16話
黒い石を見つけてから、三日が経った。
村には、特に変わったことは起きていない。
魔物も現れない。
森から何かが出てくることもない。
だからこそ――
俺は、少し気になっていた。
「……静かすぎるな」
村の外れから森を見る。
木々が風に揺れている。
いつも通りだ。
それなのに。
「お兄ちゃん?」
隣にいたユイナが、俺の顔を覗き込んだ。
「何か気になるの?」
「ああ」
「森?」
「ああ」
俺は右膝をさする。
ズキン。
「……痛い」
「また?」
「まただ」
ユイナがため息をつく。
「最近、森を見ると膝が痛くなるね」
「俺もそう思う」
「じゃあ、森に行かない?」
「それは無理だろ」
「なんで?」
「気になるから」
「結局行くんじゃん」
ユイナが笑う。
その後ろから、アンジェリカが歩いてきた。
「ユイナ、準備はできたか?」
「うん!」
「では行きましょう」
俺は二人を見る。
「……おまえらも来るのか?」
「当然だ」
アンジェリカが杖を持ち直す。
「昨日も言いましたが、最近の森は少々気になります」
「危ないかもしれないぞ」
「それはユイナも同じでしょう?」
「まあ……そうだな」
ユイナが拳を握る。
「大丈夫だよ、お兄ちゃん」
「分かった」
三人で森へ向かった。
以前、黒い石を見つけた場所。
そこには――
何もなかった。
「石は?」
ユイナが周囲を見る。
「持って帰っただろ」
「あ、そうだった」
アンジェリカが小さく笑う。
「ユイナらしいですね」
「もう、アンジェリカさん!」
俺は地面を見る。
黒い石があった場所には、小さなくぼみが残っていた。
その周囲だけ。
草が枯れている。
「……」
「何か分かったか?」
アンジェリカが聞く。
「いや」
俺はしゃがみ込む。
地面に触れる。
冷たい。
だが――
「……下に何かある」
「地下ですか?」
「ああ」
アンジェリカも杖を地面に当てた。
「……微弱ですが、魔力を感じる」
「どのくらい深い?」
「分からない」
ユイナが地面を見つめる。
「もしかして、洞窟?」
「だったら簡単なんだけどな」
俺は立ち上がった。
その瞬間。
ズキン――。
「……っ」
右膝に痛みが走った。
そして――
一瞬だけ。
赤い光が見えた。
地面の下。
何かが赤く光っている。
「……今、見えた」
「何が?」
「地下にあるもの」
「本当に?」
「ああ」
俺は地面を見つめる。
普通なら見えるはずがない。
なのに。
なぜか分かる。
そこに何かがある。
「お兄ちゃん……」
「大丈夫だ」
俺は立ち上がる。
「今日は戻ろう」
「え?」
ユイナが驚く。
「調べないの?」
「今はな」
「どうして?」
「まず、村長に話す」
アンジェリカが頷く。
「分かった」
俺たちは村へ戻った。
その途中だった。
「……あれ?」
ユイナが立ち止まった。
「どうした?」
「誰かいる」
ユイナが森を見る。
俺もそちらへ目を向ける。
木の陰。
一瞬だけ――
黒い布が見えた。
「……」
俺は地面を蹴った。
次の瞬間。
木の陰へ移動する。
だが――
誰もいない。
「逃げた?」
ユイナが追いついてくる。
「ああ」
「速かった?」
「普通だ」
アンジェリカが周囲を見る。
「魔力の残滓がある」
「追えるか?」
「少しなら」
アンジェリカが杖を掲げる。
淡い光が周囲を照らした。
「……森の奥へ向かっている」
「行く?」
ユイナが聞く。
「いや」
「どうして?」
「罠かもしれない」
アンジェリカが頷く。
「私も同意する」
「じゃあ戻るぞ」
三人で村へ戻った。
村長に地下のことを伝えると、村長は難しい顔をした。
「地下に……何かある?」
「ああ」
「この辺りに洞窟があるという話は聞いたことがある」
「洞窟?」
「昔、村の外れに古い穴があったそうじゃ。しかし、崩れてしまったと」
「いつ頃?」
「正確には分からん」
俺は少し考える。
「その場所、案内できるか?」
「もちろんじゃ」
村長は古い地図を持ってきた。
広げる。
エルビス村。
森。
そして――
村の北側に、小さな印があった。
「ここじゃ」
「……」
俺はその印を見る。
なぜか。
見覚えがある気がした。
「お兄ちゃん?」
「……いや」
記憶にはない。
でも――
右膝が痛む。
ズキン。
「また……」
アンジェリカが心配そうに見る。
「ユイナの兄様」
「大丈夫だ」
「本当に?」
「ああ」
俺は地図を見る。
「明日、ここへ行ってみる」
「私も行きます」
「私も!」
「分かった」
その夜。
俺はなかなか眠れなかった。
布団の中で、右膝をさする。
「……痛いな」
目を閉じる。
すると――
また。
何かが浮かんだ。
暗い場所。
石の壁。
その前に立つ、幼い俺。
隣には――
誰かがいる。
小さな女の子。
顔は見えない。
『兄様……』
「……」
その声を聞いた瞬間。
胸が締めつけられた。
俺は手を伸ばす。
だが――
少女の姿は消えていく。
『……忘れないで』
「待て!」
目を開けた。
部屋は暗い。
「……」
誰もいない。
俺は額に手を当てる。
「また、昔の記憶か……」
その時。
窓の外で――
何かが動いた。
「……?」
俺は起き上がる。
窓を見る。
何もいない。
ただ。
遠くの森の中に――
一つだけ。
赤い光が浮かんでいた。
「……」
俺は目を細める。
赤い光は、しばらくこちらを見ているように揺れていた。
そして――
消えた。
「……何なんだ」
俺は再び右膝をさする。
ズキン。
「痛い……」
眠れない夜は、まだ続きそうだった。




