21話
「――ようやく来たか」
暗闇の奥から、男の声が響いた。
俺たちは足を止めた。
「誰だ?」
俺が問いかける。
返事はない。
ただ、階段の奥に浮かんだ赤い光が、ひとつ、またひとつと増えていく。
「……囲まれてる?」
ユイナが周囲を見回す。
「違う」
アンジェリカが杖を構えた。
「これは……魔法陣よ」
次の瞬間。
――ズンッ!
足元が大きく揺れた。
「きゃっ!」
ユイナの体が傾く。
俺はすぐに腕を伸ばして支えた。
「大丈夫か?」
「う、うん!」
その直後だった。
俺たちが立っていた階段そのものが――
消えた。
「なっ――」
体が落ちる。
「お兄ちゃん!」
「ユイナ!」
俺は反射的にユイナを抱き寄せた。
アンジェリカも落下してくる。
「ユイナの兄様!」
「アンジェリカ!」
三人の体が暗闇へ落ちていく。
――ドンッ!
何か柔らかいものに着地した。
「……痛っ」
俺が顔を上げる。
そこには巨大な地下空間が広がっていた。
「……ここ、どこ?」
ユイナが立ち上がる。
アンジェリカも周囲を確認する。
「分からない。でも……」
彼女が杖を掲げる。
淡い炎が広がる。
その炎に照らされて、俺たちは言葉を失った。
壁。
床。
天井。
そのすべてに、無数の赤い線が走っている。
まるで巨大な血管のようだった。
「……何だ、これ」
俺が近づく。
すると。
赤い線が一斉に光った。
――ドクン。
地下全体が脈打つ。
「お兄ちゃん……」
ユイナが俺の服を掴む。
「大丈夫だ」
俺は周囲を見回した。
「たぶん……」
「たぶんって何だ」
アンジェリカが呆れた声を出す。
「安心させる気あるのか?」
「ある」
「全然安心できない」
「そうか」
俺が歩き出そうとした、そのとき。
壁に刻まれた文字が突然光った。
一文字。
また一文字。
そして――
俺の名前を示すような文字が浮かび上がった。
「……?」
俺は目を細める。
名前。
そう見えた。
だが、読めない。
俺自身の名前のような気がするのに。
「ユイナの兄様……」
アンジェリカが慎重に文字を見る。
「これ……王族に関係する古代文字よ」
「王族?」
「あまり詳しくはないけど、この紋様……王家の記録で見たことがある」
俺は黙った。
すると。
――ズキンッ!
右膝に激痛が走った。
「っ……!」
赤い光が膝から溢れる。
「お兄ちゃん!」
ユイナが駆け寄る。
「大丈夫だ」
「でも!」
「平気だ」
俺は右膝を押さえながら立っていた。
痛い。
いつもの痛みだ。
だが今回は――
違う。
痛みと一緒に。
記憶が流れ込んできた。
――広い部屋。
――大勢の人間。
――誰かが俺に頭を下げている。
『殿下』
その言葉。
そして。
俺の前に立つ、小さな女の子。
『兄様』
俺はその子の頭に手を置いている。
『大丈夫だ』
『本当に?』
『ああ。俺が守る』
――映像が途切れる。
「……俺が守る?」
俺は呟いた。
ユイナが俺を見る。
「何を思い出したの?」
「分からない」
「そっか……」
ユイナはそれ以上聞かなかった。
ただ、俺の手を握った。
「無理に思い出さなくてもいいよ」
「……ユイナ」
「お兄ちゃんは、お兄ちゃんだから」
その言葉に。
胸の奥が少しだけ温かくなった。
だが――
「感動してるところ悪いけど」
アンジェリカが低い声で言った。
「誰か来る」
「……え?」
遠くから。
足音が聞こえてきた。
一つ。
二つ。
三つ。
いや。
もっといる。
俺は立ち上がった。
「面倒だな」
「来るわよ!」
アンジェリカが杖を構える。
ユイナも拳を握った。
暗闇の向こうから。
黒い影が現れた。
一人。
二人。
三人。
黒いローブ。
「……またか」
俺が呟く。
先頭の男が立ち止まった。
「久しぶりだな」
「……?」
俺は眉をひそめる。
「俺は、お前を知らない」
「そうだろうな」
男が笑った。
「お前は忘れている」
その言葉に。
俺の右膝が強く痛んだ。
「……何を知っている?」
男は答えなかった。
代わりに、俺の隣にいるユイナを見る。
「そして――」
その視線が、ユイナに向いた瞬間。
俺の表情が変わった。
「ユイナに何かするつもりか?」
男が笑う。
「やはりそうか」
「何がだ?」
「記憶を失っても――」
男は一歩前へ出た。
「妹を守ろうとするところだけは変わらない」
その瞬間。
俺の頭の中で、何かが弾けた。
――赤い空。
――燃える城。
――泣いているユイナ。
そして。
俺の腕の中にいた、もう一人の幼い子。
『兄様……置いていかないで』
「……!」
息が止まる。
「お兄ちゃん?」
ユイナの声が遠く聞こえる。
誰だ。
今の子は。
俺は――
誰を置いていった?
その瞬間。
黒い男が静かに告げた。
「思い出せ」
「……」
「お前が何者だったのか」
男の背後で、巨大な魔法陣が開く。
「そして――」
赤い光が地下を埋め尽くした。
「誰を、失ったのかを」
――ドンッ!
地下全体が揺れた。
アンジェリカが俺の横に並ぶ。
「ユイナの兄様」
「……なんだ?」
「今度は、私も一緒に戦う」
ユイナも拳を握る。
「私も!」
俺は二人を見る。
そして。
小さく息を吐いた。
「……仕方ないな」
右膝が赤く光る。
「まとめて片付けるか」
俺たちの前で。
黒いローブの男たちが、一斉に構えた。




