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恋する二人は許されない ~敵国王子と化物王女の現世青春~【毎日更新】  作者: 雪林りん
シーズン3 ~かつて化物と呼ばれた君へ~
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24章 護衛の使命

 巻き起こった大爆発によって、焼け焦げたツワブキが空に舞い上がっていた。まるで火事場を漂う煤のように、黒色の花弁が風と共に漂い落ちていく。

 もはや花畑は消え去り、地面を抉られたようなクレーターが残るばかりだ。きっと昨日までの光景を撮った写真を見せられても、かつてここに雄大な花畑が広がっていたことを信じる者はいないだろう。それほどまでに荒廃し、生命の住み着く場所ではなくなっていた。


 ……爆発の震源地に立っているのは、アルドフッド。憎らしくも忘れられない戦友を葬り、浮かない顔で土煙の中に立ち尽くしている。


 空を仰いで天を見て、火葬場の煙突から燻る煙を見るかのように、立ち昇っていく煤煙を寂し気な目で見つめるばかり。追悼の意を込めているような万感の瞳は、勝利の余韻などに浸ることはなく――。


「……駄目だぜェ、全ッ然……駄目だ」

「……!」


 土煙の向こう側から、先ほどまでの興が全て削がれたような低い声が響いてくる。いつもは不謹慎なほど上機嫌極まりない男がゆえに、果たしてその声が本人のものかと一瞬疑ってしまうほどだ。

 しかし、偽物なんかではない。確かに殺したはずの男の声に違いなく。


「スカーレット……ッ。貴様、生きて……!」


 突如、春一番のような風が吹き荒れた。漂っていた土煙が晴れていき、血に染まる男の姿を示していく。

 爆発が直撃したはずのスカーレットが、そこにいた。……主なダメージは右腕の欠損と、全身に刻まれた軽い火傷だけ。人間なら前線から退くところだろうが、化物にとっては軽傷と呼んでも差し支えないだろう。


 そして不可解な点はもう一つ。彼は左手で杖を握り締めていた。


「もう一本、杖を隠し持っていたというのか……!」


 狙撃によって杖が失われた以上、彼に防御の手段はないはずだった。しかし予備の杖を隠し持っていたなら話は別、魔法を用いて障壁を張り、直撃を免れることができる。


 ……本来、スカーレットは予備の杖を隠し持つなんていう慎重居士な性格ではないし、アルドフッドもそれを理解していた。

 だが相手が同じ化物だという事実が、彼に似つかわしくない用心をさせていた……。


「……駄目だよ、相棒。最低だ」


 感情を全て失ったような声色、どこを向いているのか判断できない瞳、血の気が引いたような顔。スカーレットの様子はあからさまにおかしく、まるで酩酊しているかのよう。

 それは相棒であるアルドフッドでさえ見たことがない姿だった。


「俺とお前だけの闘いだったんだ、俺たち二人だけで殺り合いたかったんだ。……それが、楽しかったんだ……」


 最初にスカーレットは『誰にも邪魔はさせない』と言い、誰にも干渉されない天空へと戦場を移したはず。しかし地上に叩き落ちた瞬間、神聖な一騎打ちは不意打ちの温床となり、寄ってたかって彼へ集中砲火をお見舞いした。

 制御のできないワムならまだしも、遠方からの狙撃なんていう明らかな攻撃意思は――深く彼の心を傷つけただろう。


「…………それでもッ、お前に殺されるならいいと思ったんだッ! だって見つめ合いながら殺してくれンだぜ!? 一生消えない記憶として俺の死を遺してくれるってことだろ!? それなら……俺も、いいと思ったんだ。……思ったのに……」


 アルドフッドの放った渾身の一撃も、結局は障壁一枚で致命傷を免れてしまう程度だった。彼の攻撃を受けて死ぬには、あまりにも実力差があり過ぎる。


 ……それならば、障壁なんて貼らずに直撃していればよかったのだろうか?

