↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋する二人は許されない ~敵国王子と化物王女の現世青春~【毎日更新】  作者: 雪林りん
シーズン3 ~かつて化物と呼ばれた君へ~
PR
98/115

26章 作戦終了…

 第一次・第二次神成島侵攻事件 被害報告書


 死者 0名(但し、ゼロ側の死者は回収されたため含まず。以下同様)

 重傷 4名(内、アルドフッド、ワ=ムーを含む)

 軽症 17名(内、クロスエッジ、ハルモニア、ナイリン、朝霞愛美を含む)


 島民被害報告

 重症2名 大火災の避難途中に負傷 現在、伊豆大島の病院にて治療中

 軽症13名 大火災の避難途中に負傷 神成島島民センターに設置された簡易診療所にて治療済

 尚、神成島キズナ児童ホームにてMDウィルスに感染した児童を発見 衛生班により解毒済


 事後処理

 ゼロの撤退後、災害派遣班により鎮火活動を実施(所要時間:4時間)

 隠蔽班により島民の記憶を改竄 本件の事故内容を神成山の噴火として差し替え済(所要時間:2時間)

 隠蔽班により魔法の露呈に繋がる証拠を全て隠滅 並びに、神成島全域に拡散した魔精反応の除去作業を実施(所要時間:7時間)


 備考

 本件中、禁術レベルの発動記録を探知 使用者はシロガラ・G・クロスエッジ 術種は魔導化魔法の亜種

 国際連合の発令する全国統一法に抵触する為、発動記録を隠蔽(参考:全国法第肆条【禁術関与法】 国際連合ニヨル目録ニ属サヌ咒法ヲ執行、及ビ討究シタ者ハ、治世ヲ劫カス反逆者ト見做シ死罪ニ處ス)


以上





 ゼロの脅威が去った後、ゲートを潜ってやってきたオリジンの面々により、消火活動と救護活動が行われた。


 鼠色の作業着を着た魔法使いたちが、無言で各々の活動に勤しむ様は、なんだか非常に組織的な色を感じざるを得ない。もう一つの組織であるゼロがあれだけ無法な雰囲気だというのに、オリジンとやらはどうやら統率が取れた組織のようだ。

 オリジンの面々は、半分焼け朽ちた神成島私営診療所を拠点とし、各々の任務にあたっている。当然、その任務の中には、本件で怪我を負った者たちの治療も含まれていた。


「……何から何まで、またオリジンには世話になっちまったな」


 オリジンの衛生班による治療を受けながら――アルドフッドは、しみじみと呟いた。

 彼の治療を傍らで見ているのはベリアス、そしてナイリンだった。彼ら2人はあまり怪我こそしていないが相当疲れているのだろう、思い思い楽な姿勢で椅子に座って話を聞いている。


「礼を言われる筋合いはない。無人界で発生した魔法関係のトラブルを隠蔽するのも我々オリジンの仕事だ、こんなもん給料の範囲内でしかねぇ」

「そう言ってもらえると幾分、心が楽になるな……」


 診療所の中に居るのは彼ら3人と、アルドフッドを治療するスタッフだけ。クロ、ハル、アイは現在、本土へ帰るためにオリジン保有のゲート認証を行っている最中だ。子供たちはMDウィルスの治療のため、一時的にオリジンのアジトへと転送されている。


 そしてワムは――。


「……ワムの処遇はどうなるんだ」


 ワムはオリジンの衛生班による救命処置を受け、その後研究施設へと搬送された。必死の救護によって一命は取り留めたが、獣になってしまった彼女は日常に戻ることができず、麻酔魔法によって意識障害を引き起こされて昏睡状態になっていた。

 彼女の人格を元に戻す目途が立つまで、いつまでも眠り続けるのだ。


「現在、研究班で脳内の調査を行っている。恐らくマドーサによって小康状態を引き起こす機構が組み込まれているからな、それさえ解析できれば元に戻れるはずだ。……でもな、そう喜んでばかりもいられない」


