2章 思惑のトラベル
「中立国家要人護衛部隊所属、サーイノン・ナイリン。マッサークル王の命を受けて、本日より警護活動を開始致します」
「……」
もうすぐ11月も中頃を迎えようとしているこの頃、とある訪問者が俺たちの家を訪れてきた。
平和な無人界には到底似つかわしくない魔法界のローブに身を包み、マナー講師も感涙するほど整った敬礼を披露しているのは、サーイノン・ナイリンという女性だ。
畏まっているのは態度と所作だけではなく眼球もだ。彼女の射貫くような視線は俺たちに注がれ、一切のブレがない。恐らく俺がこのまま黙りこくり続けたら、彼女は眼球を揺らがせることすらしないだろう。
「あー……うん、初めまして……」
突然の来訪者に興味津々なハルを押し止めながら、戸惑いを隠し切れない口調でそう答える。一人暮らしの青少年の家に事前連絡もなく母親が来訪したかのような、迷惑と面倒と郷愁がブレンドされた雰囲気が込められていただろう。
彼女は護衛という名目で無人界にやってきているが、実のところは俺たちの監視役だ。日々の生活を監視し、魔法界の不利益になるような行為を発見次第、シロガラ国とメース国の両王に通達する役割を担っている。
では何故、俺たちがこんな監視を付けられなければならないのか。
その発端は1ヵ月前、デースマースとの騒動を終えた後日にまで遡る。
まあ、先に言っておくと、俺たちの自業自得ではあるのだが――。
『阿呆かお前は』
「返す言葉もございません……」
電話口から聞こえてくる声はいつもに増して不機嫌そうで、親族に向けるにはあまりにも度の過ぎた怒気が携帯電話を通じて身に刺さるようだった。
デースマースとの一件を終えた俺は、状況報告として今までの経緯を全て親父に報告していた。
人間を魔法使いにする魔法、ダウナ・ローティエンション、銀河鉄道と月、そして宇宙での戦闘。事の発端から終端まで、映画のあらすじを語るように状況を伝えていった。
全てを聞き終えた親父は、どうやらご立腹のようだ。
無理もないだろう。友達という化物には似合わない存在のために命を張り、しかも徐々に回復してきていた魔力を使いこんでしまったのだ。
これでまた、帰還までの時期が延びてしまった。こちらにとってはありがたいことだが、シロガラ国からしてみれば笑いごとではないだろう。
『貴様はシロガラ国の兵士としての本分を理解しているのか。いいか、今現在貴様が無人界にて潜伏しているのは魔力が回復するまでの一時的な――』
「はい……はい……本当に申し訳ございません……」
電話越しだから伝わるわけがないのに、何度もその場で美しき一礼をしてしまう。ついでに落ち着きなく部屋の中をウロウロと歩き回ったりもする。
ちなみにハルも同じタイミングでメース国に報告を入れているが、俺のように居間で電話をせず、自分の部屋に引っ込んでしまった。親に叱られているサマを俺に見られたくないのだろう。
『……しかし無人界も厄介な存在だ。メース国への対処に意識を割かれているというのに、無人界からの侵攻も考慮せねばならぬとは』
「そうですね。デースマースは消えましたが、似たような姦計を企てている者がいないとも限らないですから……」
『其れに加え、ダウナ・ローティエンションという指名手配犯まで水面下で蠢いているとはな。確かに無人界は塒としては絶好の場所だが、奴め、一体何を企んでいるのか……』
コーヒーブレイク一回分くらいの長い沈黙を挟み、おもむろに親父が咳払いをする。何らかのイヤな勅命を下す前触れだ。
『クロスエッジ、近日中に貴様へ護衛を付ける』
「げっ……」
何をバカなことを、と言いたいが当然の措置だろう。
デースマースのような不届き者がいつ現れるか分からないし、俺たちは目を離せば魔力を使ってしまう愚か者だと思われている。護衛を兼ねた監視役が配置されるのも当たり前だ。
「……それは、シロガラ国の兵士を我が家に常駐させるということでしょうか」