 そんなことをスカーレットは望まない。意図的に敗北するなんて相手に殺されることではなく単なる自殺で、一人で勝手にビルから飛び降りたのと同じこと。愛する人に殺されるなら、圧倒的で徹底的に、どれほど全力で抗っても抗いきれないような、体だけではなく心まで犯されるような死ではなくてはならない。


 でも結局、相棒と呼んだ化物も期待外れでしかなく……。


「……もういいよ、相棒。お前、もう……駄目だ。生きているだけで俺の想い出を汚しやがる。俺の相棒はこんなんじゃないのに……」


 まるで直下型の地震が発生したかのように神成島が揺れる。地面に転がっていた小石が跳ね、木々が騒めき、炎が煽られたかのように揺れる。

 これほどまでに盛大な火事が発生した以上、他にどのような天変地異が起ころうがもはや不思議ではない。しかしこの振動は何かが違っていた。プレートのズレによる振動ではなく――爆ぜかけた膨大な魔力によって、大気と共に揺れているのだ。


 色を纏った魔力が空へと立ち昇り、黒雲となり――雷鳴を響かせる。

 それは雷魔法の術式。神成島を地獄へと変えたあの雷よりも、更に純度が高く、大規模の魔法が空に蠢いている。


 その雷が天から解き放たれれば、神成島だけではなく伊豆諸島全てが――いや、もはや関東地方の広範囲が消し炭と化すだろう。発生しうる犠牲者の数など想像したくもないほどに、災害を超える大災害が発生するはずだ。


「スカーレットッ、貴様、これほどまでの魔力を……!」


 もはやアルドフッドも震撼することしかできない。化物3人で力を合わせて不意打ちを喰らわせても、片腕を捥ぎ取ることしか叶わなかったのだ。今のスカーレットを止める手立てなど無いだろう。


 この島に生きる全ての人間が――死ぬ。敵も味方も関係なく、人も化物も違いなく。

 たった一人の化物によって、死に絶える――。


『え待ってホントに腕取れてる、ちょおダサいんですけど!』


 その時、スカーレットの背後に紫色の渦が発生した。音質が悪くて上手く判別できないが、渦の向こうからは黄色い笑い声と共に女性の声が響いている。


『ね~~マジおもろ! 痛い? それ痛い? ちびる?』

「……ツォリンガ……ッ、てめぇ何しに来やがったッ!」


 声を聴いた途端、平静を失っていたスカーレットが自分を取り戻し、渦に向かってキレ散らかす。響いてきた女性の声も、それに返答するスカーレットの声も、友好的な感情とは程遠いようだった。


『あのね~、ボスちゃんからの勅命を伝えに来たの! 今すぐ帰還しろって、直ちに右腕の治療を行うんだってさ。大事にされてるようでよかったね、お前♡』

「あァ!? 3分待てやクソアマ! 全員ブチ殺すにはそんだけありゃ釣りが出らァ!」

『やー正直ねぇ、ツォリからしたらお前が隻腕になろうがどうでもいいんだけど~、来たる厄災の為にお前の力は必要らしいからねぇ~。今すぐ帰還したら腕を再生させられるっぽいから、はよ戻れば~?』

「ざけんなゴミカス! 腕なんざ要るか、冥途の土産としてクソザコ相棒にくれてやらァ!」

『ねぇゴミカス言うんじゃねーよ。も、本作戦においてお前の役目は終わったって言ってるの。あとは扉がぜーんぶ始末してくれるから帰れって』


 3人目の幹部であるツォリンガがため息を吐いた瞬間、渦の中から何本もの手が伸びてきて、スカーレットの体の至る部分を掴んで引きずり込もうとしていく。

 スカーレットは魔法を使って振り解こうと試みるが――何故か、魔法が発動しない。それでも腕力で足掻くが、気づけば百本以上の腕に囲まれていて、多勢に無勢を極めて――。


「……相棒ッ! 逃げんじゃねぇぞ! 腕治したらすぐてめぇを、殺しッ、て……や……ッ!」


 言葉すら言い終わらないうちに、スカーレットの体は渦の中へと引きずり込まれていき――姿を消した。それと同時に役目を終えた渦も異音を発しながら消え、後に残るのは静寂ばかり。


