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兄様は膝が痛い痛いと言いながら意外と私のストーカーでした。  作者: ぱんだでぴょん


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25話

エルビス村を出て、二日目。


「……疲れた」


 俺は街道脇の木陰に座り込んだ。


「まだ昼だよ?」


 ユイナが呆れた顔で俺を見る。


「朝から歩いてる」


「二時間くらいだけど」


「十分だ」


「早すぎるよ……」


 俺は木にもたれた。


「町までは、あとどれくらいだ?」


「地図では、今日の昼過ぎには着くはずよ」


 アンジェリカが地図を確認する。


「そうか」


「だから、もう少し頑張りなさい」


「無理だ」


「即答!?」


 ユイナが叫ぶ。


 俺はそのまま目を閉じた。


「少し休む」


「また寝るの?」


「休むだけだ」


「どうせ寝るんでしょ」


「……たぶん」


「もう!」


 ユイナが頬を膨らませる。


 アンジェリカは呆れたように肩をすくめた。


「本当に、よくそれで旅に出ようと思ったな」


「旅に出るのと歩くのは別だ」


「どういう理屈」


「旅には宿がある」


「……」


 アンジェリカが黙った。


「そこだけは妙にしっかりしてるのね」


「大事だからな」


「食事も?」


「もちろん」


「お風呂も?」


「重要だ」


 ユイナが笑い出した。


「お兄ちゃん、旅の目的が全部生活じゃん!」


「生きていくには必要だろ」


「まあ……そうだけど」


 俺は目を閉じる。


「少ししたら起こしてくれ」


「ちゃんと起こすよ」


「頼んだ」


 街道を吹く風が心地よかった。


 俺はそのまま、しばらく目を閉じた。


 * * *


「やっとか」


 街道の先には、エルビス村よりずっと大きな町が見えていた。


 高い城壁はない。


 だが、人の数は村とは比べものにならない。


 商人が荷車を引き、冒険者らしい人たちが武器を背負って歩いている。


 露店からは香ばしい匂いが漂ってきた。


「……」


 俺は足を止める。


「お兄ちゃん?」


「腹が減った」


「やっぱり!」


 ユイナが笑う。


 アンジェリカも小さく笑った。


「さっきまで疲れたって座り込んでた人とは思えないな」


「食事は別だ」


「はいはい」


 俺たちは町の中へ入った。


 * * *


「すごい……」


 ユイナが周囲を見回す。


「人がいっぱいだね」


「エルビス村とは全然違う」


 アンジェリカも周囲を見ている。


 俺も町を眺めた。


 商店。


 宿。


 武器屋。


 食堂。


 そして、冒険者らしき人たちが集まる場所。


「ここなら情報を集められそうだな」


「うん」


 ユイナが頷く。


「まずは宿を探して、それから町を見て回ろう」


「賛成」


 アンジェリカが地図をしまった。


「少し情報を集めておきたい」


「そうだな」


 今回の旅の目的は、王都へ行くことだけじゃない。


 俺自身の過去。


 失われた記憶。


 五つの印。


 その手掛かりを探すための旅だ。


 焦っても仕方がない。


 まずは、この町で何か情報を得る。


 そう決めていた。


 ――ただ。


「お兄ちゃん」


「何だ?」


「その前に、あれ食べたい」


 ユイナが指差した。


 そこには串焼きの屋台があった。


「……」


 俺も見た。


「食べるか」


「うん!」


 俺たちは屋台へ向かった。


 * * *


「おいしい!」


 ユイナが串焼きを頬張る。


「肉が柔らかい!」


「たしかに悪くない」


 俺も食べる。


 アンジェリカは少し離れたところで笑っていた。


「二人とも、食べるときだけは息がぴったり」


「兄妹だからな」


「それ、関係ある?」


「ある」


「そういうものなのか」


 アンジェリカは苦笑した。


 そのとき。


 俺の手に持っていた串から、一切れが落ちそうになった。


 俺は反射的に手を伸ばして受け止める。


「あ」


 ユイナが声を上げた。


「落ちなかったね」


「食べ物を落とすのはもったいない」


「そこなんだ……」


 アンジェリカが笑う。


 俺は何気なく、その串をユイナへ渡した。


「食べるか?」


「いいの?」


「ああ」


「やった!」


 ユイナが嬉しそうに受け取った。


 アンジェリカはその様子を黙って見ていた。


 特別なことではない。


 いつものように、ユイナを気にかけているだけ。


 けれど。


「……」


 なぜか、少しだけ目に残った。


