Interlude ~密偵アパート調査報告~
※Interludeは登場人物の心情をより深く理解するための番外編です。
こちらを読まなくても、本編が支障なくお楽しみいただけるような作りになっております。
ザ・放課後だ。ジ・放課後のほうが発音的に正しいかもしれない。
学校からスピードダッシュした俺とハルは、そのままカチコミの如き勢いで電車に乗り込み、名前すら聞いたことのない駅に向かっていた。
なんでも駅名が井内駅だと。人に会いに行くというのに居ない駅とは、空虚な笑いが込み上げてくる。
俺たちは携帯電話メモした住所に向かって、あーでもないこーでもないと言いながら進んでいき、時々迷って地図アプリを見て、かなり致命的に迷ったので交番で道を聞きつつ、なんとか目的地周辺にまで来ることができた。
「井内町4-64-9アサイハイツ202号室……ああ、ここか」
目の前に聳えるボロっちいアパートを見て、何とも言えない虚しさを覚えてしまう。
この建物はこの前の親父との話し合いに出てきた、シロガラ家の密偵のねぐらだ。実際は6人くらい密偵を忍ばせているらしいが、全国各地に散らばっているらしく、俺たちが訪問できるのはここだけだった。
ちなみにハルによれば、メース国は密偵を送り込んでいないと否定したらしい。実際はいるのだろうが、メース国の女王はハルを信頼していないらしく、こういった国防に繋がる情報は一切漏らすつもりがないようだ。
さて、このアサイハイツとかいうアパートなのだが、見ていると細胞レベルで懐かしさを憶えてしまうほどボロなアパートだった。
昭和から時が止まってしまったかのような老舗感と、パッチワークのように節操なく継ぎ接ぎされた補修跡。手すりが錆び落ちた階段は塗装が剥がれて茶色を剥き出しにし、地面には雑草が我が物顔で生え散らかしていた。
金がないとかなんだとか言いつつも、なんだかんだいい感じの家に住んでいる俺たちと違って、密偵は泣きたくなるほどお金が無いらしい。もしかしてシロガラ国より中立国家のほうが財政的に潤っているのか?
「わ、よく分からないパイプから銅みたいな色の汚水が出てる。はいクロ、あ~ん」
「やめろ、いくら芸能界で通用しそうな笑顔を浮かべても飲まねえから。ばっちいからあんまり触るんじゃないぞ」
1階に101から107までの部屋があるようなので、202は恐らく2階にあるのだろう。この見た目からして耐久性に自信が無さそうな階段を使うのは気が引けるが、意を決して上らなければならないようだ。
「ハル、お前って尖兵とか似合いそうだよな。未知なる場所の踏破に胸躍らせるコロンブス的ガールだよな。お先にどうぞ」
「勇ましく階段を駆け上るダーリンの後ろ姿が見たいな~♡ さっさと行け♡」
「チッ、臆しやがってブス的ガールめ……」
ハルに拍手で囃し立てられたので、渋々と階段を上っていく。階段の床板が何枚か落ちているのが妙に恐怖を感じさせた。
ともあれ無事に2階へ辿り着いた俺たちは、202の扉の前に立ち、上から下まで扉をしげしげと眺める。郵便受けからは自生しているかのようにポスティングチラシが飛び出し、扉の前に何枚ものチラシを零していた。
インターホンを押してみるも反応が無い――というよりは、押してもカチカチという手応えがあるだけだ。壊れているのだろうか。
止むを得ずノックしてみるも、全く物音がしない。人の気配もない。
「留守っていうよりは、もう長いこと住んでないって感じだな」
「でも一応、今でも密偵さんが住んでいるのよね?」
「や、今はもう空き家みたいですな。数年前に家主が死去してから空っぽのようであります」
「へー、そうなんだ。助かる情報だな。………………」
ものすごくさり気なく会話に混ざっていたので、完全に素で反応してしまった。
