2-6 撮影会
「剣一くん」
美原が小声で呼ぶ。
「あの天狗様、さっきから何してるんでしょう」
「撮影位置を決めているんだと思います」
「……撮影位置?」
少し離れたところでは、天狗が真剣な顔で地面を歩き回っていた。
「ここではない」
一歩。
「違う」
さらに一歩。
「……ここでもない」
天狗はしゃがみ込み、地面に落ちていた小枝を拾った。そして地面に線を引き始めた。
「この位置から人間が撮る」
一本。
「ここに我が立つ」
二本。
「そして太陽は……」
空を見上げる。
「……もう少し右じゃ」
「何をしてるんですかぁ」
愛田が尋ねる。
「撮影条件を決めておる」
「そんなに細かく?」
「当然じゃ!」
天狗が振り返る。
「我は天狗ぞ! 写真一枚にも威厳が必要なのじゃ!」
「なるほど……」
剣一は地面に描かれた線を見る。どうやら天狗は、撮影者が立つ位置、天狗自身が立つ位置、さらには太陽の位置まで計算しているらしい。
「では、ここから撮ればいいんですか」
剣一が少し離れた場所へ移動する。
「待て! そこではない! あと三歩右じゃ」
「ここですか?」
「逆じゃ、お主から見て右じゃ」
「……はい」
剣一が六歩動く。
「違う! 半歩戻れ!」
「……」
「そこから半歩前!」
「……」
「そうじゃ!」
剣一が言われた通りに移動する。天狗は腕を組み、目を細めた。
「どうですか」
「悪くない……が、まだ他にいろいろ決めねばならん」
「……」
美原と愛田が顔を見合わせた。どうやら長期戦になりそうだった。
「まず正面は駄目じゃ」
天狗が言った。
「なぜですか」
「鼻が目立たぬ」
「鼻を目立たせたいんですか」
「天狗の鼻じゃぞ! 天狗らしさの象徴ではないか」
「確かに」
「だから少し斜め」
天狗が身体を傾ける。天狗が止まった。
「左斜め四十五度、これが我の黄金角度じゃ!」
顎をほんの少し上げ、目線は空へ。髪と髭が風になびく。
「……」
三人は黙った。確かに格好いい。悔しいが、かなり格好いい。
長い鼻、鋭い目、灰色の長髪と髭、山伏風の装束、そして背景には山々。どう見ても「山の主」的な雰囲気がある。
「すごいかっこいいですねぇ」
愛田が思わず呟いた。
「当然じゃ」
愛田の呟きに天狗は満足そうに鼻を鳴らした。
「では撮ります」
剣一がスマートフォンを構える。
「待て、我を画面の中央より少し右に」
「中央じゃないんですか」
「中央では山との奥行きが出ぬ」
「なるほど」
「我だけを見せたいのではない、山を背負ってこそ天狗なのじゃ」
天狗は山を指差した。
「……」
「ただし山が我より目立ってはいかん、主役は我じゃ!」
「ですよね」
剣一はスマートフォンを微調整してシャッターを押す。
「これでどうでしょう」
天狗がいそいそと駆け寄ってきて画面を覗き込む。
「……」
「……」
「駄目じゃ」
「どこが」
美原が思わず聞いた。
「雲が多い」
「雲が多い?!」
「我の頭上に雲がある」
「それが?」
「我と山と空のコントラストが良くない」
「コントラスト?!!」
「もっと青空が必要じゃ!」
「天気まで指定するんですか」
「当然じゃ!」
美原は額を押さえた。
「もうアイドルの写真集撮影ですよ……」
さらに三十分後。ようやく天狗が納得する。
「よし」
「撮りますね」
剣一がスマートフォンを構えた。天狗は左斜め四十五度。ポーズも空も雲も完璧だった。
カシャ。
「……」
天狗が近寄ってくる。
「見せよ」
「はい」
剣一が画面を見せる。天狗はじっと写真を見る。
「……」
「どうですか」
「……」
「天狗様?」
「……もう一枚じゃ」
「え?」
「今のは悪くない。しかしもう少し風が欲しい」
「風?」
「うむ」
「ちょっと吹いてますけど」
「髪と髭のなびきが足りん」
「……」
剣一は空を見上げた。美原と愛田は少し離れたところで、完全に見物人になっている。
「剣一さん、大変ですねぇ」
「……はい」
「頑張ってくださいぃ」
「……はい」
しばらく待つと風が吹いてきた。そして一瞬の風が木々の間をヒューと音を立てて抜ける。
「今じゃ!」
天狗が叫んだ。剣一が反射的にシャッターを押す。
カシャ。
「……」
写真を確認する。天狗の髪と髭が風になびいている。背景には青空。山々も綺麗に写っている。そして左斜め四十五度。
「……」
剣一は思った。
――確かに、これは格好いい。
「どうですか」
天狗が尋ねる。
「かなりいいと思います」
「そうじゃろう! これじゃ! これこそが天狗じゃ!」
「はい」
天狗は満足そうに写真を眺めている。剣一ももう一度写真を見る。
「……」
そこで、ふと気づいた。
「天狗様」
「何じゃ」
「この構図なら、もう少し下から撮った方が迫力が出ませんか」
「!!!」
天狗の目が輝いた。
「お主……」
「はい?」
「分かってきたではないか!」
「……」
「そうじゃ!低い位置から撮るのじゃ!」
「はい」
剣一はしゃがむ。
「もう少し」
「ここですか」
「もっと低く」
「はい」
片膝をつく。
「そこじゃ!」
カシャ。
「……」
天狗が写真を見る。
「素晴らしい! 我が山を支配しているように見える!」
「確かに!」
「もう少し広角で!」
「了解っ!」
「背景に少しだけ雲を入れて!」
「ラジャー!」
「山頂の木で構図のバランスを取れ!」
「オッケーイ!」
剣一は撮影を続ける。いつの間にか。最初は「普通だと思います」と言っていた男が。天狗の立ち位置を調整し、カメラの高さを変え、背景を確認し、光の方向まで見るようになっていた。
「剣一くん」
美原が声をかける。
「何でしょう」
「楽しんでません?」
剣一は少し考えた。
「……少し」
「ですよね」
「最初は変なこだわりだと思っていたんですが」
「はい」
「写真を見比べていると、違いが分かってきまして」
愛田が嬉しそうに笑った。
「剣一さん、こういうの凝り性なんですねぇ」
「そうかもしれません」
剣一は再びスマートフォンを構えた。
「天狗様」
「何じゃ」
「今度は片手を上げてみてください」
「こうか」
「もう少し高く」
「こう?」
「はい。あと顔を少し左へ」
「こうじゃな」
「……いいですね」
「そうじゃろう!」
「背景に夕日が入れば、もっと――」
剣一がそこで止まった。
「……」
美原と愛田が顔を見合わせる。
「今、何か言いかけました?」
「いえ」
剣一は小さく首を振った。
「夕方まで待つ必要があるなと思っただけです」
愛田が笑う。
「もう完全に撮影スタッフですねぇ」
「……そうなってました」
剣一は苦笑した。その横で天狗は満足そうに腕を組んでいた。
「うむ、やはりお主は見込みがある」
「何の見込みですか」
「我の格好よさを理解する者としてじゃ」
剣一は少しだけ困った顔をしたが、悪い気はしなかった。
剣一は目がいいので指名されました。




