8章 衰退の化物
「えっ、えぇ~~~っ!? ハルちゃん、クロくんと一緒に水族館行くの!?」
毎度おなじみHR前の朝、賑々しい教室内にアイのおったまげたような声が響く。
周りの生徒たちが、水族館デート!?とでも言いたげな視線を向けてきたので、聞き間違いですよというような媚び諂う表情を向けておく(ハルからは国辱モノと呼ばれる表情だ)。
なぜ突然水族館デートの話が浮上したのかと言えば、ここ最近は魔法とかデースマースとかのことに夢中になっていて、デートの報告をするタイミングを見失っていたからだ。
よって本日ハルがデートの予定をアイと鳳輔に話したのだが、名前の通り恋愛沙汰に敏感なアイは寝耳に白湯でもぶち込まれたような顔で驚愕している。
「へぇ~、ここらで水族館って言えばソラエネ水族館でしょ? カラフルにライトアップされたクラゲやら、ちょっと引くくらい密集してるペンギンやら、命の危険を覚えるくらいバカデカいセイウチやら、たびたびSNSで話題になってるよねー」
「あのさ、肩身狭くなるからあんまり教室で水族館水族館言わないでくれない?」
やんわりと俺が注意したのだが、朝からテンションが上がってしまった女子ズにはそんなもの通じない。
「あたしたちもね、今度の23日遊びに行くんだー。タワー行くんだよタワー、ほらあの、窓から薄らぼんやり見えるセレスティアタワー。まあメインは地下にある商業施設巡りだけど」
周りの生徒たちが、タワーデート!?とでも言いたげな視線を向けていたので、鳳輔は大ボラですよというような遜りの表情を向けていた(アイからは刑法第231条に抵触していると言われる表情だ)。
「えっ、アイもお出かけするの? なになに、計画を私に話してごらん? 主に男側にサイフを出させる手腕を話してごらん?」
「まずねえ、会うなり開口一番で私服を褒めてねー」
「あのさ、悪巧みなら教室の隅っこのじめじめしたところで話してくんない。も、俺たちに聞かれてる時点でだいぶ無理あるから」
どっちにしろハルと俺は財布を共有してるし、アイは自ら率先して財布を出すタイプだから意味ないだろ。なんて教室内で言えば、どうして財布共有してんだよと言われてまた弁明をすることになるので黙っておく。
「あたしとハルちゃんはちょっと女子同士で作戦会議してくるから! 男どもはどんな下着でデートに臨むかでも話してて!」
「誰もが下着を履くと思うなよ」
なぜか鳳輔がわけのわからん返しをしているが、毎日ちゃんと下着を履いてほしい。
宣言通りに女子2人は教室の隅っこで何やら会議し始めたので、残された俺と鳳輔は顔を見合わせて、外人コメディアンのように肩を竦めた。
「見ろよ鳳輔、大声でデートの概略を話し合ってるぞ。こっぱずかしくて顔から火が出そうだ」
「俺も全く同じだな。手から火が出そうだ」
「特殊能力に目覚めないでくれ」
「しかし初デートが水族館とはな。俺はあんまり行ったことが無いから分からんが、深海魚コーナーはいい感じに薄暗くて秘め事にピッタリらしいぞ」
「いや秘めないから。ていうか水族館行かないのか? アイとたびたびお出かけしてるんだろ?」
「あいつ、あんまり水族館好きじゃないからな」
そんなヤツいるのか、と思ったけど口にしなかった。ネットの情報でしか知らないが、遊園地と水族館と動物園が嫌いな人間なんていないと思っていた。
「ほら、美術館って楽しめるヤツと楽しめないヤツがいるだろ? 展示物を見ても退屈だったり、解説を読んでも興味が持てなかったり。魚に興味がないヤツは水族館のことを、展示物が動く美術館だと思うらしい。もちろん、興味のない展示ばっかりのな」
「え、でもいいじゃん。可愛いじゃん魚」