 研究班による事前調査の結果は、既にベリアスへと報告されている。ワムが何をベースにして作られ、どんな生態なのか、全てが丸裸にされていた。

 ……肉体の原材料は蛆虫+α、脳の摘出元はグラシディア・ヴィオ。人肉を食さなければ中毒症状が出る改造を施されており、日常生活を送るのは困難である。


「カーニヴォラス・ワ=ムーは人肉を喰わなければ発狂してしまう化物だ。小康状態を引き起こしてもやがては欲求に負けるだろう。……その改造処理をどうにか除去できなければ、彼女を目覚めさせることはできないだろうな」

「……オリジンの兄ちゃんよ、除去の見込みはあるのか?」

「現状、厳しいと言わざるを得ないな。今までオリジンは化物の創生に消極的だった、だから有用なデータが少ないんだ。もう少しデータがあれば話は変わるだろうがな」


 そこでベリアスが言葉を切り、ナイリンの方へと視線を向けた。……目が合ったナイリンは、露骨に不満そうな顔をしてため息を吐く。


「……何故、護衛対象から離れてまでこの場に留まるよう要求されたのかと思えば、情報開示の要求を通したかったのですか」

「情報開示じゃない、情報共有だ。中立国家が全国各地の国家に間者を送り込み、機密情報を収集していることは明らかだ。その中にはシロガラ国とメース国で生まれた化物についてのデータもあるんだろう? ……こちら側からは俺――ベリアス・ワンチアンに関してのデータを提供する。中立国家側からは是非、クロスエッジ王子とハルモニア王女のデータを提供してもらいたい」

「2人のデータに対して1人分のデータとは、随分不平等な取引だと思いませんか。……上層部に確認を取れば、そんな取引には応じられないと言うでしょうね」

「当然、後で帳尻を合わせる予定だ。改造処理の除去後、カーニヴォラス・ワ=ムーの生体データ、改造手法についての詳細、今後10年間の経過観察書を提供する。これで化物は同数、公平な取引だと思わないか?」

「……」


 ナイリンが黙り込み、腕を組みながら天を仰いだ。


 あの月夜にワムと友達になった彼女としては、平等な取引などどうでもいいので化物のデータを無償提供したい気持ちを持っている。しかし中立国家に属する者として、あくまでも上官の指示に従って行動しなければならない。

 この取引が国家にとって旨味のあるものなのか、彼女は熟考を重ねていた。


「悩んでいないで上司に聞いてみろ、絶対許可を出すから。……お前ら中立国家が化物の量産を計画し、やがては魔法界随一の大国へ成り上がろうとしていることは分かっている。化物についてのデータ収集は喫緊の課題、この機会を逃すはずがねぇ」

「…………………………あくどき想像はご自由に。一応その旨を上官に打診してみますが……個人的に数点、条件の追加を要請したい」


 突然個人的な条件を持ち出され、ベリアスの表情が意外そうなものに変わる。組織同士の契約上に、個人的な要件を乗せること自体がありえないことなのだ。


「その1、カーニヴォラス・ワ=ムーの治療後、頃合いを見てアルドフッドと共に生活を送れるように支援すること。その2、カーニヴォラス・ワ=ムーの精神が落ち着きを取り戻した頃、朝霞愛美とサーイノン・ナイリンの2名と面会する機会を設けること。……あの子は大事な友達なんだ、幸せになる権利がある」

「……ほう」


 あまりにも甘すぎる条件を提示され、ベリアスがわざとらしく肩を竦めた。


「ではこちらからも個人的な条件を1つ。今後、貴方たち一同はカーニヴォラス・ワ=ムーを人間扱いすること。あの子は少々、化物と呼ぶには未熟すぎる」


 逆に――今度は、ナイリンが意外そうな表情をする番だった。それだけではなく、傷の縫合真っ最中のアルドフッドまで目を丸くしている。


「……なんだよ、バカみたいな顔で人のこと見やがって。脳天狙撃するぞボケ共」

「気を悪くしたなら謝罪しましょう。しかし己の印象も顧みるべきかと。どう見ても貴方は子供に優しい性格ではないし、化物であることを気に病む性格でもない。……一体何に同情心を掻き立てられたものか」

「うっせぇクソアマ。テメ、出会って数時間で人の内面分かった気になってんじゃねえ」


 極めてポイズンな唾をナイリンに吐きかけて、ベリアスは偉そうに足を崩してふんぞり返った。その行動には、どこか心の柔らかい部分に触れられて動揺しているような気配が漂っている。


