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14章 恋する二人は繋ぎたい-2

「おーっ、たっかーい!」


 セレスティアタワーの展望デッキから果てなき光景を眺めて、アイは子供のような声を上げる。

 今まで住んでいた町がミニチュアに思えるほど小型になり、行き交う人々の群れは蟻のよう。まるで都市経営シミュレーションゲームの画面みたいだ。

 そんなことを思いながら、鳳輔もアイと共に感嘆の声を上げる。バカと煙は高いところが好きというが、バカで尚且つ下ネタのせいで一部女子に煙たがられている鳳輔には垂涎ものの光景だろう。

 しかしどこか全力で乗り切れない。その理由を2人は知っている気がした。


「……とは言ったけど、この前に空を飛んだ時のほうが高かったよねぇ……」

「思ったけど言うなよ……。確かに新鮮味が薄く感じたけどさ……」


 ここ最近の飛行遊戯によって高所に慣れていた2人は、なんとも言えない気分になっていた。タワーに行くことは魔法を授けられる前から決まっていたことなのだから、もう少し考えて行動すればよいと思う。

 更に言えば、魔法なら生身の状態で好きに飛行できるのだから、タワーという風も温度も感じられない場所から見ても微妙な気持ちになるばかりだ。一番のウリであるガラス床も、魔法を使っていた時はガラスどころか何もなかったのだから恐怖度が天地の差である。


「ま、方向性が違うものを比較してもしゃーないよね! タワーでしかできないことを存分に楽しもうやぁ」


 そう言って鳳輔の手を握り、アイは賑わうカフェのほうへと歩いていく。

 突然おててを繋がれた鳳輔は一瞬狼狽したが、すぐに顔を引き締めてアイを追って歩き出した。

 今までは幼馴染という適度な距離を保っていたが、ここ最近はなんだか妙に積極的だ。以前までのアイなら手を繋ぐのではなく、先に数歩分歩きだしてから手招きしていたはず。


 ……やっぱり、あの時の出来事が原因なのだろうか。

 鳳輔はそんなことを思いながら、つい1ヶ月ほど前の出来事を回想する。

 それは学園祭終了後、委員長との戦いを終えたクロたちと話し終えた時のこと。


『記憶を失う前に……どうしてアイが大人になれない世界を拒んだのか、ちゃんとホースケに伝えた方がいいと思うわ』

『そうだぞ鳳輔、お前もどうして委員長の計画を支持していたのか、心の内側をアイに語ったほうがいいと思う。今日が終わるその前に、今しかない機会を有効活用しろよ』


 そんなことを言われて、残された二人は気まずそうに視線を逸らすばかりだった。

 口火を切ったのはアイだった。自分を責め続けている鳳輔に、ちゃんと前を向いて生きていてほしいから。大学生になって大人になって、過去の罪にとらわれずに立派に生きている姿を見ていたいから。

 鳳輔も気持ちを吐露した。これから生きていくうちに、坂浦みたいにアイを責め立てる奴が現れるんじゃないかと怖がっていたこと。幸せになる資格が無い自分が取り残されて、周りの人たちが幸せになっていくのを恐れていたこと。


 心の深淵に滞留していた弱さを吐き出して、それでも好きだという一言は言えなくて。

 互いに視線を合わせたり逸らしたり、自分の服の裾を握ったり、「えーと」だの「あの」だの言葉と呼ぶにも相応しくないような短文を口にしてみたり。

 いい雰囲気が時間の経過と共に冷却化していき、やがてそれは気まずい沈黙というものへと変貌していく。


『大人になる前に、ちゃんと子供時代を楽しまなきゃ損だぞ。いつか最高に楽しい日々だったと思えるくらいに』


 そんな時に思い出したのが、クロたちが去り際に放った台詞だった。

 世界はもう二度と止まらない。誰しもが否応が無しに未来へ進まなければならないのだ。

 それならもう、死ぬほど楽しんだほうが得なのだろう。そう思った鳳輔は、意を決して口を開く。


『あ、あのよ、来月誕生日だろ?』


 そして今日のデートを取り付けて、今に至る。

 あの一件があったからこそ、きっとアイのストッパーは外れたのだ。幼馴染として適切な距離を取らなければならないという思いは霧散し、少しでも今を楽しもうとしている。

 いいことではあるのだが、だとしても、この前みたいにヘンな行為に誘ってくるのは如何なものかと思う。当時のことを思い出して胃の奥にズシリとしたものを感じながら、鳳輔はしみじみとそう思った。


