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18章 地球発、地獄行き銀河鉄道

「完全復活!」

「完全ではなくね?」


 翌日、ハルが意識を取り戻したという知らせを受けた俺は、学校をサボって病院に向かっていた。

 ハルはベッドで上体を起こし、筋肉があるヤツにしか許されないフロントダブルバイセップスをお披露目しているが、やはりまだ本調子ではないようで顔色が宜しくないように思える。


「いやー、心配かけたわね。まさかこっちの世界で入院することになるとは思わなかったわ」

「ホントだよ、平和な世界で緊急手術とか勘弁してくれ」


 魔法界であの程度の傷を負ったなら、まあそのうち治るだろと楽観視できただろうが、無人界という医療レベルの分からない世界でやられると本当に肝が冷える。こちらの世界の尺度で言うならば、どれくらい技術発展しているかよく分からない外国で手術をすることになるくらい怖い。

 とりあえず軽口を叩けるくらい回復したことに安堵し、露骨に胸を撫で下ろしていると、そんな俺の様子を見たハルが嬉しそうに弄るとき専用の表情を浮かべる。


「で、傷ついた私を見てクロは泣き崩れたわけ、と」

「テメ、なに勝手な過去を捏造してんだ。毅然と仁王立ちしてたに決まってるだろ。なんなら甘ったれるなこのヤロウと言いながら傷口に岩塩を練り込んでやったもんね」

「その割に寝不足な顔してるけど? 強がってるけど心配であんまり眠れなかったのでは~?」

「な、何を言う。お粗末な推理力だな、これはあの、鳳輔ン家でパジャマパーティーして寝不足なだけだし」

「人が入院してるのに勝手にパジャマパーティーしないで」


 あろうことかハルに真っ当なことを言われてしまった。


「楽しそうだからストレッチャーに乗せて私も呼んどいでよ」


 最後まで聞いてみたら、あんまり真っ当なことを言っていなかった。意識を失った人がいるパジャマパーティーとか超嫌なんですけど。

 ちなみに昨日は一応寝付いたのだが、深夜に何度もイヤな夢を見て目が覚めてしまったのだ。

 どんな夢か? いいじゃんそんなの、聞かないでよ。うるせえな、ハルが死んじゃう夢だよ。


「オース! ハルちゃん目覚めたんだってなあ」


 扉をガララと開けて立ち入ってきたのは鳳輔だった。つい先ほどハルが目覚めたことを連絡したばかりなのだが、タクシーでも使ったのかちょっとビックリするくらい到着が早い。


「お、ホースケじゃないの。元気?」

「病人に元気って聞かれるとはな。ハルちゃんこそどうなんだ、腹に異常とかないか? 全部脱いで見せてくれないか?」

「開腹手術の影響より、こっちの世界に来てから腹回りがプニってきたことのほうが異常よ」


 返答を寄越しながらもハルは、何か足りないとでも言いたげに鳳輔をじろじろと見ている。そして首を傾げ、あどけない口調で尋ねた。


「アイは? 一緒じゃないの?」

「……あー、連絡したんだけど返信が来ないんだよなぁ。家に行ったけど鍵が掛かってて入れねえし、返信待ちだな」

「そう……」


 ハルはちょっとだけ残念そうだった。自分が意識を取り戻した姿を、いの一番に見せたかったのかもしれない。


「ま、それにしてもハルちゃんの意識が戻ってよかったぜ。血ぃダラダラ出てた時はこっちの血の気が引いたし、クロなんて顔を真っ青にしながら唇ブルブル震わせて目から涙こぼしてたからな」

「へぇ~?」


 鳳輔が余計なことを言いやがったせいで、ハルが新しい玩具を見つけたガキみたいな目でこちらを見てくる。小生意気な視線だったので手首まで入るレベルの目潰しをしてやろうかとも思ったが入院期間が長引いても面倒なので止めておいた。