「……何が起こっていると言うんだ……ッ?!」


 残されたアルドフッドは、あまりにも理解がしがたい流れに混乱を極めるばかりだった。

 しかしすぐにワムのことを思い出し、彼女の方へと視線を向ける。両足が折れているので歩くことはできないが、地面を這い、彼女の元へと近づいていった。


「ワム……っ」


 彼女の傍へ辿り着いて、その姿を改めて直視して――アルドフッドは絶句した。


 片手片足を失い、側頭部を失い、臓器をはみ出させ、片方の眼球すら失われて。……普通の人間ならば既に死に絶えていてもおかしくない程の傷を負い、それでもワムはか細い息を繰り返している。

 アルドフッドは錯乱しそうになるのを必死で堪えながら、せめてもの処置として、治療魔法をかけて彼女の流血を止めていく。自分の足を治すことすら忘れて、必死な形相で彼女の体を治そうとしていた。


 ……昏睡状態に陥りかけているワムだが、治療魔法をかけられた瞬間――その仄かな暖かさに気づいたのか、瞼を微かに震わせた。

 そして霞む目でアルドフッドの顔を見て、乾いた唇を少しだけ開く。


「ア……ルド、フッ……ド、さ……ん」

「ワム……!」


 瞳の揺らぎから、彼女が混濁状態にあることは容易に悟ることができた。そんな中でもアルドフッドの姿を視認し、その名を呼ぶということはもはや奇跡に近い。

 思わず溢れかけた涙を必死に堪えて、アルドフッドが唇を震わせる。


「ワム、お前は俺の娘なんだよッ! 本当の……血の繋がった娘なんだッ。もう俺にはお前しかいないんだ……だから、絶対……」


 ……泣くわけにはいかない。潤んだ視界で治療魔法がかけられるわけもないのだから。

 しかしいくら止めようとしても、眦からは一筋の涙が零れ落ちる。死んだと思っていた娘と再会できて、そしてその娘が無体に死にかけていて、もはや自分の感情をコントロールすることができなくなっていた。

 喜びと悲しさ。相反する感情が綯い交ぜになり、只々、何を伝えたいのかも分からない涙と化すばかり。


「……おと……さ、ん……?」

「あぁッ、そうだ……お父さんだよ。……迎えに来るのが遅くなって、ごめんな」

「……」


 意識は胡乱だ、言葉が届いているかも怪しい。それでもワムは少しだけ微笑んで――アルドフッドの顔を見つめた。


「よかった……わむにも……ほんとうのかぞく、いたんだね……」

「……ッ」


 その一言だけで、彼女が今までどれだけ本当の家族を欲していたかを痛いほど理解してしまう。

 マドーサを親と呼べども、その関係性は親子と呼べるほど情に溢れてはいなくて。それでも他の親などいるはずがなくて。彼女は、今までどんな思いで家族というものを見てきたのだろう。


 一人ぼっちの世界で、どれだけ辛い思いをしてきたのだろう……。


「ねえ、おとう……さん。……わむ、がんばったよ……みんなを、たすけたよ……」

「……偉いな、本当に……偉いよ……。お前がいなけりゃ、俺も生きていなかった。……すごい奴だよ、お前は……」

「……だから……わむ、うまれてきてもよかったんだよね?」

「…………………………」


 あまりにも残酷すぎる問いかけだった。

 どんな世界を生きれば、どんな苦難を浴びてきたならば、そんな一言が出るのだろう。自分が生まれた意味を他人に問わなければならないほど、彼女は人ならざる日々を生きていたというのか。