俺とハルはワンテンポ遅れて声の主に気づき、階段のほうに視線を向ける。
「どーもどーも、下校中の道草は感心しないでありますなー」
「諜報……員……」
俺たちがこの世界に来た時から、長らくお世話になってきた中立国家の諜報員だ。どこで買ったのか分からないタイヤキの袋を抱えながら、片手を挙げて気さくに挨拶をしてくる。
奴らを信用するな――昨日、親父から言われた言葉が頭の中にリフレインした。
「ど、どうしてここに?」
「護衛活動でありますよ。タイヤキ食べます?」
諜報員がそこまで温かくないタイヤキを近づけてきたが、俺たちは言葉なく首を横に振った。誘いを断られた諜報員は少しだけ残念そうな表情を浮かべ、差し出したタイヤキを自分で一口頬張る。
「いや、先日ですね、空飛ぶ魔法使いを目撃したんですよ。一見脅威のないヤツっぽかったのですが、未所属の魔法使い故に何があるか分からないですからな。そこで不肖私めが、お二人の警護を買って出たというわけであります」
「…………」
恐らく、空飛ぶ魔法使いというのはアイのことだろう。それを目撃した諜報員が警備体制を整えるのはあり得ない話ではない。
……では、どうして俺たちに一言も言わず、ここまでついてきた?
警備をするなら事前に連絡してきたはずだ。しかし諜報員は何も言わずにここまで尾行し、目的地が分かるや否や姿を現し、それっぽいことを並べ立て始めた。
一体何を目論み、何を企てている……?
「あー、しかし、この場所に来ても無駄足と言う他ありませんな。どうやら住人は既に死去しているようであります」
「なんだって……!?」
「お二人が家の前で楽しくイチャついてる間に、ちょいと隣の大家に話を聞いてきたのでありますよ。当然渋られましたが、まあ、情報を吐かせるのが諜報員の仕事ですからね」
渋られた相手にどうやって情報を吐かせたというのか。さすがに無人界で拷問なんてしていないとは思うが、この短時間で懐柔するなんて――。
と考えたところで、そういえば諜報員は委員長一家から杖を奪取しているのだから、魔法を使って情報収集できるようになったことを思い出す。マズいな、中立国家の情報収集速度が段違いに上がっている。
「どうやら何年も前に、この部屋で首吊り自殺したようです。遺書は無し、天涯孤独で身元引受人も無し。家財一式も自治体が処分したので、今はただの空き家となっているようですな。鍵を借りてきたので、ちょっと中を見てみるでありますか?」
「……自殺の時にぶちまけた体液の跡があったりしたら嫌だけどな」
「ご心配なく。床も壁紙も全てとっ変えたようです。新しい入居者の為に交換したようですが、自殺の噂が広まって忌避されて、終いには賃貸のサイトからも下げられたようですな」
なのでご安心を、と言いながら諜報員が錆びついた鍵を渡してくる。それを受け取った俺は一瞬躊躇しながらも、鍵穴に深々と差して、覇気なく開錠した。
惨たらしい遺体を見ることなんて戦場では幾らでもあるし、なんなら戦争の渦中で敵兵を殺したこともある。追い詰められた兵士が自決するサマも何度だって見てきた。
しかし、場所が変われば認識も変わる。戦場での死体と平和の中での死体は明らかにモノが違うのだ。
「お邪魔しまーす……」
家主なんかいるはずもないのに、思わず礼儀のこもった挨拶をしてしまう。
扉の向こうはどこかカビ臭く、埃の据えた臭いとブレンドされて思わず顔を顰めてしまう。もう何年も人が立ち入っていないのだろう、循環を止められた古臭い空気が肺に刺さり、思わず軽く咳き込んでしまった。
……さて、家の中をぐるっと見て回ったが、別に関心を惹かれるものはなかった。
諜報員の言う通り家財は運び出されていて、家具一つない部屋が広がっているばかりだ。荒らされた跡もない、傷ついた跡もない。ただの古ぼけたアパートの一室だ。
「ここ臭い。私、先に外出てるわね」