「クロちゃ~ん、顔を真っ青にしながら唇ブルブル震わせて目から涙こぼしてたの~? かわいいでちゅね~」

「は? 聞き間違いだろ。顔をブルブル震わせて唇から涙こぼしながら目を真っ青にしてたんだよ」

「こっわ」


 人の顔のパーツのことばっかり言及してくるのは止めてほしい。今の俺の耳朶の赤さを見られたらまたからかわれそうだ。


「ウキウキ踊りながらテンション上げなくていいから、お前は安静にしてろって。いい子にしてないと医者に頼んで鼻を2つに増やしてもらうぞ」

「わ、照れてる照れてる。見て鳳輔、こういう時ばかりはちょっとかわいいでしょ」

「ああ、照れ隠しに暴言吐いてるのが小学生っぽくて微笑ましいな。写真撮っチャオ!」

「撮っチャオ!じゃねえよ、サカバンバスピスみたいな顔してカメラ向けるな」


 上半身をデンプシーロールの如く振り回して写真撮影を回避しつつ、術後だというのにテンションが高いハルの肩を掴んで無理矢理寝かしつけた。


「あ、そうだ。鳳輔に渡さなきゃならんモンがあったんだ」


 そこで昨日ダウナに貰った魔力探知機のことを思い出して、ポケットの中を漁った。


「おいおい、バレンタインはまだ先だろ。とんだ先走り汁野郎だな。しょうがねえなぁ、いいょ……」

「いいょ……じゃねえよ架空の本命チョコに返事すんな。これだよこれ、魔力探……」


 取り出した魔力探知機を鳳輔に渡そうとして、言葉が止まる。

 探知機に表示されているアイの位置が、あまりにも異常な場所を示していた。

 彼女の居場所は家ではないし、そもそも関東県内でもなく、あらぬ場所を指し示している。しかも標高の数値がもはや宇宙空間に至るような数値を叩きだしていた。

 バグだろうか。まだ流通していない技術を使っているとダウナが言っていたし、まだ不安定な挙動を見せる可能性も十分あり得るが……。


「ん? なんだこれは、GPS的なモンの受信装置か?」


 俺の手の中にある魔力探知機を見て、鳳輔が怪訝そうに首を傾げる。ハルも俺の肩に手を置いて身を乗り出し、機械の表示を不思議そうに見ていた。


「いや、これ……ダウナさんから昨日貰ったものなんだけど……」


 内心ちょっとだけ嫌な予感を覚えながら、二人に機械の説明をしていく。

 魔力探知機を受け取った鳳輔は、裏表を見たり数値をじっと見たりしたが、何にも分からないようでマヌケな顔をするばかりだった。


「俺には魔法のことはよく分からんが、そもそも魔法使いって宇宙に行けるのか?」

「酸素入りの障壁で自身を纏って、そのまま浮遊魔法を駆使すれば行けるな。でもアイには無理だぞ、そこまで正確な魔法操作ができる熟練度でもない」

「魔力の分量的にも無理そうねぇ。……ていうか、ダウナさんに聞けばいいんじゃないの? それが一番手っ取り早いでしょ」


 確かに、それが一番賢い選択か。


「ダウナさんに電話かー……」


 携帯電話を握り締めて、無意識にため息をついてしまう。


「なんだ、嫌なのか? 嫌なら俺に変わってくれ、興奮してみせる」

「嫌じゃないけど、あんまり関わったことがない年上の人に電話するのって緊張しないか?」

「ああ、気持ちは分かる。嫌なら俺に変わってくれ、興奮してみせる」


 どうしても興奮したいみたいだ。あんまり鳳輔と性癖特化型の女性を引き合わせない方がよさそうだな。


「しょうがない、電話してみるか」

「いるよー……」

「きゃ!」


 ハルのベッドの下からダウナが這い出てきて、思わずいたいけな乙女みたいな悲鳴を上げてしまう。


「なんでそんなところにいるんですか!」

「君たちに話しておかなければならないことがあるからな……でも感動のご対面もしたいだろうし、しばらく潜んでおいたんだ……」


 いつから潜んでいたんだろう。気を遣うにしても適当に待合室とかにいればいいのに。


「さて早速だが、大変な事態になったな……どうやらその探知機の数値は間違いではないようだ……」


 ダウナはふところから同じ魔力探知機を取り出し、そこに表示された各数値を改めて確認する。俺もそれに倣って再度確認したが、計器は未だにイカレた数値を出し続けていた。


「間違いではないって、それじゃあアイは宇宙にいるっていうんですか?」

「そうなるね。……デースマースに攫われたと見て間違いなさそうだ」

「……」


 奴に攫われた、というところまではあり得なくもない話なので理解できる。

 だがそこから宇宙に行く意味が皆目分からず、未だに半信半疑だった。


「デースマースの持つアジトは月にあるんだ……その広大な敷地を利用して、ひよっこ魔法使いを秘密裏に育成しているんだよ……。奴はその為の移動手段も持っているしね……」