「生き物の愛い悪しは感覚に依るからなぁ。犬猫とか赤ん坊とかは一般的に可愛いと思われているけど、見てると殴りたくなるって言うヤツもいる。……少し話が逸れたが、まあアイも水族館をそんな感じだと思ってるんだよ。だからあんまり行かないな」
ネットで水族館の情報を集めていた時、同じ水槽の前で1時間くらい魚を眺めていた――なんて体験談が書き込まれていたが、そういうタイプはアイとは合わなさそうだ。
「ソラエネ水族館なら都会のド真ん中だ。ハルちゃんは割と飽きっぽいタイプだろうから、もしグズったら近くのプラネタリウムや屋内型テーマパークに連れて行くといい。昼飯は決めてるのか? もし決めてないなら2~3階あたりにレストランがあるぞ。リーズナブルなのがいいなら1階に格安ファストフード店があったはずだ」
「待って、急に有用なアドバイスしないで。今メモ用意するから。ていうか詳しいな」
「水族館こそ行かないが、あの辺りはアイと何回か行ったことがあるからな。その分野に関しては経験者というわけだ」
果たしてその分野以外に何が未経験なのか聞こうと思ったが、恐らく下ネタに繋がりそうなので黙って謎の会釈をしておいた。
「クロ、初デート頑張れよ。俺たちも草葉の陰から応援してるぞ」
「多分、草葉の陰って言葉の意味を間違えて憶えてると思う」
でも大変ありがたいし、何より心の底から応援してくれているのが伝わってくる。
下ネタばかり言うから周囲の評価が落ちつつあるが、基本的に良い奴なんだよな。それだけにアイとの恋愛が中々発展しないのがもどかしい。
俺たちのデートだけじゃなくて、二人のデートも成功したらいいな。……そう思った。
*
「ねえクロ、知ってる? 眩暈の正式名称は眼前暗黒感って言うのよ」
「今しがたテレビで仕入れたばかりの知識を得意げに披露しないでくれる?」
放課後、食後の皿洗いをしていたら、ソファーでゴロ付きながらテレビを見ていたハルに豆知識を披露される。そんな知識を仕入れてどこで使うというのか。
しかしなんだか負けた気になってしまったので、スポンジを絞り上げるかのように記憶をひり出し、ハルを驚かせられる知識を探し求めた。
「おいハル、ファスナーで噛み合わせるあの銀色のギザギザの正式名称はムシだぞ。まいったか」
「おや、電話が来たわ」
「あっ、てめッ……!」
ムシを無視しやがりながらハルが誰かからの電話に出ているが、よく見たら俺の携帯だ。俺宛ての電話に我が物顔で出ないでいただきたい。
「はーい、もっしも~し。え? 今? クロがつまんないこと言ってたわ」
「やめろ、誰か分からん相手に俺の痴態を晒すな」
「ちなみにファスナーで噛み合わせるあの銀色のギザギザの正式名称はムシって言うのよ」
「豆知識をリユースするのやめてくんない?」
壁のリングに掛けてあるタオルで手を拭き、ハルから携帯電話を奪い取る。
ディスプレイには『アイ』という名前が表示されていた。よく考えたら本名じゃなくてあだ名で登録してるのってどうなんだろう。
「お電話奪い取りましたクロでーす。なに、どしたの?」
『あ、クロくん? ねえねえ、どんなつまんないこと言ってたの?』
「眩暈の正式名称は眼前暗黒感だよって言ってたの。で、どしたん」
『あのさ、いまさ、性懲りも無く鳳輔と空飛んでるんだけどさ、露出狂を探しに行かない? 繁華街のライブカメラを見てたら映ってたんだよ、こりゃ気になるでしょ』
「空を飛んでまで見に行く内容かソレ」
ていうか隣にいる鳳輔に頼めば露出でもなんでもやってくれるんじゃないのか、と思ったが、露出以上の高度なプレイを仕掛けてきそうなので危ういところだ。
「露出狂! 一度でいいから見てみたいわね」
ハルがちょっとワクワクしている。もしかしてパントマイムみたいな巷のオモシロ枠だと思っているのだろうか。
『お、ハルちゃんノリがいいねー。じゃあ今からちょっとそっちの家に……』
