2-4 研究、研究、また研究
駐車場へ車をとめて神社へ至る山道を登っていく。神社はかなり山奥にあった。舗装された道路は駐車場までで、そこから先は細い林道だった。
「剣一くんは、何でも見えるんですよね?」
美原が聞く。
「まあ……普通の人よりは」
「じゃあ、天狗もすぐ分かります?」
「たぶん」
剣一は周囲を見回した。木々のざわめきに、鳥の声。遠くで沢の流れる音。その中に――。
「……いますね」
「どこですか?」
愛田が周囲を見る。剣一は山道の脇にある大きな木を指差した。
「上です」
二人が見上げるが何もない。
「……?」
美原が首を傾げる。
「もう少し右です」
「……あ」
美原が見つけた。木の枝に何かが座っている。赤ら顔に長い鼻、そして山伏のような装束に背中には大きな翼。
「天狗ですね」
「天狗さんですねぇ」
「天狗です」
三人が口々に言う。その天狗は、じっとこちらを見ると、音もなく三人の前に降りる。そして剣一を見て、目を見開き緊張した様子で身構える。
天狗と剣一は目を合わせたまま動かない。
「おぬし……妖か……?」
天狗が言った。
「いいえ、人間です」
「本当に……?」
天狗は目を細めた。
「……人間にかように恐ろしい顔をした者がおるのか」
美原と愛田が下を向いた。その肩が震えている。明らかに笑いをこらえている。
「よく言われます」
「そうか、我より恐ろしい顔をした人間を見るのは初めてじゃ」
天狗は妙に納得した。
「光栄です」
「うむ!」
天狗は満足そうに頷いた。
「では、話を聞こう」
どうやら最初からこちらを待っていたらしい。
三人と天狗は近くの境内に移動し腰を下ろす。剣一が天狗に尋ねた。
「そもそも、どうして急にスマートフォンに写るようになったんですか」
「急にではない、少しずつじゃ」
天狗は腕を組んだ。
「少しずつ?」
天狗は山の稜線に目を向ける。
「昔から、人間どもがこの山へ来ることはあった」
「まぁ、古い神社もありますからね」
「うむ。山菜を採りに来たり、薪を拾いに来たり、神社へ参ったりな」
天狗は遠くの山を眺めた。
「昔の人間どもは、我を見れば驚いたものじゃ」
「でしょうね」
「逃げる者もおった」
「それはそうでしょう」
「中には拝む者もおった」
「それも分かります」
「我は何もしておらぬのに、勝手にありがたがる者が多かった」
美原が小さく笑う。
「昔から、ちょっと褒められるのが好きだったんですね」
「違う!」
天狗が即座に否定した。
「我は山の天狗じゃぞ! 人間どもから褒められたいなどとは断じて思っておらぬ!」
「はい」
剣一は淡々と頷いた。天狗は少し落ち着いた。
「……まあ、昔の話じゃ」
「それで?」
「時代が変わった」
天狗はため息をついた。
「人間どもは山へ来ても、昔とは違うことをするようになった」
「何を」
「板を取り出し、写真を撮る」
「スマートフォンですね」
「最初は何をしているのか分からなかった」
「ですよね」
「人間どもは山の景色を見ながら、我の方に向けて板を向ける」
「向いてるだけで見えてはいないでしょう?」
「それはそうじゃがな……」
「……それは、写真を撮っていたんじゃないですか」
「最初はそう思わなかった」
天狗は真剣な顔をした。
「我に向けて何か呪いをかけているのかと思った」
「……違います」
「分かっておる!」
天狗が少しむっとする。
「そのうち、人間どもが板の中を見て笑っているのに気付いた」
「写真を確認していたんですね」
「うむ」
天狗は頷いた。
「そこで我も人間の近くへ行って見てみた」
「見えたんですか」
「最初は小さくてよく分からなかった」
天狗はスマートフォンを持つ真似をした。
「人間の顔が、こんな小さな板の中に入っておるのが、我には理解できなかった」
「でしょうね」
「しかし、何度も見ているうちに、人間どもは板の中に残しておるのだと分かった」
剣一が頷く。
「理解が早いですね」
「そうじゃ」
天狗は少し誇らしげに言った。
「それならば、我も残せるのではないかと思ったのだ」
美原が目を丸くした。
「自分の写真を? なぜ?」
天狗は少し黙った。
「……格好よく写っている自分を、後から見られるではないか」
「……」
美原が口元を押さえ、愛田は俯いた。剣一だけは真顔だった。
「なるほど」
「分かってくれるか!」
「もちろんです」
「我は山におる」
天狗は胸を張る。
「しかし、人間どもの板に我が残れば、山へ来られぬ時でも我を見ることができる」
「確かに」
「しかも、我の姿を人間どもが持ち歩くのじゃ」
天狗の声が少し弾む。
「……そうですね」
「つまり、我が人間どもの世界へ出ていくことができる」
「そういうことになります……かね?」
「素晴らしいではないか!」
天狗は満面の笑みを浮かべた。
「そこで、試しに人間が写真を撮っているところへ近づいてみた」
「どうやって?」
「普通に……」
「普通に? 撮影している人の前に?」
「うむ」
「それで、どうなりました?」
「写った」
あまりにもあっさりした答えだった。
「写ったんですか」
「うむ、写った」
美原が首を傾げる。
「じゃあ、今まで写らなかったのは?」
「我が写ろうと思わなかったからじゃ」
「……なるほど」
剣一は納得した。
「つまり、写真に写るかどうかを自分で調整できるんですね」
「そうじゃ」
「それなら、今回も普通に出てきてくれればいいのでは?」
「それは別の話じゃ」
「別とは?」
「写真には、良い写真と悪い写真がある」
天狗の表情が急に真剣になった。
「我はな……最初の写真でそれを思い知った!」
「何があったんです?」
「人間が撮った写真を見せてもらった、というか覗き込んだ! そこには我が写っておった!」
「……ひどい写真だった」
「……」
「角度が悪い」
「顔も微妙」
「翼も中途半端にしか写っておらぬ」
「何より!」
天狗が立ち上がった。
「我の偉大さが、まったく伝わっておらぬ!」
境内に声が響いて、葉がざわざわと揺れた。
「……」
美原がとうとう耐えきれず、顔を背けた。
「ふふっ……」
「笑うな!」
「す、すみません……」
愛田も必死に笑いをこらえている。剣一は真面目に尋ねた。
「それで、自分で角度を選ぶようになったんですか」
「そうじゃ」
「いつから?」
「その翌日からじゃ」
天狗は胸を張った。
「人間が写真を撮るたびに、我が一番格好よく見える位置からしか写らぬようにした」
「だから同じカメラでも、位置によって写ったり消えたりするんですね」
「うむ」
「かなり練習したんですか」
「当然じゃ!」
天狗は誇らしげだった。
「何度も人間どもの撮影を観察した! 人間がどこから撮ると格好よく見えるのか研究した! 山の頂上から撮った場合! 木の上から撮った場合! 夕日の前に立った場合! 霧が出ている場合! そして最も重要なのが――」
天狗はすっと身体を横へ向けた。左斜め四十五度、顎をほんの少し上げる、視線は遠くへ。
「この角度じゃ!」
「……」
三人が黙った。
「これが一番、我が格好よく見える!」
天狗は満足そうだった。
めんどくさい天狗です。




