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20章 非凡と平凡の激突 上

 俺は杖を携え、デースマースに一歩ずつ近づいていく。


 アイの保護は鳳輔に任せていいだろう。俺の仕事は、全ての元凶であるこの男をぶちのめして、計画を破綻させてやることだ。

 アイが人生を狂わされたのも、鳳輔が自尊心を打ち砕かれたのも、ハルが傷ついたのも、元を辿ればコイツの存在があったからこそだ。全ての因果を解きほぐすには、今ここで決着を付けなければならない。


 一歩、また一歩と歩みを重ね、奴との距離が3メートルにまで達した瞬間――。


「我が同胞に告ぐ!」


 雷鳴のように鋭く、デースマースが号令を発した。


「奴らは輝かしき未来を阻む狼藉者である。さあ貴殿達の初陣が訪れたぞ、各々奮励努力せよ! 手段は問わない、この車内から排除するのだッ!」

「うわ、なッさけない命令。手下を使って数の暴力に頼るとか、腕っぷしに自信が無いと白状してるようなもんだぞ。タイマンでやろうぜ」


 なんて言ってみたはいいものの、正直なことを言えば一番困る手だ。

 今ここにいる仮免魔法使い共は、数日前に倉庫内にいた人数に比肩する。つまりまともにぶつかり合えば防戦一方になるほどの物量差だ。

 とりあえず挑発してみたが、乗ってくれる気はないようだ。次々と立ち上がる手下どもを見て、奴は腹が立つくらい不遜な表情を浮かべている。


 これは大変マズい状況だ。手下に手間取っている隙に『魔力の行使を禁止させる魔法』とやらを使われたら即敗北してしまう……。

 と思ったが、奴はその魔法を唱えようとはしていない。この瞬間が一番のチャンスだというのに、手下が杖を構えるサマを監督のように腕を組んで見ているだけだ。


(まさか……あいつ……)


 一つの可能性に思い当たり、その僅かな解れから勝ちへの道筋を探ろうとする。

 ――だが思考は物理的に中断された。デースマースに号令を出された手下共が大挙し押し寄せ、俺たちを取り囲んだのだ。

 まずはこいつらをなんとかしないと、か細い勝機に賭けることすら――。


「ああ、雑魚に時間をかけても興覚めだろう……」


 その瞬間、手下共の体が液体窒素で瞬間冷凍されたかの如く固まった。よく目を凝らしてみれば、ダウナの手から白い糸が何本も溢れ出し、奴らの体を縛り付けている。

 拘束された手下共は遮二無二暴れるが、見た目以上に堅牢な枷らしく、幾らもがけども振りほどけそうになかった。


「束縛魔法」


 そしてダウナが右手を振り上げると、その動きに連動して奴らの体が浮かび上がる。そのまま手を後方に振り下ろすと同時に、奴らの体は連結扉へと吹っ飛び、扉周辺の壁を巻き込みながら後方車両へと吹き飛んでいった。