「そんなの当たり前だろッ! ……お前は……ずっと、ここにいていいんだ……。生きていてくれるだけで、それだけで、もう……ッ」


 彼女の体から広がる血が、抱きかかえるアルドフッドの膝を暖かく濡らした。対比的に、血を失っていくワムの体は体温を失っていく。

 それはもはや、可視化された死までのカウントダウン。この血が流れれば流れるほど、彼女の終焉が迫り来る。


「よかった……わむ、しあわせになれたんだね……」


 どこか他人事のようにも聞こえる言葉を呟いて――彼女の意識は途切れた。

 意識を喪失しただけで死んだわけではない。しかし、このまま時が経てば二度と目覚めることなく全てを失うだろう。


「心配すんな……俺がお前を、絶対……た、たすけ……て、や……やるからな……」


 震えて揺れて痞えて、言葉が上手く紡げない。杖を持った手がどうしようもなく震えてしまう。

 それでも彼は簡易的な治療をし、自分の足を治し、ワムを抱えて立ち上がった。


 かつて花畑と呼ばれたこの場所は、今や燃え盛る炎に包まれた死地でしかない。一刻も早く離れなければ二人揃って焼死体だ。

 ワムの小さな体を胸に抱きしめて、アルドフッドは診療所へと走る。どうか辿り着くまでに、この小さな命の鼓動が止まってしまわないように祈りながら。


 ――気づけば島の騒音は薄らぎ、炎の燃え盛る音だけが渦巻いている。

 カーニヴォラス・ワ=ムーが兵士たちを殺したことで、島に巣食うゼロはあと僅か。もはや迎撃に成功したと言っても過言ではないだろう。

 扉さえ開かなければ、だが。





「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛! なァにをやっているんだ幹部共はァ!」


 神成島西部、雷の被害を受けておらず閑静な森の中。無線によって状況を把握したマドーサは全力で青筋を立て散らかしながら、無線機を地面に叩きつけて蹴り飛ばす。


「スカーレットは負傷して退却! 鬼龍は知らんうちに帰ってる! 兵士共はあの蛆虫のせいで全滅ッ! ……ふざけるなよ、こんなアホ臭い結末になるなんて誰が予想できるんだッ! 戦闘員のクセにあっさり負けて敗北!? ハァ!? お前らの存在意義はなんだよ無能共が!」


 髪の毛を縦横無尽に掻き回し、近くに聳える手頃な樹を殴りつけ、天に唾を吐き、目を血走らせながらマドーサが激昂する。

 彼が憤慨するのも仕方ないと言えよう。幹部2人に大量の兵士という過剰戦力を用意し、しかも相手はブランクのある化物と弱体化した化物2人と有象無象。どう考えても彼我戦力差はゼロ側に分がある。


「ていうか! ワ=ムーの動きがイレギュラー過ぎるだろ! 中毒症状に耐えて暴れやがって! ……そもそもあの蛆虫を手土産に連れて来いと言ったのはスカーレット! あの野郎! クソが! お前作戦かき乱してばっかりじゃねぇかよぉぉおぉぉ……!」


 ワムを誘致したのも、アルドフッドを勧誘するために鬼龍を含めた三つ巴を作ったのも、そのせいで彼を怒らせたのも、全部スカーレット。全てが全てゼロの不利益、利敵行為とも言える行動だ。それがマドーサにとっては溜まらなく不愉快で仕方ない。

 ……元々スカーレットに作戦遂行の意識など無く、アルドフッドさえ手に入ればゼロがどうなろうと知ったことではないと思っていたことを、マドーサは知らないのだ。故に、スカーレットの行動原理が全く読めず、苛立ちは募る一方だった。


「こんなところに、まだ残ってたのね……!」


 その時、クロとハルとナイリンが姿を現す。突如として目の前に現れた敵に驚き、マドーサがこけて卵のように転がった。

 3人の体には煤けた汚れが夥しく付着している。彼らもワムと同じように、敵の兵士から島民を守るために戦っていたのだ。既に15名近くを拘束し、杖を奪って無力化していた。


「……お前、ハルを攫った変態野郎か」

「え、私こんなのに拉致られたの?」


 マドーサの顔を確認したクロが、あからさまに顰めた面をしている。彼がハルを攫ったせいで足の指を圧し折られるなんていう痛々しい暴行へと繋がってしまったのだから、嫌悪感を示すのも当然だろう。

