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7章 魔法の存在意義

『亡命したフェンネル家の次は、魔法使いへと昇華させる不届き者が現れるとはな……。魔法界での法に背く輩がこれほどまでに多いとなると、各国の教育機関に再教育を徹底するよう言明せねばなるまい』


 放課後、家に帰った俺は、真っ先に親父へと状況を報告していた。

 謎の刻印が入った杖、デースマースという謎の人物、そしてロクに魔法技術の教育もされないまま野放しにされているアイ。全ての情報を聞き終えた親父は深いため息を吐き、そんなことを言い落す。


『……クロスエッジ、流石の貴様とてデースマース・љ・ディアールとやらのキナ臭さには気付いているよな?』

「はい。こちら側の人間を魔法使いに変えるなど、目に余るほどの越権行為です。一介の魔法使いに許される行為ではありません。迅速に身柄を確保し、これ以上の狼藉を食い止めなければ――」

『稚児でも分かるようなことを堂々とぬかすな。……貴様が送ってきた名刺の画像一枚で、此度の事件がどれほど重要なものか分かるだろう?』


 質問攻めをせずに、さっさと核心的な部分を話してくれればいいのにと思う。うちの親父はこうやって相手に質問をぶつけて満足のいく答えを引き出させようとする癖があり、部下たちもこの悪癖に随分苦労しているようだった。

 しかし名刺一枚から分かる情報なんて、名前以外あるはずが……と思いながら名刺を蛍光灯に翳してみると、僅かな色ムラや紙の劣化を発見する。


「……この名刺、若干の経年劣化を感じさせますね。日焼けで色も変化しているようです。恐らく作成されてから結構な時が経過しているのでしょう」

『気づいたことはそれだけか?』

「え? えぇっと……」


 こっちが一つ言ったんだから次はそっちが言えよ、なんて思いながら再び名刺をしげしげと眺めるも、それ以上おかしな部分なんて見つからなくて、どう返答を誤魔化そうか悩んでしまう。

 そうしていると、隣に座っていたハルがぴったりとくっついてきて、俺の耳元の携帯に向かって言う。


「この紙、手製特有の歪みがないわ! あまりにも形が整い過ぎてるから、多分、どこかの印刷所に頼んで大量に作らせたものだと思う! ……です!」


 電話の相手が一国の王であることを思い出して、最後に取ってつけたような敬語を付与しているが、寛容さがまるでない親父は忌々し気にため息を吐いた。


『……メース国の人間の前で報告とは、驚くほど機密管理に気を配っているようだな』

「あっ……申し訳ございません。おいハル……モニア王女、お菓子あげるから耳を塞いでいてくれ」

『まあ、良い。どうせメース国にも報告が行くだろうからな。今聞かれたところで知る機会が多少早まるだけだ』

「えっ、あ、分かりました。おいハル……モニア王女、お菓子返してくれ。……てめッ、胸にしまい込むな!」

『続けるぞ』


 内心苛立っていそうな声をしているが、話が進まなくなりそうなので感情を堪えて続けようとしている。後日驚くほどの説教が飛んでくるに違いない。


『その名刺から読み取れる情報を纏めると、デースマースとやらは名刺を大量生産するほどの規模を想定しており、経年劣化するほど長い期間行動していることになる。断定はできないが、恐らく奴は……』

「長期間において、数多くの魔法使いを誕生させている可能性がある……ということですね」

『それが道理だ。……しかしそうなると、更に不可解な点が生じるだろう。当然理解しているな?』

「クロの父親って回りくどい話し方よねー、単刀直入に話してくれればいいのに。自分のことを教育上手だと思ってるけど部下からは面倒臭いと思われてる上司みたい」

「こらッ、聞こえるだろ! 表面上は敬ってあげろ!」

『クロスエッジ、ハルニモア王女の首を絞めて殺せ』

「ほら聞こえてた!」


 ……数多くの魔法使いを誕生させると生じる不可解な点か。そもそも人間を魔法使いにさせること自体、あからさまに不可解だと思うのだが、多分そんな根本的なことを言っても回答のおかわりを要求されるだけだろう。

