22話
黒いローブの男たちが、一斉に構えた。
地下に緊張が走る。
俺は右膝を押さえた。
赤い光が、ゆっくりと膝から漏れている。
「……面倒だな」
「お兄ちゃん」
ユイナが隣に立つ。
「私もいるよ」
「ああ」
反対側では、アンジェリカが杖を構えていた。
「ユイナの兄様」
「なんだ?」
「無理に前へ出なくてもいい」
「俺が?」
「そう。あなた、すぐ一人で片付けようとするだろ」
「そのほうが楽だからな」
「でも、今回は私たちもいる」
アンジェリカが杖を握り直す。
「三人でやる」
俺は二人を見る。
「……分かった」
その瞬間だった。
黒いローブの男が手を上げた。
「――撃て」
無数の黒い光が飛んできた。
「お兄ちゃん!」
ユイナが前へ出る。
両手を広げると、目の前に光の盾が現れた。
――ババババッ!
黒い光が盾にぶつかる。
「くっ……!」
ユイナの足が少し下がる。
「ユイナ!」
俺が前へ出ようとする。
だが――
「大丈夫!」
ユイナが叫んだ。
「これくらい、止められる!」
光の盾が強く輝く。
黒い光が次々と弾かれていく。
「……やるな」
俺が呟く。
「でしょ?」
ユイナが笑う。
その直後。
横から巨大な炎が飛んできた。
アンジェリカが杖を振る。
「――ウォール・ブレイク!」
炎と氷の壁がぶつかり、地下に爆風が広がった。
「ユイナの兄様!」
アンジェリカが叫ぶ。
「右!」
「分かった」
俺は横へ飛ぶ。
次の瞬間。
俺がいた場所を黒い刃が通り過ぎた。
「……危なかったな」
俺は拳を握る。
目の前に、一人の男が立っていた。
「お前は昔からそうだった」
「……何?」
「妹を守るためなら、どんな攻撃でも受けようとする」
男が笑う。
「だが――」
男の手に黒い魔力が集まる。
「今のお前は、何も知らない」
俺は男を見る。
「だったら?」
「自分が誰なのかも」
「それがどうした」
「自分が何を失ったのかも」
「……」
その言葉だけは。
胸に引っかかった。
さっき見えた記憶。
赤い空。
燃える城。
泣いていたユイナ。
そして――
もう一人。
俺の腕の中にいた、小さな子。
『兄様……置いていかないで』
「……あれは誰だ?」
俺が呟く。
男が笑った。
「思い出したか?」
「いや」
俺は首を振る。
「まだ何も思い出してない」
「ならば教えてやろう」
男が手を伸ばす。
「お前には――」
その瞬間。
ユイナが男の前へ飛び込んだ。
「お兄ちゃんに変なこと言わないで!」
拳が男の腹に入る。
「ぐっ……!」
男の体が吹き飛んだ。
「ユイナ……」
「お兄ちゃんが困ってるなら、私が止める!」
ユイナが振り返る。
「だって、お兄ちゃんは私のお兄ちゃんだから!」
その言葉を聞いて。
胸の奥が、少しだけ熱くなった。
俺が何者なのか。
何を忘れたのか。
それはまだ分からない。
でも。
ユイナが俺を兄と呼んでくれる。
それだけは、今の俺にとって確かなものだった。
「……ありがとうな」
「えへへ」
その隙に。
黒いローブの男が立ち上がった。
「なるほど……」
男はユイナを見る。
「やはり、鍵は妹のほうか」
「……何?」
俺の声が低くなる。
「今、何と言った?」
男は答えない。
代わりに、地下の床へ手をついた。
――ゴゴゴゴゴ……。
床に巨大な魔法陣が浮かび上がる。
アンジェリカが叫んだ。
「まずい!」
「何が?」
「この魔法陣、地下全体に繋がってる!」
「つまり?」
「ここで魔法を使ったら、この場所そのものが壊れる!」
「……面倒だな」
俺は周囲を見る。
天井。
壁。
床。
どこを見ても古い構造だ。
このまま戦えば、本当に崩れるかもしれない。
「ユイナ」
「うん」
「アンジェリカ」
「分かってる」
二人が俺を見る。
「ここでは戦わない」
俺は黒い男を見る。
「外へ出るぞ」
「逃がすと思うか?」
男が魔力を放つ。
俺は一歩前へ出た。
右膝が痛む。
――ズキッ。
赤い光が強くなる。
「……やれやれ」
俺は拳を握った。
地面を踏み込む。
――ドンッ!
床に亀裂が走る。
俺の体が一瞬で男の前へ移動した。
「追いかけてこい」
拳を振り抜く。
――ドゴンッ!
男の体が吹き飛び、地下の壁を突き破った。
「ユイナ!」
「うん!」
「アンジェリカ!」
「分かってる!」
三人で走る。
崩れ始めた地下通路を駆け抜ける。
背後から轟音が響く。
「急いで!」
アンジェリカが叫ぶ。
俺たちは階段へ飛び込んだ。
その瞬間。
――ドォォォン!
背後で地下空間が崩れた。
土煙が一気に押し寄せてくる。
俺はユイナの手を掴み、アンジェリカの腕を引いた。
三人で地上へ転がり出る。
「……助かった」
アンジェリカが息を整える。
「ユイナ、大丈夫?」
「うん!」
ユイナは立ち上がる。
俺も立ち上がった。
だが――
右膝が、これまでにないほど痛んだ。
「……っ」
思わず膝を押さえる。
「ユイナの兄様!」
アンジェリカが駆け寄ってくる。
「大丈夫?」
「ああ……」
俺は苦笑する。
「ちょっと痛いだけだ」
アンジェリカは俺の顔を見る。
「……本当に?」
「本当だ」
「ならいいけど」
アンジェリカは少しだけ安心したように息を吐いた。
そして。
崩れた坑道を見つめる。
「……結局、何だったのかしら」
「分からない」
俺も見る。
地下への入口は、完全に土砂で塞がれていた。
黒い男の姿もない。
ただ。
俺の頭には、男の言葉が残っている。
――鍵は妹のほう。
「……ユイナ」
「なに?」
「さっきの男が言っていたこと、気になるか?」
ユイナは少し考えた。
そして。
「気になるけど」
俺を見る。
「私は、お兄ちゃんが何者でもいいよ」
「……」
「お兄ちゃんは、お兄ちゃんだから」
俺は何も言えなかった。
ただ。
その言葉が、妙に胸に残った。
その横で、アンジェリカも静かに俺を見る。
彼女もまた、何かを考えているようだった。
けれど、口には出さない。
今はただ。
ユイナの兄様がここにいる。
それだけでいい。
そんなふうに思っていた。
そのとき。
――ポトッ。
何かが俺の足元に落ちた。
俺は見る。
黒い石。
さっきの地下にあったものと同じ色。
だが。
表面に刻まれていたのは、今までとは違う紋様だった。
赤い線が一つ。
二つ。
そして中央に――
見覚えのない王家の紋章。
「……これ」
アンジェリカが息を呑む。
「王家の紋章……?」
俺は石を拾い上げた。
その瞬間。
右膝が痛んだ。
そして。
頭の中に、また一つだけ言葉が浮かんだ。
『兄様』
『次は――』
そこで、記憶は途切れた。
俺は石を握りしめる。
「……次は、何なんだよ」
答える者はいなかった。
ただ遠くの森の中で。
赤い光が一瞬だけ瞬き――
消えた。