 壁に叩きつけられた痛みに呻く彼らを見ながら、ダウナは杖で肩を叩き、後方車両に向かって悠然と歩いていく。


「あの半人前どもはわたしが引き受けてやる……少年は親玉を存分に叩きのめすがいいよ……」


 元気が感じられない口調の割に、なんとも頼もしい言葉だ。俺は大きく頷き、視線を再びデースマースへと向ける。

 奴はどういう口の動きで出したのか分からないレベルの鋭い舌打ちを一発放ち、俺とダウナを血走った目でねめつけた。


 お仲間を失っても尚、奴は禁術を使おうとしない。

 結論、『禁術が使えない』もしくは『使えるがデメリットを許容し難い』のどちらかだ。そうとしか考えられない。

 それが分かったのは僥倖だ。俺は必要以上に足音を立てながら奴に近づいていく。今や奴の表情に余裕は見られなかった。


「いくぞ」

「来んなよ」

「叩きのめすからな」

「来んなっつってんだろ」

「四肢ヘシ折られて無様に這い回れッ!」

「来んなッつってんじゃんかよもおおおおぉおおおぉおクッソがぁああぁああああッ!」


 双方、同時に杖を振るう。互いに色彩が異なる魔力の軌跡を残しながら、開戦を告げる魔法を放った。


 俺が放ったのは小手調べの火球だった。見習い兵士でも使える程度の弱っちい魔法だ。

 しかし奴が用いたのはそれ未満の浮遊魔法、基礎魔法の一種だった。等間隔に置かれた上物の椅子を浮き上がらせ、俺に向かって投げ放つ。


 空中で火球と椅子がぶつかり合い、火花を撒き散らせながら爆ぜた。

 眩い熱光に目が眩んだのも一瞬。黒煙が視界を覆う中、俺は断裂魔法で刃を作り出し、射出魔法を使って銃弾を超える速度で刃を撃ち出した。刃が空を刈り、互いを隔てる煙が舞い上がって敵の姿を捉える。


「ぬおぁッ……!」


 奴は障壁を顕現させながらも、身体を捻って回避行動を取った。

 それは好判断だっただろう。刃は奴の障壁を容易く貫通し、壁に慈悲なき裂傷を与えていた。もしも奴が回避していなければ、今ごろ車内が紅く染まっていたはずだ。


「帰れよォ! 何だよ貴様らは! 人の乗り物に無賃乗車しやがってッ! 最悪であるよクソクソクソあぁあぁあぁあもおおおおぉぉおおぉ!」


 半ば癇癪を起こしたような子供になりつつも、奴は杖を振るい、地面に散らばる窓ガラスの破片を浮き上がらせる。再び浮遊魔法だ、芸が無い。

 破片如き、避けるまでもない。俺は体を覆うように障壁を作り出し、迫り来るガラス片を全て受け切った。障壁には引っ掻き傷の一つすらできていない。


「……」


 俺は攻撃を仕掛けることなく、ズカズカと無遠慮に前進していく。

 それに合わせて奴も後退するが、元から壁際にいたので、すぐさま壁に背をぶつけてしまう。


「退け、下賤者がッ!」


 そう言いながらも、奴が使うのは三度の浮遊魔法。先ほどの俺の火球によって飛び散った小火を撃ち放ってくる。


「……なあ、デースマース……」


 今度は障壁を張るまでもない。最小限の動きで回避しつつ、更に歩みを進める。

 そして真正面に立ち、奴のドス黒い眼球を見据えながら告げる。


「お前、攻撃魔法使えないんだろ」

「……!」


 奴の崩れた表情が、言葉よりも雄弁に真実を語っていた。


 考えてみればよくある話だ。

 一部の化物を除けば、1人の魔法使いが習得できる魔法の数は有限だ。しかも覚えれば覚えるだけ攻めの選択肢は増えるが障壁の防御力は低下する。


 デースマースの仕事は無人界で魔法使いを増やすこと、言ってしまえば工作員だ。しかもその工作活動には『人間を魔法使いにする魔法』なんていう禁術を使う必要がある。

 そんな任務を遂行している男が、わざわざ攻撃魔法を覚えるだろうか? ロクな魔法使いもいないこの場所で、軍備を整える優先度は極めて低いだろう。それに禁術の魔法体系を理解するにも膨大な労力と時間が必要だ、その手間を考えたら攻撃魔法にまで手が回らないことくらい容易に想像できる。


 つまり奴はよくある『工作活動で有用な魔法だけを覚えた工作員』だ。身近な魔法使いの中でも一人似たような人物がいる、諜報活動用の魔法だけを覚えて攻撃魔法を習得していない諜報員と同じだ。


「そもそも魔法使いとドンパチやり合うこと自体が想定外、そうだろ?」

「ぐ、ぐぐゥ……」


 そう、ダウナによって手下を引き剥がされた時点で、デースマースは既に詰んでいたのだ。

 例え俺が弱体化した化物だとしても、浮遊魔法以外に攻撃のすべを持たない奴にとっては、絶対に敵うことのない相手だろう。


「……ふっ」


 既に詰みを宣言されたはずのデースマースが、何かを思いついたような表情をしたかと思えば、急に表情を軽くして笑う。そしていつもの傲岸不遜かつ高飛車な笑みを漏らした。


「シロガラ国の王子、知っているであるか? ……銀河鉄道からは煙が出ない」

「そりゃそうだろ、魔力が燃料だからな」

「そう! 魔法界では星から魔力を供給して燃料を賄っていたのであるが、魔力の薄いこちらの世界ではそうもいかない。なので代替品を使うしかないわけであるな。……ではここでクエスチョン、この銀河鉄道は何を元に駆動しているでしょうか?」