などと言いながらハルが逃げ出すぐらいには、空気が悪いし、何もないし、調査しても無意味な部屋だった。
「で、ここは誰の部屋でありますか? わざわざお二人が来たということは、魔法界から来た誰かの家とか?」
「さあ、俺にも分からん」
諜報員に追究されたが力技でとぼける。どうせ内心察しているのだろうが、わざわざ俺の口から密偵の家だと明言することもないだろう。
そんな盛り上がりもへったくれもない会話がハイライトと呼べるほどには、何もない時間だった。
「じゃ、お二人とも、気をつけて帰るでありますよー」
その後、諜報員は何だかんだとついてきて、俺たちの最寄り駅まで帯同していた。ようやく駅前で解放された俺たちは、タクシーに乗り込む諜報員を見送ってから帰路につく。
井内駅は電車で一時間くらいかかるので、地元に戻ってきた頃には、夕焼けと小夜を混ぜ合わせたような空になっていた。
「……で、アパートの周辺はどうだったよ」
携帯を見ながら歩いているハルにそう声をかけると、何も言わずに携帯を押し付けてきた。
その画面には、アパートの外壁を撮ったと思われる写真が表示されていた。草が生い茂りすぎて半分埋もれているが、この黄ばみようはどう見てもさっきのアパートだ。
その外壁には、何か鋭利なもので彫り込まれたと思われる傷跡が刻まれていた。ともすれば見落としてしまいそうになるほど巧みに、経年劣化のヒビに偽装されたその傷跡は、最近何度も見てきたマーク。
円のような印だ。
「もしも何らかのトラブルに巻き込まれていたならば、隠滅されやすい室内に証拠を残すとは考えにくかったわ。これ、アパート裏にこっそりと彫ってあったの。そんなところに住人以外が立ち入ったら不審に思われるだろうから、密偵を殺した犯人も確認できなかったみたいね」
「で、密偵が死んだ後に成り代わって、今もシロガラ国に偽の情報を流し続けているわけか。この分じゃ他の密偵も殺されてそうだなぁ」
「変声魔法を使えば声は偽装できるからね。……でも、密偵は全国各地に散らばっているんでしょう? そうなると個人の力じゃ成り代わるのは難しいわよ、声を同一にしても1人で色々な人間のフリをするのは厳しいわ。組織的な犯罪グループだと確信せざるを得ないわね」
「……でも、ゲートを通って大勢の魔法使いが移動すると、行動が感付かれやすいから……あー、なんか色々と繋がってきた気がするな」
ここ数日の間に浮上した、幾多もの疑問点。円状のマークを中心として散りばめられたそれは、今回の調査を持って少しずつ形になっていた。
「こちらの人間を魔法使いにしたのは、そういう役割を担わせるためっぽいな」
「どれだけ無能な人間でも、魔法が使えるだけでこちらの世界では超有能な人材だもんね。変声魔法を教えるだけで、誰かのふりをさせられるし」
「で、やっていたことと言えば、シロガラ国への妨害工作だ。メース国も対象かもな。つまり魔法界の国家に敵意を持っていると考えられる」
「確か委員長の両親も、魔法界への恨みで行動していたのよね。そういう面では利害関係が一致するわ。関わりがあっても不思議じゃない」
「ただなァー……こんな嫌がらせをして最終的にどうしたいのか分からないし、鳳輔と中立国家の考えも不明のままだ。困ったもんだな」
多分、考察できるのはここまでだ。
やろうと思えば色々と考えられるが――例えば、魔法界へ虚偽の連絡をしていたのは、こちらの世界で魔法を使って大きなシノギを作ろうとしたんじゃないかとか――中立国家が黒幕で、何か大きな企みごとをしているんじゃないかとか――根拠のない妄想風情になるだけだ。
「やれやれ。なんでツラを拝んだこともないデースマースとかいう不審者に振り回されなくちゃならんのだ」
地平線に消えていく夕焼けを眺めながら、そう呟いた。




