↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
65/88

最終章 恋する二人は繋ぎたい-3

 世界に闇の帳が降りて、オフィスビルから漏れ出る蛍光灯の灯りがネオン灯のようだった。


 夜になれば摩天楼は宝石を散らしたように光り輝き、こうして高所から見下ろしていると、まるで無骨なテーマパークのよう。

 来場客は愚か、スタッフすらいないセレスティアタワーの天望回廊から紫色のビル群を眺めて、ダウナは乾ききった瞳を少しだけ眇めた。


 その表情にはクロたちに向けていたような、不器用な笑みは現れていない。

 まるで喜怒哀楽の全てを奪われたかのように、ひたすらに無表情で、光のない漆黒の目を虚ろに揺らしていた……。


「些か、あの化物共に肩入れし過ぎではありませんか?」


 そんな彼女の背後から、一人の男が声をかけた。


 男の名前はベリアス・ワンチアン。20代中頃という成熟と未熟の間を彷徨う年代で、その頭には作り物ではない獣の耳が生えている。精悍な顔にはどこかケダモノの色が混じり込み、紳士と野性味の両方がブレンドされたような印象を受けた。


 彼はダウナの部下で、最も信頼を寄せられている右腕でもある。

 しかしそんな彼でも、ダウナの奇行には理解に苦しんでいるようだった。


「確かに化物2人の保護と監視は我々の役目ですが、干渉し過ぎは毒でしょう。わざわざ禁術愛好家なんて偽の身分を騙ってまで接近する必要がどこにありますか。特に朝霞愛美の為にわざわざ宇宙にまで連れて行くというあの親切、あれは誰がどう考えてもやり過ぎです」

「……こんないい景色を前に説教はやめてくれよ……」


 微笑ましそうにも、鬱陶しそうにも、どちらにも取れる口調でダウナが呟いた。


「それに、定められたルールに抵触寸前まで攻めるのも自殺行為です。デースマースはクロスエッジとハルモニアに直接的な危害を与えない、その代わりこちらはデースマースに同じ条件を課す。……それが取り決めなのでは?」

「いいじゃないか……元々、デースマースの部下がクロスエッジを殺しかけたから、わざわざわたしが介入したんだぞ。少しくらい奴らの不利益になる行動を取ったとしても、お互い様だろう……」

「……果たして、そんな言い訳が通用するといいんですがね」


 ふん、と鼻息を鳴らして、ベリアスがそっぽを向く。相当お冠のようだ。


「そういえば、奴が使っていた『魔力の行使を禁止させる魔法』とやらの解析はどうなりましたか? 有効活用できるようならば技術の奪取を検討するとのことでしたが……」

「ああ……虚言だったよ……。あれは『時を静止させる魔法』の未完成版だね、魔力だけしか静止させられないのを逆手にとって新しい魔法だと嘯いていたみたいだ……。しかも性能がスポイルされているのに消費魔力はそのままと来た……あれは三流だね……」

「『人間を魔法使いに変える魔法』という禁術を身に付けている時点で、有象無象よりは秀でていると言えるのですが、想定されたスペックよりは幾分劣りますね」

「それも元々、他人の生み出した禁術だから褒められたものでもないけどね……結局、彼一人では何も生み出せないようだ……」


 そこで何かを思い出したかのように、ダウナが指を一本立てる。


「ああ、そうだ……そのデースマースなんだけど、死体は回収できたのかい……?」

「既に病理解剖室へと送られています。全く面倒ですが、死因が不明だとこちらが故意に殺害したと思われかねませんからね」

「うん、そうか…………」


 どこか煮え切らないような声色だった。それを敏感に感じ取ったベリアスは、ダウナの背中を見つめて次の言葉を待つ。


「……おかしいとは思わないか?」

「何のことでしょう。デースマースの頭がおかしいことは承知の上ですが」

「最後の逃走時、奴はわたしからの攻撃を躊躇させるために、人質を取った……」

「ああ、鶴ヶ島鳳輔ですか。人質もろとも殺さないなんて、貴女も随分とお優しくなりましたね」

「あの時、奴には別の選択肢があった……。満身創痍で動けないクロスエッジと朝霞愛美、人質とするならどちらかを選ぶのが道理だろう……。しかし、あの中で一番抵抗する力を残した鶴ヶ島鳳輔を、奴はわざわざ人質にした……」