「あ?」


 その瞬間、デースマースの持つ杖から眩い閃光が広がっていく。

 杖に魔力を込めて、魔精反応による燐光効果を使っているだけだ。単なる閃光弾の代わりでしかない。

 しかし目が眩んだのもまた事実。俺はその光に視界を奪われ、2秒間だけその場から動けなくなってしまう。


「……!」


 再び世界を視界に捉えた時、デースマースの姿は消えていた。

 奴を探して辺りを見回すと、近くの窓が開け放たれてカタカタと揺れていた。引き上げられた上下スライド式の窓が、錆びた音を立てながらゆっくりと閉じていく。


 頭より先に体が動いていた。上へと逃げたデースマースを追い詰めるため、俺も手近の窓を開けてSLの屋根上へとよじ登る。

 高速で移動している銀河鉄道の屋根上は、宇宙なので風こそ感じないものの、過ぎ去っていく星々がその速度を物語る。まるで舞い散る淡雪を置き去りにするかのように、数多の白い星々が宇宙の世界を横切っていった。


「答えの発表ォ~!」


 そして俺を待ち受けていたのは、機関室の先の煙突を撫でている奴の姿だった。

 石炭で駆動しているわけではない以上、その煙突は乗客に侘び寂びを感じさせるための単なる飾りでしかない。……排煙しながら進んでいく、という昔ながらの機構を再現するために、魔精反応をたなびかせる役割さえ与えられていなければ。

 煙突の先は魔力の貯蔵庫へと繋がっている。しかしこの鉄道は魔力で動いているのではない。ならばそこに収められているのは、その代替品。


「銀河鉄道の燃料はハイブリッド! アルコールと電気の両方で動くのであーる! 燃料は大気からの干渉を受けない魔力の貯蔵庫に保管されている、つまりこの煙突の先! ということは~?」


 デースマースの杖と連動して、煙突から炎と電気が立ち上る。


「ウッソ、まじかよ!」


 銀河鉄道は元々、複数の惑星を巡る大型遊覧鉄道として使われていた。ということは、複数の惑星を廻り切ることができるだけの大型貯蔵庫を有しているわけで……。


「攻撃魔法なんぞ無くたって! 知恵と工夫で何とかするのが主役の特権であろうがッ!」


 魔力を纏ったその凶器は、宇宙空間であっても煌々と燃え盛り、熱を放っていた。直撃すれば死を免れないことだけは、誰にだって理解できるだろう。


 そして、大型の蛇を思わせるような縄状の炎と電気が襲い掛かる。

 あらん限りの力を込めて障壁を顕現させるが、炎を受けた時点で深い罅が刻まれ――。


「――ッ!」


 先を予見した俺は、障壁をそのままに後方へと飛び退いた。次いで襲い来る電気を受けた障壁が、粉々になって霧散する。もしもあのまま障壁で受け切ろうとしていたら、今ごろ人型のベリーウェルダンという末路を迎えていただろう。


「野郎……ただのバカじゃなくて頭を使うバカじゃねえか……」

「貶すなガキがッ! 頭の良いバカだッ!」


 頭が良いのかバカなのかは定かではないが、迂闊に攻められなくなったのも事実だ。

 炎と電気の二刀流とは随分と厄介な手合いだ。貯蔵庫に燃料が最大まで充填されていたとすれば――門外漢の適当な憶測にはなるが――洗練された魔法使い10人分以上の魔力に匹敵するだろう。真正面からぶつかれば即死だ。