 手のひらに伝わってくる熱と柔らかさを感じながらカフェの待機列に並んでいると、店員がメニュー表を渡してきた。アイと一緒にメニュー一覧を上から下まで見ていく。


「おっ、カルーアミルク売ってるじゃん。テキーラサンライズもあるぞ、キスインザダークもあるな!」

「的確にレディーキラーカクテルばかりに関心寄せないで。あたしは年齢がペケな以前に、お酒の臭いだけで顔が赤くなっちゃうレベルだから無理なの。……んー、どうしよっかなー」

「ちなみに先に言っておくと、誕生日を迎えたホストに金を出させるわけにはいかないから、チョイスには手心を加えてくれ。あんまり高いのを頼むとどうなるか分かるか? 今からダッシュで水族館に行ってクロたちに土下座して金を借りてくることになるぜ」

「おっ、チケ代だけじゃなくてドリンクまで奢ってくれるの? どしたの鳳輔、今日はいい子だね。頭撫でてあげよっか~?」

「髪のセットが崩れちゃうから撫でるなら頭じゃなくてタマにしてくれ」

「別にいいけど頭叩く機会が来たらタマを叩くね」


 そんなこんなで飲み物を注文し終えた2人は、適当な席を見つけて座り、観光名所特有の奇抜な色合いをしたドリンクをパシャパシャと写真に収め始めた。

 別に写真をSNSにアップロードする予定もないし、日頃から見返すこともない。携帯が壊れて復元不可能になっても、気にも留めない写真だろう。それでも何となく撮ってしまうのは、目の前にいるこの人との思い出を少しでも形に残しておきたいという軟派な意思によるものだ。

 ドリンクを撮る振りをして、その透明な着色料ジュース越しに相手の顔を撮ったり。それがバレて無防備な顔を撮られたり。ある種データの無駄とも言えるそんなやり取りが、妙にくすぐったくて楽しくて。


 ああ、と鳳輔は改めて思う。

 やっぱり俺は、コイツのことが好きなんだな。

 別に何かドラマテイックな出来事が欲しいわけじゃない、ただ日常の一コマ一コマをアイと過ごしたいだけ。変哲もなく異彩もない、しかし決して退屈ではない毎日を、いつまでも続けていきたいのだ。

 魔法なんてどうでもいいし、暴力事件なんてもっとどうでもいい。こうして体に悪そうなジュースを一緒に飲んで、味が気になるからと互いに交換して一口煽り、コイツが買った奴のほうが美味しいじゃねえか失敗したなんて思いながら、この無味無臭の時間が続いていけばいい。

 ……もう、それだけでいいんだ。


『…………愛美のことを頼んだよ。俺の代わりに守ってやってくれ……。あいつの一番近くにいた鳳輔にしか頼めないんだ……!』


 そんな自分を戒めるかのように、かつて正善兄さんに言われた言葉が脳裏に響く。


「……………………」


 あの時俺は、アイを守ってくれと頼まれていた。きっとそれが正善兄さんの、最後の願いだったはずだ。

 でも俺はあの時、正善兄さんがおかしくなってしまったと思っていた。突然逃げろなんて言い出して、しかも魔法なんていうこの世にあるはずのない概念を口にし始めて、変になってしまったのだと悲しい気持ちになっていたのだ。

 だから、正善兄さんがあんな事件を起こしたと聞いた時、どこか納得していた自分がいた。そして坂浦がアイに八つ当たりしているのを見て、ほんの少しでも仕方がないと思ってしまった。

 坂浦は姉を殺されて家まで燃やされて、どこからどう見ても立派な被害者なのだ。もちろんアイは無関係な人間だが、犯罪者の肉親に怒りをぶつけたくなる気持ちは痛いくらいに理解できた。


