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兄様は膝が痛い痛いと言いながら意外と私のストーカーでした。  作者: ぱんだでぴょん


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19話

階段は、思った以上に長かった。


一段。


また一段。


俺たちは無言で地下へと降りていく。


壁には古い石が積まれている。


ところどころに小さな魔石が埋め込まれているが、そのほとんどは消えかけていた。


「……ずいぶん古そうだね」


ユイナが壁を見ながら呟く。


「ああ」


俺も周囲を見回す。


ここが何のために作られた場所なのか。


それすら分からない。


ただ――


「……まだ下に続いてるな」


階段の先には、さらに暗闇が広がっている。


「ユイナの兄様」


後ろからアンジェリカの声がした。


「なんだ?」


「少し待って」


俺が振り返る。


アンジェリカは杖を床に当て、目を閉じていた。


「……魔力が流れてる」


「魔力?」


「ああ。壁の中を通って、どこかへ集まってる」


「危ないのか?」


「今のところは分からない。でも――」


アンジェリカが目を開ける。


「この先に、かなり大きな魔力の塊がある」


「そうか」


「……怖くないの?」


「怖いというより、面倒だな」


「……お前、本当に緊張感ないな」


「そうか?」


「そうだ」


ユイナが笑った。


「お兄ちゃんは昔からそうだから」


「昔から?」


その言葉に、俺は少しだけ反応した。


ユイナも気づいたのか、笑顔が止まる。


「……お兄ちゃん?」


「いや」


俺は前を向いた。


「何でもない」


昔。


俺には、どんな過去があったのか。


記憶はほとんどない。


父親のことも。


母親のことも。


そして――


俺が守ろうとした誰かのことも。


「……行くぞ」


俺は階段を下りた。


すると。


突然、右膝が痛んだ。


「っ……」


「お兄ちゃん!」


ユイナがすぐに近づいてくる。


「大丈夫だ」


「でも、また痛いんでしょ?」


「ああ。いつものだ」


俺は右膝を軽く押さえる。


赤い光が、薄く滲んでいた。


その光に反応するように――


階段の壁に埋め込まれていた魔石が、一つずつ赤く点灯していく。


「……!」


アンジェリカが息を呑んだ。


「やっぱり……」


「どうした?」


「この場所は、ユイナの兄様に反応してる」


「俺に?」


「ええ」


魔石が次々と光る。


赤い光が一本の線になって、地下の奥へ伸びていく。


まるで俺を誘導しているようだった。


「……俺を待ってたのか?」


誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。


そのとき。


――ドン。


地下全体が震えた。


「きゃっ!」


ユイナが俺の腕にしがみつく。


俺は反射的にユイナの前へ出た。


「大丈夫だ」


「うん……」


「俺がいるからな」


ユイナが俺を見上げる。


「……うん」


その短い返事に、俺は少しだけ安心した。


そして後ろを見る。


アンジェリカも立っている。


「アンジェリカ、大丈夫か?」


「私は平気」


そう答えたものの。


アンジェリカは、俺の背中を一瞬だけ見つめていた。


俺がユイナを守るために迷わず前へ出た。


それは、いつものことだった。


ユイナの兄様なのだから。


そう思う。


けれど最近、こういう姿を見ると、なぜか少し気になってしまう。


普段は面倒くさそうにしている。


危険な場所でも、妙に落ち着いている。


それなのに、ユイナのことになると迷わない。


「……ほんと、変な人」


アンジェリカは小さく呟いた。


「ん?」


俺が振り返る。


「なんでもない」


「そうか」


俺はそれ以上聞かなかった。


アンジェリカも、何でもないように前を向いた。


ただ――


自分でも理由は分からないまま。


また少しだけ、俺のことが気になっていた。


やがて階段が終わる。


そこには、大きな扉があった。


石でできた巨大な扉。


その中央には――


赤い印が刻まれていた。


俺の右膝が、強く痛む。


「……これか」


俺が扉へ近づく。


すると赤い印が光った。


――ゴゴゴゴゴ……。


重い音を立てて、扉が開いていく。


中には巨大な部屋があった。


中央に置かれているのは――


一つの黒い石。


いや。


今まで見つけた黒い石とは違う。


大きさが違いすぎる。


人の背丈ほどもある。


表面には無数の赤い線が走っていた。


アンジェリカが呟く。


「……こんなの、見たことない」


ユイナも石を見つめる。


「なんだろう……」


俺は何も言わなかった。


なぜか。


その石を見た瞬間。


懐かしいと思った。


初めて見るはずなのに。


知っている。


そんな感覚だった。


そして――


また記憶が流れ込んできた。


幼い俺。


誰かと一緒に、この場所にいる。


目の前には同じ黒い石。


『兄様』


幼い声。


俺は振り返る。


そこには――


誰かがいた。


顔は見えない。


でも、小さな手が俺の服を掴んでいる。


『約束して』


『何を?』


『絶対に、私を忘れないで』


「……!」


俺は目を見開いた。


「お兄ちゃん!」


ユイナの声が聞こえる。


「大丈夫?」


「ああ……」


俺は息を整える。


けれど。


記憶の最後に聞こえた言葉だけは、消えなかった。


『もし封印が壊れたら――』


そこで、映像が途切れる。


「……封印」


俺が呟く。


アンジェリカが俺を見る。


「今、封印って……」


「ああ」


俺は黒い石を見る。


「俺の中にあるものと、この場所は繋がってる」


「じゃあ、この石を壊せば……」


ユイナが拳を握る。


俺は首を横に振った。


「まだ壊すな」


「お兄ちゃん?」


「何が起きるか分からない」


俺自身、驚いていた。


以前の俺なら、面倒だから適当に壊していたかもしれない。


でも今は。


この石を壊してはいけない気がする。


「……もう少し調べよう」


アンジェリカが少し驚いた顔をした。


「ユイナの兄様が、慎重になってる」


「俺だって考えるぞ」


「へえ……」


「なんだ、その顔は」


「ちょっと見直しただけ」


「そうか」


「……ほんのちょっとね」


アンジェリカは笑った。


その笑顔を見て、俺も少しだけ笑う。


アンジェリカは、その笑顔を見ながら思った。


やっぱり、この人は不思議だ。


強いのに、偉そうにしない。


自分のことには無頓着なのに、ユイナのことになると誰よりも大切にする。


一緒にいる時間が増えるほど、もっと知りたいと思うことが増えている。


けれど――


今はまだ、それが何なのか分からない。


ただ、ユイナの兄様として。


一緒にいる仲間として。


もう少し、この人のことを知ってみたい。


それだけだった。


その瞬間。


黒い石の奥から――


ドクン。


心臓のような音が響いた。


三人とも動きを止める。


ドクン。


もう一度。


そして。


石の表面に、赤い文字が浮かび上がった。


俺には読めない文字。


それなのに。


なぜか意味だけが頭に入ってくる。


――封印されし者。


――目覚めの時、近し。


俺は右膝を押さえた。


「……やれやれ」


また痛みが強くなってきた。


そしてその瞬間。


地下のさらに奥から――


声が聞こえた。


「兄様……」


今度は。


今までよりも、はっきりと。


俺を呼んでいた。

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