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兄様は膝が痛い痛いと言いながら意外と私のストーカーでした。  作者: ぱんだでぴょん


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14話

エルビス村を襲った魔物たちが消えてから、しばらく経った。


 村には、少しずついつもの日常が戻ってきていた。


 壊れた柵。


 傷ついた家。


 荒れた道。


 それらはまだ残っている。


 けれど――


「お兄ちゃん!」


 朝から元気な声が聞こえてくる。


「……なんだ?」


「ご飯できたよ!」


「今行く」


 俺は布団から起き上がった。


 立ち上がった瞬間。


 ズキン。


「……痛い」


「また?」


 部屋の外からユイナの声がする。


「ああ」


「昨日も痛いって言ってたよ?」


「昨日も痛かったからな」


「そういう問題じゃないと思うんだけど……」


 俺は右膝をさすりながら、部屋を出た。


 居間にはユイナがいる。


 そして、その向かいには――


「おはようございます、ユイナの兄様」


 アンジェリカが座っていた。


「……なんでいるんだ?」


「朝食をいただきに」


「自分の家で食べろよ」


「ユイナが誘ってくれました」


「お兄ちゃんがいいって言ったから!」


 ユイナが笑う。


「……そうか」


 最近、こういうことが増えた。


 アンジェリカが家にいることにも、もう慣れてしまった。


 最初の頃は、勇者の仲間だった魔法使いが自体が家にいること自体が珍しかった。


 今では――


「アンジェリカさん、おかわりいる?」


「ああ頼む」


「はい!」


 普通の光景になっている。


 俺は二人を見ながら椅子に座った。


「……平和だな」


「うん!」


 ユイナが嬉しそうに答える。


 俺も、悪い気はしなかった。


 魔物に襲われる前まで、俺たちはこんな毎日を過ごしていた。


 朝起きて。


 飯を食って。


 適当に過ごして。


 夜になったら寝る。


 それだけ。


 それでいいと思っていた。


 俺自身のことなんて、知らなくても。


 過去のことなんて、思い出さなくても。


 今が平和なら、それでいい。


 ――そう思っていた。


 その時だった。


 外から、村人の声が聞こえた。


「おい! 誰か来てくれ!」


 俺は箸を止めた。


「またか?」


 ユイナも立ち上がる。


「何かあったのかな?」


 アンジェリカも杖を手に取った。


「行きましょう」


 俺たちは外へ出た。


 村の入口。


 そこには、数人の村人が集まっていた。


「どうした?」


 俺が聞くと、村人の一人が森を指差した。


「あそこだ」


「森?」


「今朝、見回りに行った奴が見つけたんだ」


 地面を見る。


 そこには――


 大きな足跡が残っていた。


 魔物のものだ。


 だが、以前の魔物とは違う。


 明らかに大きい。


「昨日までは、こんなのなかったぞ」


「夜の間に来たんじゃないか?」


「でも、村の中には入ってない」


 俺は足跡の先を見る。


 森の奥。


 そこで途切れている。


「……村を襲うつもりなら、もっと近くまで来るはずだ」


 アンジェリカが頷いた。


「私もそう思います」


「じゃあ、何のために?」


「分かりません」


 ユイナが不安そうに森を見る。


「お兄ちゃん……」


「大丈夫だ」


 俺は答えた。


「今すぐ何かが起きる感じはしない」


「本当?」


「ああ」


 ただ――


 右膝が痛い。


 ズキン。


「……」


 俺は無意識に膝をさすった。


 この痛み。


 最近、少し変だ。


 魔物が近づくと痛む。


 危険を感じた時にも痛む。


 そして時々――


 何もない時にも痛む。


「お兄ちゃん?」


「いや」


 俺は立ち上がった。


「ちょっと森を見てくる」


「私も行く!」


「駄目だ」


「なんで?」


「危ないから」


「じゃあアンジェリカさんは?」


「……」


 アンジェリカが少し笑った。


「ユイナ。おそらくユイナの兄様は、私なら連れていってもいいと思っているのですよ」


「なんで?」


「さあ?」


「おい」


 二人が俺を見る。


 俺はため息をついた。