「……確かに」


 それはあからさまに異常な選択だ。奴は鶴ヶ島鳳輔からの暴力を受けて敗北したはず。それなのに、どうして人質として鳳輔を狙う必要があったのだろうか。

 あれほど無残に殴られた腹いせとして、鳳輔を殺してやりたかったから? ……それはありえない。何故なら奴は最後まで鳳輔を殺さず、自身の創り出した幻想宇宙にまで連れて行ったのだ。


 その符号が示す意味合いは、たった一つ。


「奴は何かを企んでいるよ……死して尚、ね……」

「……」

「命令。デースマースの遺体は『見つからなかった』ことにして……。広大な宇宙を漂っていた1つの遺体だ、発見できなくても不思議じゃないからね……」

「……承知致しました、団長」


 たった今下された命令を部下に伝えるため、ベリアスが踵を返してどこかへ向かおうとする。


 そんな彼の背に、ダウナが声をかけて制止した。

 振り返るベリアスに向かって、瓶詰の何かを差し出している。そしておいでと言うように手招きをした。


「それは……何でしょうか?」

「星の砂、と言うらしい。朝霞愛美たちを回収するついでに、幾つか拾ったものだ……」


 ダウナから受け取った瓶を月に翳しながら、ベリアスが丸い目でそれを眺める。


「魔法界には無いものだけど、ベリアスは知っているかい? 星の砂は生物の殻でね、かつてはその中に生き物が存在していたようなんだ……世界最小の星だよ、面白いだろう……」

「……へえ、それは本当に……面白い話ですね」

「しかも、何万年も前の殻が混じっていたりするらしいよ……ふふ、こんなもの魔法界じゃ絶対に見られないよね……」

「何万年。……ああ、それは確かに、この世界でしか見られないものでしょうな」


 一見和やかに見える二人の笑いの中には、実は昏い色が混じっていた。真実を知る者にしか感知できないであろう、ほんの僅かな色合いだ。


 ……魔法界の宇宙に存在する星は、数千年前後で滅びを迎える。

 だから数万年前から時を越えてきた物体など、有り得るはずがない。その期間を経るまでに何度星が滅びることか。


「厄災の時まで、あと少ししかないね……」

「先方も随分と頑張っているようですからね」

「でも、贄は我々の手中にあるよね……」

「ええ、最後に一矢報いて、世界のルールを変えてしまうこともできるでしょう」

「それとも、今が勝負の時かな……?」

「それを決めるのが、団長の責務というものでしょうな」


 彼ら2人が何の話をしているのか、誰も分からない。


 ただ一つだけ、歴然とした事実があるとするならば、もうすぐ魔法界に『何か』が起こるのだ。


 真実を知る者が『厄災』と呼ぶ何かが発生し、決断の時を強いられる。

 その渦中にいるのは……化物。

 世界に厄災を引き起こすのも、世界を厄災から護るのも、全て化物なのだ。


 元々彼らは戦争のためではなく、大いなる何かのために作られた存在なのだから……。


「……団長、僭越ながら質問を宜しいでしょうか?」

「聞こうじゃないか……」

「最初の話に戻るのですが……どうしてクロスエッジとハルモニアにそこまで力を貸すのですか。利用価値のある奴らを生かしておくのは道理だとして、その日常にまで介入する理由など無いでしょう。厄災直前の正念場に、そんなことをしている余裕などないのでは……?」