 ナイリンも彼の顔を見て思うところがあったようで、少しだけ考え込むような仕草をしてから、鋭い目で彼を睨みつける。


「手配書で顔を見たことがあります。……マドーサ・Ф・イエンディッド。ゼロに所属する医者兼科学者で、確か『化物』の研究をしているとか」


 元々化物を憎んでいた彼女は、化物に繋がる情報を密かに収集していた。その中で最重要人物の一人として浮かび上がっていたのが彼、マドーサだ。

 化物を創り出す科学者など、かつてのナイリンにとっては許されざる天敵でしかない。それ故に、彼の顔は嫌になるほどはっきりと記憶していた。


「化物の研究……ってことは、まさか、ワムを創り出したのはお前か?」


 クロに問いかけられたマドーサだが、落ち着きなく視線を動かしていて、話を聞いているように見えなかった。この期に及んでも逃げ果せる方法を模索しているのだろうが、どうやら如何なる手段も見つからなかったらしく、忌々し気に息を吐く。


「あー……なに、何だって? えーと、ワムって言った? それカーニヴォラス・ワ=ムーのこと?」


 もはや半ば投げやりに、マドーサは痰を吐きながらそう聞き返す。


「……本人は和村小夜子と名乗っていた。ゼロから来た化物だと自称する女の子だ」

「ああハイハイ、ワ=ムーね。そうだよ私だよ私の制作物だよ。それが何? あンのポンコツが味方してくれてお前らみんな助かりましたねぇ、よかったね! 生きる価値のない化物同士でお友達にでもなったのかな? 寝返るなんてほんと脳まで蛆虫なのかなーあのド低能はさぁー!」


 あからさまにやる気をなくしたマドーサは、むしろ清々したとばかりに自由気ままな暴言を吐きまくる。その開き直ったような態度が、ワムを知るクロたちの気分を露骨に逆撫でしていた。


「……貴方がワムちゃんを創り出したと言うのなら、親代わりということで相違ないか」


 呟くようにナイリンが問いかける。マドーサは片手の小指で耳を穿りながら、至極どうでも良さそうな表情を浮かべた。


「あのさぁ、私、人間だよ? 蛆虫の親代わりとかスゲェ嫌なんですけど。確かにアレを作ったのは私だがね、ホントマジで親だと思って欲しくないね。超イヤ。私からしたら、部屋で羽化したゴキブリと親子関係を問われるようなモン。不愉快、やめて。ムカつくから」

「……ワムちゃんを虐待したのも貴方?」

「虐待っていうか手荒に扱っただけだよねぇ。アレは世間的に生物だと認められてない物体なんだから何してもいいでしょ? ムカついた時に机をブン殴るようなものだよ、それって犯罪? 私の所有物なんだから別に文句言われる筋合いないよねぇ」

「ワムちゃんは……貴方に虐待を受けていたが、それでも貴方を親と呼んでいた。どんなに酷い仕打ちを受けても、化物だと侮蔑されても、親だと呼び続けていた。……何も思うところは無いのだろうか?」


 初めて自分の内心を吐露した時、ワムは確かにこう言っていた。


『……わむは、親から……ばけものだって言われてきました。お前がちゃんと産まれてくればよかったのにって、ばけものだから何をしてもいいんだって、お前は俺と同じにんげんなんかじゃないって、ずっと、ずっと言われてきました……』


 内容こそ唾棄したくなるほどに最低だが、それでも彼女は創造主であるマドーサを『親』と呼んでいた。本当ならばマドーサに対して恐怖しか湧かなかっただろうが、それでも親という存在を求めていたのだ。


 それを知って、マドーサは。


「え、キモ……」


 最小労力で最大限の拒絶を見せていた。

 例え少女のいたいけな心を垣間見たとしても、化物相手に彼の心が動くはずもない。不快害虫から求愛行動を受けたとて不快は不快なのだ。むしろ、化物のくせに人間みたいな感情を保有していること自体が気持ち悪く見えているだろう。


