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その怪異、安心安全商事が解決します  作者: 伊東トーシロー


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13/13

2-6 撮影会

「剣一くん」


 美原が小声で呼ぶ。


「あの天狗様、さっきから何してるんでしょう」


「撮影位置を決めているんだと思います」


「……撮影位置?」


 少し離れたところでは、天狗が真剣な顔で地面を歩き回っていた。


「ここではない」


 一歩。


「違う」


 さらに一歩。


「……ここでもない」


 天狗はしゃがみ込み、地面に落ちていた小枝を拾った。そして地面に線を引き始めた。


「この位置から人間が撮る」


 一本。


「ここに我が立つ」


 二本。


「そして太陽は……」


 空を見上げる。


「……もう少し右じゃ」


「何をしてるんですかぁ」


 愛田が尋ねる。


「撮影条件を決めておる」


「そんなに細かく?」


「当然じゃ!」


 天狗が振り返る。


「我は天狗ぞ! 写真一枚にも威厳が必要なのじゃ!」


「なるほど……」


 剣一は地面に描かれた線を見る。どうやら天狗は、撮影者が立つ位置、天狗自身が立つ位置、さらには太陽の位置まで計算しているらしい。


「では、ここから撮ればいいんですか」


 剣一が少し離れた場所へ移動する。


「待て! そこではない! あと三歩右じゃ」


「ここですか?」


「逆じゃ、お主から見て右じゃ」


「……はい」


 剣一が六歩動く。


「違う! 半歩戻れ!」


「……」


「そこから半歩前!」


「……」


「そうじゃ!」


 剣一が言われた通りに移動する。天狗は腕を組み、目を細めた。


「どうですか」


「悪くない……が、まだ他にいろいろ決めねばならん」


「……」


 美原と愛田が顔を見合わせた。どうやら長期戦になりそうだった。




「まず正面は駄目じゃ」


 天狗が言った。


「なぜですか」


「鼻が目立たぬ」


「鼻を目立たせたいんですか」


「天狗の鼻じゃぞ! 天狗らしさの象徴ではないか」


「確かに」


「だから少し斜め」


 天狗が身体を傾ける。天狗が止まった。


「左斜め四十五度、これが我の黄金角度じゃ!」


 顎をほんの少し上げ、目線は空へ。髪と髭が風になびく。


「……」


 三人は黙った。確かに格好いい。悔しいが、かなり格好いい。

 長い鼻、鋭い目、灰色の長髪と髭、山伏風の装束、そして背景には山々。どう見ても「山の主」的な雰囲気がある。


「すごいかっこいいですねぇ」


 愛田が思わず呟いた。


「当然じゃ」


 愛田の呟きに天狗は満足そうに鼻を鳴らした。


「では撮ります」


 剣一がスマートフォンを構える。


「待て、我を画面の中央より少し右に」


「中央じゃないんですか」


「中央では山との奥行きが出ぬ」


「なるほど」


「我だけを見せたいのではない、山を背負ってこそ天狗なのじゃ」


 天狗は山を指差した。


「……」


「ただし山が我より目立ってはいかん、主役は我じゃ!」


「ですよね」


 剣一はスマートフォンを微調整してシャッターを押す。


「これでどうでしょう」


 天狗がいそいそと駆け寄ってきて画面を覗き込む。


「……」


「……」


「駄目じゃ」


「どこが」


 美原が思わず聞いた。


「雲が多い」


「雲が多い?!」


「我の頭上に雲がある」


「それが?」


「我と山と空のコントラストが良くない」


「コントラスト?!!」


「もっと青空が必要じゃ!」


「天気まで指定するんですか」


「当然じゃ!」


 美原は額を押さえた。


「もうアイドルの写真集撮影ですよ……」




 さらに三十分後。ようやく天狗が納得する。


「よし」


「撮りますね」


 剣一がスマートフォンを構えた。天狗は左斜め四十五度。ポーズも空も雲も完璧だった。


 カシャ。


「……」


 天狗が近寄ってくる。


「見せよ」


「はい」


 剣一が画面を見せる。天狗はじっと写真を見る。


「……」


「どうですか」


「……」


「天狗様?」


「……もう一枚じゃ」


「え?」


「今のは悪くない。しかしもう少し風が欲しい」


「風?」


「うむ」


「ちょっと吹いてますけど」


「髪と髭のなびきが足りん」


「……」


 剣一は空を見上げた。美原と愛田は少し離れたところで、完全に見物人になっている。


「剣一さん、大変ですねぇ」


「……はい」


「頑張ってくださいぃ」


「……はい」


 しばらく待つと風が吹いてきた。そして一瞬の風が木々の間をヒューと音を立てて抜ける。


「今じゃ!」


 天狗が叫んだ。剣一が反射的にシャッターを押す。


 カシャ。


「……」


 写真を確認する。天狗の髪と髭が風になびいている。背景には青空。山々も綺麗に写っている。そして左斜め四十五度。


「……」


 剣一は思った。

 ――確かに、これは格好いい。


「どうですか」


 天狗が尋ねる。


「かなりいいと思います」


「そうじゃろう! これじゃ! これこそが天狗じゃ!」


「はい」


 天狗は満足そうに写真を眺めている。剣一ももう一度写真を見る。


「……」


 そこで、ふと気づいた。


「天狗様」


「何じゃ」


「この構図なら、もう少し下から撮った方が迫力が出ませんか」


「!!!」


 天狗の目が輝いた。


「お主……」


「はい?」


「分かってきたではないか!」


「……」


「そうじゃ!低い位置から撮るのじゃ!」


「はい」


 剣一はしゃがむ。


「もう少し」


「ここですか」


「もっと低く」


「はい」


 片膝をつく。


「そこじゃ!」


 カシャ。


「……」


 天狗が写真を見る。


「素晴らしい! 我が山を支配しているように見える!」


「確かに!」


「もう少し広角で!」


「了解っ!」


「背景に少しだけ雲を入れて!」


「ラジャー!」


「山頂の木で構図のバランスを取れ!」


「オッケーイ!」


 剣一は撮影を続ける。いつの間にか。最初は「普通だと思います」と言っていた男が。天狗の立ち位置を調整し、カメラの高さを変え、背景を確認し、光の方向まで見るようになっていた。


「剣一くん」


 美原が声をかける。


「何でしょう」


「楽しんでません?」


 剣一は少し考えた。


「……少し」


「ですよね」


「最初は変なこだわりだと思っていたんですが」


「はい」


「写真を見比べていると、違いが分かってきまして」


 愛田が嬉しそうに笑った。


「剣一さん、こういうの凝り性なんですねぇ」


「そうかもしれません」


 剣一は再びスマートフォンを構えた。


「天狗様」


「何じゃ」


「今度は片手を上げてみてください」


「こうか」


「もう少し高く」


「こう?」


「はい。あと顔を少し左へ」


「こうじゃな」


「……いいですね」


「そうじゃろう!」


「背景に夕日が入れば、もっと――」


 剣一がそこで止まった。


「……」


 美原と愛田が顔を見合わせる。


「今、何か言いかけました?」


「いえ」


 剣一は小さく首を振った。


「夕方まで待つ必要があるなと思っただけです」


 愛田が笑う。


「もう完全に撮影スタッフですねぇ」


「……そうなってました」


 剣一は苦笑した。その横で天狗は満足そうに腕を組んでいた。


「うむ、やはりお主は見込みがある」


「何の見込みですか」


「我の格好よさを理解する者としてじゃ」


 剣一は少しだけ困った顔をしたが、悪い気はしなかった。

剣一は目がいいので指名されました。

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