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兄様は膝が痛い痛いと言いながら意外と私のストーカーでした。  作者: ぱんだでぴょん


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17話

翌朝。


 俺たちは村長の家に集まっていた。


 机の上には、昨日見せてもらった古い地図が広げられている。


「ここが、昔の坑道じゃ」


 村長が地図の一点を指差した。


「今は使われておらん。かなり前に崩れたと聞いている」


「村の近くなのか?」


「森の手前じゃ」


 俺は地図を見る。


 昨日、右膝が反応した場所とほとんど同じだった。


「……行ってみるか」


「ああ」


 アンジェリカが頷く。


「私も行く!」


 ユイナも手を上げた。


「分かった」


 俺は立ち上がった。


 その瞬間。


 ズキン。


「……痛い」


「朝からですか?」


 アンジェリカが呆れたように言う。


「ああ」


「昨日も痛いと言っていましたね」


「昨日も痛かったからな」


「そういう意味ではありません」


 ユイナが笑う。


「お兄ちゃんの膝、ずっと痛いね」


「仕方ないだろ」


「でも、歩けるんだよね?」


「ああ」


「じゃあ大丈夫!」


「そういう問題なのか?」


 アンジェリカが小さく笑った。


「……本当に、仲の良い兄妹ですね」


 俺はユイナを見る。


「まあな」


 ユイナも嬉しそうに笑った。


 村を出て、森へ向かう。


 昨日の場所を越え、さらに北へ進む。


 しばらくすると、木々の間に古い石壁が見えてきた。


「……あれか」


 崩れかけた入口。


 周囲には草が生い茂っている。


 どう見ても、長い間使われていない。


「本当に古そうだ」


 アンジェリカが杖を構える。


「中から魔力を感じる」


「強いか?」


「弱い」


 アンジェリカは少し考える。


「ただ……普通の魔力とは違う」


「どう違う?」


「私にも、はっきりとは分からない」


 俺は入口を見る。


 右膝が痛んだ。


 ズキン。


「……ここだな」


「お兄ちゃん、分かるの?」


「ああ」


 なぜか分かる。


 ここには――


 何かがある。


 俺たちは坑道の中へ入った。


 中は暗い。


 アンジェリカが杖を掲げる。


「フレイムライト」


 小さな炎が生まれ、周囲を照らす。


 古い石壁。


 崩れた道。


 そして――


「……文字?」


 ユイナが壁を見る。


 石に、何かが刻まれている。


 古い文字だった。


「読めるか?」


 俺がアンジェリカを見る。


「少しだけなら」


 アンジェリカが近づく。


「……『眠るものを起こしてはならない』」


「眠るもの?」


「その下に続きがある」


 アンジェリカが指でなぞる。


「『赤き印を持つ者が――』」


 そこで文字が崩れていた。


「続きは読めない」


「赤き印……」


 俺は右膝を見る。


 嫌な予感がした。


 ズキン。


「……」


 アンジェリカも俺の視線を追う。


「ユイナの兄様」


「なんだ?」


「その膝……」


「また痛いだけだ」


「そうではない」


 アンジェリカは壁を見る。


「もしかすると、ここに書かれている『赤き印』と関係があるのでは?」


「……かもしれないな」


 ユイナが不安そうに俺を見る。


「お兄ちゃん、大丈夫?」


「ああ」


 俺はユイナの頭を軽く撫でた。


「問題ない」


 さらに奥へ進む。


 しばらくすると、坑道の行き止まりに辿り着いた。


「ここで終わり?」


 ユイナが周囲を見る。


 壁しかない。


 だが――


 俺には分かった。


「いや」


 俺は壁へ近づく。


 手を当てる。


「この奥に何かある」


「また分かるの?」


「ああ」


 俺は拳を握る。


「壊していいか?」


 アンジェリカが慌てて止める。


「待て待て!」


「なんだ?」


「古い構造物だ。何が起こるか分からん」


「……そうか」


 俺は拳を下ろした。


 アンジェリカが少し驚いた顔をする。


「素直に聞くときもあるんだな」


「危ないならやめる」


「……」


「何だ?」


「いや」


 アンジェリカは少しだけ笑った。


