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兄様は膝が痛い痛いと言いながら意外と私のストーカーでした。  作者: ぱんだでぴょん


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33話

 翌朝。


「お兄ちゃん、起きて!」


 ――ドンッ。


 胸の上に、何かが乗った。


「……ん」


 目を開ける。


「おはよう!」


 いつものように、ユイナが俺の上に馬乗りになっている。


「……重い」


「またそれ!?」


 ユイナが頬を膨らませる。


「乗ってるからな」


「じゃあ、降りる!」


 ユイナが俺の胸から降りる。


 その隣では、リナが立っていた。


「……おはようございます、兄様」


「おはよう」


 俺はベッドから起き上がる。


 その瞬間――


「……っ」


 右膝に痛みが走った。


 ズキッ。


 俺は膝をさする。


「また痛い?」


 ユイナがすぐに気づいた。


「ああ」


「昨日より?」


「同じくらいだ」


「本当に?」


「本当だ」


 リナも俺の右膝を見る。


「兄様」


「ん?」


「そこ……赤くなることがあるよね」


「そうだな」


「痛い?」


「ああ」


「……」


 リナは少し考えるように首を傾げた。


「不思議」


「何が?」


「そこに何かが隠れてるみたい」


「……」


 俺は右膝を見る。


 何かが隠れている。


 最近になって、俺自身もそう思い始めていた。


 だが――


「まあ、そのうち分かるだろ」


「そうかな?」


「ああ」


 俺は立ち上がる。


「朝飯は?」


「もうできてるよ!」


「なら行くか」


 朝食を終えると、ユイナが立ち上がった。


「じゃあ、行ってくるね!」


「どこへ?」


「訓練!」


「ああ」


「今日はトモヤたちに、もっとちゃんと教えるの」


「そうか」


「お兄ちゃんは?」


「寝る」


「……」


 ユイナが呆れた顔をする。


「朝ご飯食べたばっかりだよ?」


「だから眠い」


「もう……」


 リナが小さく笑う。


「兄様は、いつも寝てるね」


「そうだな」


「自分で認めるんだ……」


 ユイナが苦笑する。


「じゃあ、行ってくる!」


「ああ」


「リナ、行こう」


「うん」


 二人が家を出ていく。


 俺は一人になった。


「……静かだ」


 悪くない。


 俺はそのまま寝室へ戻り、ベッドへ横になった。


「……もう少し寝るか」


 目を閉じる。


 エルビス村の広場。


 そこには、村の子供たちや有志の大人たちが集まっていた。


「今日は何するの?」


 トモヤが尋ねる。


「昨日の続き!」


 ユイナが答える。


「また走る?」


「もちろん!」


「うぇ……」


「文句言わない!」


 ユイナが笑う。


「今日は、ただ走るだけじゃないよ」


「?」


 ユイナは広場の端に置かれた木の棒を拾った。


「これを魔物の攻撃だと思って」


「これが?」


「そう」


 ユイナは棒を振る。


 ヒュッ。


 自分の身体を横へずらす。


「こうやって避ける」


 もう一度。


 棒を振る。


 今度は一歩下がる。


「こっちは距離を取る」


 そして――


 身体を低くする。


「相手の懐に入る」


 拳を軽く突き出す。


「反撃する」


「おお……」


 子供たちが声を上げる。


「でもね」


 ユイナは真剣な顔になった。


「一番大事なのは、相手を倒すことじゃないよ」


「じゃあ何?」


「自分が生き残ること」


 子供たちが黙る。


「魔物が自分より強かったら、戦わなくていい」


「逃げるの?」


「そう」


 ユイナは頷く。


「逃げて、助けを呼ぶ」


「でも、逃げたら恥ずかしくない?」


 トモヤが聞く。


「全然!」


 ユイナは即答した。


「逃げて生き残ったら、それで勝ちだよ」


「……」


「自分を守ること」


 ユイナは拳を握る。


「それが、戦うための最初の一歩だから」


 子供たちは真剣な顔で頷いた。


「じゃあ――」


 ユイナが笑う。


「まずは身体を動かそう!」


「はい!」


 全員が走り出した。


 一方。


 少し離れた場所。


 アンジェリカとリナが向かい合っていた。


「じゃあ、今日も水の練習をしようか」


「はい」


 リナが頷く。


「昨日は水を出して、それから少し圧縮できた」


「うん」


 アンジェリカは地面に小さな木片を置いた。


「今日は、その圧縮をもう少し安定させてみよう」


「分かった」


 リナが両手を前へ出す。


 目を閉じる。


「……」


 しばらくして――


 ぽつ。


 小さな水滴が現れた。


 ぽつ。


 もう一つ。


 水滴が集まり、手のひらの上に小さな水球ができる。


「できた」


「いいね」


 アンジェリカが頷く。


「そのまま維持して」


「……はい」


 リナが集中する。


 水球がゆっくりと形を整えていく。


「じゃあ、少しだけ圧縮」


「……ん」


 水球が震える。


 ほんの少しだけ――


 小さくなる。


「できた……」


「昨日より安定してる」


「本当?」


「ああ」


 リナは嬉しそうに笑う。


「もう少し……」


「待って」


 アンジェリカが止める。


「今はここまで」


「でも――」


「焦ると失敗するよ」


「……」


 リナは水球を見る。


「もっと強くなりたい」


「どうして?」


「……みんなを助けたいから」


 リナは俯いた。


「ユイナお姉ちゃんは、戦える」


「うん」


「アンジェリカは、魔法が使える」


「ああ」


「兄様は……」


 リナは少し考える。


「……すごく強い」


「そうだね」


「私だけ、何もできない」


「それは違う」


