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その怪異、安心安全商事が解決します  作者: 伊東トーシロー


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7/13

1-7 門下生

 安心安全商事の社屋は街の外れにある。

 軽いカーブの外側に面して、広い砂利の駐車場があり、事務所は駐車場の奥に建つ一軒家。そのさらに奥が書庫になっている。


 剣一は駐車場の隅に立った。竹刀は会社に持ってきている。上着を脱ぐ。シャツも脱ぐ。暑かったので、上半身裸になった。


「……よし」


 竹刀を構える。


「せいっ!」


 空気を切る音。剣一は黙々と素振りを続けた。

 一振り、また一振り。踏み込み、振り下ろす。斜め上から、斜め下へ、袈裟斬り。逆袈裟斬り、横斬り、払い斬り、突き、他にも一通り行う。呼吸を整える。


 やはりこちらのほうがいい。体を動かしていると、余計なことを考えなくて済む。


「……せいっ!」


 そのとき、遠くからサイレンの音が聞こえてきた。


「ん?」


 剣一が竹刀を止める。道路の向こうからパトカーが走ってくる。そして、会社の駐車場に入ったところで急停止した。


「……うち?」


 パトカーのドアが開き、若い警察官が飛び出してきた。そして、数歩も進まないうちに剣一の姿を視認した。


「――!」


 上半身裸。汗だく。手には竹刀。そして、父親から色濃く受け継いだ、鋭い目つきの悪人顔。通報内容と目の前の人物が、若い警察官の頭の中で一瞬にして一致した。


「ぶっ、武器を捨てろ!」


 警棒を抜きながら叫んだ。声が上ずっている。


「……え?」


 剣一は竹刀を持ったまま固まった。


「竹刀ですけど?」


「それも武器だろう!」


「まあ……そうですけど」


 言われてみれば、その通りだった。剣一は自分の手元を見る。確かに竹刀を持っている。しかも上半身裸で汗だく。道路沿いの駐車場で一人、黙々と竹刀を振っている。

 通報した人間が「恐ろしい顔をした不審者」と言ったのも、無理はない。


 剣一自身、顔が怖いことは自覚している。幼いころから何度も言われているので、今さらどうこう言うようなことでもない。


 ――武器を捨てろ、か。


 剣一は少しだけ困った顔をした。しかしその顔も、若い警察官からすれば全く安心できるものではなかった。

 そのときパトカーの反対側から降りてきた年上の警察官が、こちらへ駆けてくる。


「どうだ!」


 よく通る、張りのある声だった。


「通報のあった不審者です!」


 若い警察官が答える。


「武器を持っています!」


 年上の警察官が剣一を見る。


「……あっ!」


 そして、目を見開いた。


「師範代!!」


「えっ?」


 今度は若い警察官が固まった。年上の警察官は、さっきまでの緊張した表情を一変させた。背筋を伸ばすと警棒を構えている後輩を横目に見ながら、剣一へ向かって深々と一礼した。


「お疲れさまです!」


「……ああ」


 剣一も年上の警察官の顔を見て頷いた。


「先週も道場に来てましたね……」


「はい!」


 年上の警察官は嬉しそうに頷いた。


「お仕事ですか! お疲れ様です!」


「まぁ、ここが新しい職場で……」


「そうでしたか!」


 年上の警察官は納得したように何度も頷く。その隣では、若い警察官だけが状況についていけずに立ち尽くしている。


「えっ……」


「もう大丈夫だ」


 先輩警察官が言った。


「この方は不審者じゃない」


「でも、さっき武器を――」


「あれは竹刀だ」


「でも……」


「竹刀だ!」


 若い警察官は剣一を見る。剣一も見る。目が合った。若い警察官の手が、警棒を握ったまま微妙に震えている。


「……はい」


「騒がせてすまなかったな」


 剣一が頭を下げる。


「いえいえ!」


 先輩警察官は慌てて手を振った。


「通報者には私から連絡しておきますので、ご心配なく」


「助かる」


「では、失礼します!」


 二人がパトカーへ戻っていく。剣一も軽く手を上げた。

 パトカーのドアが閉まりエンジンがかかる。そして走り出す直前、助手席の若い警察官が先輩に尋ねた。


「先輩……」


「ん?」


「知り合いなんですか」


「ああ」


「……堅気じゃないですよね」


「何を言ってる」


「……いや」


 若い警察官がちらりと剣一を見る。


「剣術の師範代だ」


「剣術?」


「そうだ」


 先輩警察官は、当然のことのように答えた。


「恐ろしく強いぞ」


「……」


「顔のまんまだ」


「…………」


 剣一には、二人の会話がはっきり聞こえていた。


 パトカーが遠ざかっていく。


「……まあ」


 剣一は顎を軽く撫でた。


「そうだよな」


 別に今さら腹を立てるようなことでもない。剣一は竹刀を握り直した。


「……素振りでもするか」


 そして、何事もなかったかのように構える。


「せいっ!」


 砂利の駐車場に、再び竹刀の音が響き始めた。


次の話からいよいよ人ならざる者が出てきます。

先ずは天狗です。

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