 そう。……化物は人間か人外か、という根本的な部分がすれ違っている以上、どれだけ彼に語り掛けたとしても無駄なのだ。


「これ以上続けても無意味ね」


 ハルの呟きは3人の総意だった。これ以上何を問いかけたとしても、おぞ気が走るような鬼畜の回答しか返ってこないのだ。それならば、もう、終わらせる方がよいだろう。


「最後に、貴方に一つだけ聞くわ。……ワムちゃんが暴走した時、まるで何かの干渉を受けたような変化だった。もしも貴方が何かを仕掛けたというならば……もしかして彼女を元に戻す方法を知っているんじゃないの?」

「……」


 無論、マドーサはその方法を熟知している。化物を小康状態に戻すことくらい容易だろう。

 だが……。


「知るかよ、バァカ。化物同士が慰め合ってんじゃねぇよ、気持ち悪い」

「分かったわ。じゃあもう黙って」


 杖を構え、ハルが一歩を踏み出す。もはやこれ以上の問答は必要ない、目の前にいるこの下劣な生き物に然るべき天罰を与えるために。


「待てハル、早まるな! まずはMDウィルスの治療法を吐かせるのが先決だろ! 場合によってはワムのことも色々吐かせられるかも……」

「気づいてないの? この男、口の右側をあまり動かさないようにして喋ってるでしょ。歯に自決用の猛毒魔法を仕込んでいるのよ。情報を吐かせるために拷問をしようものなら即座に死ぬわね」


 そう言われたクロが思い返すと、確かにマドーサの喋り方は内頬に陰湿な口内炎でもできたかのような喋り方だった。出会った時からそんな喋り方だったのであまり滑舌が宜しくないタイプの中年かと思っていたが、歯に毒物を仕込んでいると言われれば得心がいく。


「だから――どうせ死ぬというなら、ワムちゃんを苦しめた報いを受けさせるべきだわ」


 化物として生まれてしまったクロやハルにとって、マドーサは到底受け入れがたい存在でしかない。自分と同じような境遇の子供を量産し、そのほとんどを失敗作として処理し、及第点の化物でさえも無残なまでに虐待しているのだ。


 だから、直接的な殺意を口にしないものの――ワムと同等の傷は負うべきだと思ってしまう。

 そうしなければ、いつまでも復讐の炎は揺らぎ続けるのだから。


「同意しかねますな」


 有無を言わさぬ口調で言葉を切り伏せたのは、あろうことか味方であるはずのナイリンだった。


「貴方がたはもう誰も殺したくないと仰っていたはずです。それなのに、感情を逆撫でされた程度で前言を無為にして良いのですか。殺人から手を引けなくば、貴方たちはいつまでも度し難い化物のままでしょう」


 確かに数日前、クロたちはナイリンへ『もう俺たちは誰も殺したくない』と語った。戦争を止めたいと豪語しておいて、感情に任せて人殺しをするなんて言語道断だろう。


「報復の応酬を続けていては停戦など夢のまた夢。真に戦争を止めたいと願うなら、煮え滾る感情を嚥下することが肝要です。……貴方たちは愚直に理想論を語っていればいい、手を汚すのは護衛の使命ですから」


 言葉を紡ぎながら、ナイリンが杖をマドーサへと向ける。口で殺意を諭しながら、彼女の身には溢れんばかりの殺意が纏っていた。


「ナイリン、お前は……俺たちのことを嫌っているんだよな? なのに、どうして……」

「……」


 その言葉を聞いたナイリンは、無意識的に少しだけ――笑ってしまった。

 ナイリンの心が移り変わっているのを知らないクロたちにとって、それは唐突な心変わりに見えただろう。しかしここに至るまで、彼女は化物の心に触れて、友と呼べる者たちと心を通わせてきた。


 もう、彼女は飽きるほど見てきたのだ。

 化物と呼ばれた少年少女が、年齢相応の恋を謳歌し、日常を生きて――そして、敵兵を無力化して島民を守ろうとする姿を。


「……お友達に感謝することですね。私の狭い視野を変えたのは彼女のおかげですから」


 それだけを言い、彼女はマドーサへ接近する。杖先を剣に変えて、目を見張るような剣戟を繰り出した。


「うおおぉッ?!」


 突如攻撃を仕掛けられたマドーサは、情けなく後方へスッ転びながら、全身に雷を纏わせてナイリンを遠ざける。そして反動をつけて立ち上がり、強がるように笑った。


「舐めるな中立国家の犬が! このマドーサ・Ф・イエンディッドがただで死ぬと思うなッ! どうせ結末が死と決まっているならばッ! 貴様を黄泉への道連れとしてやるッ!」