「……二人とも来ればいい」


「やった!」


「ありがとうございます」


「ただし、俺から離れすぎるな」


「分かった!」


 俺たちは森へ向かった。


 しばらく歩く。


 足跡は続いていた。


 深い。


 それだけじゃない。


 地面が少し焦げている。


「……魔力の跡ですね」


 アンジェリカがしゃがみ込む。


「分かるのか?」


「はい。普通の魔物が残すものとは少し違います」


「強いのか?」


「……おそらく」


 ユイナが拳を握る。


「じゃあ、倒そう」


「待て」


 俺は足跡を見る。


「まだ戦う必要はない」


「でも……」


「こいつは村に入ってない」


 俺は森の奥を見る。


「何かを探してる」


「何を?」


「分からない」


 その瞬間。


 ズキン――。


「……っ」


 右膝が痛んだ。


 今までとは違う。


 鋭い痛みだった。


「ユイナの兄様?」


「大丈夫だ」


 俺は膝を押さえる。


 すると――


 一瞬だけ。


 頭の中に何かが浮かんだ。


 赤い空。


 燃えている建物。


 誰かの手。


 小さな手を、俺が握っている。


『……兄ちゃん』


「……!」


 俺は目を見開いた。


 だが、映像はすぐに消えた。


「お兄ちゃん?」


「……今のは」


 俺は自分の手を見る。


 誰の手だった?


 誰の声だった?


 分からない。


 ただ――


 胸の奥に、妙な感覚だけが残っていた。


「ユイナ」


「なに?」


「昔のこと、何か覚えてるか?」


「昔?」


「ああ」


 ユイナは首を傾げる。


「お兄ちゃんと一緒にいたことなら、いっぱい覚えてるよ」


「……そうか」


「どうしたの?」


「いや」


 俺は森を見る。


「何でもない」


 アンジェリカが俺の顔をじっと見ていた。


「……ユイナの兄様」


「なんだ?」


「今、何か思い出したのではありませんか?」


「……少しだけな」


「どんな記憶です?」


「分からない」


 俺は答えた。


「誰かの声を聞いた」


「誰の?」


「……俺を『兄ちゃん』と呼んでいた」


 ユイナが少し驚いた顔をする。


「私じゃないの?」


「おまえは『お兄ちゃん』だろ」


「あ……そうだった」


 ユイナは少し考える。


「じゃあ、誰だろう?」


「分からない」


 俺は森の奥を見た。


 足跡。


 魔力。


 そして、さっきの記憶。


 全部が偶然とは思えなかった。


「……帰るぞ」


「え?」


「今日はここまでだ」


「魔物は?」


「今は村を狙ってない」


 俺は来た道を見る。


「でも――」


 森の奥から。


 ほんの一瞬。


 視線を感じた。


 誰かがいる。


 俺たちを見ている。


「……」


 俺はそちらを見る。


 何もいない。


 木々が風に揺れているだけだ。


 それでも。


 俺には分かった。


 この森には――


 何かがいる。


 そして。


 そいつは、俺たちを見ている。


「お兄ちゃん?」


「帰ろう」


 俺はユイナの頭に手を置いた。


「今日はもう十分だ」


「うん」


 ユイナが頷く。


 アンジェリカも杖を下ろした。


「分かりました」


 三人で村へ戻る。


 俺は一度だけ、森を振り返った。


 何もない。


 けれど――


 右膝が、また少しだけ痛んだ。


 ズキン。


「……痛い」


「またそこですか」


 アンジェリカが呆れたように言う。


「ああ」


「本当に、何かあるたびに膝ですね」


「仕方ないだろ」


 ユイナが笑う。


「お兄ちゃんの膝、忙しいね」


「……俺もそう思う」


 俺も少し笑った。


 だが。


 村へ戻った俺たちの背後。


 森の奥では――


 一人の黒い影が、静かにこちらを見ていた。


「……まだだ」


 低い声が響く。


「今は、まだ……」


 その男の手には、小さな黒い石が握られていた。


 石の中心には――


 赤い光。


「封印は、まだ解けていない」


 男は森の奥へ消えていく。


「だが……」


 最後に。


 エルビス村へ視線を向けた。


「確実に、目を覚まし始めている」


 その言葉だけが、森の中に残った。

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