27話
小さな町に来て、二日目。
俺は朝から――
「……腹減った」
宿のベッドに寝転がっていた。
「お兄ちゃん、朝ご飯食べたでしょ」
「食べた」
「じゃあ、なんでお腹空いてるの?」
「知らない」
「知らないって……」
ユイナが呆れた顔をする。
その横では、アンジェリカが窓の外を眺めていた。
「今日はどうする?」
「北へ行くんじゃないの?」
ユイナが尋ねる。
「そうだけど」
アンジェリカは振り返った。
「昨日の話、覚えてる?」
「ああ」
北にある古い砦。
そこには、かつて王家に関係していた何かが残されている。
そして――
行方不明になった第二王女についての記録があるかもしれない。
「いきなり行くのは危ないと思う」
「そうだな」
俺も頷いた。
「もう少し町で情報を集めよう」
「賛成」
ユイナが手を挙げる。
「じゃあ、まずご飯!」
「……結局それか」
「大事だよ」
「分かった」
俺たちは宿の食堂へ向かった。
食事を済ませると、町の中を歩く。
昨日とは違う通りへ入る。
商店が並んでいる。
武器屋。
道具屋。
薬屋。
そして――
「地図?」
ユイナが足を止めた。
店先に、古い地図が並べられていた。
「北の方の地図もあるみたい」
アンジェリカが一枚を手に取る。
「見せてもらおう」
店主に頼み、地図を広げる。
そこには町の北側から続く山道が描かれていた。
「この道を行けば、砦に着くのか?」
俺が尋ねる。
「昔はな」
店主が答えた。
「今は途中で道が崩れてる」
「崩れてる?」
「ああ。何年か前の地滑りでな」
アンジェリカが地図を見る。
「じゃあ、別の道は?」
「西側から回る道がある。ただし――」
店主が少し顔を曇らせる。
「最近、あの辺りに魔物が出るらしい」
「……」
ユイナが俺を見る。
「どうする?」
「別に急ぐ必要もないだろ」
俺は答えた。
「安全な方から行けばいい」
「珍しく慎重だ」
アンジェリカが笑う。
「俺はいつでも慎重だ」
「そうだった?」
「そうだ」
「……まあ、いいけど」
アンジェリカが苦笑する。
地図を買い、店を出る。
その後も町の人に話を聞いた。
北の砦。
昔の王家。
そして――
第二王女。
だが、知っている者は少なかった。
「第二王女って、本当にいたの?」
「さあな」
「王家には王女が三人いたって話もあるぞ」
「いや、二人だったはずだ」
情報はばらばらだった。
「……妙だな」
俺が呟く。
「何が?」
ユイナが聞く。
「王家の子供が五人いたことは、あの本で確認できた」
「ああ」
「なのに、第二王女のことだけ話が曖昧だ」
アンジェリカも頷いた。
「確かに」
「まるで――」
俺は言葉を止める。
「最初から、存在しなかったみたいだ」
その瞬間。
ズキン。
「……っ」
右膝が痛んだ。
「お兄ちゃん!」
「大丈夫」
俺は膝を押さえる。
そして――
視界の端に、何かが見えた。
小さな少女。
こちらに背を向けている。
「……」
だが――
少女の姿は消えた。
「……今」
アンジェリカが俺を見る。
「何か見えた?」
「ああ」
「誰?」
「分からない」
ユイナが心配そうに俺を見る。
「また記憶?」
「たぶんな」
俺は空を見上げる。
雲が流れている。
「でも、今回は少し違った」
「何が?」
「記憶というより――」
俺は言葉を探す。
「そこに誰かがいたような感じだった」
アンジェリカの表情が変わった。
「……誰かが?」
「ああ」
アンジェリカはしばらく考えていた。
「もしかしたら」
「ん?」
「ユイナの兄様の記憶の中だけにいる存在じゃないのかもしれない」
「……」
俺はアンジェリカを見る。
「どういう意味だ?」
「分からない」
アンジェリカは首を振る。
「でも、今までのことを考えると――」
その先を言わずに、アンジェリカは北を見る。
「北の砦に行けば、何か分かるかもしれない」
「そうだな」
俺も北を見る。
あの少女が誰なのか。
なぜ俺の記憶に現れるのか。
なぜ――
俺を「兄様」と呼ぶのか。
まだ何も分からない。
だが。
少しずつ、何かが繋がっている。
俺たちはそのまま町を歩いた。
昼を過ぎた頃。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「これ、買っていい?」
ユイナが小さな店を指差していた。
「また食べ物か?」
「違うよ」
店先に並んでいたのは、小さな髪飾りだった。
「かわいい」
ユイナが一つ手に取る。
「……」
俺はそれを見る。
なぜか――
胸の奥がざわついた。
「それにするのか?」
「うん」
「じゃあ買えばいい」
「本当?」
「ああ」
ユイナが嬉しそうに笑う。
「ありがとう、お兄ちゃん!」
店主に代金を払い、髪飾りを受け取る。
「どう?」
ユイナが髪につける。
「似合ってる」
「……!」
ユイナの顔が明るくなる。
「本当?」
「ああ」
「えへへ」
アンジェリカが横から見ている。
「……ユイナ、よかったな」
「はい!」
ユイナは嬉しそうに笑った。
その様子を見ながら――
俺は、なぜか昔の光景を思い出しそうになった。
妹。
笑顔。
そして――
もう一人の少女。
小さな胸元に、何かをつけている。
「……」
右膝が、また痛んだ。
けれど今度は――
赤い光は出なかった。
「お兄ちゃん?」
「大丈夫だ」
俺は頭を振った。
「少し疲れただけだ」
宿へ戻る。
夕方。
買ってきた地図をテーブルへ広げる。
アンジェリカが指を置く。
「明日は、この道から行こう」
「魔物が出るんだろ?」
「だから準備していく」
「分かった」
ユイナも頷く。
「私も頑張ります!」
「無理はしないで」
アンジェリカが言う。
「はい!」
俺は二人を見る。
そして――
「……明日、北へ行こう」
そう言った。
北に何があるのか。
古い砦に何が残っているのか。
そして――
あの少女が、本当にそこに関係しているのか。
確かめる。
俺は窓の外を見る。
夕暮れの空。
その向こうに、北へ続く山々が見える。
「……待ってろ」
誰に言ったのか、自分でも分からなかった。
ただ――
あの声だけが、頭の中に残っていた。
『兄様……』
俺は右膝をさする。
「……明日は早い」
「もう寝るの?」
ユイナが笑う。
「ああ」
「まだ夕飯食べてないよ?」
「……」
俺は黙った。
「お兄ちゃん?」
「……夕飯だけ食べる」
「そこは食べるんだ」
アンジェリカが笑った。
俺たちは食堂へ向かった。
明日から――
北への道が始まる。