 ……ナイリンの想像通り、彼は化物にも子供にも同情することはない。自分が化物だとしても、同じ境遇の人間に情けをかけるようなタイプではないのだ。

 ただ一つだけ、彼には慮るべき人物がいる。


『私なら、化物の末路としてもっと相応しいものを用意するわね。「化物が力を合わせて敵を撃退し、最終的に幸せになりました」って。……この島にいる化物たちの力を合わせれば実現できるかもしれないのに、貴方は目を逸らしちゃうの?』


 ハルにそう言われた時、彼の脳裏に過ったのはダウナ・ローティエンション団長の面影だった。


 もしも化物に幸せな結末が与えられるのであれば、彼女にも幸せな終わり方を見せてあげることができるのだろうか? ……最後の恩返しが、できるのだろうか?

 自分の為ではなく、化物の為でもなく、敬愛する団長のために化物の幸福を願う。彼の行動原理はただそれだけだった。


「では……上官の許可次第にはなりますが、これにて契約締結です。今後の窓口は関東エリア責任者のトゥーリッツ・テンパランスが担当いたしますので、そちらに御用命ください」


 吐きかけられた唾を華麗に避けたナイリンが、恭しく手を差し伸べる。それは仮ではあるが契約の成立を示す証だ。

 差し伸べられたベリアスは、数秒間だけその手を見つめてから――。


「ああ、宜しく頼む」


 こちらも非常に畏まり、手を握った。

 本来中立を謳っているはずの中立国家と、水面下に蠢く組織であるオリジン。本来であれば関わってはいけない間柄の2組ではあるが、ここに情報提供の契約が結ばれた。恐らく魔法界に伝われば大スキャンダル物の出来事だろう。


 その二人の握手の上に、アルドフッドのデカい拳が乗せられる。彼は腹部を何針も縫われながらも、手を伸ばして契約の締結に参加していた。


「おめぇらよぉ、ありがとうな。ウチの娘のために奔走してくれてよ」

「まあオリジン側からすれば貴重な検体が手に入ったからな」

「中立国家側からしても、ワムちゃんの報告書経由でゼロの技術力を学ぶチャンスですからね」


 本心を隠してお役所的なコメントをする2人を見て、アルドフッドが豪快に笑う。その勇ましき振動のせいで縫う手がずれて、縫う必要のない部分にまで針を刺してしまった。

 それでもアルドフッドは構わず、さも愉快そうに笑い続ける。

 聞いている人の胸をすかせるくらい晴れ晴れとした、心の底からの笑い声だった。


 ……今回の襲撃で、彼は色々なものを失った。己に宿る魔力の全てを失い、診療所は半壊し、体には幾重もの傷が刻み込まれた。

 しかし……襲撃があったおかげで実の娘と再会することができた。

 そしてワムはその手で誰かを助けて、ようやく自分を人間だと思うことができるようになった。生まれて初めて、彼女は……幸せになれたのだ。

 それは地獄の中で見つけたささやかな幸福だったかもしれない。でも、もう地獄は終わったのだ。


 次に目を覚ました時。……それは、彼女が本当の幸せを見つけられる時だ。

 アルドフッドはこの島で、いつまでもワムの帰りを待ち続けるだろう。

 あまり患者が来ない診療所は、もはや毎日が晴耕雨読の生活だ。その日々の中で、彼は子供たちと接しながら、娘との再会を願ってのんびりと生きていく。


 ……まずは、そう。噴火によって滅茶苦茶になった――と歴史が改変されたこの島を復興させるところから始まるだろう。もう魔法は使えないが、その余りある肉体をフル活用して、復興活動に多大な貢献を見せてくれるはずだ。


 そうしてゆっくりと、悠々と、彼女が帰るべき場所を守り続ける。

 いつかこの島で、2人の幸せを見つけるために。



 新しい日々は、もう始まっている――。






 この世界の何処か、紫色の渦の向こう――。


 作戦を終えた鬼龍が相対しているのは、一人の女性だった。しかしその外見にはノイズが走り、顔も髪色も服装も、何もかもがマスクデータに塗り潰されて見えやしない。

 彼女の名前はアポカリプシア・ё・ツォリンガ。ゼロの3人目の幹部にして、厄災部隊の総軍を率いる女性だ。スカーレットや鬼龍ほど腕っぷしに自信があるわけではないが、武力を伴わない戦争なら彼女に勝るものはいないだろう。