 何を答えるのが正解なのか悩んでいると、ハルが俺の服の裾を引っ張ってきた。


「ねえクロ、ちょっと自信が無くて、朝言おうか迷ってたんだけど……」

「ん? もしかして、飛んでた時に言い淀んでた件か?」

「うん……。もしもさ、デースマースみたいにこちら側の人間を魔法使いに変える連中がいてさ、そのせいで魔法使いがたくさんいるなら……無人界に潜伏している魔法使いが気づくわよね?」

「…………!」


 そうだ。

 考えてみれば、俺たちが1ヵ月前にフェンネル一家3人の戦闘を気取れたのは、魔力による圧を感じたからだ。あれは全力の戦闘だったので必要以上に圧を感じたが、本人が隠そうとしない限りは、空を飛ぶ程度でもある程度の圧を感じるはず。

 今日のアイを見ていて分かる通り、魔法が使えるようになった人間はその魔力を存分に行使しようとするだろう。魔法使いになった人間が多ければ多いほど、その魔力の圧を感じる可能性は高くなるはずだ。

 それはつまり……。


「……こちらの世界で長く諜報活動を続けている中立国家が、それに気づかないはずがない……!」

『そうだ、奴らは恐らくデースマースの存在を把握しているだろう。その上で我々に秘匿している』

「でもッ、杖の刻印について報告してくれたのは彼らです! もしも彼らがデースマース側についているならば、そんな報告などする必要が無い!」

『奴らが一枚岩ではない可能性、刻印の情報がブラフで情報を操作しようとしている可能性、我々にデースマースを確保させようとしている可能性。……現段階で可能性を絞ることは不可能だ。しかし奴らが存在を認知していたことだけは確定と見て間違いないだろう』


 信じられないという思いはあるが、中立国家を擁護できるだけの情報を俺は持ち合わせていない。

 彼らの活動内容は浅い部分しか公表されず、その中核が何なのかはどの国家も知らないのだ。


『勘違いするなよ、クロスエッジ。中立国家にも相応の思惑がある。知り得た情報の全てを、愚直に報告してくれるような心優しい団体ではない。むしろ、情報を隠蔽することが奴らの専売特許と言ってもいいだろう。中立を実現させるためなら手段を択ばない奴らだからな』

「それじゃあ、つまり……こちらも情報を流し過ぎるな、ということですか」

『そうだ。奴らが情報を隠すのは一向に構わんが、こちらもそれに倣うだけのこと。……知り得た情報は秘匿せよ。奴らを信用するな』

「……畏まりました、マッサークル王」


 無論、俺とて仮にも軍人なのだから別勢力の相手を心底信頼するほどバカではない。

 しかし、こうもハッキリと厳命されてしまうと、それはそれで物悲しい気分になる。


『それと……今だから貴様に話しておく』

「な、なんでしょうか……?」

『我々シロガラ国も、無人界に諜報員を派遣している。定期的にそちらの情勢を報告させ、魔法界に影響が出ないかを図っているのだ。……恐らくメース国も同様だろう』

「えっ……!?」


 全くの初耳だった。いや、それ以上に驚くべきは、全ての前提が狂ってしまったことだ。

 一騎打ちの時、魔法界に帰れなくなってしまった俺たちは、平穏な暮らしを担保するために中立国家の諜報員に援助を要請したのだ。


 もしもシロガラ国の諜報員が潜んでいると言うならば、そんなことをする必要は全くない。住居も金銭も、我が国の諜報員に頼めばいい話だ。

 あの時言っていた『相手の弱点を見つけるために同居させた』という事情があったにしても、互いに同意が取れているならばわざわざ中立国家を間に挟む必要が無い。


「ではっ、何故、どうして今まで黙っていたのですか……!」

『阿呆かお前は。「そちらの世界には我が国の諜報員がいるから援助を依頼せよ」等と、メース国の王女がいる前で命じてどうする。密偵の存在は本来であれば国家機密、わざわざ戦争相手の国家に知らせて、諜報員が捕獲され情報を搾り取られるリスクを負えとでも?』