 しかし、そんなものは言い訳だ。

 守ってやれと言われていたのに、俺は、アイが苦しんでいたのを見過ごしていただけなのだ。

 ようやくそれを止められたのは、暴言や暴力がもっとエスカレートしてからのこと。


『よーく僕の話を聞くんだよ。君たちにとっても、大事な話だからね』


 そして高校生になったばかりの頃、委員長からあの日の真実を告げられて――。

 自分が正善兄さんを信じられなかったせいで、アイが無駄に苦しんでいたことを理解した。

 好きな人を守れなかったことと、暴力事件を起こしてしまったこと、そして亡くなった正善兄さんとの約束を破ってしまったことが重なって、俺の心は自分を責め続けた。

 特に一番堪えたのは、正善兄さんの最後の願いを叶えられなかったことだ。アイを守れと言われていたのに、俺は彼女が辛い思いをしているのを、黙って見逃すばかりだった。

 そんな俺に、委員長は『人から逃げるな。君も幸せになるべきなんだ』と言ってくれて、一度は諦めていたサッカー部へと進みだしたが――心に根差した罪の意識は、未だ消えていない。


 ……俺が前に進むことを、正善兄さんは許してくれるだろうか。

 アイと共に居ることを、認めてくれるだろうか……?


「ちょっとー、なーに呆けてるんですかー」


 考え事に没頭し過ぎていたのだろう。アイは鳳輔の頬を指先で摘み、饅頭の皮のように優しく引っ張り上げる。


「デート相手ほっぽってインモラルな想像かー? それとも鳳輔の好きそうなゲロマブ女でも通りすがったとかー? どちらにせよ集中治療室に運ばれかねないほどの目潰しがやってきちゃうぞ」

「ちがッ、ちげぇって。指を五本立てて確実に両目とも潰そうとするな」


 威嚇のようながおがおポーズをしてきたアイの手首を掴んで止める。握った手首は想像以上に細くて、彼女が華奢な女の子であることをまざまざと思い知らされた。


「お前なあ、いくら俺が超弩級のスケベ人間だとしても、デート中に他の女に目移りするわけないだろ。意外とこう見えてデートのお作法を理解しているんだぞ」

「ほほー? ではデートマスターとしての実力を見せてもらいましょうかなー?」

「お、おう任せろ。俺の手腕に感涙して失禁しろよな。まずはそうだな、えっとな……」


 鳳輔は勢いよく立ち上がり、いつのまにか飲み干していたジュースのカップをゴミ箱に捨ててから、アイにも立ち上がるように促した。

 言われるがままに立ち上がったアイの手を、鳳輔がしっかりと握りしめる。しかも5本の指を全て絡ませた、いわゆる恋人繋ぎというやつだった。


「お……?」


 突然のラブアプローチをくらったアイは一瞬面食らったように小さな声を漏らして、冷静になって自分達の手と手が繋がっていることを認識すると、破顔と呼ぶに相応しく表情を緩めた。


「おぉー、いいねいいね、いきなし手ぇ握られてアイさんドキッとしちゃったよ。さすが恋愛偏差値バリ高男児。もう乙女のハートビートがサビに突入しちゃうよね」

「あーうるせうるせ。顔赤くさせながら余裕そうなことを言っても説得力ねえぜ」

「は、はー?! 赤面なんかしてませんしぃ。強いて言えば紫色ですしぃ」

「チアノーゼだろそれ」


 慣れない手つなぎに照れながらも、二人揃ってタワーを歩いていく。


「見てみろよアレ、高野山だぜ。小学生の時に遠足で行ったなー。1組の小田が帰りのバスで洪水のようなゲロ吐いたのってそのときだよな?」

「ちーがーう、それ工場に社会科見学行ったとき。遠足の帰りは能村っちがトイレを我慢しすぎて大騒動起こしたやつ」

「あー、あんなに可愛いノムからあんな凶暴なブツが出るなんて……っていたいけな俺の性癖を拡張してくれたアレか」

「や、それたぶん違う。遠足の時はギリギリ我慢できてた。鳳輔が目撃したのってサマーキャンプで学校に泊まった時のでしょ。ほら、夜のトイレが怖くて行けないからって茂みで事を済ませていたら実は鳳輔に目撃されていてっていう流れの」