 今は作戦終了から5時間が経過し、神成島では消火活動が行われている真っ最中だ。そんな中、鬼龍とツォリンガが向かい合い、此度の作戦についての戦果報告をしていた……。


「え~~~、敵側の死者0名ぇ? 目標を達成したと言っても、こっち側の死者が40名以上出てる状態ぃ? ねー、この総被害者数は想定外だと思うんですケド?」


 どこかおちょくるような口調で、ツォリンガが尋ねる。しかし一方の鬼龍は返答を寄越さず、ただ真っ直ぐな視線でノイズの向こう側を睨んでいた。


「しかもねぇ、カーニヴォラス・ワ=ムーに殺害された兵士が24名いるのはいいとして――それ以外の20名弱は、刀による一撃で死亡しているみたいなんだよねぇ。しかもコレ、切り口からして凄腕の剣士の仕業だって。こりゃ魔法界でも滅多にお目にかかれないレベルだねぇ」


 ツォリンガが手に持っていた報告書を床に投げ捨て、鬼龍との距離を一歩詰める。そして不意に声を低くし、詰問にも近い口調で――。


「おいお前♡ やりやがったなクソジジイ」


 あまりにも致命的すぎる疑問を問いかける。

 だが鬼龍は怯まず、目を逸らさず、面食らわない。最初から想定していた疑問であると言いたげに、鼻を鳴らすばかりだ。


「此度集められたのは、命令も碌に聞かぬ不良在庫ばかりだ。状況によっては斬り伏せていいとボスからも命じられている。貴様に詰められることではないな、弁えろツォリンガ」

「え待って言い訳苦しいんだけど。どんだけマヌケな状況になったら部下20名余りも殺せるの? 相変わらず堅物な死にぞこないちゃんだねぇ、島民を守ったところで将来的に全員死ぬことになるのにぃ」


 稀代の物好きを詰るような口調でそう言い、ツォリンガは鬼龍に向かって手を差し伸べる。当然握手をしたいわけでもなく、心温まる触れ合いがしたいわけでもない。むしろそれは、他人に金をせびる素振りと似ていた。


「ほら、自爆魔法の研究書はよ出しな。アルドフッドなんかより、こっちのほうが何倍も脅威なんだからね」

「ああ、これだ。しかと検めるがよい」


 鬼龍が自爆魔法の研究書を手渡すと、ツォリンガは流し見するようにパラパラと中身に目を通していく。その目は至って真剣、発掘された石器を見る考古学者のようだ。


 研究書が安置されていたのは、アルドフッドが語っていたように児童ホームの地下だった。そのことを突き止めたゼロは、幹部2名を使って接収する作戦を企てていた。

 スカーレットに与えられた任務は、児童ホームからアルドフッドを遠ざけて障壁の強度を下げること。彼はそれを利用し、アルドフッドと2人きりになれる天空へと勝負の場を移した。

 そしてアルドフッドが天高く跳ね上げられたのち――鬼龍が障壁を破壊し、地下の研究書を探し出したのだ。


「……んー、確かに本物みたい。無事我々の手に渡って一安心」


 勢いよく本を閉じ、ツォリンガはしみじみとした口調で呟いた。


 改めて語れば、自爆魔法は魔法使いが己の命を燃やして周囲の敵を殲滅する禁術。当然、魔法使いの日常を豊かにする魔法ではないし、戦場くらいでしか役に立たない非人道的な魔法だ。