「……」


 ダウナが杖を振り上げた瞬間、天望回廊のガラスが炸裂していく。流れ込んだ外気は身を切り裂くようで、2人の体を冷たく刺し貫いた。


 流れてくる風に髪を靡かせながら、ダウナが一歩を踏み出す。

 彼女が足を踏み出したその場所は、外へと続く空の道。人間では踏み入ることを絶対に許されない、虚空の世界だ。


「……わたしはね、好きなんだよ……」


 遥かなる空中に身を晒しながら、彼女はどこかのぼせた口調でそう言った。


「恋することを許されない二人が、それでも互いの心を重ねようとする姿がね……」


 恋する二人は許されない。それ故に、彼らは美しい。

 誰にも理解はされないだろう。しかしダウナには彼女なりの理想像があった。


「そろそろ帰るね。……わたしの地獄に」

「……畏まりました」


 まるで透明な床があるかのように、彼女は闇の空を歩いていき――やがて姿が消えていった。


 そしていつの間にか、天望回廊のガラスも元に戻っていて――彼女がいた証拠は何一つ残らない。

 それだけではない。ベリアスの姿も、その痕跡も、全てが消えている。


 まるで、初めからここには誰もいなかったかのように――。







「焼肉行きましょ! 焼肉!!」

「あー、お前落ち着けって」


 それからしばらくの時が経ち、ハルの退院日がやってきた。

 最初は新鮮だと喜んでいた病院食にも飽きてしまったみたいで、ベッド周りの荷物を纏めながら、病院から去ったその足で焼肉屋に行こうと提案してきやがる。本当に胃に穴を開けられたのか開腹して確認したくなるくらいの元気度合いだ。


「荷物置かなきゃならんし、まずは一回自宅に帰るぞ。今鳳輔とアイがタクシー呼びに行ってるから」


 ちなみに――デースマースとの戦闘後、俺とアイも一時的に入院した。しかし体の内側にまでダメージを負ったハルよりは軽傷で、数日前に先んじて退院したのだ。

 更にちなみに、その帰り道に焼肉屋に行ったことはハルには内緒だ。入院食って味薄いんだもん。


「ふふん、このムードメーカーたる私がいなくて寂しかったんじゃないの? よかったわねぇ、今日からはおうちに私という尊い存在がいるわよ」

「悪い、お前がいない間の家事がすげえ捗ってたから、電動ドリルとかでもう一回腹に穴開けていいか?」

「まーた照れちゃって。アイから聞いたわよ、おうちで一人ぼっちのクロが、何かと理由を付けて鳳輔に電話してたって。さみしんぼ」


 事件の後、初めてハルと対面したアイは、開口一番「ごめんね!!」と弩級の謝罪をかました。それに対してハルも「いいよ!!」と通過する新幹線のような馬力の受容を行い、それが終われば昔のような距離感に戻っていた。

 なんだかイキが良すぎて傍から見る分には変に見えるが、本人たちにとってはそれで今回の件を終えたのだろう。ずるずると長引かずによかったな、と鳳輔も頷いていた。


「荷物は大体まとめ終えたかな。……おいハル、なんだお前その右手に持ったナースコールは。引っこ抜いて持ち帰ったりするなよ」

「でも自宅にナースが来たら嬉しくない?」

「うん、嬉しい。いや嬉しいじゃねえよ、呼ぶな」


 少しでも目を離すと尿瓶とかを持ち帰ってしまいそうなので、背中を押してさっさと退散させる。

 それと同時に、俺が片手に持っていた携帯が震えた。どうやらタクシーが正面玄関前に到着したらしく、アイが早く降りてきてねーという催促のメッセージを大量の絵文字と共に送り付けてきている。


