1-2 師範代をクビ?
その日の夜、仲村家の居間に家族四人が集まっていた。
剣一。弟の綾斗。母の百恵。そして父の友和。
ただならぬ空気のなか剣一は正座していた。向かいには友和が座っている。友和は腕を組んだまま、黙っている。その顔は普段以上に怖かった。
剣一は内心でため息をついた。
――説教か。
しかし隣を見ると、百恵は心配そうな顔をしている。綾斗は明らかに何かを我慢していた。たぶん笑いを。
「剣一」
「はい」
友和が口を開いた。低い声だった。
「お前、今日でクビだ」
「……はい?」
剣一は一瞬、意味が分からなかった。
「師範代をクビだ」
「ちょっと待って」
剣一は顔を上げた。
「何で」
「女子大生を泣かせた」
「俺、何もしてないぞ」
「顔で泣かせた」
「顔!?」
思わず声が大きくなった。百恵が口元を押さえる。どうやら笑いをこらえているらしい。
「母さん」
「ごめんなさいね」
「笑ってるよね」
「少しだけ」
「父さん、顔でクビってありなの?」
「ある」
剣術の実力なら自信があるし、門下生への指導も上手いと思っている。遅刻もしたことがないし、日に二回の道場の掃除も欠かしたことがない。
なのによりによって顔? 剣一は自分の顔が怖い事は自覚している。以前より怖くなっているのか? 両手で顔を触ってみた。何か変わっただろうか。もちろん触ったところで分からない。
「最近、治安が悪い」
友和が話を続ける。
「はい」
「合気道の女性門下生も増えている」
「はい」
「うちは生徒が一人でも多く欲しい」
その言葉に、剣一は少し黙った。道場の経営が楽ではないことは、なんとなく知っている。
剣術だけで食べていくのは難しい。だから最近は合気道の生徒を増やそうと、母さんと綾斗を前面に出している。近くの大学にも、二人の写真入りポスターを貼ったばかりだ。
「問い合わせも増えてきた」
「それはよかったじゃないか」
「ああ」
友和は頷く。
「それなのに、お前が女子大生を泣かせた」
「……」
「しかもマジ泣きだ」
「……」
「うちの評判にも関わる」
「俺はどうすればよかったんだよ」
「暴漢役をやらなければいい」
「じゃあ師範代は?」
友和は少し間を置いた。
「クビだ」
「そこは変わらないのかよ!」
思わず叫んだ。綾斗がとうとう吹き出した。
「お兄ちゃん、ごめん」
「笑うな」
「だって……顔でクビって……」
「俺だって納得してないよ!」
百恵も笑っている。剣一は家族を見回した。誰も悪意がないことは分かっている。父も母も弟も、自分を嫌っているわけではない。むしろ仲がいい。だからこそ、余計に腹が立つ。
そんな剣一の様子を見て、友和がふっと表情を緩めた。
「安心しろ」
「……何が」
「次の仕事なら心配するな」
「次?」
「お前にピッタリな仕事を紹介してやる」
剣一は一瞬安心した。父親なりに自分の将来を考えてくれているのだと、そう思った。
そんな空気を察知したのか、友和がニヤリと笑った。その笑い方は、友和本人は「頼りになる父親らしい、ニヒルな笑み」のつもりだったが実際には違う。
巨体。鋭い目。吊り上がった眉。深い眉間の皺。下がった口角。そこに浮かぶ満足げな笑み。
――仕事は終わった。あとはお前を消すだけだ。
そんな殺し屋の顔にしか見えない。
剣一の背中を冷たい汗が流れた。家族だから、父親の意図は分かる。分かるのだが、もし今ここに他人がいたら、たぶん逃げている。あるいは警察を呼んでいる。
「……どんな仕事?」
恐る恐る聞く。友和はさらに笑った。
「それは明日になれば分かる」
「……」
剣一は嫌な予感しかしなかった。
だが、このときの剣一には知る由もなかった。
父親が紹介しようとしている仕事が、普通の転職先ではないことを。
日本中の怪異を相手にする、妙な会社であることを。
妖や精霊、時には神と呼ばれる存在まで相手にすることを。
そして自分の剣術が、これまでとはまったく違う形で役に立つことになることを。
ただ一つだけ、確かなことがあった。
この日、仲村剣術場の師範代仲村剣一は。「顔が怖すぎる」という理由によって、師範代の座を失った。
プロローグ的な話がもうちょっと続きます。