「もっと無茶をする奴だと思っていた」


「面倒なのは嫌いだからな」


「なるほど」


 アンジェリカは笑った。


 その笑顔を見て、俺は少し不思議に思った。


 最近。


 アンジェリカはよく笑う。


 最初に会った頃は、もっと距離があった。


 俺にも、ユイナにも。


 今は――


 かなり近い。


「どうした?」


「……え?」


「俺の顔を見てる」


「……!」


 アンジェリカが少しだけ目を逸らした。


「いや。何でもない」


「そうか」


 俺は気にせず壁へ向き直った。


 その横で、アンジェリカは小さく息を吐いた。


 ――どうしてだろう。


 最近、ユイナの兄様を目で追ってしまう。


 なぜか気になる。


 以前は、ただ「ユイナの兄様」だった。


 ユイナを守る強い人。


 それだけだった。


 けれど今は――


「……」


 アンジェリカは自分の胸元に手を当てた。


 少しだけ、鼓動が速い。


「アンジェリカ?」


「どうした?」


「……何でもない」


 アンジェリカは慌てて杖を握り直した。


 俺は首を傾げた。


「変な奴だな」


「……ユイナの兄様にだけは言われたくない」


 そう言って、アンジェリカは笑った。


 その時だった。


 ――カチッ。


「……?」


 壁の奥から、小さな音がした。


 俺たちは全員、壁を見る。


 石の一部が動いた。


 ズズズ……。


 古い壁がゆっくりと横へ開いていく。


「隠し扉?」


 ユイナが驚く。


「そうみたいですね」


 アンジェリカが杖を構える。


 その先には――


 小さな部屋があった。


 中央には石の台座。


 その上に、一つの黒い石が置かれている。


「……あれ」


 俺は呟いた。


 見覚えがある。


 昨日、森で拾った石と同じだ。


 アンジェリカが近づく。


「触るなよ」


「分かってる」


 俺は石を見る。


 中心には赤い線。


 そして――


 ズキン。


 右膝が痛んだ。


 石の赤い線が光る。


 ピカッ。


「……!」


 ユイナが俺の腕を掴む。


「お兄ちゃん!」


「大丈夫だ」


 俺は石を見続ける。


 すると。


 頭の中に、一瞬だけ映像が流れた。


 暗い石造りの部屋。


 幼い俺。


 その前に立つ――


 誰か。


 顔は見えない。


 ただ、その人が俺に何かを渡している。


『これを持っていろ』


「……」


 映像が消える。


 俺は目を閉じた。


「今の……」


 アンジェリカが心配そうに俺を見る。


「何か思い出したのか?」


「少しだけ」


「何を?」


「分からない」


 俺は首を振った。


「でも、ここに来たことがある気がする」


「昔に?」


「ああ」


 ユイナが俺の手を握った。


「じゃあ、少しずつ思い出せばいいよ」


「……そうだな」


 俺はユイナの手を握り返す。


 その様子を見ていたアンジェリカは、ふっと笑った。


「きっと、それでいいのだと思う」


 アンジェリカは俺を見る。


「無理に思い出す必要はないと思う」


「……」


「ユイナの兄様が、今のユイナの兄様であることに変わりはないのだから」


 俺は少しだけ驚いた。


「……そうか」


「ああ」


 アンジェリカは穏やかに笑った。


 その顔を見ていると――


 なぜか、胸の奥が少しだけ温かくなった。


 だが。


 その時。


 石の奥から――


 低い音が響いた。


 ゴゴゴゴゴ……。


「……何だ?」


 坑道全体が震える。


「お兄ちゃん!」


 ユイナが俺の腕を掴む。


 アンジェリカが杖を構える。


「魔力が急激に増えている!」


「石か?」


「分からない!」


 黒い石の赤い線が、さらに強く輝く。


 そして――


 遠く。


 地面の下から。


 何かが鳴った。


 まるで――


 巨大な鐘のような音。


 ゴォォォン……。


 俺は右膝を押さえた。


「……痛い」


 しかし。


 痛み以上に気になるものがあった。


 頭の奥に――


 また、声が響いた。


『兄様……』


「……!」


 俺は顔を上げた。


 誰かが。


 俺を呼んでいる。


 その声は――


 とても近かった。

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