 こういう時は、相手の手札と自分の手札を見比べて勝機を見出すに限る。


 ……なんてことを悠長に考えていると、その思案を断ち切るかのように炎雷の鞭が襲い掛かってきた。


「うおッ、考えさせる時間すらくれねえ……!」


 真正面から受けないように半ば無意識で捌きつつ、勝機を見出すために脳を高速回転させる。

 戦闘しながら妙手を練る。それくらいできなければ、戦場では生き残れない。

 何度か敵の猛攻を避けつつ、思考の海に身を委ね、一つの作戦に行き着く。


「………………あんまり好ましい手じゃないけど、已む無しか」


 俺は杖を高らかに振り上げる。すると杖先から黒煙が勢いよく噴き出てきた。

 基礎魔法の1つ、煙幕魔法だ。効果は名称の通り、飾り気のない朴訥な煙幕を好きなだけ噴出させることができる。


「姑息な手であるなぁ! どうした、これしきで窮したか!?」


 尚も迫り来る二色の凶器。多少命中率が下がるだけなのだから、煙幕が張られようが関係ないのだろう。黒煙ごと切り裂くように何度も鞭が振り下ろされていく。

 俺はふところから魔力探知機を取り出し、通話機能をオンにした。そしてデースマースにも聞こえるくらいの声量でアイに指令を下す。


「機関室に入って燃料を抑えろ! 奴は燃料を元に攻撃を仕掛けてきているッ!」

「……!」


 こちらの一手にデースマースが息を呑む。


 二刀流を生み出す根源としている今、燃料を抑えられたら敗北だ。しかし燃料を抑えようとしているアイを止めるならば、俺への攻撃を一時中断しなくてはならない。その間、俺は奴に猛攻を繰り出すだろう。

 操作魔法を応用して炎魔法と雷魔法を再現するなど、どう足掻いても無理が生じるのだ。二ヵ所に対応しなくちゃならない時点で相当厳しいだろう。


「……だがッ、大声で命令したのが仇!」


 奴の高笑いと共に、煙突の中からバカみたいに大きい火球と雷球が浮かび上がり、空に漂い始めた。炎と雷が奴を怪しく照らし、逆光となってその表情を覆い隠す。

 機関室を抑えられても戦闘が続けられるように、あらかじめ大量の燃料を手中に収める好判断だ。対策への対策が早い、戦闘魔法は持ちえないがセンスだけはあるようだ。


 しかし、本当の策はそこではない。


「さあ燃え尽き、……ッ!?」


 火球の一部を俺に放とうとした瞬間、デースマースが崩れ落ちて片膝をつく。左足のふくらはぎが服ごと切り裂かれ、真っ赤な血を零していた。


「な……?!」


 先ほどの命令は偽物だ。断裂魔法しか使えないアイには燃料庫を抑えることなどできるはずもない。俺はアイに虚偽の命令をした瞬間に、小声で「今のはフェイクだ、窓から断裂魔法を何発も放て」と命令を上書きしたのだ。

 漂う煙幕は口元を隠し、追加命令を悟られないようにするため。あとは車窓から飛び出してきた銀の刃を操作魔法で動かし、奴にぶつけるだけ……!


「複数人相手は辛いよなぁ!」


 そう嘲りながら、俺も断裂魔法を何発も発射する。煙幕越しとはいえ真正面からの攻撃だ、障壁や回避で受け切られてしまう。

 だが同時に、窓からはアイの断裂魔法が飛び出してくる。それを操作魔法で操って、デースマースの背後から撃ち放つ。


「ぬぅ……ッ!」


 正面と背後からの挟撃に対し、同時に対処するのは困難を極める。

 奴の体には幾つもの刃による傷跡が刻まれ、妙に大賢者ぶった大仰な服を紅く染め上げていく。最初に足を狙って機動力を削いだのが功を奏したのか、想定よりも多めに被弾しているようだった。

 更には片手に持っていた炎の鞭が叩き切られ、燃え盛りながら宇宙の彼方へと消えていく。


「舐めるなよクソガキ……ッ!」


 デースマースの背後で微細に揺れ動く火球が、空高く飛翔していく。

 太陽の如き煌々たる光を放ち、プロミネンスを纏いながら、獄炎の球が俺たちを見下ろしていた。宇宙空間だというのに、魔力を通して焼けるような熱が伝わってくる。


 目の前にいるデースマースが、握り拳の親指だけを立てていた。互いの健闘を称える気安いサムズアップかと思いきや、それは突如、天地が入れ替わる。

 地獄に堕ちろ、のサインだ。


「……!」


 まさかコイツ、本気でやる気か……!?