「もうタクシー来ちゃったよ。ほら急げ急げ、待たせれば待たせるほどに時間距離併用制運賃が膨らんでいく。俺たちの財政はお前のスピードにかかっているぞ」

「ちょちょ、待って待って。まだ体力が戻ってな……あいたっ!」


 すてん、と絵本にでも出てきそうなくらい綺麗にハルがスッ転んだ。足をもつれさせたのだろう。


「……待ってってばー。私、しばらく寝たきりだったから足がよわよわになってるの。生後1ヵ月の赤子の歩行訓練みたいな状態なの」

「体力落ちてるなぁ……」


 いててと呟きながら膝をさするハルに近づき、そっと右手を差し出した。

 俺の手に気づいたハルが上目遣いで見上げてきて、その宝石みたいな目に射貫かれた俺は思わず視線を逸らしてしまう。


「……ほら、あれだよ、タクシー来てるから。ほら、急がなくちゃならんからな」


 あらぬ方向を向いていたから見えないが、多分、ハルが悪戯っ子のようにおちょくるような笑顔を浮かべたと思う。俺の恥ずかしがる姿が何故か大好物なコイツのことだから、きっと「あれ~、クロちゃま照れちゃってる~?」なんて極上の煽りボイスで冷やかしてくるに違いない。


 ……しかし、ハルを横目で窺い見ると、そんな表情は浮かべていなくて。


 まるで、そう、あのデートの時のような。

 嬉しそうで、楽しそうな、そんな表情だった。


「……遅いよ、おばか」


 そして、そんなことを呟きながら――俺の手を握って立ち上がる。

 立ち上がり終えても、繋いだ手は離さなかった。また転んだから面倒だから、という明らかに言い訳臭すぎる理由を自分の腑に落として、そのまま俺たちは歩いていく。


「…………」


 遅い、か。

 ……もしかして、水族館のデートの時からずっと待っていたのだろうか。

 だとしたら……俺とお前は想像以上に似た者同士なのかもしれないな。


「なあ、次はどこに行きたい?」

「え?」

「この前、水族館に行っただろ? その次だよ。他にも色々と行きたい場所があるんだろ?」


 真夏の太陽に向かって向日葵が花を広げるように、ハルの表情が一気に明るくなる。

 記憶を頼りに行きたい場所を思い出す彼女。俺はそんな姿を見て、彼女に気取られないように、小さく笑った。


「えっと、えーっと、まずは墓地なんだけど……」

「まずは墓地!?」

「モアイ像とかストーンヘンジ風オブジェとか、ラベンダー畑とかがある観光名所の墓地があるんだって! 周りには滝とかもあってね、距離は少し遠いけど楽しそうなのよね」

「少し遠いって具体的にどこだ? おい目を逸らして微笑みながら空を見上げるな、飛び交う小鳥に挨拶するな」


 歩調を合わせて、病院の廊下を歩いていく。

 開け放たれた窓からクロくーん……ハルちゃーん……というよく通る声が聞こえてきていた。その声を聞きつけたハルが窓から身を乗り出して、眼下にいるアイたちに勢い良く手を振っている。


 急に元気になったハルが、廊下を駆けだした。廊下を走るなという俺の制止に謎の一礼をかまして、再び友人の元へと向かって進んでいく。


 この後、もう一度彼女はスッ転んで、今度は俺も巻き添えになって。

 そして病院の外で友人たちと再会し、タクシーに乗って病院から消して。


 ……いつもの日常へと、帰っていく。





「ねえ、アイ」


 揺れるタクシーの中で、ハルがそう切り出した。彼女の隣に座っているアイが視線を向ける。


「誕生日、おめでとうね」


 入院のせいで既に過ぎ去ってしまったが――10月23日は彼女が生を受けたバースデイ。

 お祝いの言葉を受けたアイは、少しだけ驚いたような顔をして――いつものように笑った。

 そしてご機嫌なピースサインを向ける。


「うん、ありがと!」



 さようなら、15年間の懐かしい日常。

 こんにちは、16年目の新しい日常。

 今日からまた、新しい世界が広がっていく――。

 恋する二人は許されないシーズン2 ~新たなる世界の始まり~ 終わり

 次回 恋する二人は許されないシーズン3 は明日より毎日投稿です


 ここまでお読みいただきありがとうございます。よろしければブックマーク・星1つでも評価を頂けますと励みになります。よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。