「おー、昔の不祥事をよくおぼえていらっしゃるなー」

「なんか不名誉だから昔のエピソードをよく覚えているって言ってくれる?」


 いらん話をしながら賑わうタワー内を歩いていく。

 幼馴染ということもありエピソードトークには事欠かなく、やろうと思えば一夜語りあかせるほど潤沢な思い出がある。記憶の宝箱から懐かしき時を一つ一つ取り出して、時には過ぎ去った日々を懐かしがり、時には至らぬ時期の青さを恥ずかしがり、アルバムを捲るような気持ちで言葉を紡いでいく。

 今日だってきっと、記憶のアルバムに仕舞い込まれる大切な一幕。人生を一冊の本とするならば、きっと数ページくらいの紙面が割かれるに違いない。


 ……途切れることのない会話を続ける今も、刻々と時は迫る。

 人生という名の本が紅く染まるその時は、もうすぐだった。




 タワーを堪能し終えた俺たちは、一旦どこぞのカフェで小洒落た昼食を取ってから、タワー下の大規模なショッピングセンターを散策することにした。

 タワーをモチーフにした如何にも観光客向けな商品や、インバウンド需要を狙ったと思われるザ・日本な物品、デートに浮かれたカップルを狙い撃ちにした二束三文なアクセサリー店に、国民的マスコットキャラクターのグッズショップなど、実にバリエーション豊かな商品群が用意されていた。


「鳳輔、見てー。普通のクッキーをタワーの形に成型したものが人の足元を見たような価格で売られてるよ」

「高ぇー。けど遠くの都道府県から旅行に来てたら、こういうモンを買っちまいそうだ」

「価格以外は無難オブ無難だもんねぇ」


 相変わらず手を繋いだまま、陳列された商品を見ながら買う気もないのに感想を口にしていく。冷やかしか、と思われるかもしれないが、周囲にいる客の大半がそんな感じの雰囲気だった。

 これだけ多種多様な店が並んでいると、入った店の全てで購入を検討していたら破産するレベルだ。だから購入までのハードルは日頃よりも高く、いつもなら勢いで買ってしまう商品にも手を出さずに済んでいる。


「お、見て見て、ハルちゃんたちがデートしてる水族館の特設コーナーがある。ちょっくら見てこーよ」


 アイが指さすその先には、海中をイメージした青々しい区画があった。天井に海中から見た水面の光が描かれている辺り、雰囲気に力を入れているお店のようだ。


「そんなのあんのか。水族館の近くにショップくらいあるだろ、ほらあのヌイグルミとか売ってるヤツ。水族館グッズが欲しければそこに誘導すりゃいいのに」

「そういうお店って、水族館に行ったついでに行くとこでしょー。行く用事のない人にとってはわざわざ行くほどでもない場所だし、そういうお客にもこうやって販促してるんだと思われる」

「なるほど、確かに。冴えてるじゃん、かしこいアイさまじゃん」

「ふふん、褒め称えるがよいぞー」


 褒められて気を良くしているアイを連れて、水族館特設コーナーとやらに足を踏み入れる。

 ひときわ目を惹くのはやはりバカデカなヌイグルミで、メンダコやらカワウソやらペンギンやら、ビジュアルで人気を博している生き物のシリーズが一区画を占領していた。

 あとはピンバッチやアクリルキーホルダー、海の生き物図鑑や海をモチーフにした絵本、キャラメルやクッキーなどのお菓子に、あまり馴染みのない公式キャラクターのグッズなんかもある。店の端っこにはここにしか無さそうなガチャポンが並び、親から貰ったお金でガチャる子供たちを一喜一憂させていた。


「しかし、アイは魚とかあんまり好きじゃない系女子だろう? こういうコーナーを見ても面白く無いんじゃないか?」

「おさかなには興味ないけど、動物園とか水族館とかのグッズって妙にクオリティが高いから見てておもろいんだよねー。王道の定番商品は置いといて、その合間合間にあるアイデア勝負の商品が良いの。例えばホラこれ見て、湘南の海をイメージしたブルーカレー。食欲減退しちゃうからウキウキするよね、ヒトデ型のニンジンも入ってる!」