「それは……そう、ですね……」


 諜報員の存在を大っぴらにしている中立国家がおかしいのであって、本当は外部に漏らしてはならないシークレットだ。

 かつてフェンネル国が滅びたのも、密偵が魔力聚合術の存在を知ったから。滅亡の引き金を引くほどに、密偵の存在は大きな威力を孕んでいる。

 シロガラ国もメース国も、密偵の存在を隠すために中立国家に援助を依頼した。そしてその裏では、諜報活動を虎視眈々と行い続けて……。


 ……いや、待て。今までの話と照らし合わせると、あまりにも不自然だ。


「それならば、我々の国が派遣した諜報員が、魔法使いの存在を気取っていないとおかしい……!」

『そうなるだろう。更に言えば、我々が無人界を「一騎打ちを挙行しても良いほど取るに足らない世界」だと認識していたのも、複数人の密偵の報告書が元となっている』


 つまり、それは……中立国家だけではなく、数多くの密偵が魔法使いの存在を秘匿し続けていたということ。

 無人界にいる誰もが、こちらの世界にいる魔法使いを隠そうとしている。

 まるで魔法界に知られることの無いように、ひっそりと戦力を増大化させているかのようだ。


「無人界で、一体何が起こっているんだ……!」

『それを探るのが、貴様の新しい任務だ。……差し当たり、我が国の派遣した密偵の住処を伝える。現在の様子を確認して報告せよ』

「……承知致しました」


 住処については後日、部下より連絡させる――とだけ言い、親父は別れの挨拶も無しに通話を切った。


「……やれやれ、どうして毎度毎度心労を覚えながら生活していかなくちゃならないんだ」

「私たちはただ、平穏な毎日が過ごせればそれでいいのにねぇ」


 全く以てハルの言う通りだ。新たな魔法使いとか謎の思惑とか、そういうこちらのストレス値を上げるだけの出来事は控えてほしい。今の俺たちが求めているのは、念願の水族館に足を運ぶことだけだというのに。


「そーいえばクロ、委員長から返信あった? 送ってからもう随分と経つでしょ?」

「まだ来てないな。……ま、わざわざ俺たちに情報提供する理由もないし、無視されるかもな」


 ……フェンネル国の末裔が、謎の刻印が彫られた2本の杖を所持していたとなると、『アイと同じように魔法使いになった者から奪取した』か『フェンネル家もデースマースと関わりがある』のどちらかが濃厚だろう。前者ならまだしも、後者だとしたらどこまでも黙秘されるはずだ。


 鳳輔も怪しいし、委員長も怪しいし、中立国家も怪しいし、デースマースは怪しさの塊だ。手放しで信じられそうなのは喜色満面に魔法で楽しんでいるアイと、隣でマヌケなツラをしてお菓子を食べているハルだけ。

 ……1ヵ月前のフェンネル国事件みたいに、また周囲を疑いながら毎日を過ごさなきゃならんのかぁ……。


「なあハル、お前はあんまり怪しい行動取らないでくれよな。これもうシロガラ国からの正式な要請と言ってもいいくらいマジのお願い」

「了承ー。じゃあそっちもお願いね。もしクロが怪しい行動取ったら私も見るからに怪しい行動取っちゃうから」

「やり返すな、その時は注意してくれ」

「目には目を、歯には歯を、唇には唇をということね」

「さりげなく接吻をねだるな」


 なんだかダンスパーティーの一件以降、青少年のいたいけな心を小悪魔的に揺さぶる言動が増えた気がするけど、あんまりにも蠱惑的なおちょくりを続けると俺のメンタルが鳳輔になっちゃうぞ。