ホントに行くのかよ、と思った瞬間だった。
『ひゃあッ!?』
何かが叩き割られたような炸裂音と、品の無さを隠しもしない下劣な笑い声、そしてアイの悲鳴が携帯電話の向こう側から聞こえてくる。
そして耳障りなノイズが何度か響き、その中に混ざって『向こう側に逃げて射線を切れ!』という鳳輔の鋭い声が轟いていた。
「おい、どうした!? アイ、鳳輔!」
『クロくん……っ! なんかね、いきなり襲い掛かられてるッ! 杖を持ってる、多分魔法使……うひゃわっ!』
「魔法使いだと……!?」
不可視の魔法がかかっている限り、魔法の知識がない人間には感知されることなど無い。だから襲い掛かってくるとすれば魔法使いなのは至極当然と言える。
しかし魔法界では当たり前のような光景も、こちらの世界では非日常だ。魔法使いが魔法使いを襲うなんて、どう考えてもデースマース関連だとしか思えない。
「場所を言え! 今どこにいる!?」
『ふ、古いバス車庫付近! 青武バス! の! 看板見えた!』
「ハル! 青武バスの車庫!」
「今調べてる! ……出たっ!」
ハルに見せられた携帯の画面には地図が映し出され、ここからそう遠くない場所にピンが刺さっていた。そう遠くないというか、もう目と鼻の先と言うべきだろう。
「今そっちに向かう! 悪いが耐えてくれ!」
『ダメだよッ、クロくん! 危ないよ! それより警察呼んで!』
「不可視の魔法かけてたら警察なんて意味ないだろ! とにかく助けに行く、場所を大きく移動したら教えてくれ!」
携帯電話を繋げたまま、ハルと揃って家を飛び出し、家に脇に停めてあった自転車に2ケツして走り出す。誰の自転車かは知らないが住み始めた時から置いてあったので、恐らく前住人の物だろう。有難く拝借させていただく。
通話先から聞こえてくる悲鳴と轟音を聞きながら、息を切らしつつバス倉庫へと向かう。
「ハル! 諜報員に連絡!」
「今やってる!」
人の腹にしがみつきながら、ハルは片手で画面をタップし、諜報員に事の流れを送信していた。ちゃんと倉庫の場所を画像付きで送っているようだ。
「畜ッ生! 何なんだよ、ここんとこ異常事態ばっかりじゃねーかッ!」
あまりにも急にブレーキをかけたものだから、後ろにいたハルが吹っ飛びかけた。
「ここかッ」
敷地を取り囲むように金網が張り巡らされ、その切れ目には石で作られた門が鎮座している。定礎のプレートと共に取り付けられているのは『青武バス』という苔むした看板だった。
どうやら青武バスが廃線になって何年も経過しているらしく、敷地内は全体的に澱んだ雰囲気を纏っていた。警備員の詰め所も錆びついた鍵で施錠され、既に誰の侵入も拒まないのだろう、カラースプレーで書かれた卑猥な落書きが幾つも散見された。
そして面並ぶ倉庫の一つから、知性を全く感じさせないギャハハ笑いが聞こえてきている。俺とハルは自転車を乗り捨て、その倉庫に向かって駆けて行った。
「………………」
倉庫の中は薄暗く、水銀灯がときおり明転しながら心許ない明かりを落としている。バス10台は優に入ると思われる広大な倉庫を照らすには、どう考えても不足し過ぎな照明設備だ。
そんな倉庫には、杖を持った魔法使いたちが10、いや、20人近くも雁首揃えていた。
そして壁際に追い詰められ、ボロボロになった障壁で身を守っているのは、まぎれもなくアイと鳳輔だ。
「おるァッ!」
魔法使いの一人が浮遊魔法を使い、近くにあった鉄パイプ数本をアイたちに向かってブン投げる。
「……ッ!」
なんとか障壁で受け切るも、硬い金属との衝突によって障壁の一部が削り取られ、身を守る面積は更に小さくなっていく。
「固ぇなァ! まァだ壊れねぇのかよこのクソ壁ェ!」
「ギャッハッ、雑魚だなァ! 次オレ! オレの番な!
