2-5 天狗様の矜持
「なるほど、そこまで研究していたんですね」
「うむ」
「それなら、写真に写ること自体は問題ではないんですね」
天狗が少しだけ視線を逸らした。
「ない……むしろ写りたい……」
「しかし、毎日写ると威厳がなくなる」
「なるほど」
「我の姿は、月に一度くらいたまに見えるからこそありがたみがある!」
「なんで月に一度くらいですか」
剣一が尋ねると、天狗は腕を組んだ。
「簡単なことじゃ」
「はい」
「我が毎日姿を現してみよ」
天狗は指を一本立てた。
「人間どもは、最初のうちは喜ぶ」
「でしょうね」
「本当に天狗が居る! とな」
「はい」
「翌日も出る」
二本目の指を立てる。
「また天狗が居る!」
さらに指を立てる。
「三日目には、また居るな」
「……」
「四日目には、今日も居るのか」
「……」
「五日目には、珍しくもないな」
「まあ……」
「そして一週間も経てば」
天狗は深刻な顔になった。
「あぁ……あの天狗ね。となる」
「……」
「それではいかん!」
天狗が拳を握った。
「あぁ、あの天狗ね。と言われるようになっては、威厳も何もあったものではない!」
「なるほど、では月に一度なら?」
天狗は満足そうに頷く。
「人間どもは、今月は天狗を見られるだろうか。と期待する」
「そして、見られた者は喜ぶ」
「見られなかった者は、次の月にまた来る」
美原が小さく呟いた。
「観光客のリピーター獲得戦略……」
「何か言ったか?」
「いえいえ何も言ってません……」
美原はかぶりを振った。
天狗はさらに続ける。
「そして、我が姿を現した日は、人間どもの間で話題になる」
「確かに」
「今日、天狗を見た! 写真も撮った! すっっっごく格好よかった!」
「……」
「……」
天狗が少し胸を張った。
「そうして我の名が広まる」
「なるほど」
「だが翌日には姿を消す」
「なぜです?」
「余韻じゃ」
「余韻……?」
「そうじゃ!」
天狗は遠くの山を見た。
「いつでも見られるものに、余韻などない。姿を消してこそ、また見たいと思われる」
「確かに、一理ありますね……」
妙に納得した剣一を見て、満足気な天狗。
すると天狗は、さらに重要なことを思い出したように人差し指を立てた。
「それにな、毎日あのような格好をするのは疲れる」
三人が黙った。
「左斜め四十五度」
天狗はまた実演する。顎を少し上げ、また空を見る。
「この姿勢を長時間維持するのは、意外と大変なのじゃ。しかも風が吹く必要がある」
「風まで?」
「当然じゃ」
天狗は真顔だった。
「髪と衣が風になびかぬと、格好よくない。天候にも左右される。曇りの日は空が映えぬ、雨の日は衣が濡れる、強風の日は髪が乱れる。我にも我なりの撮影条件があるのじゃ!」
美原がまた堪え切れずに横を向いた。
「……ふふっ」
「笑うな!」
「すみませ~ん……」
天狗は鼻を鳴らした。
「とにかく!」
腕を組み直す。
「月に一度が最もよい。威厳と、観光客の期待と、撮影条件のバランスが取れておる」
「かなり合理的ですね」
「そうじゃろう! さらに『今日はどんな格好で出てくるのだろう』という期待も必要じゃ」
天狗は腕を組む。美原が小さく呟いた。
「完全に芸能人ですね……」
「何か言ったか?」
「いえいえ……」
剣一は天狗を見る。
「分かりました。今回の件は写真に写ることそのものが問題ではなく、天狗様が自分の姿を人間に見てもらいたい、でも天狗としての威厳は守りたい」
「その通りじゃ!」
「だから、たまにしか姿を見せず、しかも自分が納得したポーズと角度からしか写真に写りたくない」
「完璧じゃ!」
天狗は満足そうに頷いた。
「……」
美原が愛田を見る。愛田も美原を見る。二人とも同じことを考えていた。
――この天狗、思っていたよりずっと俗っぽい。
しかし、そんなことを口にしたら、また怒り出すだろう。二人は黙っておくことにした。
「……分かりました」
剣一は小さく頷いた。
「では、天狗様の好きなようにしてもらいましょう」
「うむ!」
天狗は嬉しそうに笑った。その顔には、長年山に住み続けてきた妖怪らしい威厳など、まるで残っていなかった。
ただ、自分が一番格好よく写る写真を撮ってほしい中年男性のような顔をしていた。
そこで剣一が一つの提案をする。
「でも、こんなのはどうですか」
「どんなのじゃ」
「天気のいい日にお参りに来た参拝客」
「うむ」
「山の天気は変わりやすい、突然の雨と雷雲で薄暗くなる」
「ほう」
「雨と雷で参拝客は、社殿の軒下で雨をしのぐ」
「ほうほう!」
「稲妻が光り、驚いた参拝客が見た先には、稲妻の光に天狗様のシルエット」
「!!!」
天狗は大きく目を見開く。
「おぬしわかっておるな!」
「ありがとうございます!」
天狗はうれしそうに手を差し出すと、剣一と握手する。剣一はふと思った。
――この天狗。もしかすると、妖怪としてはかなり現代社会に適応しているのではないだろうか。ただし、その適応の方向性が、SNS映えと希少性マーケティングなのが問題だ。
問題は、天狗が写真に写ることそのものではなかった。問題は――、どのように写るかだった。
天狗様にとっては大事なことなのです。