 その魔法が、よりにもよってゼロの手に渡ってしまった。もしも彼らがこれを悪用したならば、魔法界も無人界も混乱に陥るだろう。


 そう、絶対に悪用してはならない禁術を――。


「こんな危ないもの、世界から消しておかないとね」


 ――ツォリンガは、炎魔法によって消滅させた。

 研究書が炎に包まれ、煤となって宙を舞う。書物の中で回転していた星々は炎と共に消え去って、もはや理論の一端すら拝むことが叶わなくなる。


「あぁっつッ! ……んだこの本、燃えやす! もっといい紙使えバカ!」


 思ったよりも火の勢いが元気だったことに驚き、ツォリンガは本を地面に叩きつけた。地面を転がる書物はブスブスと黒煙を放ち、やがて完全に燃えカスと化してしまう。


「まったく。……しかしダウナ・ローティエンションも酷いもんだね、世界に混乱を与えるような禁術を研究するなんて。根暗で陰気でアブない女」

「其処だけは同感だ。奴に目を付けられた年若はさぞ気苦労するだろうな」

「あ! それ、シロガラ国の王子とメース国の王女のこと? あの子たちはまだ世界のことをなーんにも知らない雛ちゃんだもんねー。洗脳するにはうってつけ!」


 かわいそー、と心にもない慰めを口にして、ツォリンガが周囲を見回す。


「ねー、おまえー、スカーレットのアホはどこいったの? 腕の治療終わったら報告に来いっつってたんだけどー」

「部下から作戦の顛末を聞いて、怒り狂っているようだ。今は関与すべきではないな」

「あー……アルドフッドのことか。ご愁傷様だよねぇ」




 ――――――――遥か彼方、ゼロのアジト。


 本作戦の最終報告を聞いたスカーレットは猛り、衝動のあまり自室の壁に大穴を開けていた。爆破魔法の連打によって部屋には煙が充満し、彼の顔を薄暗く隠している。

 モノクロに染まった視界の中で、彼の瞳だけが紅い光を放っていた。極度の怒りが魔精反応と反応し、彼の瞳に憤怒の色を灯している。


「……相棒がクソザコの人間風情に堕ちただとォ……? ざけんじゃねぇッ! んなこと許した覚えはねぇぞォ……ッッ!」


 腕の治療を終えたら戦線復帰しようと考えていた彼を待ち受けていたのは、とてつもなく残酷な知らせだった。

 既に作戦は終わり、ゼロの総員は撤収済み。アルドフッドは魔力を失って人間となり、もう二度とスカーレットと殺し合うことができなくなってしまった。


 ……スカーレットにとって、それは許しがたい出来事だった。相棒を殺すか相棒に殺されるか、彼が選ぼうとしていた選択肢はそのどちらかだったのに――両方が失われてしまったのだ。


「クロスエッジの野郎ォが、クッソ、人間なんぞにしやがって! ッけんなボケカス、てめェ誰に断って相棒に手ぇ出してんだジャリガキがよォォォ……!」


 人間となった相棒を殺しても、空っ風の吹く秋空のように寒々しくて空しいだけだ。


 だから彼は、生煮えの終焉を抱いて、永遠に相棒の面影を思い返すことしかできない。綺麗に終わらせられなかった事実は、死別よりも辛いことだ。この後悔は棘となり、いつまでも彼の心に鈍い痛みを与え続けるだろう。


「………………いや………………」


 しかし。

 数時間の大暴れの果てに、彼の瞳に宿る色は天啓を受けたかのように変わりつつあった。


 妄執、恃み、執着。……自分の都合のいいように、物事の認識を変えていく瞬間だ。


「……まさか、相棒、てめェ……託したのか?」


 彼が心の平静を保つためには、不都合な現実を都合のいい妄想に塗り潰す他ない。クロがアルドフッドを人間にした、という不変の事実に、段々と複雑な背景が付加されていく。


「お前がクソザコになっちまって、俺と対等に戦うことができなくなっちまったから……本物の化物に相棒の座を託したってのかよ! えぇオイ、クロスエッジはお前の後継者か!? あぁそれなら納得だ、だから俺たちが攻め入るタイミングであのガキを島へ呼んだんだなァ! やっぱおめー俺のこと考えてくれてんじゃん! なぁ! 親友かよオイ! 照れるぜ!」


 妄想の塊を早口で零して、彼は独りよがりな狂喜乱舞に身を委ねる。

 新たな生き甲斐を見つけた彼の目は――超新星爆発のように暴力的な輝きに満ちていた。


「仕ッ方ねえなぁ、相棒よぉ……新しい相棒を全力で愛撫してやるぜェ」


 絶望的な舌なめずりをし、彼は杖を大事そうに掻き抱いた。


「……ハルモニアとかいう邪魔者を殺してから、な」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
人間を魔法使いにする禁術でまた魔法使いになるのかと(いずれ)。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。