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闘技場の利用には少額だが金がかかり、その代わりに、模擬戦用の武器の貸し出し等をしてくれる。
まぁどんな施設も痛めば修繕に金が掛かるし、自前の武器を使って死傷者が出るような事になれば大変だから、当たり前の措置だ。
尤も模擬戦用の木製の武器を使ったところで当たり前に怪我人は出るし、稀な話ではあるけれど、死人が出る場合もあった。
特に大柄なリャーグの戦士が全力で力と力をぶつけ合うこの闘技場なら、そうした事故も多いのだろう。
受付で、主に僕が正気を疑われるような目で見られたが、特に利用を止められるような事はなく、僕とダラッドは闘技場の土を踏む。
すると幾つもの視線が、僕とダラッドに向けられる。
物珍し気に、じろじろと。
まぁ、そりゃあそうか。
リャーグを、というよりもベアドを他国人が訪れる事は別に珍しくないだろう。
商業区には幾つも大きな商館があったし、隊商だと思われる馬車もちらほら見かけた。
そしてリャーグを訪れたなら、噂のリャーグの戦士の実力を一目見たいと闘技場に足を運ぶ者も、そりゃあそれなりにはいる筈だ。
隊商の護衛としてベアドまで来た者なら、それなりの腕自慢だっているだろうし。
しかしそうした者も、リャーグ人同士が武器をぶつけ合う姿を見れば委縮する。
観客席から降りて、その中に混ざろうと考える者なんて、そりゃあ頻繁には出てこない。
ましてダラッドのような巨漢ならともかく、僕の体格は精々が並みというところ。
そりゃあ受付には正気を疑われるし、こんな風に目立ちもする。
闘技会の事を考えると目立っていい事なんて欠片もないが、それでもダラッドの成長の為には仕方ない。
どうせ闘技会に参加しようとすれば目立つだろうし、遅いか早いかの違いしかないだろうし。
失うものと得るもの、どちらが多いかを考えての行動だ。
今、ここでなら、ダラッドに経験を積ませながら、万一の場合には僕が割って入れもするから。
「ダラッド、今日はここの闘技場で野試合を挑んで、一勝するのが目標だ。挑む相手も自分で選ぶといい」
僕がそう言えば、周囲からの視線が少し険しくなる。
一勝であっても、自分達、リャーグの戦士に勝てると思ってる事が気に食わないのか、それとも大きなダラッドを、小さくて強さに劣るように見える僕が従えてるのが気に食わないのか、はたまたその両方か。
大体そんなところだろう。
もしかすると他にも何かが癇に障ったのかもしれないけれど、いずれにしても僕の知った事じゃない。
ダラッドは、武器じゃないからと持ち込みが許された大盾を手に、目に付いたリャーグの戦士を相手に、早速挑みに行っている。
この空気の中でも怯む事なく、僕の言いつけを果たそうと動けるのは、或いは体格以上の彼の強みだろう。
「なんだぁ? お強いのを連れてきて、坊ちゃんは見学かい?」
リャーグの戦士の一人から、揶揄うような声が上がるが、僕はその言葉に笑ってしまった。
その言葉を吐いた事で、僕がダラッドよりも強いと見抜けぬ程度の目しか持たぬと、自分から宣言したようなものだったから。
「ダラッドに、彼に勝った戦士なら、戦ってもいいかもね。そうじゃないなら見ても戦っても、僕が学べる事なんてないだろうし」
笑いながらそう言えば、先の言葉を吐いたリャーグの戦士の目に怒りが宿る。
もちろん、その笑いが挑発になっているのはわざとだ。
これで相手が怒りのままに襲い掛かってくる事を期待して。
確かにリャーグの戦士は手強いが、こちらを舐めて、しかも怒りに目が眩んで突っ込んで来るなら手玉に取って叩き伏せるのも難しくはない。
そうやって一人を見せしめにすれば、他のリャーグの戦士は余計なちょっかいをかけ辛くなるだろう。
ごろつきの類が相手だと、それで仲間達が激昂したり等という事もあろうが、仮にも相手はリャーグの戦士、北西部で最も格の高い戦士の看板を背負った者達だ。
そんな恥ずかしい真似はできやしない。
……そう考えていたのだけれど、
「やめろ馬鹿。他所からの客人を相手に恥を晒す心算か。相手を測れもしねぇ癖に粋がって絡みやがって」
こちらに向かって来ようとしたリャーグの戦士に、待ったをかけた者がいた。
それは他のリャーグの戦士達に指導に回っていたベテランの一人。
しかも上、観客席から見ていた限りでは、そのベテランの中でも特に腕の立ちそうな戦士だった。
参ったな。
流石にこの相手じゃ、手玉に取れる気がしない。
もし、このベテランと戦う事になれば全力を出す必要があるし、ダラッドの様子を見る余裕は欠片もなくなるだろう。
「すまないね。こんな馬鹿でもうちの島の戦士なんだ。要らん赤っ恥をかかれる訳にはいかんのでな」
だが、どうやら代わりにこのベテランが僕と戦おうって訳じゃないらしく、僕は内心でホッと安堵の息を吐く。
このベテランとの戦いは間違いなく僕の糧になるから惜しくは思うが、優先順位を違えてまでやる事じゃないから。
そんな僕の様子を見て、そのベテランは、
「過保護だねぇ」
……と、ククッと笑う。
どうやら、僕の考えはお見通しらしい。
「そちらと同じくらいには」
僕は先程とは違って、本心から笑みを浮かべて、混ぜっ返すようにそう言った。
実際、自分でも過保護だなぁって思ってる。
でもしょうがないじゃないか。
ダラッドは、あまりに替えが効かない人材だ。
体格と膂力が人並み外れていて、少し愚鈍なところはあっても、僕のいう事を素直に聞き、即座に実行しようとしてくれる。
力の面でも、性格の面でも、こんな人材、そうは手に入らない。
「はははっ、ちげぇねぇや。お前さん、言うじゃないか。気に入ったよ。俺はトロルドの島の戦士、ガヴェー。お前さんは?」
そう言って、ベテランのリャーグ戦士、ガヴェーは名乗る。
でも僕が気になったのは、彼の名前の前に付く、トロルドの島の戦士って部分だった。
トロルドの島って、どこかで聞いた事がある気がしたのだ。
その物言いからリャーグの島の一つなんだろうけれど、僕がリャーグの話を聞く機会なんてごくごく限られていたから……。
「トロルド? ……あぁ、確か、ゲアルドが言ってた勇猛な戦士の島か」
僕はゲアルドが酒の席で、出した名前だと思い出す。
リャーグの中でも特に勇猛な戦士を輩出する島。
当然ながら自分もその島の戦士だって、そんな風に言ってたっけ。
「なんだ。お前さん、ゲアルド様の知り合いかよ。どおりで肝が据わってる訳だ。あの方に比べられたら、俺ら程度に怯む訳ねぇわなぁ」
思わず出してしまったゲアルドの名前に、ガヴェーは納得したように頷いた。
どうやら彼は、ゲアルドの知り合いだったらしい。
あれだけ強いゲアルドなら、リャーグでも名を知る者はいるだろうと思ってたけれど、まさかこんなに早く出会うとは……。
「僕はクリュー。クリュー・ウィルダート。ゲアルドとは一緒の傭兵団で戦って、少しの間だけど世話になったんだ」
縁の不思議さを感じながら、僕は改めて、自分の名をガヴェーに告げる。