『たわけが、そのような愚行をメース国が看過すると思うか?』
どう考えてもダメだ。停戦中の敵国の王女が住まう家に自国の兵士を送り込むなど、メース国だけではなく諸々の国からバッシングを受けるに違いない。
『至極不本意ではあるが、中立国家に護衛を手配する他あるまい。近日中にメース国へ了承を得るつもりだ』
至極どころか超絶に不本意そうな声で親父は明言する。
メース国の兵士が常駐するよりはずっとマシだが、中立国家の人員と同居するというのはどう想像しても肩が凝る出来事だ。可能ならば拒否したいが、そんな駄々を捏ねれば普通に怒鳴り散らかされそうなので閉口するしかない。
『しかし護衛とはいえ、信用ならぬ中立国家の手先だ。隙を見せるな。メース国のように武力で訴えてくる真似はしないが、奴らは常に貴様らから情報を奪うつもりであることを努々忘れるなよ』
「……畏まりました」
――という経緯があり、電話からしばらく経った今日、晴れて監視役が来訪したというわけである。
サーイノン・ナイリン、中立国家から派遣された護衛役だ。
護衛という言葉のイメージから、諸外国でSPとして要人警護をしているような屈強な男性をイメージしていたが、彼女のイメージはまるで真逆だった。
遊び心より機能性を重視した白色短髪ショート、猫を思わせるような黄色い目。恐らく睨んでいるワケではないのだろうが勘違いしてしまいそうなキツい目つき。ほとんど感情を露わにしない仏頂面に、仄かな威圧感を纏う低い声。
そこまでは護衛らしさがあるのだが、身長150にも満たない鳳輔好みの体躯と小さいお手手がどうにも警護役らしくない。なんだか親戚の子供が遊びに来たような感覚だ。
「あー……まあ、どうぞ」
とりあえず玄関先で畏まられても困るので居間に招き、一杯いくら程度の粗茶を出しておく。粗茶とは言えど、ウチにある茶葉の中では一番優れているものだ。
ナイリンは作法の教科書に載っていそうなくらい綺麗に座り、差し出されたお茶に手を付けることもなく深々と一礼する。
「改めまして、本日よりお世話になります。年端も行かない上に粗忽者ではございますが、こと警護に関しては一家言持ちであると自負しておりますので、細やかにでも信頼を寄せて頂けると幸いです」
鉱石で例えるならば金剛石くらいお堅い挨拶をされて、ナイリンよりもよっぽど年端も行かない上に粗忽者な俺は微妙な居心地を感じつつ、楽にしていいよと言わんばかりの慈愛なる笑顔を浮かべた。
しかしナイリンは1ミリたりとも姿勢を崩さず、真面目極まりない視線で俺を射抜いてくる。なんか似ていると思ったらアレだ、訓練を積んだ大型犬に見つめられているような気分だ。
「あー、うん、よろしくな。事前に聞いているとは思うが俺はシロガラ・G・クロスエッジ、こっちはメース・M・ハルモニア」
「よろしゅう!」
大変ご機嫌宜しく挨拶をしているハルだが、起床したてで髪がボッサボサになっており、尚且つパジャマのゴムがゆるゆるなせいでパンツが見えそうになっていた。王女とか云々の前に人として終わっている。
「宜しくお願い致します、お二方」
一方のナイリンは無表情かつ無感情な声なので、ご機嫌が宜しいのかどうかすら判別できない。人間より人工知能とかAIとかのほうが近いんじゃないか、と思ってしまうくらい感情の込め方が無味無臭だ。
「…………」
「…………」
そして挨拶を終えた俺たちは、謎の気まずい沈黙に襲われてしまった。
どう見てもナイリンは自分から話題を振るタイプには見えないし、沈黙を気まずく思うガラではないだろう。一方の俺たちも二人での生産性のない会話は得意だが、見知らぬ人を含めると急に会話の摩擦係数が上がってしまう。
こんなことを言うのも失礼な話だが――護衛として接するのであれば、せめて社交的な人が来てくれれば嬉しかった。情報を取られてはマズいのであまり会話はできないのだが、それにしても華やかな日常会話くらいは交わせるに越したことはない。