胸糞悪いことこの上ないが、どうやら、誰が障壁を破壊できるかというゲームに興じているようだ。障壁の損傷具合を見るに、もうすぐゲームも終焉を迎えることだろう。
諜報員とはまだ合流できていないが、このまま見物していれば二人は重傷を負うだろう。それどころか、当たり所によっては命を失う可能性すらある……!
「ハル、俺が奴らの気を引くから、裏口から入って二人と合流しろ。アイから杖を奪って制圧だ」
「了解」
ハルが倉庫の裏手に走っていくのを見届けてから、ずかずかと不遜極まりなく倉庫へとタイ入っていく。
「おいッ! なにしてやがる、リンチとは感心しねえなあ!」
そう叫んで突入してきた俺に対して、奴らの視線が一点に集中してくる。……誰もアイへの監視を続けていない時点で素人確定だ。
「あ? ……おいおい、俺たちァ一般人には視えねーはずだよなァ。オメー誰だよ」
「俺は……」
奴らが握っている杖には、ことごとく円状のマークが刻まれている。
確定、奴らはデースマース的な存在によって魔法使いにされた一般市民だ。魔法に関しては全くのトーシロ、先ほど攻撃魔法ではなく浮遊魔法でアイを甚振っていたし、魔法の基礎体系しか教えられていないはず。
であれば、俺のすべき時間稼ぎとは……。
「俺はあんたらと同じ、魔法使いにされた人間だよ。デースマースとかいう男に誘われてな」
デースマースという名前を聞いて、疑問符を浮かべる奴はいなかった。誰もがその名を認識しているのだろう、俺の言葉が嘘偽りでないことを受け入れたようだ。
「あァ? 待てよ、あのオッサンに勧誘されたってんなら、オメーも銀河鉄道の名簿に載ってんだよなァ。じゃあどうして集会に来てねえんだよ!」
なにそれぇ。
銀河鉄道の名簿とかいうメルヘンチックな内輪情報を言われても、嘘八百を並べているこちらとしては言葉に窮するだけだ。
しかし嘘がバレるのは宜しくない。どうにか、どうにか切り抜けないと……。
「……俺はお前らとは違うんだよ。なんせ特別枠だからな」
「あァ!? どういうことだソレぁ!」
「器が違うんだよ器が」
面を並べている20人以上を見回し、それぞれの顔つきから性格を感じ取っていく。これだけ人間が並んでいれば、一人くらいは周りに流されて従っているだけの意志薄弱野郎がいるはず……。
そして見つけた。一番端にいる小柄な男性は、表情からして嫌々従っているらしい。
「おいそこの人! ちょっと杖を貸してくれ、今持ち合わせがなくてな。そうしたら俺が特別枠だっていう証拠を見せてやるよ」
わざわざリーダーではなく、意志の弱そうな男に向かって声をかける。
ギラついてる奴らに杖を貸せと頼んだところで、応じるわけがない。杖を持っているからこそ奴らは強気足り得るのだから。
「………………」
その男性は周囲の人の様子を窺ってから、おずおずと俺に向かって近づき、杖を渡してきた。
杖を受け取った俺は、持ち手の部分を何度か握り、その感触を確かめる。甘い握りをしていると、いざ戦闘になった時に手からすっ飛んでいく可能性があるのだ。
「なァ兄ちゃん、もしフカシこいてたンなら、どうなるか分かってんよなァ……?」
「心配するな。すぐ分かるだろうから」
杖の先に魔力を集中させて、己の中に存在する魔術の知識を開放。体内を駆け巡る血流に火が灯り、体ごと燃え上がっていく感覚を想像する。
天に上る炎のイメージを心中に描き、体中を駆け巡る感覚を物体として顕現させる――!