「月って、いや、そんな、バカなことが……」


 誰にも知られず育成ができるからという理由は分かるとして、だとしても何故別の星に行く必要があるのか。地球を出れば常に魔力で酸素を作り出す必要がある。以前委員長が膨大な魔力を隠していたように、デースマースも酸素供給用の魔力を貯蔵しているならギリギリ実現可能になるが……。


 可能か不可能かを悩んでいると、ハルが静かに手を挙げた。


「そうなると、配下においた兵士が増えるたびに酸素の需要が増えるわ。魔法界の大国に攻め入る気ならば、そんなつまらないことで魔力を消費しないと思うけど?」


 当然の疑問だ。そんな無駄遣い、戦争前に武器を捨てるも同然なのだから。


「それはだな、月の地下に残存している繁栄用の魔力を汲み取ることによって、酸素の機能を……あー……」


 途中まで話したダウナは面倒臭そうな顔をして、魔力探知機をつきつけてきた。


「そんな些末なことに関心を寄せている場合か? 今この時も朝霞愛美は連れ去られているんだぞ……。いいかよく聞け、奪還する機会はもうわずかしかないんだ……」

「奪還……?」


 その言葉に鳳輔が反応する。


「道理は無視して現状を受け入れるんだ……。ヤツは朝霞愛美を攫った、そして月にあるベースキャンプに帰還しようとしている。……そして今現在、その道中だ。どういうことか分かるな?」

「ヤツがアジトに辿り着いたら、今までかき集めてきた大量の兵士を相手にしなくちゃならない、か」

「今の私とクロの魔力じゃ、素人軍隊相手であっても奪還作戦を完遂させられないわ」

「じゃあ、月に着く前に奪い返すしかねえぜ……!」


 一応――本件はシロガラ国とメース国にとって国防の危機なので、デースマース捕縛のために重い腰を上げて軍隊を寄越してくれる可能性はある。

 だが今すぐとはいかないだろう。様々な手配と動議を経なくてはならないので、どう見積もっても最短でひと月はかかる。


 ひと月もデースマースの下にいて、マトモでいられる保証はない。戦地に赴くためには様々な訓練を積まなければならないはずだ。その中には対拷問訓練や自然生存訓練などの苛烈なプログラムも存在しているだろう。

 五体満足のアイを奪還するには、今すぐに俺たちが行動を起こすしかない。


「でも、デースマースに追いつけるんスか……!? もう宇宙にまで行っちまったんですよね……?」


 心配そうな色を隠そうともせずに鳳輔が問いかける。ダウナは重々しく頷き、一枚の写真を取り出した。

 その写真には、車体を黒光りさせる一台のSLが写っていた。年代物かつ重厚そうな見た目なのに煙突からは全く蒸気が出ていない。


「これがヤツの足、銀河鉄道だ……。遥か昔に魔法界で使われていたビンテージ物でな、元々は観光目的の遊覧鉄道として使われていたから鈍足だ……。どうせロクに手入れもしていないだろうし、月までは相当時間がかかるんじゃないかな……」

「うわ懐かしいわね、歴史の教科書とかでしか見ない乗り物じゃないの。重要文化財レベルよ」


 確かに相当古い乗り物だ。今現在使われている車輌と比べれば、天と地ほどの速度差があるだろう。しかも当時から遊覧目的の運用だったとなれば尚更だ。


「今から追いかけても十分に間に合うだろうね……。何ならこの身一つで飛んで行っても余裕で間に合うレベルだろう……」

「ダウナさん、俺たちをこの銀河鉄道まで飛ばしてもらうことってできますか?」


 彼女の濁った目を見ながらそう問うと、彼女は不器用そうに笑った。


「可能もなにも、わたしは君たちを飛ばすために来たんだよ……。デースマースの暗躍はわたしにも支障が出ているからね、互いに益があるんだから一緒に行こうじゃないか……」