「くたばれ」

「アイッ! 椅子の下に隠れて障壁で身を守れッ! 死ぬぞッ!」


 魔力探知機を握り締め、車内にいるアイに向かって叫ぶ。そしてあらん限りの力で後方へと跳び、爆心地から少しでも遠ざかろうとした。

 今の俺では到底止められない火球が隕石の如く落下し、断頭台のギロチンのように慈悲なき鉄槌を――。


「うお……ッッ!」


 振り下ろされた高密度の熱源が爆ぜ、火の粉を撒き散らす。銀河鉄道の屋根と激突した衝撃によって鉄道全体が激しく震撼し、立っていることすら儘ならない。魔法で生み出された空気越しに根源的恐怖を呼び起こす爆音が鳴り響き、鼓膜を激しく揺らした。


 ……紅色の閃光が霧散すると、そこには目を覆いたくなるような現実があった。

 銀河鉄道の屋根には大型自動車一個分もの大穴が開き、大量の黒煙を立ち上らせていた。煙の合間からは鉄道の車内が見えているが、椅子も壁も何もかもが滅茶苦茶で、あれだけ美しかった車内のインテリアは見るも無残な有様と化している……。


「アイ! おい、聞こえたら返事をしろッ!」


 魔力探知機に向かって怒鳴りつけるような勢いで叫ぶ。

 ザザ、という耳障りなノイズ音の中に、咳き込むような音が微かに聞こえていた。


『ぅ……痛い……』

「アイ……!」


 なんとか生きているようだが、怪我をしている可能性もある。今すぐにでも様子を見に行きたいが、そんな余裕などありはしない。

 立ち上る黒煙を切り裂いて、電気の鞭が襲い掛かってきていた。俺は厚めの障壁を展開して鞭打ちを何とか受け切る。


「さあ! これで貴殿の望んだタイマンであるよ! 相対する敵の願いを叶えてやるなど、なんたる見上げた善行かッ!」

「くッ……そ!」


 軌道の読めない撓る鞭が襲い来る。

 先ほどまでのデースマースは火炎と電気の両方を操作していたので、やや大雑把な攻撃となっていた。しかし火炎の鞭を失った今、攻撃の多彩さは失われたものの、操作を電気一本に絞ったおかげでコントロールが良くなっている。