「……なァ……ッ!」
俺の掲げた杖先からは炎の竜巻が舞い上がり、倉庫の天井を貫いて、焼き焦げたベニヤの板をバラバラと倉庫内に墜とした。
天井に空いた大穴からは月が写り込み、まるで俺たちを見下ろしているかのよう。俺もその月に倣って、表情だけでも奴らを見下しにかかる。
「光栄なことに俺は、人間にしては魔力が高すぎてな。お前らとは違う特別枠なんだよ。……あんたら、デースマースから勧誘されて魔法使いになったんだろ? 俺は違う、勧誘じゃなくて頭を下げて懇願されて仲間になったんだ」
見た目上は大見得をかましているが、内心は全く余裕がない。
俺は化物と呼ばれるほどの魔力を持つ男だが、1ヵ月前に全ての魔力を使い果たしてしまったので、そこから回復した僅かな魔力しか保有していないのだ。恐らくここにいる素人魔法使い4~5人分くらいの魔力しかないだろう。
だから全員に襲い掛かられたら、簡単にとは言えないが制圧されてしまう。……衰退した化物には、もはや一騎当千という言葉すら似つかわしくないのだ。
しかし、奴らが習得していない火炎魔法を大仰に見せつければ、それなりのインパクトは与えられるはず。
これで俺の言うことを信じて、話を聞いてくれればいいが……。
「……ハ、大したモンじゃねーか」
先ほどまでの余裕を消し去った表情で、奴らのリーダー格の男が吐き捨てる。
「ンで? 特別枠サマは俺たちに何の用だよ」
「同胞を甚振っているのが見過ごせなくてな。しかもリンチとは男らしくねえ。……どうしてこんなフザけた真似をしてやがるんだ」
「あァ? 悪ィのは抵抗したこのアマだろ。魔法を授かる代わりにデースマースの計画に力を貸す、当然の駄賃じゃねーか。それを犯罪行為には加担できませんだァ? そんなんヤキの一つや二つ入れてやんねえとならねえよなァ!」
「計画? ほう、俺には聞かされてないな。ちょっと内容を聞かせてみ」
「るせェな、聞かされてねぇならスッこんでろや。も、めんどくせぇよテメェ。俺らはデースマースの指示で動いてんだよ、それ未満のテメェに指図される覚えはねえんだよ」
辺りの空気が重く沈んでいき、奴らの視線の切れ味が増していく。極限にまで膨らんだ敵意は第六感を刺激し、背中に得も言われぬ寒気を感じさせていた。
……少し、読み違えたか。
一端のヤンキーが相手なら、自分より強い相手の言うことは聞くと思っていた。しかしこいつらは単なるチンピラじゃない、恐らく無法者だ。
犯罪を好き放題に犯したいから、誰かを傷つけるのが性癖だから、魔法を享受したのだろう。
こいつらにとって俺は、鼻っ柱をヘシ折りたくなるような垂涎の獲物。自分より強いヤツを集団で叩きのめすのは、タイマンで勝つよりもある種の快感を得られるのだから。
「おい、俺とやる気かよ。今のを見ただろ、お前ら焼肉になりたいのか?」
「上等だよ。……お前をボコして、その魔法の使い方を吐かせてやるからなァァァ……」
奴らが徐々に俺との距離を縮めていき、もはや衝突は避けられないと確信を持った途端――。
「俺はァ! 特別枠の味方!」
などと叫びながら、奴らの中の1人が大暴れし始める。魔法を使って様々な障害物をブン投げ、辺りに混乱を撒き散らしていた。
「なッ……なんだァ、てめェらァ!」
リーダー格が叫び、錯乱し始めた男を取り押さえるよう指示するが、飛び交う障害物によって行く手を阻まれていた。
その隙をついて、俺は幾つかの炎球を顕現させ、奴らに向かって勢いよく発射する。直撃しても死にはしないが、今宵は意識を取り戻せない程度の威力だ。
仲間だと思っていた1人の暴走、俺から放たれる攻撃。
場が騒然とし、奴らの中に惑乱が広がっていく……。
そんな折、今しがた到着した誰かが、俺の隣にやってくる。
「こォんな危険なトコに来るなんて、アホでありますか貴方は! もうバカ! 護衛の気苦労も考えろでありますからしてぇッ!」
ストレスで胃がやられていそうな表情の諜報員だ。その杖の切っ先は、暴走する奴らの仲間に向けられている。
「あいつらの仲間の一人に記憶操作を施して、こちらの味方だという設定に書き換えたであります! 今のうちに制圧を!」