「私、一発ネタでもやろうかしら?」
沈黙に耐えきれなくなったハルが無謀なことをのたまい始めたが、結果は火を見るより明らかなので頭を下げて止めてもらった。
「……ん?」
その時、穿つような視線が俺を貫いていることに気づく。
出された粗茶に手を付けることもなく、ナイリンが俺の顔を注視していたのだ。背後に何かあるのかと思って顔をインド映画のように左右に振ってみたが、彼女の眼球は俺の動きに合わせて機敏に動いて追跡してくる。
どこか夜目が効きそうな猫目に見つめられて、なんだか沈黙よりも色濃い気まずさが全身を襲った。もし見つめてくるのが鳳輔だったならば乾坤一擲の目潰しで対処できたものの、客人にそんなはしたない真似はできない。
「おや?」
その意味深な視線に、さしものハルも気づいたようだ。怪訝そうな表情で俺とナイリンの顔を何度も見て、とても早合点な真相に辿り着いたのか、安物ネイルがキラキラと輝く手で己の口を覆った。
「バカタレ。よからぬ想像をするな」
「いや、だって、クロが女性から一心不乱に見つめられるなんてフル惑星直列よりも珍しくて……」
数百年に1度の自然現象よりも珍しいと揶揄されてちょっとだけ落ち込む。お前が俺を見つめて直視を供給してくれよ。
などと無意味なやり取りをしている隙に、ナイリンは視線の矛先を変え――今度はハルの顔を見つめはじめた。
視線を向けられ慣れていない俺とは違い、ハルは小気味よさそうに胸を張り、どうぞご覧あれとでも言いたげに手を顔に添えて小顔効果を狙い始めた。ただでさえ顔ちっさいのに小顔効果なんて活用したら顔消滅するんじゃないか?
しかし――初めて対面した時から気づいていたことではあるが、ナイリンが俺たちに向けてくる視線には、どこか敵意のようなものが込められていた。
中立国家の構成員なのだから俺たちとは関わり合いが無いはずなのに、戦場でメース軍から向けられる敵愾心のような視線が肌に刺さる。元々あまり気分の良いものではないが、身に覚えが無いとなればひとしおだ。
「……警護に尽力する以上、貴方達と関わり合うことは避けられないので先に申し上げておきますが」
不意に、ナイリンが口を開いて忠告めいた口調で告げる。
「私は貴女達に強い怨みを持っています」
遠慮や躊躇など欠片も無く、形而上での攻撃行動と呼んでも差し支えない程の刺々しさを纏い、その言葉は撃ち放たれた。
これにはさしものハルも面食らい、赤ちゃんを彷彿とさせるような人懐っこい笑顔を凍り付かせている。
蛇口から落ちる水滴の音が響き渡るほど、部屋の中に静寂が張り詰めて――やがて、ハルの取り繕うような苦笑が聞こえた。
「……私たち、あなたに何かしたかしら?」
「……………………」
心の地雷を踏んだかのように、ナイリンの表情が険しくなる。初めて見た無表情以外の顔が、まさかこんな露悪的なものになるなんて。
「……その無頓着なところが、化物だっつってんだよ……」
低く唸るような声は、まるで地の底から響き渡るかのように。もはや敵意を隠すこともなく、彼女の視線は怒りを込めて細く眇められていた。
やがて、再び――その瞳は平常の無感情を取り戻す。束の間の激情は胸の内に消え去り、仮初めの平静で覆い隠していた。
「……仇敵たる貴方達に詳細を語る気はありません。ただ私は、歴然たる事実を努々お忘れなきようにとお伝えしたかったまでのこと」
「つまるところ、護衛としての職務は全うするが仲良くする気はないってことか」
「そのようにお受け取りください。……あくまで私は人間ですから、化物と呼ばれる貴方達と仲良くする謂れは無いのです」
その言葉を聞いて、ほんの少しだけ、彼女が何に憤っているのかを理解する。
彼女の過去を窺い知ることはできないが、きっと『化物』という存在そのものを敵視しているのだ。
「……」
