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その怪異、安心安全商事が解決します  作者: 伊東トーシロー


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3/13

1-3 視えるという事

 剣一はしばらく黙っていた。

 師範代をクビになった。理由は、顔が悪人面だから。


 普通なら、もう少し落ち込んでもいいところだ。しかし父親から「次の仕事を紹介してやる」と言われた。まあ、それならいいか……。剣一はそのくらいに考えていた。

 だが、仲村家では昔から、妙なことが起こる。


 例えば――。


「ところで剣一」


「なに?」


 父の友和が、何でもないことのように言った。


「さっきから庭にいるあれは何だ」


「庭?」


 剣一が庭を見る。居間の窓の向こう、庭の隅にある柿の木の下に、何かが立っていた。

 身長は一メートルほど。ぼろぼろの着物のようなものを着て、少しずんぐりした体型をしている。


「あぁ……」


 剣一は頷いた。


「まだ子供みたいだね」


「昨日からいる」


「そうなの?」


 百恵が首を傾げた。


「私はぼんやりとしか分からないわ」


「母さんは、あまり視えないからな」


「失礼ね。少しくらいは視えるわよ」


 百恵は頬を膨らませた。


「ほら、そこにいるんでしょう?」


「うん」


「なんとなく、なんだけどね」


 百恵は目を細めた。やっぱりぼんやりとしか視えていないらしい。


 綾斗が笑って、


「僕は形までなら視えるよ」


「表情までは?」


「そこは無理。背格好はわかるんだけどね。一メートルくらいだから、子供かな?」


「まぁそんなもん」


 剣一が言うと、友和が腕を組んだ。


「俺も視えるぞ」


「父さんはかなり視えるだろ」


「ああ」


 友和は窓の外を見た。


「ただ、剣一ほどではない」


 その言葉に、剣一は少しだけ黙った。


 仲村家では、こういう会話が珍しくない。幽霊。妖怪。悪霊。精霊。時には、神様と呼ばれているような存在。一般の人間には視えないものが、仲村家の人間には視える。


 もっとも、その「視える」にも個人差がある。母の百恵は、気配を感じたり、ぼんやり姿が視えたりする程度。綾斗は普通に姿を認識できる。友和になると、かなりはっきり視える。


 そして剣一は……。


「剣一」


「なに?」


「今、何人いる?」


「庭に?」


「いや、この家の周りだ」


 剣一は少し考えた。


「……8」


「8?」


 綾斗が目を丸くする。


「うん」


「そんなにいるの?」


「庭に二人。屋根に一人。向かいの電柱に一人。あと」


 剣一は窓の外を見ながら、指折り数えていく。


「道の向こうに二人。あそこの木に一人。あと台所の窓の外に……」


「台所?」


 百恵が台所の方を振り返る。


「うん」


「何かいるの?」


「さっきから覗いてる」


「いやぁね」


 百恵は少しだけ身を引いた。それでも、そこに何かがいる姿は視えない。


「でも剣一」


 友和が言った。


「昔からそうだったな」


「そう?」


「ああ」


 友和は懐かしそうに笑った。


「お前が三歳くらいのころだったか」


「何かあったっけ?」


「誰もいない廊下に向かって、お前がずっと手を振っていた」


「ああ」


 百恵が思い出したように笑った。


「そうそう。私が『誰に手を振ってるの?』って聞いたら、『あのおじさん』って」


「怖い話だね」


 綾斗が苦笑する。


「で、父さんが見に行ったら?」


「いた」


「いたんだ……」


 剣一は少し考えた。


「どんな人だった?」


「古い軍服を着た男だったな」


 友和は答えた。


「玄関のところに立ってた」


「へえ」


 剣一は特に驚かなかった。自分にとっては、それほど珍しい話ではない。むしろ――。


「三歳のころから視えてたんだ」


「三歳どころか、生まれたばかりのころから視えていたんじゃないかと思うぞ」


「赤ちゃんの頃から?」


「ああ」


 友和は息子を見る。


「お前は昔から、普通じゃないくらい視える」


 剣一は苦笑した。


「それ、褒めてる?」


「褒めてる」


「そうか」


 剣一は窓の外を見る。庭にいる「何か」が、こちらを見ていた。剣一は軽く手を上げる。すると、それも小さく手を上げた。


「……かわいいな」


「何が?」


「庭のやつ」


「私にはぼんやりとしか視えないわ」


「母さんは無理しなくていいよ」


「なんだか悔しいわね」


 百恵が笑う。その横で、綾斗も窓の外を眺めている。


「僕には、もうちょっと視えるよ」


「じゃあ、あれ何だと思う?」


「たぶん、子供じゃない?」


「当りだけど違う」


「え?」


「狸」


「……狸?」


「うん。たぶん妖」


 綾斗が目を凝らす。


「どこが当りなの?」


「狸だけど子供っぽいから」


「視えないよ、そんなの」


「よく視て」


「お兄ちゃんの『よく視て』は信用できないんだよな……」


 仲村家では、こんなやり取りが普通に行われる。だから剣一は知らなかった。

 自分が異常なのだということを。


 仲村家の人間は、一般の人間に比べれば、確かに「視える」。だが、それでも普通は、視えるものには限度がある。


 百恵は少し。綾斗は普通。友和はかなり視える。

 そして剣一は、


 ――異常なほど視える。


 視えるだけではない。

 相手が何者なのか、何を望んでいるのか。怒っているのか、困っているのか。人間に害を与えるつもりがあるのか。そういったことまで、剣一には何となく分かってしまう。


 本人にとっては、それも昔から当たり前だった。だからこそ、自分が特別だという自覚は薄い。


「そういえば父さん」


「何だ」


「紹介してくれる仕事って、どんな仕事?」


 友和は少し黙った。そして、いつもの怖い顔でニヤリと笑った。

 その瞬間、庭の狸がびくっと身をすくめる。


「お前なら、すぐに分かる」


「……」


 剣一は眉をひそめた。


「話をつけとくから、来週にでも新しい職場に行ってこい」


 そう言うと、友和はずずっと茶をすする。


 実は、友和が剣一に伝えていないことが一つあった。

 剣一の「異常なほどの視える力」

 それこそが、友和が紹介しようとしている仕事において、何よりも重要な才能だった。


次話、会社(安心安全商事)へ行きます。

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