「ぐ……ッ!」


 抉り込むような角度からの攻撃を捌ききれず、俺の体には電撃で刻み込まれた痛々しい傷跡が幾つも浮かび始めていた……。


 どうする。アイを攻撃されて、先ほどまでのような挟撃を仕掛けることはできなくなった。

 さりとて俺の魔力も、正直なところあまり残っていない。1ヵ月前の委員長事件で魔力のほとんどを失った上、回復した分の魔力も、倉庫での防戦で大半を使ってしまった。

 これ以上の無駄遣いは許されない。とどめの一撃以外は基礎魔法だけでやり繰りするしかないだろう。

 どうする、どうする、どうする……。


「ん……!?」


 その時、銀河鉄道の屋根に空いた風穴から銀の刃が飛び出し、俺たちの間を裂いて天に昇っていく。

 アイが撃ち放ったものだ。アイツにはまだ戦う意志がある。


 俺はその刃に魔力を届け、再び操作する。刃が天高くからUターンし、デースマースに向かって勢いよく降り注いでいった。


「当たるかこんなモンッ!」


 しかし当然、こんな見え見えの攻撃が奴に直撃するはずもない。奴は雷撃の鞭を振るい、刃を鋭く叩き落とした。


「うおおぉあああッ……!」


 だがその一瞬の隙を突いて、俺はデースマースに向かって突撃する。自分の体に浮遊魔法をかけて速度を水増しし、屋根に空いた大穴を飛び越えて、デースマースへと肉薄した。


「無策の突撃か、無能がッ!」


 刃を弾いた鞭が奇異な軌跡を描き、目の前にいる俺へと振り下ろされる。

 そのギリギリの一瞬、俺は自分にかけていた浮遊魔法を解除し、鞭と連動して杖を振り上げるデースマースに向かって杖を向ける。


 今まで、浮遊魔法を使って様々なモノが動かされてきた。ハルとの決戦では東京タワーや海水、委員長との戦いでは火球、倉庫の中では鉄パイプ。

 そして、魔法使いになったアイは、身を浮遊させて空を飛んでいた。

 要領はそれと同じだ。


 デースマースの体を持ち上げ、ふわりと浮遊させる。バランスが崩れて雷撃の鞭の軌道が変わり、俺ではなく銀河鉄道の屋根に傷を負わせていた。


「ぶッ飛べッ!」

「……!」


 そしてそのまま、後方に向かってブン投げる。

 奴の体は大穴を超えて、先ほど俺がいた位置まで吹っ飛んでいった。勿論、投げただけでダメージなどあるはずがない。

 しかし位置関係が逆転した。上出来だ、欲しかったのはこのポジション。


 俺は煙突まで駆けだして、その中に手を差し入れる。狙いはただ一つ、煙突を通じた先にある燃料の貯蔵庫だ。

 十分な魔力が無いならば、基礎魔力で戦力を補うしかない。奴と同じように熱と電気を武器として、勇猛果敢に攻めるしかないだろう。


「来いッ、俺の武器になれ……!」


 貯蔵庫の奥に秘められし燃料に、杖を通じて魔力を届けていく――。


「……!?」


 その瞬間、背中におぞ気のような何かが走った。死をも厭わぬ敵兵に不意から襲い掛かられたような、血が冷たくなり脳が締め付けられる最低最悪の感覚……。


 最小限の動作で後方に視線を向けると、そこには放電による轟音を掻き鳴らす雷球が天高く浮かんでいた。それはヤツが火球と共に、煙突から汲み上げた武器。そして飛翔していくその様は、火球を落下させて大穴を開けた時と全く同じだ。


(煙突ごと……俺を破壊するつもりか……!)


 対応が早すぎる。恐らく俺に投げられた瞬間には、既に雷球を空へと飛翔させていたのだろう。

 だが、これくらいなら避けられないこともない。今すぐ銀河鉄道から飛び降り、操作魔法によって遠くへ一時避難すれば難なく回避できるだろう。

 そうすれば奴は火球と雷球の両方を失い、電気の鞭を持つだけの魔法使いと成り果てる。それならば制圧は簡単だ、どうとでも対処できる。


 勝機を確信した俺は、その場から退こうとして――。


「……!」


 動きが、止まる。


 今まさに雷球が振り下ろされようとしている機関室には、大量の燃料が積まれている。そこに高密度のエネルギー体である雷球が激突すればどうなるだろう。

 良くて大火災、悪くて大爆発。……どちらにせよ、地獄絵図と化すことは間違いない。


 俺は何とか生き残れるかもしれない。デースマースとダウナも魔法の熟練者なので悠々と生き延びるはずだ。

 しかしアイと鳳輔はどうなる? もしも大爆発なんて起こったら、あいつらは……。


「……」


 時間が止まったような刹那の中、デースマースの憎たらしいツラが視界に映り込んだ。

 あらん限りの悪意と嘲笑をブレンドした、この上なく悪辣で忌まわしい表情だった。

 あの野郎は、俺に投げられた瞬間にここまでの展開を読んで、雷球を撃ち放ちやがったのだ。


「ぐ、うぅ……ッ!」


 ハルに地上から攻撃させる、という奥の手は間に合わない。

 ならば、俺にできることはたった一つだった。


 己の魔力を継ぎ込んで、巨大な障壁を顕現させる。自身の体だけではなく、この機関室全体を守護するための防御手段だ。

 この身を挺してでも機関室を守り抜く。アイと鳳輔を守るためには、それしかない……!


