっている。


 村人たちも、完全には信用していない。


 それでも。


 今日、ミロは初めて――


 俺たちの隣に立った。

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