 ちょっと人とはズレた場所に未知なる興奮を覚えているようだ。


「それに水族館のオリジナル商品ってデザインのセンスがいいし、色彩も淡い青を基調としていて素敵な雰囲気だもん」

「あ、それちょっと分かるぜ。オリジナルグラスとか傘とか、普段使いするグッズのイラストが妙にいいんだよな」

「そ! なんだい、鳳輔も分かってるじゃないか」


 なんのご褒美かは分からないが、横っ腹を人差し指でこちょこちょされた。そういうことをされると性感帯に成長するのであまり刺激しないでほしい。

 今頃ハルちゃんたちはこの魚でも見てるのかねとか、クロくんってこういうビジュアル全振りな深海魚とか好きそうだよねとか、他愛もないことを話しながら趣向の凝らされたグッズを眺めていく。


「おお……」


 すると、大海をイメージしたポーチを見つけて、アイが感嘆の声を漏らした。片面が透明になっていて、ポーチの中に入れた小物がまるでサファイアブルーの海に沈んだように見える逸品だ。


「これオシャレだね! 鳳輔の写真とか入れたい!」

「俺を海に叩き落とすなよ」

「え、ホントに購買意欲湧いてきちゃった。どうしよう、買っちゃおうかなー……うーん……」


 アイは財布の中身を確認しながら唸り、首を傾げて悩みながら財布の口を開けたり閉じたりし始めた。悩むと妙な手遊びをしてしまうのは昔からの行儀が悪いクセだ。

 値段を確認してみると、ポーチは大体2000円ちょっとくらいのリーズナブルなお値段だった。こういった記念グッズだと高くなる傾向があるのに手頃だ、アイが悩むのも頷ける。

 まあ問題ない値段だなと思いながら、そのポーチを手で抱えた。


「よーし、んじゃこれ誕生日プレゼントの1つな」

「へっ!? え、ちが、違う違う、別にねだったわけじゃない! いいよ無理しなくて、あたしだってお金くらいあるんだよ?」

「いや別にねだられたとかそういうのを感じてるわけじゃなくて、なんだ、その……」


 えーと、こういういいよいいよ大丈夫だよモードに入った人を説き伏せるには……。


「その、なに、アレ、俺がアイに買ってあげたいって思ったから買うだけだから」

「ほ」


 謎の声を上げながらアイが口を真ん丸にする。シリコン製のワイフみたいな顔だ。

 しかしゆっくりと破顔し、条例とかで禁止されていそうなほど締まりのない表情になり、照れ隠しか何か知らないが俺の肩を叩いてきた。


「なに、今日はやけにキュンさせてくるじゃん。口が上手くなったねー。アイさんも思わず心臓発作起こしちゃうよ」

「おー起こせ起こせ。そしたら口にプープー空気を入れたり胸をグイグイ押してやる」

「救命行動の最悪な表現!」


 なんて言いながらも、アイは誕生日を迎えた子供の用に浮かれ、足取りが軽くなっていた。


「……ちなみに、さっき誕生日プレゼントの1つって言ってたけど、もしかして他にも用意してあるの?」

「あるよ。わざわざ秘密にしとく必要ないから言っちゃうけど、アレだよ、この前アイがビジュ最高ーっつってたヤツの入った限定コスメセット」

「え゛ッ!? デゴルデンのアレ!? まじかっ、なんか肌がツヤツヤしてきた……!」


 まだ化粧品を貰ってもいないというのに、朗報を耳にしたアイの肌質が良くなっていた。もうコスメセットとかいらないのではと思うくらいに。


「でも、アイがいつも使ってるのって別のブランドだろ? えーと、なんだっけ、ドラッグストアとかでも売ってるアレ」

「それはそーだけど! ちゃうやん、そういうんじゃないじゃん……! 自分の肌に合ったものは既に見つけてるんよ、コスパ的にもしばらくはそれを使い続けるんよ。でも! ビジュがメチャカワなコスメは欲しいし! どんな感じなのか試してみたいじゃん! デパチカとかで試すのとしばらく使い続けるのはワケが違うし……!」