「……ん?」


 その時、リビングの窓ガラスがコンコンと無機質な音を立てた。

 シャッターを引き下げるための紐が外れ、風に揺られて窓ガラスに当たることは時折あることだ。今回もそうだと思い、カーテンを開け放つ。


「ばあ!」


 そこには未だご機嫌なアイと、保護者のような表情で仁王立ちをしている鳳輔がいた。


「どうしたアイ、鳳輔と夜道デートか? 夜は不審者が出やすいから気を付けろよ」

「大丈夫! 既に不審者と一緒に行動しているようなもんだから」


 確かにそうだ、と鳳輔を見て思わず納得してしまう。いや、俺が言いたかったのは変質者的な輩ではなく、デースマース的な輩のことなのだが。


「今、鳳輔と夜間の空中飛行をしてたんだけどさ、クロくんたちも来る? 秋の夜だから上着しないと寒いけど」

「満喫してんなぁ。いいよいいよ、俺たちのことは構わず二人でおデートしてな。これから俺たち夕飯なんだよ」

「あ、そーなの? じゃあまた誘うね!」


 そう言って、アイと鳳輔は鳥のように大空へ向かって飛び去って行った。

 しばらく夜空に飛んでいく二人を眺めていたが、やがて二人の体は小さくなっていき、空に浮かぶ星々と同じくらいのサイズになって、完全に見えなくなった。どれだけ高度を上げて飛行しているんだ、バードストライクとか対策してるのかな。


「はー、あいつらは全く、魔法を玩具か何かと思ってんのかな」

「……でも、ああいうのって羨ましいよね」


 俺の隣で空を見上げるハルが、どこか感傷めいた口調でそう言った。


「私たちって生まれてからずっと、魔法を戦争の道具として教え込まれてきたでしょ。……ううん、私たちだけじゃない。きっとシロガラ国とメース国で生まれた子供たちは、魔法を武力そのものだと思ってる」

「戦争国の子供たちって、物心ついた時から多くの人が殺されるサマを見ながら育ってきたからな。……魔法が楽しいものだと思う余裕なんて、ないだろうな」


 本当は……魔法とは、人々の営みを楽しく染め上げる物なのかもしれない。

 三千年間も戦争を続けていたから、その事実が見えなくなっているだけで、俺たちの使い方が間違えているのかもしれない……。

 こちらの世界で言えば、炎がそれにあたるだろう。戦争地帯では人を焼き殺すための道具となり、日常では花火として夜空を美しく染め上げるための道具にもなる。


 こちらの世界では、魔法は楽しいもの。

 向こうの世界では、魔法は人殺しの道具。

 ……一日の長は魔法界にあるのかもしれないが、真の使い道を理解しているのは無人界なのかもしれない。


「ねえ、いつかさ……私たちも、魔法界の空を飛び回ってみたいね」

「……そうだな」


 今の時世、迂闊に空を飛べば攻撃魔法を集中砲火されるだろう。だから俺たちは高層の建築物から国を見下ろしたことはあれど、もっと遥かなる天空から世界を見降ろしたことなど無い。

 きっと世界は限りなく広いのだろうが、たかが王宮一個分の高さから見える展望しか知らないのだ。


「戦争を止めたら一緒に飛ぼうね。絶対だよ」

「おう、そしたらハルにシロガラ国自慢の果汁園を見せてやるよ。行ったことはないけどな」

「じゃあ私も、メース国イチオシの繁華街を案内してあげる。行ったことはないけどね」


 俺たちはどこまでいっても化物扱いで、魔法界を満喫したことなど無い。

 真の意味で人間に成るには、戦争を止めて、魔法界を闊歩できるくらいの平穏を取り戻さなければならないのだ。


「……今のアイとホースケが、私たちの理想の姿なのかもしれないわね」


 ああやって、何の屈託もなく空を飛んで、いつか結ばれる日を心待ちにしながら日々を生きて。

 それが、どれほど恵まれたことか。きっと本人たちは気づいていないだろう。


「……そうかもしれないな」


 二人の姿が見えなくなった後も、俺たちは夜空を見つめ続けていた。

 故郷の茶色く煤けた空を思い出しながら、二人とも押し黙って、いつまでも、ずっと……。

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