 アンジェリカが言った。


「お前は今、水を出せる」


「でも、小さい」


「小さくても水は水だよ」


「……」


「それをどう使うかは、これから考えればいい」


 リナが顔を上げる。


「どう使うか……」


「そう」


 アンジェリカは杖を肩に乗せる。


「魔法は、威力だけじゃない」


「……」


「工夫することも力だよ」


 リナはその言葉をじっと考えた。


「……分かった」


「よし」


 アンジェリカが笑う。


「今日は圧縮を安定させる。それだけで十分」


「はい」


 リナはもう一度、水球を作る。


 その頃。


 俺は家で寝ていた。


「……」


 静かだ。


 窓から入ってくる風。


 遠くから聞こえる村人たちの声。


 俺は薄く目を開ける。


「……頑張ってるな」


 ユイナの声が聞こえる。


 子供たちの声も。


 少し離れたところから、アンジェリカの声も聞こえてくる。


「……まあ」


 俺は目を閉じた。


「任せておけばいいか」


 そして――


 また眠った。


 しばらくして。


「……っ」


 右膝に痛みが走った。


 ズキン。


 俺は目を開ける。


「……またか」


 今日は少し強い。


 右膝へ手を当てる。


 すると――


 ほんの一瞬。


 赤い光が、指の隙間から漏れた。


「……」


 俺はじっと膝を見る。


 何かを思い出しそうな感覚。


 けれど――


 何も出てこない。


「……まあいい」


 俺は再び横になる。


「寝るか」


 今の俺には、それくらいしかできない。


 夕方。


 ユイナとリナが帰ってきた。


「お兄ちゃん!」


「……ん」


 俺はベッドの上で目を開ける。


「寝てた?」


「寝てた」


「やっぱり!」


 ユイナが笑う。


「今日ね、トモヤたち、昨日より動けるようになったんだよ!」


「そうか」


「転ぶ回数も減った!」


「それは良かったな」


「リナも頑張ったよ!」


 ユイナがリナを見る。


「うん」


 リナが頷く。


「今日は、水を安定させられた」


「そうか」


「見て」


 リナが手を前へ出す。


 小さな水球が生まれる。


 昨日よりも少しだけ形が整っている。


「……」


 俺は水球を見る。


「前より崩れにくいな」


「分かる?」


「ああ」


 リナが嬉しそうに笑う。


「それから――」


 リナが少しだけ力を込める。


 水球が震える。


 ゆっくりと小さくなる。


「……圧縮」


 だが――


 水球が大きく揺れた。


「……っ」


 リナが慌てて力を弱める。


 それでも――


 パシャッ。


 水球の一部が弾け、小さな水滴が周囲に飛んだ。


「……あ」


 リナが驚く。


「今の……」


 アンジェリカが言った。


「水が弾けただけだ」


「失敗?」


「うん。まだ安定してないってこと」


 リナは水滴の落ちた床を見る。


「……そっか」


「でも」


 アンジェリカは続ける。


「圧縮できている証拠でもある」


「……」


 リナは少し考えた。


「水って……押し込むと、こうなるの?」


「今のところは、そういうこともあるってくらいに考えておけばいい」


「分かった」


 俺はその様子を見ていた。


「……面白いな」


「何が?」


 ユイナが聞く。


「水」


「水?」


「ああ」


 俺は右膝をさする。


「何か、使い方がありそうだ」


 リナが俺を見る。


「兄様もそう思う?」


「ああ」


「……じゃあ、もっと試してみる」


「無理はするなよ」


「はい」


 リナが笑った。


 夜。


 三人で食卓を囲む。


「今日ね――」


 ユイナが訓練の話をする。


「みんな、少しずつ上手になってるよ」


「そうか」


「トモヤなんて、最後には転ばなかったんだから!」


「それは凄いな」


「でしょ?」


 リナも話に加わる。


「私も、水を少し圧縮できた」


「少しだけな」


「うん」


「でも、前よりできてる」


「……ありがとう」


 リナが嬉しそうに笑う。


「もっと練習する」


「ああ」


 俺は箸を動かす。


 何でもない夕食。


 何でもない会話。


 それでも――


 少しずつ、何かが変わっている気がする。


 ユイナは、村の人たちに戦う方法を教えている。


 アンジェリカは村の人たちだけでなく、リナにも魔法を教えている。


 リナは、自分の力を少しずつ理解し始めている。


 そして俺は――


「……寝るか」


「まだ食べ終わってないよ!?」


 ユイナが叫ぶ。


「食べ終わった」


「早っ!」


「眠い」


「もう……」


 リナが笑う。


「兄様らしい」


「そうか?」


「うん」


 俺は右膝をさする。


 ズキッ。


「……痛いな」


「また?」


「ああ」


「大丈夫?」


「大丈夫だ」


 リナが俺の膝を見る。


「いつか、その痛みもなくなるといいね」


「……そうだな」


 俺は少しだけ考えた。


 右膝に何があるのか。


 なぜ痛むのか。


 なぜ赤い光が出るのか。


 まだ何も分からない。


 けれど――


 今は急ぐ必要もない。


 ユイナがいる。


 リナがいる。


 アンジェリカもいる。


 そして――


 明日もまた、いつもの一日が来る。


「……まあ」


 俺は目を閉じる。


「明日考えるか」


「お兄ちゃん、寝るの!?」


「寝る」


「まだ夜になったばっかりなのに!」


「眠いからな」


「もう……」


 ユイナの呆れた声。


 リナの小さな笑い声。


 それを聞きながら――


 俺はゆっくり目を閉じた。


 今日も、何もない一日だった。


 けれど。


 リナの小さな水球は――


 昨日より、ほんの少しだけ強くなっていた。

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