「ありがとうございます……!」

「なんでもできるダウナさんと崇めて持て囃すがいいよ……」

「なんでもしてくれるダウナさんありがとうございます!」

「なんか卑猥なニュアンスになるからその呼び方は止めてね……」


 頼めば大体なんでもやってくれるダウナに頭を下げた。


 さて、他に戦力として呼べそうな人がいればいいんだが……厳しいだろう。ハルは病み上がりで戦闘には参加できなさそうだし、諜報員はさすがに危険すぎると言って止めてきそうだし、委員長は行方知れずだ。

 鳳輔は魔法が使えないし、ダウナはどこまで手を貸してくれるのか分からない。

 ……頼みの綱は、俺に残っている常人程度の魔力か。


「鶴ヶ島鳳輔くん、お留守番のハルモニア王女に魔力探知機を渡してやってくれ……」

「え? ええ、分かりました」


 ダウナが鳳輔に命じる。自分が手に持っている探知機を渡せばいいんじゃないかと思ったが、代わりに彼女は俺に向かってもう一つの探知機を渡してきた。


「ねえ、戦力にならない私が探知機を持っていても仕方ない気がするのだけれど」

「それには通話機能が付いていてね、お互いの声を届け合うことができるんだ……もしもピンチになったら指示をするから、地上から魔法で攻撃してくれ……。指示のタイミングは少年に任せるよ……」

「……今の私が持ってる魔力は一般魔法使い程度だし、あまり期待できないと思うわ」

「それでも打てる手は多い方がいいだろう……?」


 そう言いながら、ダウナが杖を振りかざし、俺たちの体に障壁を纏わせる。その内側に酸素を生じさせて、宇宙空間へ往くための準備を済ませた。


「ハル」


 俺は自分の持つ杖の状態を確認してから、心配そうな目線を向けてくるハルに声をかける。


「今からアイを連れて帰るから、元気な姿を見せてやれよ。あいつ、お前に怪我させたことを気に病んでるようだからな」

「元気に待ってるから、ちゃんと全員で帰ってきてね。……死んだら許さないから」

「おう」


 ダウナが窓を開く。窓からは10月の寒気が流れ込んでいるはずだが、障壁に阻まれてその寒さを少しも感じない。例え寒々しい宇宙空間に出たとしても、この障壁がある限りは適温を保てるだろう。


「じゃあ行こうか……」

「はい」


 俺たちは窓枠に足をかけて、空中に向かって飛び出す。

 遥か眼下には4階分の距離を経て地面があるが、俺たちの体は落下しない。ダウナの浮遊魔法に浮かされて、地面のない世界を泳いでいた。


 見上げる青空には銀河鉄道の姿は見えない。しかしこの先に、確かにアイがいる。

 俺たちは意を決して、空へと飛んでいった……。






「…………無事、帰ってくるのよ」


 病室に残されたハルは、魔力探知機を握り締めながらそう呟く。


 胸中に渦巻くのは、何故こんなところで寝ていることしかできないのかという自責の念。

 友人を助けに向かうことすらできなくて、何が化物並の魔力を持つ魔法使いだ。

 クロたちの前では隠し通していた不甲斐なさに歯噛みしつつ、ハルはただ祈ることしかできない……。


「……?」


 その時、病室の扉がノックされた。

 看護師が朝食でも運んできたのかもしれない。開腹手術の後だから点滴だろうか。それとも面会者か。例えば、回復の話を聞きつけた諜報員が様子を見に来たとか、まもり先生が教師として容体を確認してきたとか……。

 しかしノックに続く言葉は何もなかった。もしも看護師なら扉を開けて入ってくるか、名前を呼んで入室許可を取ろうとしてくるだろう。


 扉の前の人物は、ただ黙ってそこに立ち続けている。


「……どうぞ」


 どこか静寂を気味悪く思いながらも、ハルが入室許可を出す。

 しかし返ってきたのは数秒間の清閑。……何の間か分からず、入院している子供の悪戯か何かだと結論付けようとした時……。


 扉が開き、その人物が立ち入ってきた。


「…………あ…………」


 その姿を見て、ハルが小さく声を落とす。

 想定外の来客に動揺を隠し切れないまま、その人物の目を見て、視線が合い――。


「やあハルさん。……久しぶり」


 その人物は、前よりもどこか疲れたような調子で、親愛なる挨拶をした。

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