1-4 どう考えても怪しい
社員との顔合わせ回です。
その話を最初に聞いたとき、剣一は、父がまた何か妙なことを言い出したのだと思った。
「剣一。ちょっと仕事の話がある」
夕食後の居間で、友和がそう切り出した。
父、仲村友和。仲村剣術場の師範であり、剣一の父親でもある。
身長は190センチを超えている。肩幅も広い。吊り上がった眉。眉間に刻まれた深い皺。鋭い目つき。そして、自然に下がった口角。知らない人間が見れば、どう考えても堅気には見えない。
実際、初対面の人間からは、よく道を開けられる。コンビニの店員に「ありがとうございました」と言われたあと、なぜか深々と頭を下げられることもある。本人も、それを少し気にしている。
ただし、母、百恵だけは違った。
「あなた、今日もかっこいいわねえ」
「そうか」
「ええ」
友和は照れる。五十代の大男が、妻に褒められただけで頬を緩ませる。剣一にとっては、もう見慣れた光景だった。
「で、仕事って」
「お前に、紹介したい人がいる」
「俺に? 前に言ってた新しい職場ってやつ?」
「そうだ」
湯呑へお茶を注ぎながら百恵が言う。
「安心安全商事の人たち?」
「そうだ」
「じゃあ、いよいよなのね」
百恵は嬉しそうだった。
「……安心安全商事?」
剣一だけが、話についていけない。
「何それ」
百恵が首を傾げた。
「あなた、剣一には話してなかったの?」
「まだ話していない」
「じゃあ、話してあげて」
「そうする」
友和が剣一を見る。そして、いつものように怖い顔で言った。
「妖や人ならざる者たちを相手にする会社だ」
「……」
剣一は黙った。
「どうした」
「いや」
どうしたもこうしたもない。
「父さん、それは……普通の会社じゃないよね」
「普通ではないな」
「そうだよね」
隣で弟の綾斗が笑っている。
「お兄ちゃん、うちも普通じゃないから安心して」
「それは知ってる」
剣一は即答した。仲村家は、剣術場と合気道場を営んでいる。母は合気道場の師範。綾斗はその師範代。剣一は剣術場の(元)師範代。
そして。家族全員が、普通の人間には見えないものを見る。妖怪。悪霊。精霊。時には神と呼ばれる存在まで。だから、今さら「妖怪やなんやら」と言われたところで、そこまで驚きはしない。
ただ、
「それを仕事にしている会社がある」
ということには驚いた。
「何をする会社なの」
「話し合いだ」
「話し合い?」
「それらと話をして、人間との間に起きている問題を解決する」
「……それで駄目だったら?」
友和が剣一を見る。
「斬る」
「急に物騒になったな……」
「最後の手段だ」
百恵が笑う。
「お父さん、そういうところは昔から極端なのよ」
「極端ではない」
「じゃああなたは、こないだ道場の庭に出た化け物をどうしたの?」
「……斬った」
「ほら」
剣一は黙ってお茶を飲んだ。この家では、これくらいの会話は普通である。実際剣一自身も、道場の庭に出た邪なものを斬ったことは、数えきれない程ある。
問題は、その「安心安全商事」という会社の人間と会うことになったことだった。
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数日後。剣一は、安心安全商事の事務所へ向かっていた。
「本当にここか……」
建物を見る。ぱっと見普通の一軒家だった。古すぎるわけでもない。新築でもない。道路沿いに広い砂利の駐車場、その奥に社屋がある。
そして、建物の入口には看板。
【株式会社安心安全商事】
「……」
剣一は首を傾げた。
「改めて見ても、やっぱり名前が怪しい」
安心と安全を社名に堂々と掲げる会社ほど、本当に安心安全なのか疑ってしまう。しかも、ここは妖や幽霊を相手にする会社だ。
剣一は一度、看板を見直した。地図も確認する。住所も合っている。
「……本当にここだな」