人間であるアイや鳳輔、人間ナイズされた委員長、それと大人な対応をする諜報員やダウナは、俺たちのことを人間扱いしてくれた。こちらの世界で関わっている人々は、誰もが俺たちに普通の対応をしてくれたのだ。
だから、化物として一線を引かれるのは随分久しぶりのことだった。
しかし向こうの世界にいる時は、こんな扱いが普通なのだ。
俺たちはあくまで兵器で化物。……立場上、人間未満の存在でしかない。
「以上、警告を以て挨拶と代えさせていただきます。短い付き合いになるとは思いますが、何卒宜しくお願い致します」
「まあ相容れないって言うならしょうがないな。こちらこそよろしく」
相性が悪い相手と友好関係を築こうとしても、時間のムダな上に心労が祟るだけだ。俺たちは互いに深入りしないことを誓いながら、要人と護衛という雇用関係を結ぶ。
「……で、ナイリンはウチに寝泊まりするのか?」
本来ならば挨拶を終えたら世間話でもして交友を図るのだが、そういったまどろっこしい馴れ合いは嫌いとの事なので早速護衛体制について確認してみる。
「いえ、互いに気を遣うことがないよう、事前に準備をしております」
俺の問いかけを受けたナイリンは、持参していたデカいバッグから折り畳み式のテントを取り出して見せつけてきた。
グランピングなんかで使われるような、本格的なドームテントだ。しかもクリアな素材で作られており、プライバシーを度外視した圧倒的なスケスケっぷり。護衛としては視界が開けている方が都合がいいのだろう。
「私は庭で寝泊まりさせていただきたく存じます、食事も自足しますのでお気になさらず。両端に鈴の付いた糸を室内に通しますので、何か御用があればいつでもお呼びください。料理以外であれば大体のことは承ります」
「料理ダメなんだ……」
俺の料理はレシピサイトをギリギリ再現できるかどうかレベルだし、ハルの料理スキルはもう語り得ぬものなので沈黙する他ない。なのでナイリンに料理の腕前があれば色々と楽になっていたのだが、そう上手くはいかないようだった。
我が家の料理恐慌に憂いでいると、ハルが身を乗り出しながら庭を指さす。
「ところで気になったのだけれども、庭に泊まるってなったらお風呂とかどうするの? 私だったら1日でもシャワーを浴びれなかったら反抗期迎えるけど」
「ご心配なく。かつては狙撃手訓練を受けていた時期がありますから、不衛生な環境には慣れております。それに私はシャワーを浴びずとも臭くなりませんので」
「いや、普通にばっちぃわ」
ハルに汚いもの呼ばわりされてナイリンが少しだけ面食らっていた。真面目に任務を果たそうとしているナイリンには悪いが、俺もちょっとばっちぃと思う。
「遠慮しないで毎日ウチのシャワーを浴びなさいな。水道代はクロが体で稼いでくるから」
「え、俺?」
「いえ、護衛としてそこまで厄介になるわけには参りません。それと私はシャワーを浴びずとも臭くなりませんので」
「臭くはなくとも水臭い護衛ねぇ」
雇用主に迷惑をかけるのは護衛の恥と思うタイプなのだろう。軍人上がりの堅物護衛にはよくある拘りだ。
あまり無理矢理勧めても本気で嫌がられるだけなので、あまり構わないようにした方がいいだろう。思い返してみれば、魔法科の護衛職に就いている人たちは割と仲良しこよしを好まない傾向にある気がするし。
「そうだ、貴方達にこれをお渡ししなくてはなりません」
不意に思い出したかのように、ナイリンがポケットから1通の手紙を取り出した。まるでラブレターを思わせるような桜色の封筒に、あまりにも場違いな臙脂色の封蝋が施されている。蝋に刻まれた紋様は複雑で、何やら意味ありげなシンボルを模しているようだった。
「丁度この家を訪れる際に、飛脚を営む者と鉢合わせまして」
「ああ、郵便屋ね」
ナイリンから受け取ったその手紙には、俺とハルの名前が連名で記載されている。
差し出し主の名前はダウナ・ローティエンション。つい一ヵ月前にお世話になった指名手配犯だ。
