40
北の海の空は、時に灰色で重苦しい。
僕らがベアドに到着した日も、ちょうどそんな空だった。
けれども、或いはだからだろうか。
そこに生きる者達は、皆とても力強い。
リャーグの大都市ベアドは、とにかく全てが大きかった。
潜った門も大きければ、城壁も高いし、何よりもまず、道を行き交う人々が一回り以上は体格が良いのだ。
流石にダラッドに匹敵する程、となると流石に珍しいが、それでも皆無じゃない。
あぁ、そういえば、旅の途中で知り合ったリャーグの戦士、ゲアルドもダラッドと同じくらいに背が高かった。
そしてそんな人々が住んでいるからか、建物もやはりサイズが大きい。
何だかまるで、自分が子供に戻ってしまったかのような気分になる。
しかしそれを態度に出す事はしなかった。
町の中に入っても、隊商が目的の商家や商館に着くまでは、僕らは護衛だ。
その姿はベアドの町の人々の目に入る。
相手が敵でなくとも、護衛が侮られていい事はないだろう。
多くの人の目は、やはり隊の中で一番大きなダラッドが引くが、でも彼が頼りとするのが僕である。
僕が動じた姿を見せれば、ダラッドも動揺してしまう。
他の護衛達だって同じだ。
故に、僕は殊更に堂々とした振る舞いで、最後まで馬車を送り届けた。
隊商の長であるコーディは約束よりも多めに報酬を支払ってくれて、その上で帰り道の護衛も頼みたいと言ってきたが、僕は予定通り、その頼みには首を横に振る。
腕を頼りに北西部で暴れたところで、僕が欲するものを得るにはあまりにも時間が掛かるだろうし、何よりも、この安定して報酬が得られる護衛という仕事に、満足して高望みをやめてしまうかもしれないから。
旅のついでなら兎も角、隊商の帰り道にまで付き合う事はできなかった。
恐らくコーディも断られる事は予想してたんだろう。
或いはこうして護衛との別れに慣れてるのかもしれないが、惜しみつつも必要以上に引き留めはせず、その上で、リャーグにしばらく滞在するなら一つ頼みがあると言った。
その頼みとは、ある女性を見かけたり、所在が分かったら、コーディの所属する商会に報せて欲しいというもの。
詳しい事情を聴いてみれば、数年前、北東地方のある村がリャーグの遠征部隊の略奪に遭ったそうだ。
まぁこれだけなら良くある話ではあるのだけれど、当時、村に訪れていた有力者の娘、具体的にはカイラス伯爵家の三女、フローディア・カイラスが、止せばいいのに護衛を率いてリャーグの遠征部隊に奇襲を仕掛けたらしい。
驚いた事に、この奇襲は効果を上げ、襲われた村からは多くの村人が無事に逃げ延びる。
けれどもその代償としてフローディア・カイラスはリャーグの部隊に囚われ、略奪品として連れ去られた。
父であるカイラス伯爵は、男勝りな性格で婚約も成立しておらず、リャーグに囚われた事で更に政略結婚には不向きとなり、更に優秀な私兵を幾人も無謀な戦いで失わせたフローディアを、もはやカイラス伯爵家とは無関係であると見捨てたそうだ。
けれどもフローディアを可愛がっていた祖母が、私費を投じてどうにか彼女を救い出せないかと、付き合いのある商会に頼み込んだらしい。
なるほど。
色々とびっくりな話だけれど……、まぁ、コーディも冗談でこんな話はしないだろう。
ただ、彼もわかってはいるだろうけれど、僕がフローディア・カイラスを見つける可能性なんて、砂浜で一粒だけ落ちてる真珠を見付け出すようなものだ。
そもそも、まず今も生きているかどうか、そこから怪しい。
仮に生きていたとしたら、既にリャーグ人の子を産まされて家に組み込まれているだろうし、そうでなければ奴隷か。
数年前に依頼を受け、それから幾度もコーディはリャーグを訪れているから、それで見つからない以上、どうなっているかはおおよそお察しである。
それでも商人とは違う場所に出入りする事もある僕に、念の為、万に一つがあるかもしれないからと、この話を聞かせたのだろう。
積極的に探す依頼でもなく、心に留めおくだけでいいのなら断る理由もない。
僕はコーディの頼みに頷き、彼の娘のシェーミや、他の護衛達とも少し言葉を交わして別れた。
さて、隊商と別れた僕とダラッドは一日宿でゆっくり休み、翌日にベアドの闘技場に向かう。
ベアドの闘技会が次は何時行われるのか、スケジュールやルールを調べるのと、それからリャーグの戦士の実力を改めて確認する為だ。
何故なら僕は実力を知るリャーグの戦士は、ゲアルド一人だけだから。
ゲアルドは、流石にリャーグの戦士の中でも上澄みの部類だと思われる。
実際、彼はリャーグのメダルも持っているような事を言ってたし、自分の実力に関して見栄を張るような性格でもない。
だから結局のところ、僕はリャーグの戦士が、平均的にはどの程度の実力なのか、正しく把握はできていなかった。
闘技場は闘技会が行われていない日は野試合や訓練に使われる。
そこは見習いからベテランまで、幅広い層が利用してる筈だから、二日か三日、そこで訪れる戦士を観察すれば、平均がどこにあるか、おおよそのところは見えてくる筈だ。
幸い、護衛の仕事の報酬で懐は暖かいから、暫くの間は金を気にして動く必要もない。
まずは闘技会のスケジュールと、リャーグの戦士の実力を把握してから、今後の方針を決めるとしよう。