「一言で言うと?」

「自分じゃ進んで買わないけど人に貰ったら嬉しいモノってあるよね」

「あー、ちょっとお高いハンドクリームとかバスボムセットみたいな」


 分かる分かる。だいぶニッチなスケベ動画とかって外した時のリスクを考えたら買えないけど、プレゼントしてもらえたら大いに喜ぶもんね。……というお下劣な例えをいつもなら出していただろうが、さすがにデートの時ばかりは礼節を弁えるしかない。


「え、なんかそこまでいいモノ買われちゃうと気が引けるかも。鳳輔の誕生日を楽しみにしてろよー的なことは言えるけど、5月まで間空くし、この気持ちをカミングスーンにしとくのはもどかしい」

「あんま気にしなくていいのに。気が済まないならエロ自撮りとかで済ませてもいいぞ、俺もそれを見て色々済ませるから」

「よし! 鳳輔にもなんか買っちゃろ。どれがいいかなー」


 俺の戯言を完全に無視し、アイはディスプレイされた商品を手に取って見ていく。


「んー、ヌイグルミ系って鳳輔好まんよねぇ」

「ああ、それより女体のほうが好きだ」


 様々な商品を眺めていくと、やがてアイが何かを発見して動きを止めた。


「わー、星の砂だって。綺麗だねぇ」


 アイが手にしたのは、瓶詰にされた星の砂だった。

 暗闇で光るとの触れ込み通り、どうやら蓄光素材の砂がミックスされているようだ。それだけではなく細かなビーズやらシェルパウダーやら、とにかくキラキラと美しいものが色々混入している。

 なんだか部屋に置いているだけでも常夏気分が味わえそうだ。先ほどアイが発した形容がまさにピタリな『自分じゃ進んで買わないけど人に貰ったら嬉しいモノ』そのものと言えるだろう。


「おー、星の砂なー。なんだっけ、微生物の殻?」

「それそれ。最初見た時はキレーって思ってたけど、アメーバ的な生き物の殻って言われたらギョッとしちゃうよねぇ」


 瓶の中には星型の砂みたいなものがコロコロと転がっている。一見すると綺麗に形どられた砂なのだが、実情は生き物の殻だ。とはいえモノによっては何万年も前の殻が入ってるかもしれないらしく、太古のロマンに満ち溢れた逸品と言えるだろう。

 商品ポップには『宮古島からウミガメと共にやってきた!』と書かれている。どうやら水族館に展示しているウミガメと一緒に輸送されてきたものらしく、無理矢理に共通点を上げてウミガメ好きに買わせようとする商売根性が見て取れた。


「鳳輔はこういうの、ウワーって思うタイプ?」


 星の砂の横に展示されていた説明書――というか、文化や伝承などが記された冊子を見ながら、アイがそんなことを訪ねてくる。


「や、別に思わんかな。むしろロマンだろロマン、何千何万と時を経た化石が入ってるかもしれないんだぜ。男の子の純朴な部分が疼くな」

「ふーん……」


 パタン、と冊子を閉じたアイが、おもむろに星の砂を一個手に取った。しかもぎっしりと詰まった最大サイズだ。


「じゃ、これプレゼントということで。異論があったら書簡にまとめて郵送すること!」

「いや、別に異論はないけど」

「ほらほら、各々買っちゃおうよ。それで早速プレゼント交換しよう」

「おい急かすなよっ」


 これはとてつもなく余談なのだが。

 先に会計が終わった俺は、アイを待つ間に星の砂コーナーで時間を潰していた。

 その時、ふと何の理由もなく、アイが読んでいた冊子を立ち読みしたのだが――星の砂には『恋人たちの幸運を呼び寄せる』という伝承があるらしい。

 厳密に言えば恋人同士で砂を集めることで呼び寄せられるらしいが、そこまで詳細な情報は冊子には載っていなかった。邪推だが星の砂を買わせるために、余分な箇所を省いて都合のいい情報だけを載せていたのかもしれない。


「おまたせー! はい、プレゼント! 今はこれだけだけど、鳳輔の誕生日にはドーンと凄い物買うから期待しててよね!」

「俺もコレ、プレゼント。楽しみにしてるぜ」


 もしかしたらアイがその文章を見て、星の砂をプレゼントに選んだのかも。

 ……なんて、少しくらい浮かれてもいいだろう?

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