2-7 ほぼ友達
この日、天狗を撮影したのは、大学生くらいの男女四人組だった。
「ねえ、ここ景色すごくない?」
「ほんとだ。写真撮ろうよ」
「はいはい、並んで」
女性の一人がスマートフォンを取り出した。山を背景に四人が並ぶ。
「もうちょっと詰めて」
「狭いって」
「いいから」
カシャ。
「撮れた?」
「うん」
女性が画面を確認する。
「……え?」
「どうした?」
「これ……」
四人が画面を覗き込んだ。写真の奥、山の斜面に立つ木の上に、何かがいる。赤い顔、長い鼻、灰色の髪、そして山伏のような服。
「……」
「……」
「……天狗?」
「いやいやいや」
男性の一人が笑った。
「誰か人形置いたんじゃない?」
「こんなところに?」
「じゃあコスプレ?」
「こんな山奥で?」
全員が黙る。
「……ちょっと拡大してみて」
写真を拡大する。天狗の顔が大きくなる。
「……」
「……」
「怖っ!!」
女性が思わずスマートフォンを落としそうになった。
「……でも」
しかし、もう一人の女性が口を開いた。
「何?」
「なんか、格好よくない?」
「は?」
「ほら」
もう一度画面を見る。天狗は木の上に立ち、左斜め四十五度から空を見上げている。風に長い髪と髭がなびいていた。
「……」
「……確かに」
「ポーズ決まりすぎじゃない?」
「映画のワンシーンみたい」
「でも怖い」
「怖いけど……」
女性が写真を保存する。
「これ、SNSに載せようかな」
「やめとけって」
「なんで?」
「加工だと思われるよ」
「それならそれでいいじゃん」
そして投稿された。
【――山で天狗っぽいの撮れた】
数時間後。
「……え?」
女性がスマートフォンを見つめていた。
「どうした?」
「コメントがすごい」
「何て?」
「『同じ山で見たことある』って」
「え?」
「『これ本物だよね』って人もいる」
「マジ?」
「写真まで送られてきた」
「……」
送られてきた写真には、別の日に撮影された天狗が写っていた。しかし、
「……これ、同じポーズじゃない?」
「え?」
「左斜め四十五度」
「……」
「全部この角度じゃん」
「ほんとだ」
さらに別の写真。天狗が木の上から山々を見下ろしている。また別の写真。片手を空へ向けている。そしてそのすべてが、妙に格好いい。
「……この天狗」
男性が呟く。
「ポーズにこだわってない?」
「天狗ってそういうものなの?」
「知らんよ」
「でも、毎日いるわけじゃないみたい」
「なんで?」
「『自分は月一回しか姿を見せない』って聞いた人がいるって」
「天狗が?」
「らしい」
「……」
「何それ」
四人は顔を見合わせた。
「めちゃくちゃ面白いじゃん!」
声が揃った。
こうして。その山では、いつの間にか妙な噂が広がり始めた。
――月に一度だけ天狗が現れる。
――写真を撮ることができる。
――ただし、いつでも撮れるわけではない。
――天狗にはお気に入りの角度がある。
――真正面から撮ろうとすると消える。
――変な角度から撮ろうとしても消える。
――しかし左斜め四十五度から撮ると、なぜか完璧なポーズで現れる。
そして……、
たまに、ものすごくレアなパターンで格好いいポーズを決めている。
最初は怖がっていた観光客たちも、次第に変わっていった。
「今月は天狗いるかな」
「いたら写真撮ろうよ」
「左斜め四十五度ね」
「山頂に立ってる写真見たけど、めちゃくちゃ格好よかったよ」
「俺も見た」
「じゃあ、今度は俺たちも撮ろう」
いつしか天狗を見ることは恐怖ではなく、山の名物イベントになっていた。ただし天狗本人がその事実を知ったら、たぶん大喜びする。それだけは間違いなかった。
――――――――――
剣一は最初、天狗の「格好いい」という基準に付き合うつもりはなかった。
今回の依頼は、天狗が観光客のスマートフォンに勝手に写り込むことで、ちょっとした騒ぎになっているというものだった。
危険性はない。人間に危害を加える気もない。むしろ話を聞いてみれば、天狗は写真に写ることを楽しんでいるだけだった。
それなら観光客の方に迷惑をかけない範囲で、好きにしてもらえばいいんじゃないか。
それが安心安全商事としての最終的な見解となった。
そして翌月、剣一が山へ行くと。
「剣一!」
天狗が嬉しそうに手を振った。もう古くからの友人のような感じである。
「今日は滝を背景に撮影じゃ!」
「ですね、分かりました」
剣一はスマートフォンを取り出すと言った。
「今日は滝をバックにダイナミックな感じで行きましょう」
「うむ!」
こうして剣一は、「最強の剣士(兼)天狗専属カメラマン」へと肩書が一つ増えた。
天狗様と剣一はすっかり友達になりました。
次話から仙人編スタートです。