「恩に着る!」
炎の壁を地面から湧き上がらせ、奴らを二手に分断する。大人数相手の場合、まずは相対する数を減らすのがセオリーだ。
「かっくらえッ!」
近くに打ち捨ててあった鉄筋を浮き上がらせ、奴らに向かって射出していく。
炎を使った攻撃魔法は効果が高いが、炎の生成にそれなりの魔力を消費してしまう。基礎魔法体系である浮遊魔法で少しでも省エネに戦わなくては、奴らを制圧しきれない。
「諜報員、戦闘はイケる口か!?」
「役職の通り諜報がメインでありまして、戦闘はからっきしでございますな。なので防壁の生成に専念します故、攻撃をお任せするであります」
「ありがたいけど、よくそれで護衛役を買って出たな!」
ともかく魔力の残量を意識しながら、奴らの数を減らしていく。
しかし奴らとて木偶ではない。最初こそ不意を突かれて体勢を崩したが、我に返れば戦闘民族の本領が発揮される。
「反撃しろッ、反撃反撃反撃! 数の暴力で奴らを磨り潰せェッ!」
奴らも浮遊魔法で反撃し、空には無数の凶器が舞い踊る。やはり物量差は正義なのか、ひとたび防衛に回ってしまうと攻めに転じる機会を失ってしまう。
しかしその瞬間、スナイパーライフルのような鋭い発射音が響き、奴らの何名かが肩から血を流して仰臥した。
「クロに手ぇ出してんじゃないわッッ!」
見れば、アイと合流できたハルが杖を構え、氷の銃弾を発射している。ライフリングも仕込まれていないのに回転しながら飛来するその弾は、あまりにも真っ直ぐすぎる蒼の軌跡を残しながら、奴らの戦力を確実に削ぎ落としていった。
俺とハルの位置は、丁度敵たちを挟撃できる状態にある。しかも諜報員の洗脳した男があらん限りの力で暴れ回り、敵の統率をグチャグチャに破壊していた。
このまま優位を確保し続けられれば、敵全員を制圧することも可能だろう。集中すべきは、敵の攻撃を上手に受け切ることのみ……!
「何事だッ! ここまでの大事にしろとは命じられていないだろッ!」
しかしその時、背後から何者かの怒号が聞こえてきた。
そこには30名近くの魔法使いが面並び、しかも悉く円状の刻印入りの杖を所持している。考えるまでもない、敵の増援だ。
「謀反だ、謀反ッ! こいつらを制圧しろ!」
「謀反だと……!? 総員、制圧にかかれッ!」
奴らのリーダーがそう叫ぶと、増援側のリーダーがすぐに意図を察し、配下の者たちに攻撃を命じる。謀反と言うか攻撃を仕掛けてきたのは奴らなのだが、ここまで入り乱れてしまうと言い訳も通じないだろう。
増援たちは浮遊魔法を集結させ、倉庫の外に打ち捨てられていたバス10台近くを浮かび上がらせる。それだけではなく、恐らく中身が詰まっていると思われるドラム缶も思うが儘に浮遊していた。
空に幾つもの大型車両が舞っている光景は、夢現よりもよっぽど夢のようで……。
「マジかよっ……!」
攻撃の手を止め、諜報員と共に全力で障壁を張る。その光景にビビッていたのは俺たちだけではない、倉庫内にいた奴ら全員が顔を青くして、全力で防御に徹し始める。
「叩き込めッ!」
その号令が響いた瞬間、何台ものバスが倉庫内に叩き込まれた。
交通事故を数段酷くしたような轟音が響き渡り、天井の水銀灯が割れて光を失い、代わりにドラム缶からぶちまけられたガソリンが辺りに飛び散って、激突の火花に引火して炎となり、辺りを煌々と照らした。
何とか防壁で防ぎきることができたが、一度防御に回ってしまったが最後――。
「敵の体勢は崩した、突入しろッ!」
敵たちの猛攻に対して、防御を固めることしかできない。
周辺の何もかもを浮遊させ、俺たちに叩き込んでくる。ハルたちのほうも同様の状況らしく、ただただ集中して障壁を作り続けることしかできないようだった。
「てめッ……殺す気かボケコラァ! 何人か圧死しただろうがッ!」
俺たちと同じくバスの猛攻を受けた敵たちも、生き残った奴らがようやく立ち上がり、俺たちに向かって八つ当たりのように猛攻を加えてくる。
諜報員が洗脳した男も防御しきれなかったようで、横転したバスの下から血塗れの手だけが見えていた。
(くッそ……このままじゃ全滅だ!)