「え、なにそれ、ダウナさんからの手紙? はああ、クロはいつの間にかダウナさんと文通するような仲になっていたのね」
「いやお前宛てでもあるからな。……中には……ん?」
手紙をひっくり返してみると、中から出てきたのは一枚の便箋と何かのチケットだった。
いまいち無人界の地名に詳しくないのでどこ行きなのかは分からないが、出発時刻と到着時刻の差を見るに、それなりに遠い場所へアクセスするための旅行券らしい。
チケットについては穴を開くほど見てもよく分からないので、便箋を開いてみる。そこには個性的というか独創的というか、手書きじゃなくてPCで打ち込んだ方がいいのでは?と言いたくなるような字がつらつらと並んでいた。
「ダウナさん直筆の手紙っぽいな。読み上げるぞ。『親愛なる少年と王女へ』――」
「声真似して! 声真似!」
「うぜっ」
『親愛なる少年と王女へ
先日のデースマース事件では随分とお世話になったね。既に退院後のゴタつきも落ち着いたかな?
時にハルモニア王女なのだが、手術が成功したとはいえ、無人界の技術では消しきれない傷が腹部に残っていると思う。
意外と懐が深いシロガラ国ならまだしも、中々に苛烈なメース国の王族にこの事実が知られてしまうと、面倒なことになりかねないのではないだろうか。
恐らく監督不十分として中立国家を糾弾し、同時にシロガラ国が仕組んだ攻撃活動として大々的なバッシングを行うはずだ。事実がどうあれ、ネガティブキャンペーンとして有効活用できそうなのは間違いない。
そうなると君たちに面倒な事態が舞い込むのは勿論、国家間の戦争を激化させる火種にもなりかねない。今のハルモニア王女はメース国にとって所有兵器の一つ、それに損害が出されたとなれば立派な外交的問題だからね。
そんな君たちに、この前世話になったお礼として、腕っこきの医者に話を通しておこう。ハルモニア王女の腹の傷さえ跡形もなく消せるような凄腕だ。
彼は今、伊豆諸島の神成島に住んでいる。今年中ならいつでも使用できるチケットを同封するので、暇ができたら観光がてら足を運んでみるのをオススメするよ。
では、またいずれ逢おう。
ダウナ・ローティエンション』
「うーん、65点!」
「手紙の内容が? それとも俺の声真似が?」
「クロそのものが」
俺は65点くらいの男だったのか……とちょっぴり凹みつつ、ダウナさんの手紙を二つ折りにした。
そして同封されていたチケットを手に取り、表裏共に眺めてみる。チケットは全部で4枚、恐らくあの時に関わっていた俺、ハル、アイ、鳳輔の分だろう。
腹の傷を治すだけなら俺たち用の2枚で事足りるので、観光がてらというのもあながち嘘ではなさそうだ。
「で、どう思う? ハルの腹の傷でメース国が大騒ぎすると思うか?」
「……んー……」
首を傾げながら腕を組み、ハルが脳内でシミュレーションし始める。段々と顔に汗が浮かんでいる辺り、よほど良くない未来がシミュレートされたのか、それとも脳のCPUがいっぱいいっぱいになっているのかのどちらかだ。
「めっっっっ……ちゃ大騒ぎしそう。これは我々の見えざる場所で発生した軍事的攻撃であるとか言って、シロガラ国にも中立国家にも轟々と非難を出すわね」
「お前ン家のおっかさん、マジでそういうコトしそうだもんな。戦争を有利に運ぶためなら娘の傷さえ利用する冷血漢な部分ある」
恐らくダウナの予感は的中しているようだ。
戦争を止めたいと願っている俺たちにとって、戦火の火種を持ち帰ってしまうのは是が非でも避けたい未来だ。
……となると、非常に胡散臭くはあるが、ダウナの誘いに乗る必要があるだろう。
しかし解せないのは、『無人界の技術では消しきれない傷が腹部に残っている』という部分だ。これが事実なのであれば、彼女が斡旋している神成島の医者というのは、無人界の技術を越えた者ということになるだろう。
つまり、医療技術に長けた魔法使い……?
