2-1 初めての依頼
安心安全商事の事務所前にある、広い砂利の駐車場。
街外れの道路沿いに建つ一軒家を改装した事務所で、駐車場の奥に事務所、そのさらに奥に書庫がある。
道路は緩やかなカーブになっているため、敷地の外から会社の駐車場はそれなりによく見える。
そして今日もその駐車場の片隅で、
「せいっ!」
剣一が上半身裸で竹刀を振っていた。
夏の昼前、じっとしていても汗ばむような気温である。だから服を脱いだ。特に深い理由はない。
「……ふっ!」
一振り。踏み込み、振り下ろす。剣一は黙々と続ける。
事務所の中で本を読んでいるより、こちらのほうが性に合っていた。別に本が嫌いなわけではない。書庫にある本は、読んでみれば意外と面白い。
妖怪や神様、地方の伝承など、知らないことばかりだった。ただ、何時間も座って読んでいるより、剣を振っているほうが落ち着く。
「せいっ!」
竹刀が空気を切る。その音を聞きながら、剣一はふと思った。
――しかし、本当に暇だな。
安心安全商事は、妖怪や悪霊、精霊などを相手にする会社だ。
入社前は、毎日のように怪異が持ち込まれるものだと思っていたけれど、現実は違う。
怪異だって年中無休で発生するわけではない。ちょっと考えれば当たり前のことだ。年がら年中、妖怪だ、鬼だ、河童だと出ていたら日本中大騒ぎだ。
依頼が来なければ、社員は普通に暇である。
だから剣一は、しばらく書庫で本を読んでいた。そして当然の如く飽きた……。
結果がこれである。
「……もう一回」
剣一が竹刀を構え直したそのとき。
――プルルルル。
事務所の中から電話の音が聞こえた。剣一の動きが止まる。
もう一度。
――プルルルル。
「……電話?」
剣一が安心安全商事に来て二週間、初めて電話が鳴った。剣一は竹刀を下ろすと事務所の方を向く。すると事務所の窓から愛田が顔を出した。
「剣一さん!」
「はい?」
「電話ですぅ!」
「俺に?」
「違いますぅ!」
「……ですよね」
愛田が笑う。
「でも、たぶん依頼ですよぉ」
「!!!」
剣一の表情が変わる。とうとう来た! 安心安全商事に入社して、初めての依頼だ!
剣一は竹刀を置き、植木の枝に掛けたシャツとタオルを手に取る。
「依頼って、どんな?」
「まだ分かりません。専務が取ってますから」
「分かりました」
剣一は汗を拭くと、急いでシャツを着て事務所へ戻った。
電話を受けていた紘一は、相手の話を聞きながらメモを取っている。
「はい……はい…」
剣一たちは少し離れたところで待った。紘一は時折質問を挟む。
「天狗ですか?」
剣一の耳がその言葉を拾った。紘一が剣一たちの方を見る。
「それは、いつ頃からでしょうかね」
「……なるほど」
そして、最後に何度か確認してから電話を切った。
「社長」
紘一が事務所の奥から声をかける。
「なに?」
「今回は天狗だそうです」
「天狗? 本物ですかぁ?」
愛田が反応する。
紘一はメールを開くと数枚の紙を印刷する。依頼書だ。
「依頼書によりますと、山の中にある神社周辺で、最近『天狗が出る』という噂が広がっているそうでしてね」
「天狗は目撃されるだけ? 何かしてるの?」
美穂が紘一の依頼書を覗き込みながら聞く。
「それがですね」
紘一が資料をテーブルに広げる。
「特に人を襲うわけでも、物を壊すわけでもないそうなんですよ」
「では何を?」
「……登山客や、神社の参拝者のスマホやカメラに、妙なものが写ると」
「……」
三人が黙った。
「もしかして天狗が写ってるの?」
「はい」
美穂が腕を組む。
「何で? どうして?」
「それが分からないから依頼になったそうです。天狗に聞いてみますか?」
紘一は軽く笑いながら言った。
「そうね! 行ってみれば分かるわね!」
美穂が頷き、剣一の方を向く。
「剣一の最初の仕事だ! 美原と愛田と三人で行ってきて!」
「はい」
美原が立ち上がる。
「分かりました」
「分かりましたぁ!」
剣一と愛田もそれぞれ頷いた。
剣一はふと、自分の竹刀を見た。今まで人でない者を斬った事は何度かある。道場にたまたまなのか紛れ込んできた者だ。
それらを妖と呼んでいいのかどうかは判らないが、斬ってきた者達は明らかに悪だった。
だが仕事として妖怪と対峙するのは初めてだ。初仕事、そして相手は天狗。いろんな物が視える剣一でも、天狗は初めてだ。
はたして天狗に対して武器が必要なのか。必要なら殺傷能力のある武器もある。持ち歩くのはちょっとまずいとは思うが……。
そんな剣一を、美穂が呼び止めた。
「剣一!」
「はい」
「今回は武器は要らないよ! 依頼書を見る限り人に仇なす存在じゃない!」
「はい、わかりました」
「今回は美原と愛田も一緒だ、天狗様になんで急に姿を見せるようになったか話を聞いてきて!」
天狗編スタートです。




