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ダストリアを北西に抜けると、次の国はエベリアだ。
エベリアは、獣使いで有名な国らしい。
獣使いというのはあまり耳慣れない言葉だが、なんでもエベリア人の一部は、様々な動物を生まれたばかりの頃から人の手で育て、人を襲わず、人のいう事を聞くように調教するのを得意とするという。
犬はもちろん、鷹や鷲等の猛禽類や、熊を手懐ける事すらあるそうだ。
手懐けられた動物は戦いにも利用されていて、エベリアの精鋭である猟犬部隊といえば、リャーグですら手を焼くという話だった。
また馬も、エベリア産の馬は丈夫で良く走る高級馬なんだとか。
あまり数は出回らないが、だからこそ他国ではエベリア産の馬は高値で取引されているらしい。
この話をしてくれたのはシェーミで、見習いとはいえ商売に携わる彼女が言うんだから、信頼できる話だろう。
尤も、僕がこの馬の取引に関わる事は……、少なくとも暫くの間はない筈だ。
僕がどこかで身を立てて、それを維持できるくらいに裕福であったなら、エベリア産の軍馬を買い求めたりもするかもしれないが、今は高級馬なんて、仮に手に入れても持て余す。
馬はそれ自体が高価だが、維持にも金と手間が掛かるから。
ただ自分に直接の関係がないとしても、こうした情報を知れる事はありがたかった。
例えばこの先、どこかの領主がエベリア産の軍馬を所有してると聞けば、その領主は裕福か、見栄っ張りか、軍事に力を入れているのだという事がわかるだろう。
馬以外にも、エベリアの獣使いはどんな風に動物を戦に活かすのか。
直接的な戦力か、それとも斥候として使うのか、非常に興味を惹かれてる。
訪れた村の一つでは、村を囲む柵の上に、頭が真っ白な、大きな鷲が留まってた。
あれはきっと翼を休めてる訳じゃなくて、村に危険が迫らないか否かを、あの鷲が見張ってるんだろう。
でもあの鷲が自分で異常を、村にとっての危険を判断できるように躾けてあるとすれば、それはもう単なる調教の域じゃない。
確かに鷲は賢い鳥かもしれないが、そこまで人間に都合のいい生き物である筈がないのだ。
そうなると、エベリア人の動物を手懐ける力は、もしかすると僕が扱う呼吸と同じように、血が受け継ぐ不思議な才能なのかもしれなかった。
呼吸が自分の筋力や集中力、体力といった様々な力を引き上げるのと同様に、エベリア人の能力は動物の力を引き上げるのだとすれば、精鋭である猟犬部隊には、リャーグすらも手を焼くという話にだって信憑性が出てくる。
……ゲアルドが居れば詳しい話を聞けたのかもしれないけれど、少しばかり残念だ。
シェーミも十分に見識が広くて話は面白いのだけれど、やはり商人である彼女は戦士である僕と物の見え方が違う。
だからこそ刺激になるというのも確かにあるが、こうして情報を得ている時には、戦士ならば当然注目すべき箇所がぽっかりと抜けてたりするので、物足りなさを覚える。
でもこれは逆も然りか。
この話をしてくれているシェーミだって、僕の反応や、興味を持つポイントには違和感を覚えるのだろうから。
そして僕とは別の視点というのは、個人でなく集団で動くのならば必ず必要になるものだ。
いや、もっと具体的に言うなら、商人としての知識と見識を持つ者が必要だった。
そうでなければ、ダラッドと二人で行動してる間はいいが、もっと多くの配下を抱える事になったら、給与や食料、武具等、それらの管理で破綻する。
僕もそうした計算ができない訳じゃないけれど、戦いや人の管理の合間にそれができる程、得意では決してない。
仮に計算の方が得意だったら、僕は今もワルダベルグ家にいた筈だし。
会計係、それから渉外担当は、僕が身を立てていく上で、必ず必要になるだろう。
あぁ、一度、自分がこの先生きていく上で、目標をもっと明確にし、その上で必要な人材を考えてみた方がいいかもしれない。
ワルダベルグ家を出た時は、自分がどの程度通用するのかもわからなくて、曖昧なままにしていたけれど、今の僕は経験と自信を得た。
更には一人きりだけれど、れっきとした配下もいる。
……まぁ、護衛の纏め役をしてる間は、ちょっと余裕がないかもしれないが、リャーグに到着して状況が落ち着けば、その辺りを一度整理しよう。
状況に流されて生きるのではなく、自分の意思でその流れを泳ぎ切って、生きる為にも。
エベリアでは獣使いに関わる事なく、旅は続いた。
次の国はシントポセイア。
ここからは、旅の危険が格段に上がるという。
リャーグの略奪部隊には二種類あって、一つは船を使って川や海を移動し、遠方まで略奪に出向く精鋭部隊。
もう一つは、陸路で移動して近い国を襲う、若い戦士が中心となった新兵の部隊だった。
彼らは陸で戦い経験を積んで、船で移動する精鋭部隊にいずれ加わる。
つまりリャーグにとって周辺国は、若い戦士を育てる為の訓練相手になるのだろう。
一応だが、リャーグは自国へ繋がる街道がある国を襲う事は少ないらしい。
あまり派手にやってしまうと、街道の行き来が困難になって、自国への商人がやってこなくなると理解してるから。
しかしその周辺の国に対しては容赦がなく、略奪を続けてきたそうだ。
すると村を焼かれて離散した民や、リャーグを恐れて脱走した兵等が集まって、賊になる。
そうした賊が、確実に通る獲物を狙いに、シントポセイアの街道にやってきてしまう。
もちろんシントポセイアもそうした賊の対策は行っているが、絶える事なくやってくる賊の全てをどうにかする程の国力はなかった。
優先的に守られるのは道ではなく町、それから村で、街道はどうしても後回しになる。
当然ながらシントポセイアも街道の重要性は理解しているのだけれど、町や村の限られた範囲と違って、街道の全てを守ろうとすれば膨大な予算が必要だ。
故にここから先の街道は、これまでよりもずっと襲撃の危険は多い。
ちなみに立地的にはシントポセイアと大きく変わらないのに、エベリアが街道の安全を守れているのは、隠れ潜む賊を使役される動物が見つけるからだという。
残念ながら僕にそんな便利に動物を使役できる能力はないし、この隊商にだって獣使いなんていないから、地道に警戒をしながら街道を進んでいくしかなかった。
これまで、移動をしながらも護衛達には訓練を続けてきたけれど、その真価が試されるのはここからだ。




