44
トロルドの戦士の館に招かれてから、二週間が経つ。
そこで過ごす時間は、思った以上に穏やかだった。
戦士達に混じって行う訓練はそれなりに激しいが、それ以外の時間は彼らと酒を酌み交わしたり、リャーグの話を聞いたり、逆にこちらの旅の話を語ったりと。
ここに来るまで知らなかったが、実はリャーグの戦士はよく歌う。
それは勇壮な戦歌だったり、故郷を歌う郷愁に満ちたものだったり、様々だ。
ガヴェーが言うには、戦場であれ、船上であれ、よく通る声というものを、リャーグの戦士は重視するらしい。
歌はその声を鍛える為の手段であり、また船の上でも気軽に行える、大切な娯楽なんだとか。
リャーグの戦士は血に飢えた悪鬼のように他国では語られがちだが、ここにいるのは身体は大きく、まぁ、血の気も多くはあるけれど、豊かな感性を持つ人間達だった。
ダラッドも、この一週間訓練を共にしたからか、すっかり彼らに馴染んでる。
ゲアルドもそうだったけれど、リャーグの戦士、特にこのトロルドの島の戦士達は、懐に入れた相手に対しては驚く程に親切だ。
尤も、その懐に入れた相手であっても、戦場で相対するような事があれば、少しの容赦もないだろうというのが彼らの、リャーグの戦士の恐ろしい所なんだろうけれども。
恐らくそれは、リャーグという一つの国として纏まりながらも、村ごと、島ごとでの争いも少なくないという、彼らの国の在り方が関係しているんだと思う。
昨日は味方として共に戦い、けれども今日は敵として相対するから。
そうした事にリャーグの戦士達は慣れていて、割り切りがとても早いのだ。
利害が一致すれば頼もしい仲間で、利害が相反すれば敵になり、どちらであっても戦いを楽しみ、戦いに生きる。
確かに、思えばゲアルドもそうだった。
あれは傭兵だからってだけじゃなくて、リャーグの戦士の基本的な考え方、価値観だったんだろう。
そのゲアルドに関してだが、僕はこのトロルドの島の戦士が集う館に招かれてから、幾度か彼の行方を知らないかと問われた。
どうやらゲアルドはリャーグでもかなり名の知れた戦士だそうで、彼がいるか否かで、トロルドの島の持つ影響力が少なからず変わるらしい。
もう少し具体的に言えば、ゲアルドがいるか否かで、トロルドの島が次のリャーグの盟主を目指せるかどうかが決まるそうだ。
これは北西部で幾度となく聞いた、近頃はリャーグの動きがめっきり大人しいという話にも関係があるのだけれど、どうやら今、リャーグでは、盟主の交代が行われようとしているという。
なんでも今のリャーグの盟主は、あのセル大帝国との戦であまりに多くの戦士を死なせてしまった為に求心力を失い、盟主の座を降りる事になったんだとか。
もちろんあの戦での苦戦は、別にリャーグの盟主のせいって訳じゃない。
僕が話に聞く限りだけれど、苦戦の理由は西方国家群に纏まりがなかった事と、セル大帝国が強すぎたせいだ。
それはきっと、リャーグの人々もわかってる。
だがそれでも、いかに割り切りの良いリャーグの人々とて割り切れぬ程の被害が、あの戦では出てしまった。
故に誰かに、その責任の所在を求めざるを得なかったのだろう。
そして王であれ盟主であれ、上に立つ者は責任を取るのが役割だ。
なので、これまでリャーグを治めていた盟主、ベチュラの島のオーグ王は、優秀な統治者ではあったそうだが、責を取っての引退を宣言している。
つまり、今のリャーグは次の盟主を決める為、内輪での争いが激しくなっていた。
ただ、その争いに、今のところトロルドの島は加わっていないという。
何故なら、トロルドの島を治める頭領の弟にして、島で最も勇猛な戦士、ゲアルドがリャーグに居ないから。
トロルドの頭領は、ゲアルドを欠いて盟主の座を争うは、斧を持たずに戦場に立つのと変わらないと言っているそうだ。
……ならば一体、どうしてゲアルドは、今、この時期にリャーグの外に出ているのか。
もちろん僕は、ゲアルドの探し物を知っている。
でも彼の性格からすれば、リャーグで楽しめる戦いがあるなら、まずはそちらを優先しそうなものなのに。
あぁ、いや、或いは、思った以上にリャーグの状況は悪いのかもしれない。
盟主の座はトロルドやベチュラを含む五つの島で争われるのが基本だが、今回はオーグ王が自ら盟主の座を降りる為、ベチュラはその争いに加わらないだろう。
そうなると残る四つの島が争う事になるのだけれど……、その争いが激化すればリャーグの屋台骨が揺らぐ程に、この国の戦士の数が減ってるとすれば?
トロルドの島は敢えてその争いに加わらずに戦士を温存しようとしているのかもしれなかった。
そうすればリャーグという国の力を必要以上に損なわない為かもしれないし、或いは盟主を決める戦いの後に、多くの戦士を手元に残していれば、盟主の座は手に入らずとも、トロルドの島はリャーグ内で影響力を強める事ができるから。
僕の予想が当たっているとして、それを考えたのはゲアルドか、それとも兄である首領か。
ゲアルドはああ見えて、かなり頭が働くし、利にも敏いから、彼の発案でもおかしくない。
仮にそうだとしても、首領に何の相談もなしにリャーグを出て言った訳じゃない筈だから、兄である首領も中々に強かな人物なのだろう。
もちろん首領が決め、ゲアルドがそれに従っただけって可能性も大いにあるが、いずれにしても彼らの思慮深さに変わりはなかった。
……とはいえ、この予想が正しかったとしても、僕にできる事はあまりない。
世話にはなってるから、トロルドの島に協力するのも悪くはないが、かといって無名の僕じゃゲアルドの変わりは務まらないし、ドレアム王国に向かった彼を探し出すのも、一朝一夕には不可能だ。
リャーグの混乱に乗じて身を立てる為の策謀を巡らせるというのも、気持ちの上でも、能力の上でも難しいだろう。
僕には策士としての才能はあまりないし、そもそもリャーグの戦士達にそれがバレた時のリスクが高すぎる。
まぁ、トロルドの島が盟主の座を欲しなかったとしても、大きな勢力である以上は争いと全く無関係で居続ける事は難しいだろうから、降りかかる火の粉を払う手伝いをするのが精々か。