おい待てよ、無人界にどんだけ魔法使いが潜伏しているんだ。俺たち周辺の狭いコミュニティ内でもこれだけ魔法使いがいるってなると、世界全体で見たらAB型の人数くらいなら余裕で超えるんじゃないか?
「……前任者から聞いてはいましたが、本当に指名手配犯との交友があるのですね。護衛としてはあまり有難いことではないのですが」
そんな俺たちの様子を見て、ナイリンは淡々としながらもジトッとした口調で呟く。そりゃ護衛対象が犯罪者と関わり合いになっているとなれば内心穏やかではいられないだろう。
前任者というのは諜報員のことだろうが――思い返してみれば、諜報員はダウナの顔を見るなり顔色を変えて逃げていた。指名手配犯と遭遇すればそんな反応をしてしまうのも分からないでもないが、それにしてもどこか過敏な反応だったようにも思える。
「なあナイリン、中立国家ってダウナさんと何か確執でもあるのか? ダウナさんと出会った時、諜報員が妙に焦っていた気がするんだが」
「確執があるわけではないのですが、決して関わるなと上官から厳命されております。犯罪者と交流を図り、尚且つそれが明るみになれば、中立を謳う群体として大変な不利益を被るようですから」
「それもそうか」
中立というクリーンなイメージを保ちたい立場にいる以上、犯罪者との接点は無いに越したことはないだろう。慈善団体がヤクザと関わっていたら商売あがったり、みたいなもんだ。
「とはいえ私には雇用主の交友関係を咎める権利はありませんので、ご自由にバカンスを満喫すればよいと思います」
「バカンス……!」
バカがバカンスに反応していた。ちなみに手紙の中の『観光がてら』という箇所を聞いた時点で既にソワソワしていたのだ。
「えっ、えっ、バカンスなら水着とか買っちゃおっかな! ねえクロ、ビキニとワンピースだとどっちがいい? 選んだ方の水着を着てくるよう鳳輔に命じるわ」
「今11月だから海入れないぞ、風邪ひく。……いやそもそもバカンスだかレジャーだか知らないが、島へ行って治療を受けて帰るなんてスケジュールを土日で済ませられるわけがないだろ」
カレンダーを指さして現実を付きつけようとしてみたが、よく見ると11月の後半に謎の休日マークが描かれていた。
「……」
11月20・21日が土日で、22日が創立記念日で、23日が勤労感謝……。
偶然! 4連休!
……そんな偶然があるわけない。ここまで知っていた上でダウナは誘いをかけてきたのだろう。祝日ならまだしも、学校の創立記念日まで把握しているのはもはや気味が悪いと言わざるを得ない。
しかし作為的とはいえ、結果的に4日間の休日があることは変わりなく――。
「4日あれば行けるわよね! ねっ、ねっ?」
俄然やる気のハルを止める口実など、もはや存在しなかった。
……まあ、いいか。この世界にいられる残りの日々を、ハルと楽しく生きると決めたんだ。怪しかろうが何だろうが、この機会をめいっぱい楽しんでやる。
「はー……んじゃ、ハルさ」
「ん!」
「行くか、島」
「うん!」
UVカットサングラスが必要なくらいの笑顔で、彼女は頷いた。




