2-2 天狗に会いに行こう
依頼を受けた翌朝、美原、愛田、剣一の三人は、山奥の神社へ向かっていた。
会社から現場までは車で三時間ほど。最初のうちは街中を走っていた車も、次第に民家が減り、やがて左右を山に挟まれた道へ入っていった。
「天狗さんかぁ」
運転席の愛田が前を見たまま呟いた。
「愛田さん嬉しそうですね」
助手席の美原が笑う。
「だって本物を見るの、初めてですからぁ」
「私もですよ」
美原が後部座席の剣一を振り向いて聞いてくる。
「剣一くんは、色々と見てそうですけど」
「何かわからない者は毎日見ますけど、天狗は初めてですね」
「そうなんですか」
「はい」
剣一は窓の外を見る。山の斜面には杉や檜が並び、ところどころに大きな岩が顔を出している。
「天狗さんって、やっぱり鼻が長いんでしょうかねぇ」
「一般的なイメージなら、そうですね」
「羽もありますから、空を飛ぶんでしょうかねぇ?」
「たぶん」
「ですよねぇ」
愛田が嬉しそうに頷く。しばらく沈黙が続いた。
「……でも」
美原が口を開く。
「今回の依頼、ちょっと変ですね」
「そうですか?」
剣一が答える。
「天狗が出るだけなら、そこまで問題にならないんじゃない?」
「いやいや、天狗が出たら大騒ぎですよ」
美原は完全に視えることが当たり前の人間の思考だった。
「でも写真に写るだけなんでしょ?」
「依頼書にはそう書いてありましたね」
「人を襲ったり、脅したり、物を壊したり?」
「ないみたいですね」
「じゃあ、何が問題なんでしょう」
「まぁ……、一般的には天狗が出たら問題ですけどね」
剣一は少し考えると、
「でも写真に写るだけなら、むしろ観光資源になりそうですけど」
「ふふっ、それはいいですね」
美原が笑って振り返る。
「天狗が見られる神社なんて、かなり人が来そうですよ」
「そうですよね」
美原も頷く。
「社長なら、絶対にそう考えますよね」
三人とも、社長の顔を思い浮かべた。
「『天狗の絵馬でも作って観光に使えばいいじゃない!』って言いそうです」
美原が声を真似る。
「似てますねぇ~」
愛田と剣一が大きく口を開けて笑う。
「でも天狗が出るってだけで、依頼主さんも何かに困ってる訳じゃないんですよね」
剣一が言った。
「そうですね」
美原が真面目な顔に戻る。
「もしかしたら、何か困ったことが起きているのかもしれません」
「例えば」
「写真を撮った人が体調を崩すとか」
「それは怖いですね」
「スマホが壊れるとか」
「なんかありそうな話ですね」
「写真を撮ったら、その日の夜に夢に出てくるとか」
「それも嫌ですね」
三人で想像する。
「……天狗に、何か人間の前に出てくる事情があるんですかね」
「そうですねぇ」
愛田も頷く。
「天狗さんの事情ってところが、剣一さんらしいですねぇ」
「まあ……子供のころからいろんな物を見てきましたから。でもこの会社の社訓だってそうじゃないですか。『祓う前に話せ!斬る前に聞け!』ってやつ」
三人が社長の後ろの壁に貼られた、達筆の額を思い浮かべる。
「社長の勢いだと『聞く前に斬れ!話す前に祓え!』ですけどね」
三人は声を上げて笑う。
「でもまぁ実際、話を聞いてみないと分かりませんからね」
「そうですよねぇ」
愛田が頷く。
「じゃあ天狗さんと仲良くなって友達になりましょう」
「依頼の目的が変わってますよ」
「そうですかぁ?」
「そうですよ」
車内に笑い声が広がった。
やがて道路はさらに細くなり、山腹を縫うように曲がりくねりながら続いている。スマホの電波表示も、いつの間にか一本になっていた。
「ここから先は、ほとんど人が住んでないんですねぇ」
愛田が言う。
「そうみたいですね」
美原がカーナビを見ると、目的地の山の入口まであと二十分だ。
「あと二十分ですね。そこから神社までは山道を歩いて三十分くらいです」
「結構ありますね」
「でも、こういう場所なら天狗がいても不思議じゃないですね」
剣一が窓の外を見た、その瞬間。
「……」
剣一の視線が、山の斜面に止まった。
「どうしました?」
美原が聞く。
「いえ」
剣一はしばらく山を見ていた。
「何か見えました?」
「まだ分かりません」
「まだ?」
「こちらを見ているものがいます」
愛田が前を見てハンドルを握ったまま聞く。
「天狗さんですかぁ?」
「分かりません」
剣一は目を細めた。木々の間に一瞬だけ、赤いものが見えた気がした。だが、すぐに見えなくなった。
「消えました」
「もう、見られてるんですかね」
美原が少し緊張した。
「かもしれません」
剣一は淡々と答えた。
「神社関係者たちの会話から、僕たちが来ることは、向こうも知っているでしょうから」
「なるほど」
愛田が妙に嬉しそうにする。
「じゃあ、歓迎してくれてるかもしれませんねぇ」
「だといいですね」
剣一は小さく笑った。
山道の先に、古い鳥居が見てきた。
三人はまだ知らなかった。この先で待っている天狗が、妖怪として恐ろしい存在ではないが、ある意味とても面倒くさい天狗だということを。
次話、天狗様の登場です。