 ――ユイナの兄様って、本当に変な人。


 強いのに、妙なところで細かい。


 面倒くさがりなのに、ユイナのことになると自然に動く。


 アンジェリカは小さく笑った。


「何だ?」


「別に」


「そうか」


「ああ」


 それ以上は言わなかった。


 * * *


 昼食を終えた俺たちは、町を歩いた。


 商店街を抜ける。


 広場には掲示板があり、依頼書や町の知らせが貼られていた。


 ユイナが掲示板を眺める。


「魔物退治の依頼がいっぱいあるね」


「この辺りは街道沿いだから、冒険者も多いみたいね」


 アンジェリカが言う。


「北の方にも依頼がある」


「北?」


 俺が見る。


 掲示板の端に、小さな紙が貼られていた。


『北部旧街道周辺、夜間の通行注意』


 それだけだった。


「何かあったのかな」


 ユイナが首を傾げる。


「聞いてみるか」


 俺たちは近くの店へ入った。


 店主に尋ねると、少し考えたあと口を開いた。


「北の旧街道か……」


「何か知ってる?」


 アンジェリカが聞く。


「あそこには昔、王家の砦があったんだ」


「王家の……」


 俺は言葉を失った。


「今は使われてないけどな。ずっと昔に廃棄された」


「どうして?」


「詳しくは知らん。王都の歴史に関係する場所らしい」


 王家。


 その言葉だけで、右膝が少し痛んだ。


「……」


 俺は膝に手を置く。


 痛みは小さい。


 だが、確かに反応している。


「ユイナの兄様?」


「大丈夫だ」


「……そう」


 アンジェリカはそれ以上聞かなかった。


「その砦って、今も残ってるの?」


 ユイナが尋ねる。


「建物の一部は残ってるはずだ。ただ、近づく人間は少ない」


「危険だから?」


「それもあるが……妙な噂がある」


 店主が声を落とした。


「夜になると、砦のあたりで赤い光が見えるらしい」


「赤い光……」


 ユイナが俺を見る。


 俺も店主を見る。


「最近も?」


「ああ。何人か見たと言ってる」


「何か分かったことは?」


「いや。見に行った連中もいるが、何も見つけられなかったそうだ」


 俺は少し考える。


 赤い光。


 古い王家の砦。


 右膝の痛み。


 五つの印。


 偶然とは思えなかった。


「北の砦か……」


 俺が呟く。


「行ってみる?」


 ユイナが聞いた。


「明日な」


「今じゃないんだ」


「もう夕方だからな」


「ちゃんと時間は考えるんだね」


「夜に山へ行くのは面倒だ」


「理由がそれ……」


 アンジェリカが笑った。


 けれど、その目は真剣だった。


「でも、行く価値はありそうだ」


「ああ」


 俺は頷いた。


 * * *


 その日の夕方。


 俺たちは宿を取った。


 食事を済ませたあと、部屋の窓から町を眺める。


 人の声。


 馬車の音。


 遠くから聞こえる笑い声。


 エルビス村とは違う。


 ここには、知らない世界が広がっている。


「お兄ちゃん」


「ん?」


「明日、北の砦に行くんだよね?」


「ああ」


「何があるのかな」


「分からない」


「怖くない?」


 俺は少し考えた。


「分からないものは、見てみないと分からない」


「お兄ちゃんらしいね」


 ユイナが笑った。


 アンジェリカも窓の外を見る。


「それに、今度は私たちが先に調べる」


「そうだな」


「ユイナと私で確認して、危険そうなら戻る」


「任せる」


「……ユイナの兄様」


「何だ?」


「本当に先に私たちだけで調べさせるつもり?」


「危なそうなら呼んでくれ」


「やっぱり最後は頼る」


「俺は面倒なことが嫌いなんだ」


「はいはい」


 アンジェリカが笑った。


 その笑顔を見て。


 俺も少しだけ口元を緩めた。


 旅に出て、まだ二日。


 何も分かっていない。


 俺が何者なのか。


 なぜ記憶を失ったのか。


 五つの印とは何なのか。


 そして、あの赤い光は何なのか。


 ただ。


 明日、北へ向かえば。


 何かが分かるかもしれない。


「……寝る」


「早いよ!」


 ユイナの声が響く。


「明日に備える」


「まだそんなに遅くないのに……」


「眠い」


 俺は布団へ倒れ込んだ。


 ユイナが呆れたように笑う。


 アンジェリカも苦笑する。


「本当に自由な人ね」


 そう言いながら。


 アンジェリカは、少しだけ楽しそうだった。


 ――明日。


 俺たちは北へ向かう。


 古い王家の砦へ。


 そこに何が待っているのか。


 まだ、俺には分からなかった。

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