 彼が杖を高々と掲げると、天に漆黒の積乱雲が発生する。雲の内部では、紫色の電光が蛇のように這いずり回り、ゴロゴロと本能的な恐怖を呼び起こすような音を生じさせていた。


 第二陣の突入前、マドーサは『扉』の一部から魔力を掬い、口に含んで摂取していた。それによって一時的なドーピング効果を得た彼は、単なる一兵士の能力を超えていた。

 スカーレットほどの力を用いることはできないが、彼が神成島に落とした大量の雷のうち、たった一つ程度なら再現しうるだろう。


「私が地獄までエスコートしてやるよ! 一緒に逝こうやクソアマ!」


 視界が光に包まれて、凄まじい衝撃波を放ちながら雷が落ちていく。狙いは正確無比、ナイリンの体に向かってぶれることなく一直線に落下していた。


「……間抜けが、自爆しろ!」


 雷が迫る中、ナイリンが杖をマドーサへと向けて、杖先に転移魔法特有の黄色い閃光を迸らせる。


 そう、彼女には互いの座標を入れ替える転移魔法がある。いくら雷を頭上へ落とされようが、位置さえ入れ替えてしまえば何の脅威でもない。


「そう来るよなぁ!」


 その瞬間、あらかじめ読んでいたかのように雷が軌道を変え、マドーサがいる方向へと折れ曲がる。

 昨日、ナイリンを狙撃する時に、マドーサは彼女の戦い方を全て見ていたのだ。どんな魔法を持っているかも完全に把握している。だから入れ替えてくることなど容易に予想できていた。


 しかしナイリンの放った転移魔法は止まらず、発動してしまい――。


「……ん?」

「あれ?」


 少し離れた位置で並んで立っていたクロとハルの位置が逆転した。

 ナイリンのマドーサと位置関係は変わらず、そのままだ。雷の落下方向が変化し、マドーサに向かって落ちていくのも変わらずに――。


「ああぁあぁああぁあああああぁあッ!???!!」


 その瞬間、マドーサは自分が嵌められたことに気づいて驚愕の声を上げたが、魔法の行き先は変わらず――強力無比な雷が、彼の腹部を貫いた。

 咎を断罪せし迅雷を刻まれた彼は、一目で致死量と判別できるほどの血を口や腹から舞い散らせながら、膝をつく。そして地響きと共に、贅に固められた巨体を地に横たえた。


「……実戦経験不足だホワイトカラー。貴様の戦闘は……性格とは裏腹に素直すぎる」


 ナイリンから送られた言葉は、初めて戦場に立った研究職に対する餞だった。


「……………………」


 自らの体から流れた血の海に沈み、マドーサは狂気的な笑みを浮かべる。

 目は霞み、指先一つ動かせず、体温が急激に奪われていく。眼前に迫る死のクオリアを堪能しながら、彼はしわがれた声で呟いた。


「作戦……終了。……全軍退却し……殲滅を『扉』に任せ……」


 言い終わらぬうちに、彼の意識が闇に染まる。もう何かを感じることも、何かを考えることもできない。彼に与えられたのは死という解放だ。


 それを同時に、島内に存在する兵士たちが生死を問わず渦に呑まれて消えていった。指揮官の死亡と共に発動する帰還プログラムが、捕虜を与えることなく全員を回収していく。

 杖も、衣服の一部も、死んだマドーサまでもが回収されて、神成島からはゼロの痕跡が一切消えていた。


 島内はまるで、最初からゼロの侵攻など無く、自然災害が起きただけのように――。




 ……本作戦の指揮官は死亡。幹部2名は既に退却し、兵士は回収されて残存は無し。

 予定通り『扉』にて隠滅を行う。

 扉に与えられた命令はたった一つ。


『神成島を抹消せよ』

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