看板が出ている以上、間違いはないのだが……。
剣一は諦めて、事務所のドアをノックした。
「どうぞ~!」
ドアを開ける。
「いらっしゃい!」
いきなり、大声が飛んできた。
剣一は思わず背筋を伸ばした。目の前にいたのは、派手な服を着た女性だった。40歳前後だろうか。
髪も派手、アクセサリーも派手、服も派手、笑顔も派手、声まで派手。
「あっ! 仲村剣一君ね?」
「はい」
「初めまして! 姫野美穂! ここの社長!」
「初めまして」
剣一が頭を下げる。
「怖い顔ですぐ分かったわ! いやあ、話で聞いていたより怖い!」
「……」
いきなりだった。剣一が顔を上げる。社長は笑っている。
「いや、悪い意味じゃないよ!」
「はあ……」
「いい顔してる!」
「……ありがとうございます?」
「お父さんそっくり!」
「よく言われます」
「お父さんより若いぶん、ちょっと怖さが足りないね!」
「足りないんですか」
「うん!」
父さん基準なら足りなくても仕方ない。
そこへ、眼鏡を掛けた小太りの男性がやってきた。
「社長、初対面の人に怖い怖いと言わないでください」
「あ、ごめんね~」
「まったく、あなたは……」
紘一は小さくため息をついた。どうやら、こうしたやり取りは日常茶飯事らしい。
「――初めまして。専務の姫野紘一です。よろしくお願いしますね」
柔らかく、間延びのない丁寧な口調だった。一つひとつの言葉に、社長とは違う落ち着きがある。
「初めまして。仲村剣一です」
紘一は、ものすごく普通の人だった。やはり40歳前後で身長は160cm半ば。
優しそうな顔、小太り、眼鏡。なるほど、この人なら安心安全商事という社名にも負けていない。
ちなみに、社長と専務は夫婦らしい。
剣一がそんなことを考えていると、紘一が微笑んだ。
「いやあ、仲村さんのお父さんには、昔からお世話になっていましてね」
「そうなんですか」
「仕事で困った時に、何度も助けていただいたんですよ」
助けていただいたとは、どういう事だろうか?
そこへ、
「社長、資料ここに置いておきますから」
小柄な女性が入ってきた。抑揚を抑えた、はきはきとした声。後で聞いたら28歳とのことだが、どうやっても20代前半に見える。小柄な体型が相まって、より幼く見えるようだ。
「美原美帆です。よろしく」
「仲村剣一です」
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
美原は剣一の顔を見上げた。
「……」
「……」
しばらく沈黙。
「――怖いですね」
感想はごく短く、断定口調だった。
「よく言われます」
「悪い意味ではありません」
「ありがとうございます」
その時、今度は事務所の奥から、何か巨大なものが歩いてきた。
「初めましてぇ」
「……」
剣一は見上げた。ものすごく大きい男だった。
巨大で筋肉質な体に、優しい顔。どう見ても巨大なぬいぐるみのようだった。
「係長の愛田剛志ですぅ」
「仲村剣一です」
「よろしくお願いしますぅ」
語尾がやわらかく伸びる、独特の話し方。愛田が頭を下げる。剣一も頭を下げた。
「……大きいですね」
「はい、198cm、135kg、32歳ですぅ」
「なるほど……」
「剣一さんも怖くて大きいですねぇ」
「そうですか?」
この目の前の大男、愛田には及ばないが、剣一も身長が185cmあり、一般的には大きい方だ。
「はいぃ」
「父ほどではないですけど」
「へえぇ!」
愛田は嬉しそうだった。何がそんなに嬉しいのだろう。
全員が揃ったところで、社長が手を叩く。
「よし!」
大きな音がした。
「これで全員だね!」
剣一は周囲を見回した。派手な社長。優しそうな専務。小柄な課長。巨大な係長。そして自分。どう考えても、普通の会社というより妙な集団だった。
顔合わせ回がもう1話続きます。