攻勢に回らなければ勝機はない。しかしその為には、切れ目なく続いていく敵の攻撃を止めなくてはならない。
喧嘩で頭を抱えて蹲ったカメの状態と同じだ。敵の攻撃に耐えるばかりで、反撃する機会すら作ることが叶わない。
このままじゃ、全員殺される……!
「断裂魔法」
全てを諦めかけたその時、無慈悲なる刃が空より降り注いだ。
それは銀の軌跡を虚空に残しながら、敵たちの腕を――杖を持った腕だけを正確に一刀に両断し、そのまま地面にささくればった裂傷を与えた。
突然のことに誰もが呆然とするが、熱と激痛を知覚した敵は口から絶叫を零し、そして地面に落ちた杖を拾おうと、無事な方の手を伸ばし――。
その瞬間、俺は確かに見た。
先ほど俺が開けた天井の大穴から、バカげたほどデカい杖を持った女が飛び降りてくるのを。
「石化魔法」
――片腕を失った敵たちは、身体の全体を石へと変えられ、物言わぬオブジェと化した。
いくつかの敵――いや、石像が地面に倒れるのと同時に、天井から飛来した女が着地する。着地の寸前に浮遊魔法で勢いを殺していたので無傷だ。
「無事かね君たち。怪しい奴らとは関わり合いになるもんじゃないよ……」
突然天井から現れた魔法使いは怪しい奴らにカウントしないのだろうか。……なんて思ったが、口に出す余裕など無かった。俺の真後ろにいた諜報員があまりにも動揺していて、掴んでいた俺の肩を無意識的に激しく揺らしていたのだ。
「あ、あ、アンタは……だ、ダウナ指名手配犯……!?」
「……指名手配犯とか言わないでほしい」
大量殺人鬼でも降臨したかのように戦慄く諜報員に対して、ダウナと呼ばれた女性はなんだかちょっぴり傷ついたような表情を浮かべる。一見すれば指名手配犯なんかには見えないような風貌だ。
姿勢のせいで小柄に見えるが164センチのハルと同程度はありそうなタッパと、煮込んだら鶏ガラスープでもできそうなくらいに華奢な体。髪の毛は黒と灰色の丁度中間くらいの微妙な色合いで、青白すぎる顔に埋め込まれた真っ黒な目の下には、5徹くらいしたかのような色濃いクマが刻まれていた。くるぶしくらいまで続く丈の薄汚れた白衣には幾つもの焦げ跡や穴が開いており、ただの研究者ではないことを窺わせる。
我が国にも国立研究機関に属するワーカーホリック気味の魔法研究者がいたが、ああいった手合いなのだろう。健康や評判よりも自身の研究を優先するタイプと見た。
「お、お、王子殿。申し訳ないですが、こ、ここでお暇させていただくであります。護衛としては絶対にダメな行いですけど、こ、この女とは絶対に関わるなと……上長から厳命されておりますので……これにてッ!」
正体不明の女の前に護衛対象を放置して、コップ一杯分くらいの脂汗を流しながら、諜報員は蹈鞴を踏みつつ闇の向こうへ逃げ去ってしまった。
残された俺たちは、ダウナと呼ばれた女を見ることしかできない……。
「……また嫌われた……」
ダウナは自嘲めいた声を零し、俺に、そしてハルたちに向かって死んだ目で視線を寄越す。
「さて少年たち。わたしは手に汗握るアクションよりも恋愛モノが好きでな……」
彼女はにこりと笑いかけたのだろうが、あまりにも不器用すぎる笑いになってしまい、アイをちょっぴり怯えさせていた。
「デースマースとかいう変態をさっさとぶっ飛ばして、キミたちには存分にイチャイチャしてほしいんだよ。うん……」
ああ、また変人が増えた。
ため息を吐きたくなる衝動を抑えながら、彼女との対話が始まった。