「うおおおぉおおおおぁああぁああぁああッ!」


 そして、凄まじき光で車体を包みながら――激突した。

 流星のように落下してくる雷球と、化物の全てを懸けた障壁がぶつかり合い、衝撃と共にスペクトルのような七色の光が放たれる。障壁の面が削れ、耳鳴りのような鋭い金属音が鳴り響く。しかしそれ以上に、アーク放電を思わせる極上の放電音が宇宙に鳴り響き、周囲の者の鼓膜にもダメージを与えていた。

 揺れる世界、爆ぜる雷光。その渦中にいる俺の体には、障壁を通じて身を焦がすような熱が伝わってきて――。


 やがて雷球は勢力を失い、断末魔のような異音を奏でながら霧散していった。

 そこに残されたのは、辛うじてギリギリ防壁という体裁を保っている、罅だらけの障壁。そしてその下で膝をつき、枯れ果てた口腔で息をする俺の姿だった。


 ……機関室は守り切った。

 しかしその代償は凄まじく、貫通してきた電気が俺の体を貫き、焼き焦げた臭いと共に血を溢れさせている。両手は焦げて黒く染まり、服は煤のように朽ちて、もはや戦闘を行える状態ではない。


 そんな状態になりながらも、俺はあらん限りの力でデースマースの姿を睨みつけて――。


「………………」


 しかし全ての力を失って、その場に倒れ、起き上がることすら叶わなかった……。


「……くっくっくっ、ふっふふふふふ……」


 そんな俺の姿を見て、デースマースが至福や愉悦を込めながら、くぐもった笑いを零す。

 笑いはやがて大波となっていく。押し殺したような笑いは段々と勢力を増し、喉を酷使したゲラ笑いへと移り、最終的には腹を抱えた高笑いへと昇華していた。

 笑いの雨を浴びながらも体を動かそうとするが、足を動かすことすら儘ならない。体を起こすことも、魔法を使うことも、何一つ俺にはできないのだ。


「嗚呼! 喧嘩など十数年ぶりになるが、中々楽しかったであるよ王子殿。我は己を文官かと思い込んでいたが意外や意外! 武事の才も持ち得ていたとは何たる非凡のツワモノか!」


 そのままズカズカと、兵隊が奏でる軍靴の音にも匹敵するほどの大胆不敵な足音で、奴は俺に近づいてくる。手に持った雷の鞭で空を切り、これから始まる処刑のウォーミングアップをしているようだ。


「どうか御心配なさらぬよう! 貴殿の首は責任を持ってシロガラ国へと送り返しますとも。ええ、鍛えに鍛えた貴殿のお友達を魔法界へと送り込むのと同時期に!」


 真面目くさった表情でそう告げて、身体を震わせ、奴は吹き出しながら哄笑した。デリカシーの欠片もない今の一言は奴にとってエスプリの利いたジョークだったに違いない。

 そして奴は俺の前で足を止め、血肉を削る鞭を振り上げた。


「くっくくく……あーッはっはっはっはっ、がッ!?」


 処刑は嘲笑と共に執行される――手筈だったが、奴のうすら寒い笑いが苦悶の声に染まる。

 見れば、奴の脇腹には銀の刃が突き刺さり、真紅の雫を幾滴も零していた。


 脇腹を抑えながら振り返る奴の瞳に、一人の少女の姿が映り込む。


「はぁ、はぁ、はぁッ……!」


 ひっくり返った椅子を足場に大穴を超え、屋根上へと登ってきたアイが、息も絶え絶えに杖を向けていた。

 先ほどの火球による一撃のせいか、その身はあまり好ましくない状態になっている。左腕からの流血、左側面に刻まれた無数の裂傷、服が焼け焦げて火傷跡の刻まれた脇腹が見え隠れしていた。


 それでも戦う意志だけは、瞳の中で燃やし続けている。


「デースマース・љ・ディアールッ! お前は……お前だけはッ、この手で殺すッ!」


 しかしその種火が復讐である限り、やがて業火はその身を焦がすだろう。

 愚かなる意味合いに気づくのは、孰れ、炎に塗れて灰燼と帰す瞬間――。

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